アドバンテージ
『シンか? 私だが、この周辺にはもう竜はいないらしい。お前の索敵魔法で感知できる竜はいるか?』
無線通信機にオーグからの連絡が入った。
そこで、できるだけ魔力を集めて広域な索敵魔法を展開して辺りを確かめた。
「む?」
近くにいたリーファンさんがなにか感じたようだ。
索敵魔法ってのは、魔力を利用したソナーみたいなもんだからな。
普段は感知できないような薄い魔力で使っているが、今回は広域に亘って竜がいるかどうかの確認をした。
なので、魔力はちょっと強め。
その魔力を、リーファンさんは感じ取ったんだろう。
「んー。うん、大丈夫。多少残ってるけど、元々の生息地だし問題ないでしょ」
ここは元々竜の生息地に近い村。
ある程度近くに竜がいるのが日常だ。
今回問題だったのは、その近くにいる竜の数が尋常じゃなかったってことだけ。
少ない数ならこの村の兵士で十分対処可能なのだ。
「あとは、地道に間引きしていってもらえば以前の数に落ち着くと思うよ」
『そうか。じゃあここは終了だな。チームコールで全員に通達する』
「了解」
チームコールってのは、以前は無線通信機の所持者が俺たちだけだったのでいわゆるグループ通話ができるオープンチャンネルを利用していたけど、他にも所持者が増えたためそれは使えなくなった。
なんせ、無線通信機を持ってる全員に俺たちの会話が聞かれるからね。
そこで、俺たちの無線通信機だけ改良して、任意の通信機とだけで以前と同じグループ通話ができるようにした。
それがチームコールだ。
『アウグストだ。この周辺の竜はあらかた処理が終わった。次の村へ行くぞ』
『『『はい!』』』
全員に繋がるから、当然の俺の通信機にもオーグの声が聞こえた。
「さて、じゃあ戻りましょうか」
「あ、ああ」
ん? なんかリーファンさんの様子がおかしいな?
「どうしたんですか?」
俺がそう尋ねると、リーファンさんはちょっと視線を泳がせたあと話しだした。
「いや……シン殿は……こんなにも恐ろしい存在だったのだなと……今更気が付いてな」
「恐ろしい存在?」
え? なにそれ?
俺、リーファンさんの前で何かしたっけ?
「索敵魔法……」
「ん?」
どういうこと?
「シン殿に索敵魔法を教えてもらうまで全く気付かなかった。君たちがどれほど異常な存在なのかをね」
「異常て」
「特にシン殿。貴殿だ」
「き、貴殿……」
急に畏まった呼び方になったな。
これまでだったら、君とか言いそうなのに。
あれ? でも……。
「俺、リーファンさんの前で大きい魔法は使っていませんよね?」
「だから、索敵魔法だ」
「……ああ、今の?」
「ああ。索敵魔法を教えてもらってから、時々殿下たちの魔力は感知していた。それにも驚いたのだが……」
リーファンさんはそこで言葉を切ると、若干怯えたような目で俺を見た。
「先ほどの索敵魔法。あれは、私が驚いた殿下たち以上の魔力だった……」
「ええ? 索敵魔法ですよ? 大きい魔法ほど魔力は込めてませんけど?」
「だからこそだ。私はまだ習ったばかりだから逆に分かる。本来索敵魔法にあれほどの魔力は必要ないのだろう?」
「まあ、そうですね」
「それに、殿下がシン殿に広域の索敵魔法を依頼してきた。つまり、殿下たちにもできないということだ」
「ああ、そういうことか」
「殿下たちの魔力はその大きさに驚いたのだが、シン殿の魔力は恐ろしいほど洗練されていた」
「まあ、オーグたちより圧倒的に長く魔力制御の練習してますからね」
「魔力制御?」
「それも知らないのか……」
本当に、呪符特化なんだな、この国の魔法。
「それで、格の違いをたった今思い知ったところだ」
「そういうことですか」
さっき俺が索敵魔法を使うまで、自分で索敵魔法が使えるようになったもんだから嬉々として竜を狩っていたのに急に態度が変わったから何事かと思ったわ。
「といっても、俺たちとリーファンさんたちとでは魔法の使い方が大分違いますからね。まだ確認してないですけど、身体強化は相当な腕じゃないですか?」
「だといいんだがな」
ちょっと自信を無くしちゃった感じのリーファンさんを励まそうとしたんだけど、自嘲気味に笑ってそう言うだけだった。
むぅ、難しいな……。
「とにかく、集合しましょう。すぐに次の村に行かないと」
「そうだな」
待ち合わせ場所は事前に決めていない。
それこそ索敵魔法で位置が分かるからな。
リーファンさんも索敵魔法を覚えたことだし、練習がてら俺が案内しないでリーファンさんに先に行ってもらおう。
そうして集まった俺たちだが、早速オーグから指摘された。
「シン。お前、余り動いていなかったな? なにをしていた?」
やっぱり気付かれてたか。
「リーファンさんに索敵魔法を教えてたんだよ。現状、俺たちの誰かが一緒にいないとリーファンさんだけ効率の悪い狩りになっちゃうからな」
「ああ、そういうことか」
「すみません殿下。我が儘を言いました」
「いや、それは構わない。その方が効率がいいしな。それで? 習得できたのか?」
「はい。シン殿のお陰で」
「それは何よりだ」
オーグの方はそれで終わりだったのだが、リーファンさんはそうではなかった。
「それよりも殿下」
「なんだ?」
「この索敵魔法、クワンロンで広められる予定はおありですか?」
「……ん?」
「いえ……このような誰がどこにいるのか分かるような魔法。おいそれと周囲に広められると……」
「……ああ、そういうことか」
少し考え込んだオーグは、ようやく合点がいったらしい。
「いやスマン。私たちの国では魔法使いの必須技能だったから、そんな深刻な問題だと気付かなかった」
「現状、クワンロンに一人だけいる索敵魔法使いだもんな」
リーファンさんにしてみれば、この索敵魔法は自分だけに与えられたアドバンテージのようなもの。
色々と敵の多そうなミン家にとって、事前に襲撃犯を捕捉できるというのはとてつもない恩恵をもたらす。
それをクワンロンで簡単に広められると困るということだろう。
「私たちは外交大使だからな。技術大使じゃない」
「では」
「今のところ、その予定はないな」
「今のところ……ですか?」
「国交が樹立して飛行艇が行き来するようになれば、その限りではないということだ。勝手に入ってくる情報についてまで責任は持てん」
「それで十分です。ありがとうございます」
「話は終わりか? なら、シャオリン殿を拾って次の街に行くぞ」
オーグはそう言うと、ジェットブーツを起動して村に戻って行った。
村の入り口に立っていた門番にシャオリンさんを呼んできてもらうように頼む。
しばらくして門番と共に現れたシャオリンさんの隣にはこの村の役人もいた。
『お前たち……本当に竜を狩ったのか……』
「ああ。だが、まだかなりの数が残っている。今のうちに間引きしておかないと大変なことになるぞ」
『では、ハオ様は……』
「この村は襲撃される前に対処できたが、すでに村が一つ襲撃を受けて人的被害も出ている。間違いなく責任を取らされるだろうな」
『では……私は……』
「ちゃんと竜を間引きすればいいじゃないか。なにも問題はあるまい?」
おーおー、まだ確定事項じゃないのにハオの破滅は確実みたいな言い方してるよ。
あの役人さんはハオの息のかかった部下なんだろうが、もしこのまま竜を放置して今度こそ村を襲われたら確実に責任を取らされる。
だって、忠告したからね。
となると、役人の取るべき行動は一つだな。
『分かった。今すぐ兵を集めて竜狩りを行う』
「賢明な判断をされたようだ」
オーグはそう言うと役人に向かって手を伸ばした。
役人は、なにか吹っ切れたようにオーグの手を取り握手をしたあとすぐに村に戻って行った。
「ふう、なんとか人的被害は最小限で済みそうだ」
「え? 今のところ人的被害なんて出てないですよ?」
役人を見送ったオーグがポツリと呟いた言葉にアリスが反応した。
「今は、な。このあと竜狩りに出るんだ、人的被害がゼロになるとは言いきれないだろう?」
オーグはそう言いながらリーファンさんを見た。
「お恥ずかしい話ですが……この国の兵士たちは殿下たちほど強くはありません。少なからず被害は出るかと」
その言葉に驚いたのはシャオリンさんだ。
「どういう意味ですかリーファン。彼らは竜狩りのエキスパートですよ?」
その言葉を聞いたリーファンさんは苦笑を浮かべながらシャオリンさんに言った。
「今なら分かります。彼らと殿下やシン殿たちとの間には、埋めることの出来ない差が……それこそ天と地ほど離れた差があります」
「そ、それはどういう……」
「すまないが、そろそろ出発してもいいだろうか?」
シャオリンさんがなにかを言いかけたが、その言葉をオーグが遮った。
ハッとしたシャオリンさんはオーグに向かって謝罪したあと地図を出した。
「次はここです。その次はここ。あと、ここで最後です。このペースでいけば……」
シャオリンさんの言葉を、オーグが引き継いだ。
「今日中には回れるか」
「そうですね」
残りは三つか。
その村も、ここのように襲撃前に辿り着ければいいんだけど……。
とにかく急いだほうがいいな。
ということで、俺はまた全員に浮遊魔法をかけ、シシリーがシャオリンさんのところへと向かう。
俺は、またリーファンさんの牽引だ。
「う……あ……」
浮遊魔法を起動させたあとのリーファンさんの顔色は、相変わらず悪い。
まあ、叫ばなくなったからちょっとは慣れたのだろうか?
呻き声は漏れてたけどね。
「さあ、行くぞ!」
「「「はい!」」」
こうして俺たちは、残りの村も救うべく空を飛ぶのであった。