追ってくるモノ
シンが、リーファンから衝撃的な話を聞いていた頃、他のアルティメット・マジシャンズの面々は竜たちを村から遠ざけるために奮闘していた。
「あ。また草食竜だよ!」
アリスは、索敵魔法で見つけた竜を見てそう声をあげた。
「あーあ。草食竜を狙った方向に逃がすのって難しいんだよなあ……」
そうブツブツ言いながら魔法を準備する。
そして、大きな音が出る爆発魔法を小さい威力で放った。
『ギャウッ!!』
「あ!」
目測を誤り、草食竜のすぐ近くで爆発させてしまったアリスは思わず声をあげた。
草食竜が、ゆっくりと倒れたからである。
アリスの放った爆発魔法は草食竜には当たらなかったが、至近距離で爆発したため大きな音と衝撃波で気絶してしまったのである。
「あーあ……また引きずっていかなきゃいけないじゃん」
すでに同様の失敗を何回か繰り返しているアリスは、溜め息を吐きながら草食竜の尻尾を掴み身体強化魔法を使って草食竜を引きずりだした。
「肉食竜はあんまりいないし、草食竜も逃げるより気絶しちゃうし……あーもう! 面倒臭い!!」
思うようにいかない苛立ちから、アリスはブツクサ言いながら草食竜を引きずっていく。
しばらく歩いていると、ある場所に辿り着いた。
「はぁ……えーっと……いち、にぃ、さん……もう五体目じゃん」
そこには、気絶した草食竜が四体横たわっていた。
アリスが新たに引きずってきた個体を合わせて五体目である。
「前の村みたいになっちゃ駄目なのは分かるけど、それにしたって活動が地味すぎるよ!」
今のところ、アリスがやったことといえば、草食竜を逃がすことと、それに失敗してここまで引きずってくることばかり。
肉食竜の討伐は、数体しかしていなかった。
「はぁ……地味な作業って疲れるなぁ」
そう言ってため息を零した。
そのとき。
「!」
こちらに向かって来る複数の魔力を探知した。
そのことに気付いたアリスがしばらく待っていると、姿を現したのは複数の肉食竜だった。
「え? なんで? さっきまでほとんどいなかったのに……」
そこまで言って、肉食竜の視線が微妙に自分を見ていないことに気付いた。
具体的に言えば、アリスの後ろを見ていた。
「……」
その視線を追って後ろを見たアリスは、たらりと冷や汗を流す。
「えーっと……もしかしなくても、この草食竜たちを狙って……」
アリスがそう呟いたとき、肉食竜たちが一斉に襲ってきた。
「やっぱね! そうだと思ったよ!」
アウグストからは、なるべく草食竜は狩るなと言われている。
そうでなくても、草食竜たちを気絶させたのはアリス自身。
自分が気絶させた草食竜たちが肉食竜たちに食われてしまうのは、さすがに寝覚めが悪い。
「悪いけど、食べさせないよ!!」
アリスはそう言うと、向かって来る肉食竜を魔法で迎撃する。
なるべく傷を付けずに倒せとアウグストからは言われているが、残念ながら今はそんなことを気にしていられない。
身体のどこに当たってもいいから、倒すことを優先して魔法を放つ。
精密さを意識しなければ、元々アリスの魔法の攻撃力は高い。
肉食竜たちは、草食竜たちに辿り着く前に次々と討伐されていった。
やがて襲ってきた肉食竜たちを全て倒し終えたアリスは、息を吐いた。
「ふう……まさか肉食竜たちが襲ってくるなんてね。これじゃあ、あたしが草食竜たちを生餌にするために集めたみたいじゃん」
そう言いながら倒した肉食竜たちを異空間収納に回収していく。
決して綺麗とは言い難いが、無いよりマシだろう。
そう思って回収していたのだが、そこで新たな気配に気が付いた。
「えーっと……あれ?」
頭をあげ周囲を見渡したアリスが見たのは、自分たちを取り囲む肉食竜の群れ。
その視線の全てが、アリスが集めた草食竜に注がれている。
「あ……あはは。君たちの狙いって……」
肉食竜たちが言葉を理解するはずもないが、聞かずにはいられない。
アリスのその質問は、肉食竜たちの行動で返された。
草食竜たちに襲い掛かったのである。
「わああっ! やっぱりか!」
自分が気絶させた草食竜たちを食べさせるわけにはいかない。
妙な使命感を感じたアリスは、四方八方から襲い掛かってくる肉食竜たちを次々と倒していく。
「ああ、もう!! ちょっと! 早く起きてよ!!」
自分で気絶させておいて、早く起きろと草食竜たちに言うアリス。
非道い言い草だが、こうも肉食竜たちに襲い掛かられるのでは堪ったものではない。
肉食竜たちを倒しながら、気絶している草食竜たちに蹴りを入れて起こそうとするアリス。
その努力が実ったのか、草食竜の一体が目を覚ました。
「あ、やっと起きとぅわああっ!!」
ようやく目を覚ました草食竜が見たのは、自分たちを取り囲み襲い掛かってくる肉食竜たち。
そして、それを倒していく魔法。
錯乱するのも無理はなく、起きてすぐ暴れ出した。
その際に振るわれた大きな尻尾が、アリスを襲ったのである。
「もう! 危ないじゃん……か……」
アリスはそれをなんとか避けたのだが、気絶している他の草食竜たちに当たった。
身体強化をしていないアリスの蹴りとは比べ物にならない、大きな草食竜の尻尾の一撃。
気絶していた草食竜が目を覚ますのに十分な威力だった。
「ちょっ……まっ……わああっ!!」
一体が目を覚ましたらまた暴れて次の草食竜を起こす。
そして、それがまた暴れて……。
結局、この場に集めた五体の草食竜全てが目を覚ました。
錯乱した状態で。
結果、暴れる草食竜。
逃げるアリス。
その隙を突いて草食竜に襲い掛かる肉食竜。
カオスであった。
肉食竜、草食竜が入り乱れる結果となってしまい、狙いを定められなくなったアリスは……。
「……もういい」
アリスはそう言うと、集められるだけ魔力を集め、巨大な炎の塊を自分の頭上に発生させた。
驚いたのは竜たちである。
草食竜を食らうことも、肉食竜から身を守ることも忘れ、アリスの生み出した巨大な炎を呆然と見つめていた。
そして注目されたアリスの目は……瞳孔が完全に開いていた。
端的に言えば、キレていた。
「言うこと聞いてくれないし……襲ってくるし……守ってあげたのに襲われるし……」
ブツブツ言うアリスの雰囲気は、野生の竜であっても異様に感じたらしい。
明らかに怯んでいた。
「もういい! お前ら全員、吹っ飛べっ!!」
自分でこの事態を引き起こしておきながらこの言い草。
完全な逆ギレである。
だが、元々思い通りに事が運べずイライラしていたところにこの状況。
思わずキレてしまったアリスは、迷わずその巨大な炎の塊を竜たちに向けて放った。
竜たちは堪ったものではない。
さっきまで食うか食われるかの攻防をしていた竜たちは、草食竜も肉食竜も一緒になって逃げだし、間一髪でアリスの魔法の直撃を食らうことは回避した。
だが、直撃は避けたとはいえその衝撃で吹き飛ぶ竜たち。
さっきは、それで気絶したはずの草食竜たちだったが、今は気絶している場合ではない。
気絶したらヤられる!
その思いで、倒れた身体をすぐに起こし一目散に逃げだした。
竜たちは後ろを振り返らない。
なぜなら……。
「まぁ~てぇ~」
恐ろしい形相をしたアリスが、幾つもの魔法を展開しながら追いかけて来ていたから。
迫りくる魔法をなんとか掻い潜り、竜たちは逃げた。
逃げて逃げて……ようやくアリスを振り切った竜たちは、気が付けば生息地の奥へと追いやられていた。
結局、図らずも当初の予定通りに誘導することに成功したアリスなのであったが……。
「りゅうはいないかぁ~……りゅうはいないかぁ……」
その後、そんな言葉を発しながら竜を探すアリスを見た他の仲間たちは、まるで伝説に出てくる鬼のようだったと、そう口々に言うのだった。