思いもかけない話
「あ、リーファンさん。あっちにいますよ」
「了解した」
俺は、索敵魔法の使えないリーファンさんに付き添い、竜と思われる魔力反応のある場所まで案内していた。
かなりの数が固まっているけど、これは……。
そう思いつつその場所まで辿り着いてみると、想像通りの光景が広がっていた。
「やっぱりか」
そこにいたのは、四足歩行の竜が群れで草を食んでいた。
草食竜だ。
「これは、狩りの対象外ですね」
俺はそう言うと、魔力を練り竜たちの目の前にある魔法を放った。
『プギィィィ!!』
草食竜たちを取り囲むように、突如現れた巨大な炎の壁。
その魔法に草食竜たちは驚き、大きな叫びをあげながら逃げて行った。
炎の壁には一部隙間を開けてある。
竜たちは、俺の狙い通りその隙間を通ってそのまま真っ直ぐに逃げて行く。
その方向は、竜の生息地。
村に近い所にいたので、生息地の奥の方へと誘導したのだ。
草食竜が近くにいるということは、それを狙って肉食の竜が近付いてくる可能性があるからね。
しかし、食事中だったのに悪いことしたなと逃げて行く草食竜たちを見ながら思っていると、もう一つの反応が勢いよく近付いてくるのが分かった。
「あ」
「どうしたシン殿」
「リーファンさん、戦闘準備をお願いします」
「……まさか」
「ええ。その右手の林の中から出てきますよ」
俺がそう言った直後だった。
『ゴアアアッ!!』
あの魔物化された暴君竜よりも小さいが、二足歩行の肉食竜が逃げて行く草食竜に向かって突進していった。
なんか、一匹だけはぐれてるのがいるなと思っていたけど、あれ食事中の草食竜を狙っていた肉食竜だったのか。
「……」
俺の宣言通りに出てきた肉食竜に驚いた顔をしていたリーファンさんだったが、ハッと我に返るとすぐに剣を抜き戦闘態勢を取った。
肉食竜は草食竜に襲い掛かるが、草食竜の方が肉食竜よりも身体が大きい。
食べられまいと必死に暴れ回り、捕食しようとする肉食竜に抵抗していた。
それでもなんとか草食竜に牙を突き立てようとする肉食竜だったが、単独の肉食竜に比べて草食竜は群れ。
襲われているその草食竜を助けようと、他の草食竜が肉食竜の身体へ次々と体当たりを繰り出した。
『ギャオアッ!!』
体格に劣る肉食竜は、草食竜たちの反撃を受けて吹き飛び地面を転がっていった。
その隙に、草食竜たちは全速力で逃げて行ってしまった。
『グウゥ……』
ようやく起き上がった肉食竜は、悔しそうに逃げて行く草食竜を見送っていた。
その姿は、なんとも物悲しい。
「「……」」
せ、切ない光景だな……。
でもまあ、これが自然なのかも。
前世の地球でも、肉食獣が獲物を食べられるのは数日に一回とかって聞くしな。
恐ろしいイメージのある肉食竜とはいえ、毎回捕食できるわけではないんだろう。
目の前にいる肉食竜も、逃げて行く草食竜を諦めたようだ。
……で、俺たちの方をクルっと振り返った。
「見てますね」
「見てるな」
『グルルル……』
うん。
完全にロックオンされたね、これ。
肉食竜は分かっているんだろう。
身体の大きな草食竜に比べて、肉は少ないが人間は狩りやすい獲物であることを。
そして、多くの人間にとって竜とは、出遭ったが最後あとは捕食されるのを待つだけの存在だ。
心なしか、竜の表情が喜んでいるように見えるなあ。
『ガアアアッ!!』
そんなことを考えていると、竜が咆哮をあげながらこちらへと突っ込んできた。
なんの捻りもない、突進である。
「よっと」
俺は真っ直ぐに突っ込んでくる竜の目の前に、ちょっと硬めの土壁を作った。
残念ながら俺たちは、大人しく竜に捕食されるだけの人間じゃないんだよね。
勢いよく突っ込んできた竜は、突如現れたその壁に対処できるはずもなく……。
『ゴヘッ!!』
頭から壁に突っ込んで変な声をあげた。
硬めに作った壁は壊れることなく存在しており、その壁の向こうで肉食竜が倒れる音が聞こえた。
警戒しつつ壁の向こう側を確かめてみると、よほど強く頭を打ち付けたのか肉食竜がピクピクと痙攣していた。
それを確認した俺は、風の刃を作り出して肉食竜の首を切断し、止めを刺した。
その一連の流れを見ていたリーファンさんが、ポツリと呟いた。
「肉食竜をこうもアッサリ……」
なんか複雑な表情でそう言ってるけど、身体は大きいけど魔物化してる訳じゃないし、索敵魔法であらかじめどこにいるかも分かるし、そんなに難しい狩りじゃない。
だけど、リーファンさんにとってはそうではないらしい。
「便利なものだな。索敵魔法というものは」
狩られた肉食竜を見ながら、リーファンさんはしみじみとそう言った。
「俺としては不思議ですね。なんで誰も索敵魔法が使えないんですか? 向こうでは魔法使いにとって必須な技術ですよ」
悠皇殿からミン家への道中に刺客に狙われたときにも思ったが、なぜ誰も索敵魔法の存在を知らないのだろうか?
リーファンさんも、商人として知識が豊富そうであるシャオリンさんもそうだが、刺客たちも知らなかったに違いない。
でなければ、潜伏しているのにあんなに魔力を駄々洩れにするはずがない。
そう思ってリーファンさんに質問すると、少し困った顔をしながら答えてくれた。
「俺たちの中で魔法とは自分の身体の中で練るものだからな。火を出したり水を出したり、こんな風に土で壁を作ったりするのは呪符を使うのが常識だ」
「へえ。クワンロンでは身体強化の魔法が主流なんですね。ってことは、放出系の魔法を使える人はいない……わけないか」
「ああ。当然、シン殿たちのように呪符を使わずに魔法を行使するものもいる。だが、それは少数派なのだ」
「ですよね。でないと呪符に攻撃魔法のイメージを付与できないし」
「その通りだ。呪符を使わずに魔法が使えるものは、呪符士になるのが普通だな」
呪符士?
ああ、呪符を作る人か。
「でも、放出系の魔法が使える人が前線に出た方が戦い方に柔軟性が出ていいと思うんですけど、しないんですか?」
「確かにそうなんだろうが、そもそも魔法が使える者というのが少ない。それなら、そういった魔法使いの作った呪符を、魔法の使えない者が使った方が使える魔法の量が増えるだろう?」
「それはまあ、確かに」
「だからクワンロンでは、戦闘に使う魔法とは呪符を使うのが昔からの常套手段だ」
「でもそれって、兵士皆に魔道具を持たせるのと同じですよね? そうなるとコストが……ああ、そうか」
この国では、魔石の値段が俺たちの国とは段違いで安い。
紙も普通に流通しているみたいだし、呪符は魔道具ほどのコストはかからないのか。
だからこそ、戦闘時には呪符によって魔法を行使することが浸透したと。
そのためクワンロンの魔法は身体強化の方面に強くなったというわけか。
戦闘職全員が魔法が使える戦士。
確かに強いんだろうけど……そのための弊害が出た。
「魔法使いはいるけど前線には出ない。となれば戦闘で使えば便利な索敵魔法も思いつかないか……」
「いや、前線の兵たちからは敵や魔物、竜たちがどこにいるのかが分かるものを作れないかという声はよく聞くな。実際俺も、そういうものがあれば欲しいと思っていた」
ああ、そこで思考が魔道具へ向いちゃったわけね。
魔道具でどうにかしようと試行錯誤してしまったものだから、自分の魔力で相手の魔力を感知する索敵魔法という考えに至らなかったと。
いわゆる盲点になってしまったんだろう。
「俺も身体強化の魔法は使えるんだがな……シン殿」
「なんですか?」
「さっき、索敵魔法は魔法使いにとって必須の技術だと言っていたな」
「ええ」
「どうだろう? こんなときだが俺に索敵魔法を教えてもらうことはできないか?」
「今……ですか?」
「ああ」
うーん……どうなんだろう?
今は一刻も早く村の近くまで来ている竜たちを追い払う、もしくは狩らないといけないのに、俺たちだけそんなことをしていてもいいんだろうか?
こういうときじゃなければすぐに教えてもいいんだけど……。
そうやって悩んでいると、リーファンさんが苦笑交じりに言ってきた。
「こう言ってはなんだが……正直、俺は今のままではあまり力になれそうにない」
「そんなことは……」
「そうか?」
リーファンさんがそう言った直後だった。
俺たちから離れた場所から爆発音が聞こえてきた。
それも複数。
「今の爆発、シン殿には誰が引き起こしたものか分かるか?」
「え? えーっと……」
誰だ?
肉食竜の討伐に爆発魔法を使いそうなのは、アリスとかリンとかだけど、ひょっとしたら草食竜を生息地の奥地へ追い立てるために使ったのかもしれない。
となると、誰が使ったのか?
「うーん……」
「それが答えだ」
「え?」
「あれほどの爆発魔法を使える者を、シン殿は特定できない。つまり、皆があのような魔法を使えるというわけだろう?」
「まあ、そうですね」
「ということは、さっきの魔法は、シン殿以外の十一人全員が使える」
「そうですね」
「俺一人抜けても問題ないとは思わないか?」
確かに、それなら問題ないのか?
でもなあ……。
それでも俺が悩んでいると、リーファンさんが決意を込めた目で俺を見てきた。
「もちろん、この国の問題をシン殿たちだけに任せるつもりはない。そんな恥知らずな真似、できる訳がない」
リーファンさんはそう言うと、深々と頭を下げた。
「頼む! 今の俺は、いわばクワンロンを代表する立場だ。その俺がなんの役にも立ちませんでしたという訳にはいかないんだ!」
「リーファンさん……」
そうか、今竜から村を守ろうとしている俺たちは外国人。
この国の人間はリーファンさんしかいない。
リーファンさんはとにかく、この戦いにおいて戦功が欲しいんだ。
「分かりました。幸い……と言っていいのかどうか分かりませんが、今は周囲に竜が沢山いる状況です。今この機会に索敵魔法を教えますよ」
俺がそう言うと、リーファンさんはガバッと頭を上げ、俺の手を両手で握り締めた。
見た目通り、ゴツイ手だな。
「感謝するシン殿! 今この場で索敵魔法を習得し、次の生息地では役に立ってみせると約束しよう!」
「ええ。頑張りましょう」
こうして、俺は一旦狩りを皆に任せリーファンさんに索敵魔法を教えることになった。
「それにしても、なにがどう作用するのか予想もつきませんでしたね。まさか魔石が潤沢に取れることがこんな状況を生み出すとは」
「そうだな。正直、西方諸国での魔法は、放出系がメインだと聞いたときは驚いた」
「俺も今の話を聞いて驚いてますよ。確かに身体強化の魔法もありますし使えますけど、それに特化するとは……」
「どこも似たようなものか」
「ですね。もう少し魔法が使える人間が多ければ、魔法の使い道に多様性が出るとは思うんですけどね」
この世界の人間は全員が魔力を帯びているが、魔法を使えるほどの魔力を帯びているのは西方諸国で全人口の半分以下。
魔法が使える人間は、訓練次第でいくらでも扱える魔力量を増やすことができるが、使えない人間はどう頑張っても後天的に魔法が使えるようにはならない。
もしそういう方法があるなら、魔法はもっと進化するはずなんだ。
「なんかこう、後天的に魔法が使えるようになる方法ってのはないんですかね?」
今までそんな話は聞いたことがないので、何の気なしに言った言葉だったのだが、リーファンさんから思いもよらない返事が返ってきた。
「……ないこともない」
「え?」
い、今……なんて言った?
「リ、リーファンさん……それって……」
どういう方法なのか?
そう聞こうと思ったのだけど……。
「……いや……やはり教えられない」
「そんな! そこまで言っておいてそれはないでしょ!?」
っていうか、俺には索敵魔法を教えろって言っておいて、自分が知ってることは教えないって。
それはないんじゃない?
俺はそう思ったのだが、どうやらリーファンさんも同じこと考えたらしい。
「……フェアじゃない……か」
「じゃあ!?」
「ああ。後天的に魔法が使えるようになる方法を教えよう」
リーファンさんは覚悟を決めたようにそう言った。
良かった、もし教えてくれなかったら気になって眠れなくなるところだった。
「そ、それで? 後天的に魔法が使えるようになる方法は?」
早く教えてくれとそう言ったのだが、リーファンさんは渋い顔をしてこう言った。
「その前に約束してくれ。この話は決して広めないと。誰にも試さないと」
「な、なんでですか!? こんな画期的な話、広めないなんて」
「禁忌なんだ」
「え?」
「この方法はな。クワンロンでは禁忌とされているんだよ」
「き、禁忌って……なんで……」
「それはな……」
そう言ってリーファンさんが教えてくれた、後天的に魔法が使えるようになる方法。
それは、とても簡単なものだった。
そして……それがなぜ禁忌とされているかも、同時に理解したのだった。