説得? 脅迫? 詐欺?
「見えました、あそこです」
しばらく浮遊魔法で移動したあと、シャオリンさんが前方を指差して言った。
その顔は、あんまり元気のない感じだ。
オーグの言葉がよっぽど堪えたんだろうなあ……。
空を飛び始めた最初の方は楽しそうだったのに、オーグに釘を刺されたあとは明らかに落ち込んでいた。
ちょっと可哀想だけど、ハオが強力な武器を隠し持っているかもしれないという情報を今の今まで隠していたんだ。
信用度が下がるのはしょうがないか。
でも、なんで隠してたんだろう?
……あれかな?
ハオの持っている武器の付与を俺が見て、真似されたら困るとかそんなこと考えたのかな?
けど噂だし、言わなくてもいいかと思っていたらこの事態が起きた。
なので情報を後出ししてきたってとこかな?
確かに、前文明の武器の付与が漢字で書かれている以上、確かに見たら分かるかもしれない。
けど、そういう武器は作らないって約束したんだけどなあ……。
やっぱり、出会ってまだ日も浅いし、信用されてなかったってことか。
オーグもシャオリンさんのこと信用してなかったみたいだし。
まあ、俺みたいな得体の知れない知識を持っている人間を簡単に信用するわけにはいかないか。
……言ってて悲しくなってくるな。
オーグの場合は王族だし、そんなに簡単に人を信用するわけにはいかなかったんだろう。
それは正しい……あれ?
「……なんだシン、人の顔をジッと見て」
「ん? ああ、いや……」
オーグが不審そうな目で俺を見ているので、俺はオーグに近付き、声を潜めて話しかけた。
「オーグって、まだシャオリンさんのこと信用してなかったんだな」
「当たり前だろう」
「それってやっぱ、出会って間もないから?」
「それもあるが……」
「でも、俺のときはすぐに打ち解けてなかったか?」
俺がそう言うと、オーグは「ああ」と納得したような顔をした。
「お前のことは父上からよく聞いていたからな。初めて会った気がしなかった。それに、マーリン殿の孫だしな」
「ああ、そういうこと」
「あの女に関しては、それ以外にもこちらに要らぬ疑いをかけてきたりしたからな。そういう疑いをかけられて良い気はせん」
オーグはそう言うと、話はこれで終わりだという風に前を見た。
……あの時、疑いをかけられたのは俺だよね?
それにムカついたってこと?
え? そうなの?
俺が、なんとも言えない気持ちでいると、後ろでアリスとリンがヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
「殿下とシン君、怪しくない?」
「これは事案。エリーに報告しないと」
「うおいっ! とんでもない誤解すんな!」
最近はエリーがそのことで俺に突っかかってこなくなってるのに、また再燃させるようなこと言うんじゃねえよ!
「ねえ、バカなこと言ってないで。もう着くわよ」
マリアの言葉でハッと我に返って前を見た。
シャオリンさんに言われたときは小さく見えるだけだった村が、もうすぐそこまで迫っている。
「おっと、危ない。通り過ぎるとこだった」
「もう、シャキッとしてよね」
「悪い」
丁度村の上空まで来たところで全員風の魔法を停止し、眼下の村を見た。
……見たところ、まだ村は健在だな。
「どうやら間に合ったようだ。下に降りるぞ」
オーグの言葉で俺は浮遊魔法の高度を下げた。
移動は各々だけど、上下は俺がしなきゃいけないからな。
そうして村の門の前に降りると、門番と思われる人が唖然とした顔をしているのが見えた。
ああ。そりゃそうか。
空から人が下りてきたんだから、そうなるわな。
変に驚かせてしまったなと反省していると、シャオリンさんが村の門番のもとに走っていった。
彼女にとっては、門番の状態とか構っていられないんだろう。
シャオリンさんが事情を話すと、門番さんは唖然とした表情からかなり驚いた表情に変わり、村の中に走って行ってしまった。
あれ? これ、待ってなきゃいけないの?
とにかく、シャオリンさんから事情を聞こう。
「シャオリンさん、どうしたんですか? まだ行っちゃいけないんですか?」
「それが……村の責任者に確認してくると言って……戻ってくるまでここから動くなと言われてしまって」
シャオリンさんのその言葉に、アリスが憤慨した。
「はあっ!? なに悠長なこと言ってんの!?」
「本当ですね。状況が分かっていないのでしょうか?」
珍しい。シシリーまでプリプリしてる。
さっきの村で食い散らかされた人間の姿を見てるからな。
一刻も早く竜の状況を確認しに行きたいと思っているんだろう。
そんな人間からすれば、さっきの門番の態度は状況を理解していない悠長なものに見えたんだろう。
っていうか、シャオリンさんはこの村にも来たことがあるだろうし、彼女の言葉なら信用できると思うんだけどな。
やっぱあれかな。
例の法案があるから、事実だとしても本当に竜を狩っていいのかどうか確認しに行ったんだろうな。
っていうか、緊急事態のときはどうするんだろうか?
そういう事態に陥っても、上司の確認を取りに行くんだろうか?
そんなことを考えていると、さっきの門番が一人の男性を連れてきた。
服装を見る限り、悠皇殿で見た官僚の服に似てる。
この村に常駐する役人なのかな?
そう思ってその男性を見ていると、シャオリンさんに向かってなにかを言った。
「なっ!?」
シャオリンさんは驚いた声をあげると、その役人風の男になにかを抗議した。
だが、その男は首を横に振るだけで全く取り合わない。
なんだ?
「シャオリンさん、どうしたんですか?」
「そ、それが……」
俺が声をかけると、シャオリンさんは非常に言いづらそうに言った。
「竜の大量繁殖が起きているから間引きをすると言ったのですが……認められないと言われてしまって……」
「は?」
なんだそれ?
そう思って役人風の男の顔を見た。
その顔は……明らかにこちらを見下していた。
そして、その口元には嘲笑が浮かんでいた。
「シャオリンさん。この人って役人?」
「え? はい、そうです。この村常駐の役人です」
「……もしかして、ハオの息のかかってる人間かな?」
俺がそう言うと、シャオリンさんは少し考えたあと答えた。
「確証は持てませんが、恐らく……」
ふーん、そうか。
ということは、コイツが竜の大量発生の兆しが見えたときに連絡をする担当なのかな?
というか、各村にハオの息のかかっている人間がいないと、その連絡網は機能しないしな。
ってことは、竜の数が増えていることをハオ以外の人間に知られることはマズイって考えてるよな。
それで、竜の討伐を認めないってことか。
「シャオリン殿。すまないが通訳してくれるか?」
どうしようかと思っていると、オーグが前に出てシャオリンさんに通訳をお願いしていた。
オーグが交渉をするとなると、もう俺たちの出番はないな。
俺は大人しくオーグの後ろにまわった。
周りを見ると、皆が期待を込めた目でオーグを見てる。
「私は西の大砂漠地帯を越えた先にある、アールスハイド王国の王太子、アウグスト=フォン=アールスハイドだ。貴殿は?」
シャオリンさんが通訳すると、役人は目を見開いた。
そして、説明を求めたのだろう、シャオリンさんがなにか説明し、ようやく納得したようだ。
『私は、この村の管理者だ。それで、他国の王太子がなんの権限があってここにいるのか?』
「権限? 権限なんてないさ。私たちがここにいるのはあくまで人道支援だからな」
オーグのその言葉を聞いた役人は『はっ』と嘲るように笑った。
『人道支援だと? そんなもの、この村には必要ない』
「ふむ、そうか。だがなあ……」
『なんだ?』
「そこの門番に聞かなかったか? 我々がどのようにしてこの村に来たのか」
『……ああ、なんでも空を飛んできたとか。下らん与太話だ』
「残念ながら事実だ。おい、シン」
役人と話していたオーグがこっちを向いた。
何も言われてないけど、浮遊魔法をかけろってことなんだろうなと解釈してオーグに浮遊魔法をかけた。
『は……? はあああっ!!??』
あ、今のは通訳されなくても分かった。
とりあえず役人が目撃したので浮遊魔法を解除した。
「見た通り、空を飛んできたのは事実だ」
『……』
役人の方は、まだ驚愕から戻ってきていない。
早く戻って正気にならないとオーグのワンサイドゲームになるぞ?
「で、ここに来るまでに空からこの周囲の様子をみたのだがな……」
オーグはそこで言葉を切ると、深い溜息を吐いた。
「かなりの数の竜がこの村を目指して進行しているのを目撃したのだ」
『なっ……!?』
「それに、実はここに来る前に別の村にも寄ったのだが……』
『……』
役人はゴクリと息を呑み、オーグの言葉に聞き入っている。
あーあ……。
「悲惨の一言だったな……食い散らかされた人間の破片……あちらこちらから聞こえる襲われている人々の悲鳴……まさしく地獄だった……」
……そうだっけ?
オーグの言葉に首を傾げる俺たちとは違い、役人と門番は真っ青な顔をしている。
メッチャ信じてんじゃん。
「この村に着いたとき、まだ襲われていなくて心底安堵した。正直、またあの地獄のような光景を見ることになると思っていたからな」
オーグの演説はまだ続く。
「この村を、あの村と同じような目に遭わせる訳にはいかない。協力してくれないか?」
オーグの言葉を聞いた役人は、さっきまでの態度とは違って、真剣に考えだした。
散々脅したからな……九割嘘だったけど……。
そして、考えがまとまったのだろうか、役人が口を開いた。
『……やはり許可できん。竜に関しては保護法案が施行されているのだ。軽々しく破る訳には……』
うーん、中々手強いな。
それほどにハオが怖いのか?
オーグはそんな役人の心中を察したのか、止めとなる言葉を発した。
「残念ながら、その法案は廃止になるはずだ。ハオ氏は、その法案を立案した責任を取らされるそうだからな」
『なっ!? ハオ様が!?』
ハオ様って……やっぱり、こいつハオの息のかかった人間か。
「そういうことだ。どうする? 今悠皇殿では、竜の大量発生は国難だと思われている。それを引き起こしたハオは国賊だという認識だ。どちらに与するのが得か……分かるだろう?」
……詐欺師がいる。
嘘八百並べ立てるオーグのことを、俺たちは後ろからジト目で見ていたのだが、役人の方はそうではない。
この村の人間にも面識のあるシャオリンさんが身元を保証した他国の王太子。
その王太子の言葉なら、疑いもなく信じるだろう。
散々考えたあと、役人はようやく重い口を開いた。
『分かった……許可しよう』
その言葉を聞いたオーグは、口元だけで笑った。
「そうか。賢明な判断をしたようでなによりだ。で、貴君らに頼みがあるのだが」
『頼み?』
「ああ。我々は、今から増え過ぎた竜を狩りに行くが……如何せん範囲が広い。漏れのないようにするつもりだが、万が一ということもある。この村の周りに兵を布陣してくれないだろうか?」
『それは構わないが……いいのか? 我々は戦わなくて』
「構わない。我々は空を飛べるからな。我々だけの方がやりやすい」
『そうか……』
多分、オーグは足手まといになるから必要ないって言おうと思ったんだろうけど、それを直接言ってしまうと物凄い角が立つ。
なので、さっき見せた浮遊魔法を引き合いに出して役人を納得させた。
相変わらずうまいねえ。
「それでは、早速我らは竜の間引きに向かう。シャオリン殿、村の砦に避難しておいてくれ」
「はい。分かりました」
「それでは、行こう」
オーグがそう言ったので、俺は再度浮遊魔法を、今度は全員に向かってかけた。
「ぬ……で、殿下」
そんな中で、相変わらず苦い顔のリーファンさんがオーグに声をかけた。
「どうした?」
「申し訳ないが、私は道具もなしに魔法など使えない。正直、足手まといにしかならないと思うのだが……」
……ああ、リーファンさん、さっきのオーグの言葉を真に受けたのか。
「すまんな。さっきのはあの役人を納得させるための方便だ。実際には地に降りて戦うので安心しろ」
「あ、そ、そうだったのか……」
地上での戦いになるということで、リーファンさんの顔から緊張が少し取れた。
それにしても、方便ねえ。
「さっきは、その方便を使いまくってたな。いいのか? そんな大嘘こいて」
俺がオーグにそう言うと、フッと笑った。
なにその笑い。ムカつくんですけど?
「嘘などついていないさ」
「いやいや、嘘ばっかだったじゃねえか!」
「嘘ではないぞ。実際には見ていないが、この周囲に割と大きめの魔力の反応が多数あるのは確認したからな」
「それは確かに俺も確認したけど……じゃあ、前の村のことは?」
「あれも、我々が見ていないだけで、実際あのような状況だったのは間違いないさ」
「……ハオのことは? まだ国賊ってわけじゃないじゃん」
「『まだ』な。近々そうなるさ」
……呆れてものが言えない。
全部予想と想像でしかない。
でも、言われてみるとそうかなとしか思えない。
本当にこいつは……。
「それより、余計なことに時間を食った。さっさとこの生息地の竜を間引きして次の村に向かうぞ」
「あ、ああ。分かった」
「皆に言っておくぞ。我々が狙うのは肉食の竜だけだ。草食の竜は極力狙うな。それと、殲滅するなよ? 肉食の竜が全くいなくなってしまうと、それはそれで困るからな」
食物連鎖ね。
草食竜が増え過ぎると、森や草原が無くなってしまうっていう。
「理解したな? では……散開!」
オーグの合図と共に、皆一斉に竜のもとへと走って行った。
そんな中俺は……。
「リーファンさん。俺が竜の魔力のところまで案内するので、付いてきてください」
「ああ、分かった」
索敵魔法が使えないリーファンさんと行動を共にすることにした。
さて、じゃあ俺も行きますか。