騒ぎになりました
前話の一部を修正しています。
魔人が現れた事、そしてそれが討伐された事はすぐに王城にまで伝えられた。まあ、軍人があそこに居たし、すぐに報告したのだろう。家に帰ると王城からの使いがやって来ていた。
「おかえりなさいませシン様、アウグスト殿下、ユリウス様、トール様、シシリー様、マリア様」
「ただいまアレックスさん」
「シン様、王城より使いが参っております」
「王城からの使い?」
「それはそうだろう。また魔人が現れたんだ、それだけでも王城が引っくり返る程の騒ぎになる。ましてやそれが討伐されたとなると、その討伐者を表彰しない訳にはいかないからな」
「はぁ……面倒臭い話になりそうだなぁ……」
「何を仰っておりますシン様! むしろ当然です!」
「アレックスさん?」
「シン様が魔人を討伐されたと聞いた時、当然心配致しましたが我々はとても誇らしい気持ちになったのです!表彰される事は当然です!」
もう一人の門番さんもしきりに頷いている。
「そ、そうですか……」
興奮しているアレックスさん達の横を抜けて自宅に入る。自宅に入ると、王城からの使いという男性と、ディスおじさんが居た。
いや、何してんの? ディスおじさん。使者の人、直立不動になってんじゃん。
「何でディスおじさんがここにいるのさ? 使者の人固まってるよ?」
「フム、事が事だけにな、私自らシン君とマーリン殿、メリダ師に話をしておかなければいけないと思ったのだ」
「何で?」
「その前に……おい、例の通知を」
「は、はい! シン=ウォルフォード殿! 貴殿は魔人の出現という国難に際し、自らの身の危険を省みず、これを討伐するに至りました! つきましては、アールスハイド王国よりその行為に対し感謝の意を表し『勲一等』の勲章を授与する事になりました。シン=ウォルフォード殿には授与式に出席して頂きたいと存じます!」
一気に言い切ったな。それにしても勲章って……その言葉に爺さんとばあちゃんの雰囲気が変わった。
「ディセウム……お主は言ったな? シンを政治利用するつもりは無いと。なのにこの扱いはなんじゃ?」
「アタシも聞いたねぇ……どういう事だい?」
爺さんとばあちゃんが恐い。今まで感じた事の無い剣呑な雰囲気に皆が息を呑んだ。
「そう言われると思ったからこそ私が来たのです」
ディスおじさんがここに居る理由を話し始めた。
「今回、数十年振りに魔人が出現致しました。過去に一度魔人が現れた時は、このアールスハイド王国滅亡の危機に瀕しました。その脅威をこの国の人間は決して忘れません。その脅威がまた現れた。この事は既に多くの民の耳に入っております。そして、すぐさま討伐された事も伝わっております。この国にとって、魔人の出現と討伐は隠しておく事が出来ない事柄なのです」
「それは分かっておるがの。勲章の授与というのはどういう事じゃ」
「それは、マーリン殿メリダ殿、お二人へ魔人討伐の際に授与した勲章を、同じ功績なのに授与しない訳にはいかないのです」
「む……」
「確かに、それはそうだろうけどねぇ……」
そうか、やった事だけ見れば爺さんとばあちゃんと同じか。だから爺さん達と同じ勲章を授与しないとおかしいと。まぁ勲章が授与される理由は分かったけど同じかって言われるとなぁ……。
「勿論、それを利用しようという輩はいるでしょうがそれは私が全力をもって阻止します。何なら授与式で宣言してもいい。ですから、何卒お許し願えませんか? 私の為ではなく、国民の為に、お願い致します!」
そう言うと深々と頭を下げた。
「へ、陛下!」
「父上……」
使者の人もオーグも驚いている。そりゃそうだろう、自分が至上と仰ぐ国王が英雄とは言え一介の老人に頭を下げた。驚かないはずが無い。
「マーリン殿、メリダ殿。私からもお願い致します。どうかお許し下さい」
「殿下まで!」
オーグまで頭を下げた。それを見た使者の人も……。
「お、お願い致します!」
頭を下げた。
国王、次期王太子予定の王子、使者の三人に頭をさげられ爺さんとばあちゃんは難しい顔をしていたが、やがて……。
「……はぁ……分かった。ディセウム、その言葉を信じよう。もし、その言葉を違えれば我々はこの国を出る。二度と関わりも持たん。それでよいな?」
「分かりました。それで結構です」
「それと、一国の王が簡単に頭を下げるでない」
「今回の事はそうしなければいけないと判断したのです」
「それにしても……全く次から次へとまぁ……こんなにトラブルを起こすもんだよ」
「ちょっ! 俺のせいじゃなくね?」
「そうだな、シンと一緒にいると退屈しないな」
「あの……すいません……トラブルの一端は私ですね……」
「シシリーは気にしなくてもいいんだよ。そういったトラブルを集めてくるこの子のせいなんだ」
「俺のせいじゃない!」
そう叫ぶ俺を、みんな憐れむような目で見てる。な、なんだよう……。
「まぁ、確かにトラブルに巻き込まれる事は多いな。今回の事なんてその最たるものだ。良ければ詳しい顛末を聞かせて貰ってもいいかい?」
今回の騒動について聞かれたので、主に俺が、時々皆が補足を入れながら事の顛末を話す。そして……。
「人為的に魔人化させた!?」
ディスおじさんが驚いている。しかしそれは信じられない事を聞いたという感じじゃない。なんだ?
「それは確かなのかい?」
「いや、あくまでも推測だよ。確証は何も無い」
「フーム……これは……」
ディスおじさんが難しい顔をしている。そりゃこんな事を聞かせられたらそうなるよね。
「シン君、アウグスト、トール、ユリウス、シシリー、マリア、君達に命ずる。この事は箝口令を敷く。決して口外してはならない。分かったね?」
そう口止めをしてきた。
「良いけど、Sクラスのクラスメイトと担任の先生には話したよ?」
「それはこちらで対応しよう。各人に使者を派遣し口外しないように伝えておく」
「分かったよ。本当は自分で言いたかったけど……」
「すまんな、出来れば迅速に対処したい」
こうしてディスおじさんは帰って行った。授与式の日程については後日連絡してくれるとの事だ。
そしてこの事の捜査が始まるそうだ。リッツバーグ家にも捜査は及ぶ。カートの父親の処遇についてはまだ決まっていない。
内容を見れば完全にカートの暴走だ。しかし、自宅謹慎をさせたにもかかわらずカートを家から出してしまった事、カートがあのようになるまで気付かず放置してしまった責任は取らされるらしい。
しかし人体実験の犠牲者の可能性が出たので、リッツバーグ家には情状酌量の可能性がある。それも含めて全てこれからだそうだ。
ただ、事務次官を務める財務局を辞任するのは間違い無いそうだ。その後は当主だけ領地に戻るのではないか? というのが大筋の見解だ。
この国の貴族というのは皆領地を持っている。それならば何故皆王都に住み、役所に勤めているのか?
それは、建国の時にまで話は遡る。当時、建国に際し功績のあった者が各地に領地を賜り貴族となったが、反乱を起こさないという意思表示の為に家族を王都に住まわせた。そして領地は代官に任せ、自身は国政の要職に就き、一年の半分以上を王都で過ごすという生活をするようになった。
これは強制ではなく貴族達が自主的に行っている事らしい。王都に家族を住まわせていなくても別に罪は無いが、他の貴族からの風当たりが強くなるそうだ。
ちなみに、シシリー、マリア、トール、ユリウスの家も領地を持っている。
シシリーの家は山の麓にある町で、温泉が湧き他の貴族の別荘があるらしい。観光地として有名で、町はそんなに大きくはないが税収はそれなりにあるらしい。公共事業にかなり費やしている為、客足が途絶える事はなく年々町は大きくなっている。
マリアの家は海沿いの町で、漁業と海運業が盛んらしい。海産物の美味しい町で漁業とグルメの町として旅人に人気で、海運業も盛んなので異国情緒溢れる町だそうだ。
トールの家は特にこれと言った産出物の無い町だそうだが、職人の育成に力を入れており、その町の生産物は一種のブランドになっているとの事。
ユリウスの家は海と山に囲まれた正しくリゾート地だそうだ。夏はキャンプやバーベキューにハイキング、冬はスキーが出来る山。白く輝きどこまでも続くビーチ。数々のリゾート施設が建ち並び、リゾートホテル、高級コンドミニアム、その他諸々。貴族達は休暇をこの地で過ごす事がステータスになっているらしい。
武士のリゾート……。
長期休暇には各々の領地に行く事も多いので、その内皆で各々の領地へ行こうという話になった。
武士のリゾートが気になる……。
そして翌日、送り迎えはどうしようかという話になったが、結局続ける事になった。
理由は、俺の為。
「ほらほら見て見て! シン様よ!」
「あれが新しい英雄様……」
「はぁ……格好いいわぁ」
「一緒にいるのは誰なのかしら?」
「やっぱり、シン様程の方になると、既に決まった方がいるのよ」
「羨ましいわぁ……」
そう、昨日ディスおじさんが言った様に、アールスハイド国民は既に魔人を討伐した者がいる事を知っていた。爺さんとばあちゃんを超リスペクトする国民性だ、魔人を討伐したのが英雄の孫となると俺に近付いてくる者が出て来る事は容易に想像できた。なので、シシリーとマリアを連れていれば余計なちょっかいを掛ける者もいないだろうという理由だった。
ちなみにばあちゃんの指示だ。シシリーとマリアの両親も賛同した。
「ごめんなシシリー、マリア……なんか露払いみたいな役割頼んじゃって……」
「いえ、いいんです。気にしないで下さい」
「そうよ。シンにはお世話になったんだもの、これくらい問題ないわよ」
「そうですよ」
「でもなぁ……」
「それこそ、シン君と一緒にいるのは私の意思なんです。私の意思を無視しないで下さい」
俺がシシリーを護衛する時に言った言葉で返された。
「それを言うか?」
「フフ、言いますよ?」
「はぁ……この除け者感……私外れていい?」
「何言ってんだ」
「そうよ。除け者になんてしてないよ?」
「コイツら……」
マリアが頭を押さえる。マリアだけ除け者とかあり得ないだろ。
そうこうしてる内に学院に着いた。登校中から気になっていたけど、やたらと視線を感じる。やっぱり見られてるなあ。
ヒソヒソ話しているのは分かる。何を言っているのかは分からないけど。
「はぁ……鬱陶しいな……」
「それはしょうがないですよ。なんせ新しく現れた英雄なんですから」
「私も別のクラスだったら見に来てたかも」
「やめてよ……」
教室に入るとようやく落ち着いた。ここにいるのは昨日俺の話を聞いていた面々だ。いつも通りに接してくれる。
「おはようシン」
「おはようございますシン殿」
「シン殿、御早う御座います」
みんな普通だ、良かった。
「ねえ……昨日あたしの家に国の使いの人が来たんだけど……」
「私の家にも来た」
「僕のところもだねえ」
「私もぉ」
アリスは今日は既に来てた。
「学院に来るまでさあ、街の様子を見てたんだけどね、みんな浮かれてたよ。新しい英雄が生まれたって」
「それは僕も見たね、でも昨日の話を聞いてしまうとねえ……」
「うん。素直に喜べない」
「私も家族に聞かれたわぁ、話せる範囲で話したら皆凄く興奮しちゃって……私は素直に喜べなかったから変な目で見られちゃったなぁ」
皆色々思うところはあるらしい。でも皆同じ感覚を共有している。それだけで仲間意識を持てたし、俺を特別な目で見ない事も嬉しかった。
「ほら! 皆席に着け、そろそろ始めるぞ!」
アルフレッド先生が来ていつも通りにホームルームを始める。先生も昨日いたから、いつも通りだ。
「昨日の騒ぎで学院中が浮わついてる。ウォルフォードは特に気を付けろよ? 出来れば他の生徒と一緒にいてなるべく一人になるな。囲まれるぞ?」
「シン。冗談抜きで一人になるなよ? 本当に囲まれてパニックになるからな」
「え? マジで?」
「マジだ」
皆頷いてる。
そうか……そんな事になってるのか……遠巻きにヒソヒソ言われるだけかと思ってたよ。
「出来れば女性陣の誰かと一緒にいろ。男だけでいると女に囲まれるぞ?」
「マジでか?」
「ああ、よく知りもしない女に囲まれてみろ、面倒臭いぞ……」
なんか、やたら実感籠ってるな……まぁオーグはこんなんでも王子様だからな、パーティーとかあると囲まれるんだろうな。
「はぁ……面倒だなぁ……」
「諦めろ。今度叙勲を受けると更に騒ぎが大きくなるぞ」
「マジかぁ……」
どんどん大事になって行ってる。
今日は、結局昨日出来なかった研究会の説明会があったのだが、その後が大変だった。
「ウォルフォード君! 是非とも、是非とも我が『攻撃魔法研究会』へ!」
「何言ってんのよ! メリダ様から直々に付与魔法を教えて貰っているのよ!? 彼は私達『生活向上研究会』が相応しいわ!」
「いやいや、昨日の魔人は剣でトドメを刺したと聞いている。そんな素晴らしい身体強化魔法を使えるウォルフォード君は『肉体言語研究会』に来るべきだろう」
「ウォルフォード君! 英雄様のお孫さんであるあなた程私達『英雄研究会』に相応しい人はいないわ! 是非ウチに来て頂戴!」
研究会の勧誘が凄かった……。
結局、既に自分で研究会を立ち上げたので、研究会に入る事は出来ないと伝えると、先輩方は肩を落として引き下がって行ったが、今度は同級生から研究会に入りたいという申し込みが殺到した。
「あ、あの! ウォルフォード君が研究会を立ち上げたって聞いたんですけど!」
「私も入れませんか!?」
「僕も入りたい!」
「俺も!」
「だああああああっ! ちょっと待って! そんなに一度に言われても分かんないから!!」
あまりにも殺到したので、俺では捌けず、アルフレッド先生に入会に関しては一任した。
全員を研究会に入れる訳にもいかず、入会の為の最低基準を設ける事にしたらしい。
異空間収納が使える事。
それがアルフレッド先生が示した条件だった。
Sクラス全員が使えて、それなりの難易度となるとそれが一番妥当な条件だったらしい。
結局、Aクラスから二人研究会に入る事になり、B、Cクラスにはいなかった。
二人は幼なじみの男女で、マーク=ビーンとオリビア=ストーンと言った。鍛冶屋の息子と食堂の娘だそうだ。
実家の手伝いをする為に、魔法の才能があると分かった中等学院時代に真っ先に異空間収納を覚えたそうだ。配達と買い出しだな。
そんな騒ぎにヘトヘトになりながら教室に戻った。
「な? 騒ぎになっただろう?」
「ああ……実感したよ……」
「大変だったね……」
「すいません……勧誘には私達、何の役にも立てなくて……」
「いやいや、二人は何も悪くないから」
「まあ、これで一つ面倒事は乗り越えたな。後は叙勲まで騒ぎになるような事は無いだろう」
そうオーグが言う。確かにこの後は通常の授業が始まる。こういったイベントは無いので多少は落ち着けるだろう。後は、俺が気を付けていればいい。と思う。
まさか、今度はこんな騒ぎになるとはなぁ……。
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王城にある会議室に国王であるディセウム、軍務局長であるドミニク、そして警備局の局長であるデニス=ウィラーがいた。
軍務局は外敵、魔物や他国の侵略に備える部署で、警備局は国内の警備と平定、いわゆる警察と同じ役目を担う部署だ。
そして、シンから伝えられた情報をドミニクとデニスに伝えていた。
「なんと! 魔人が人為的に発生させられた可能性があるという事ですか!?」
「ウム、直接戦ったシンの感想だからな。それまでの経緯も考えると、あながち間違いでは無いように思える」
「そして……人為的に増やされた可能性のある魔物ですか……」
「ああ、ドミニクの報告を聞いた後だったからな、これは関連があると直感した」
「誰かが何かを画策している……」
「それが何処の誰だかは分からんがな。今回の捜査で判明すればいいのだが……」
「これは大変な事態になるやもしれませんな」
「そうはさせてなるものか! ドミニク、デニス、軍務局と警備局は連携し今回の件を徹底的に調査しろ! 何一つ見落とすなよ!」
『御意!!』
そしてディセウムが去った会議室にドミニクとデニスの二人が残った。
「しかし……最初にお前さんの報告を聞いた時はまさかと思ったんだがな……」
「魔人まで生み出すとは夢にも思っていなかったが」
「魔人化したリッツバーグ家の嫡男の周囲を徹底的に捜査すれば何か出てくるだろう、絶対にその悪事を暴いてやる!」
「そうだな。我々も協力は惜しまん」
二人は見えない何者かの悪意に激しい憤りを感じていた。




