交渉、第二弾
「正確には、魔石を精製する装置……かな」
俺は部屋の隅で喧々諤々と協議しているエルスの面々を見ながらそう言った。
「この話は、エルスだけでなくシャオリンたちにも言わない方がいいな。言ったらとんでもない火種になるかもしれん」
「それって……」
オリビアが恐々といった感じで聞いてきた。
「その装置を巡って戦争が起きてもおかしくない」
「せ、戦争……」
「とりあえず、クワンロン側も魔石の精製条件を知っているとは思えん。たまたま魔石が沢山採れる鉱山がある、という程度の認識だろう。そうでなければ、先程の会談の際に魔石の件も交易条件に入っていてもおかしくない。我々にとっては、それほどのカードだ」
「だな」
さっきの会談では、竜の革と飛行艇にのみクワンロン側の意識は向いていた。
おそらくクワンロンにとって、魔石とはその鉱山からいくらでも採れるありふれた資源なんだろう。
だから気にも留めなかった。
そしてその事実は、俺たちにとって非常に有利な話である。
クワンロンが気付かないうちに魔石鉱山と直接契約をし、魔石を安価に仕入れる。
気付いたときにはもう遅いって寸法だ。
……。
「なんか、悪徳商人になった気分だな……」
「商売上の駆け引きなんてそんなもんだ。いかに相手から欲しい物を安く仕入れられるか。突き詰めればそれに尽きる」
「そうなんだろうけど、なんか騙してる感が……」
「こちらが言っていないだけ、向こうが気付いていないだけで嘘は吐いていない。つまり、騙してはいないさ」
「詭弁っぽい」
「詭弁だぞ」
「分かってて言ってるのが怖いな」
「ふ、そう褒めるな」
「褒めてねえよ……」
怖い。
怖いよ商人と王族。
俺にはこういう交渉は無理だ。
なんか、つい相手に遠慮しちゃうっていうか……。
俺のウォルフォード商会でも、そういう交渉関係は全部専門の人に丸投げしちゃってる。
俺は商品開発だけしてればいいやってね。
適材適所だよ。
ナバルさんの方も、魔石の件は交渉の席では口にしないということで意見が一致していたらしく、すぐに意見が一致した。
そうして新たな打ち合わせをしていると、応接室のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
俺の返事で入ってきたのは、シャオリンさんとリーファンさん、それとスイランさんとユンハさんだ。
一緒に入ってきたスイランさんを見て、シシリーが慌ててソファから立ち上がった。
「駄目ですよスイランさん! まだ安静にしていないと!」
シシリーはそう言って、すぐにソファにスイランさんを座らせた。
そのソファに座っていたマリアとアリスは立ち上がり、対面のソファの後ろに立った。
「すみません、どうしてもお姉様が皆さまとお話をしたいと言って聞かなくて……」
「スグ、オワリマス」
スイランさんはそう言うと、なにかをシャオリンさんに話した。
その内容は。
『商売の話がしたいのです』
とのことだ。
「商売の話ですか。そしたら、竜の革の値段や取引させてもらう量なんかについて話し合いましょか」
ナバルさんがそう言うが、スイランさんは意外にも首を横に振った。
『竜の革の話ではありません』
スイランさんは、俺たちをジッと見て口角をあげた。
『魔石の話です』
その瞬間、俺たちの間に緊張が走った。
まさか……スイランさんは、魔石が西側諸国で高値で取引されていることを知って……。
そう思ってシャオリンさんを見ると、苦笑を返された。
そうか、さっきリーファンさんが言ってたじゃないか。
エルスで魔石を見た、って。
リーファンさんが外国でシャオリンさんを一人にしてウロウロしていたとは考えにくい。
ということは、そのときシャオリンさんも一緒にいたはず。
ということは、俺たちと同じことを考えてもなんら不思議じゃないってことか。
そう思ってリーファンさんを見ると……。
なんか青い顔してる。
どうした?
「シン殿、一つお聞きしたいのですが、クワンロンでの魔石の購入額について、なにか聞いていますか?」
「え? ええ、具体的な金額は知らないですけど、かなり安価だとか」
「はあ……やっぱり」
ん?
あ、これ、ホントは内緒にしときたかったことか。
それをリーファンさんがうっかり喋ったから俺たちに情報が入ってしまったと。
だからリーファンさんが青い顔してるのか。
このあと、どんな処罰を受けるのかとリーファンさんに同情していると、苦笑していたシャオリンさんが口を開いた。
「リーファンは護衛としては非常に優秀なのですが、商売上の話には関わってきませんでしたからね。まあ、口止めをしていなかった私にも非があるので責めるわけにもいきません」
口止めしてなかったのかよ。
そらまあ、なんも言えないわな。
むしろ、シャオリンさんがスイランさんに怒られるんじゃないの?
もしかして、これだけすぐに魔石の話を持ってきたってことは、すでにコッテリ怒られたあとか?
『本来なら、こちらでの魔石購入額は教えないで吹っ掛けることもできたのですが、あなた方は命の恩人です。そんな恩を仇で返すような真似はいたしません。ですから、シャオリンとリーファンを責めるつもりもありません』
あ、シャオリンさんとリーファンさんが、あからさまにホッとした顔になった。
ってことは、怒られはしなかったんだな。
『さて、恐らく皆さんはクワンロンから魔石を購入し、そちらの国で高値で売ることを検討しているかと思います』
「まあ、まさにその話し合いをしとったとこやな」
ナバルさんがそう言うと、スイランさんは納得したように頷き話を続けた。
『しかし、あなた方に魔石を購入する先の伝手がありますか?』
「それは……」
『一から探すとなると大変でしょう。どこの魔石が安いのか、どこの業者が信用できるのか。それを調べるだけでも一苦労かと思います』
そこで、とスイランさんは一息つくとこう言った。
『私どもに仲介をさせて頂けませんか?』
「仲介……でっか」
『ええ。あなた方は竜の革の買い付けにこられたと伺いました。ですが、その交渉は難航しているのではありませんか?』
「難航ちゅうか、相手がうんと言わん状況やな」
『それはそうでしょう、なにせあのハオにはある目論見があるのですから』
「目論見?」
『ええ、それは……』
スイランさんの言葉を聞いて、まず驚いたのはシャオリンさんとリーファンさんだ。
二人も知らなかった内容なのか?
そして驚きつつも、俺たちに通訳してくれた。
『ハオの狙いは……竜の革業者が資金不足で全滅した頃合いを見計らって法令の撤廃をし、竜の革の利益を独占することなのですから』
その言葉を聞いて、俺たちは絶句した。
竜の革は、こちらでも高級品だと聞いている。
確かにその利益を独占することができれば、途轍もない財産が手に入る。
とはいえ、自分の私利私欲のために法律まで変えようとするなんて、どんだけ悪人なんだ。
『ハオは、私が竜革組合を作り利益を上げ始めたことで、竜の革に注目し始めました。それまで竜なんて興味も持たなかったくせに』
スイランさんも、通訳しているシャオリンさんも悔しそうだ。
『奴は虎視眈々と機会を伺っていたのです。そんな折、私が病に倒れてしまって……』
付け入る隙を与えてしまったと……。
『気付いたときにはもう遅かった。丁度組合がゴタゴタしている時期でしたし、誰もハオを止められなかった』
「まれにみるクズやな、アイツ」
利益優先を掲げるエルスのナバルさんだが、ハオのやり口には一つも賛同できないらしい。
そうとう怒ってる。
『そんなハオです。簡単に首を縦に振るとは思えない。もしかしたら、今回の竜の革の取引もできないかもしれない。もうすでに、いくつかの業者は潰れているのです』
スイランさんは、唇を噛み締めながらそう漏らした。
『そこで魔石です。魔石はこの国ではありふれた資源です。ハオも魔石のことなど全く眼中にない。その隙を今度は私たちが突きたいのです!』
スイランさんはそう言うと、ヨロヨロとソファから立ち上がった。
「スイランさん!」
シシリーが慌てて手を伸ばすが、スイランさんはナバルさんとオーグの手を取った。
『お願いします! この魔石の取引は、私どもにとって降って湧いた幸運! これを逃すことはどうしてもできないのです!』
スイランさんは、なりふり構わずナバルさんとオーグに懇願した。
『お願いします! お願いします!』
シャオリンさんから聞いていた話では、スイランさんはやり手の女主人だとのこと。
普段はこんな懇願なんてしないんだろう。
それが、ここまで必死になっている。
俺はチラリとオーグとナバルさんを見た。
オーグとナバルさんも、お互いを見合っている。
そして、フッとお互い笑みをこぼした。
「スイランさん、頭をお上げください」
「そこまでお願いされたら、嫌とはいえませんがな」
その言葉を聞いたスイランさんは、ガバッと頭をあげた。
『で、では!』
「ええ、アールスハイドと……」
「エルスの魔石の仲介は、スイランさんの商会にお願いすることにしますわ」
魔石鉱山から直接ってのは諦めたみたいだな二人とも。
その言葉を聞いたスイランさんは、ボロボロと涙を流し始めた。
そして、二人の手に額を付け。
『ありがとうございます! ありがとうございます……』
そう言って泣き崩れた。
そのスイランさんを見て、シシリーがすぐさま治癒魔法をかけた。
体力が落ちている中での必死の懇願で相当体力を使ったのだろう。
治癒魔法を受けたスイランさんがソファに座りなおしたときは、ちょっとグッタリしていた。
「大丈夫ですか? あまり無理を……」
『大丈夫です天女様。天女様のお陰で問題ありませんわ』
「そうですか……」
ちょっと力ない感じだったけど、笑みを浮かべたのでシシリーはちょっとホッとしている。
シャオリンさん、リーファンさん、ユンハさんたちもホッとしたのか、この先の目途がたったことに安心したのか、目に涙が浮かんでいる。
売り物を売ることができず八方塞がりの中での光明だからな。
そら嬉しいだろう。
「それにしても、なんや情に絆されてもうたなあ……」
「まあ、いいではないか。確かに面倒ごとはなくなったのだし」
「そらまあ、そうですけど」
『あの……』
オーグとナバルさんがそんな会話をしている中に、またスイランさんが入ってきた。
今度はなんだ?
『そちらには他にも国が?』
「ええ、今回参加しとるのは、我々エルスと……」
「我々アールスハイドの二カ国だけだが、そのうち他の国も外交に出てくると思うぞ」
『それでしたら……』
スイランさんは、先程までの涙を感じさせない見事な笑顔で言った。
『その国の魔石の仲介も、我が商会でお願いしますわ』
その笑顔を見て、唖然とするナバルさんとオーグ。
そして……。
「こら、一本取られましたわ」
ナバルさんはそう言って笑いだした。
俺たちも、商魂逞しいスイランさんを見て、思わず笑ってしまった。
通訳をしているシャオリンさんは、凄く恥ずかしそうだった。