魔人と戦いました
一部修正しました。大筋は変わってません。
それまで、人間が魔物化した事は無かった。
魔物化するのは野性動物ばかりで、魔力を制御出来ないものが魔物になるのであって、我々人間は特別な種族なのだと皆が信じていた。
だから数十年前、人間が魔物化し魔人となった時、人々は驚愕した。
人間も例外では無かった。
人間も魔物化するという事実に皆が衝撃を受け、魔物化した魔人のとてつもない脅威に絶望した。
その禍々しい魔力は、魔力を感知する事に長けた魔法使いはもとより、一般の人間にまで恐怖を植え付けた。
溢れ出る魔力を無詠唱で無制限に魔法を使い、暴れ回った。
アールスハイド王国軍は、魔人討伐に全力を挙げて立ち向かったが、被害は増える一方であった。
これを討伐出来たのは、英雄と言われる賢者マーリンとそのパートナーのメリダのコンビだけだ。
それ故にこの二人は未だに英雄と敬われている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺の目の前に魔人化したカートがいる。
魔物特有の禍々しい魔力を纏い、白目の部分まで真っ赤な目をし、虚空を見つめ佇んでいる。
その光景を間近に見ていた面々は、初めて魔物を見たのか呆然としていた。そりゃ初めて見た魔物が魔人とか、とんでもないレアケースだからな。
っと、そんな悠長な事を考えてる場合じゃない!
「みんな逃げろ!! コイツは魔人化しやがった! ここにいると巻き添えを喰うぞ!!」
その言葉に我に返った生徒達。
「う、うわああ!! 魔人! 魔人だとおお!?」
「逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ!」
「た、た、助けてくれえええ!!」
「きゃあああああああ!!」
口々に叫びながら逃げ出して行く。
それでいい。口々に喧伝しながら逃げてくれれば皆に情報が伝わるだろう。
問題はコイツをどうするかだな……
「オーグ、お前も逃げろ」
「シン、お前……まさか!?」
「ああ、何とか食い止めてみるよ」
「馬鹿な! お前も逃げろ!!」
オーグが言ってくるが、それは聞けない。
「コイツはここで食い止めないと、王都に魔人が放たれちまう。放置出来ねえよ」
「なら私達も!!」
「魔物も狩った事が無い奴が何言ってんだ!!」
オーグには悪いが、ここは避難してもらわないと。
「シン……私達は……邪魔か?」
「……ああ、邪魔だな」
「……そうか……」
オーグは唇を噛み締めると振り向いた。
「皆逃げるぞ!」
「そんな! シン君だけ残してなんて!!」
「いいから逃げろ! 私達がいても足手まといになるだけだ!」
「でも!」
「メッシーナ! クロードを引き摺ってでも下げさせろ!!」
「は、はい!!」
「いやあぁ! シン君! シン君!!」
オーグ達が避難して行った。これでようやく……。
「そろそろ行くぞ。カート」
魔人化した後、虚空を見つめて立ちっ放しだったカートがこちらを見て……。
「ゴアァァァァァ!!!!!」
魔力を放出しながらこちらへと向かって来る。
俺は突っ込んで来るカートに炎の弾丸を撃ち込んだ。
炎の弾丸がカートに着弾した後、俺は結果を確認する事なくカートの後ろへ回り、バイブレーションソードを真横に振り抜いた。ジェットブーツも履いときゃ良かった。
ザシュッ!
手応えアリ! どこだ? どこを切った?
一旦離れると、全身に炎の弾丸によるダメージを受け、左腕を肘の上から切断されたカートが姿を現した。
「ガアァァァァ!! ウォルフォード! キサマ! キサマァァァァァァ!!!」
その時、俺は違和感を感じた。
ウォルフォード? 俺の名前を呼んだ? 意識が残っているのか?
「コロス!コロシテヤルゾ!ウォルフォードォォォ!!」
そう叫びながら火の塊を打ち出した。
「クッ!」
魔法障壁を張り、火の塊を阻止する。
「うわっちゃ!」
くそ! 魔法を防げても熱は防げないな! 顔熱っつ!
「こんの!」
あまりにも熱いので水の刃を打ち出す。
ザシュザシュザシュッ!!
打ち出した水の刃はカートを切りつけて行く。
「オノレ……おのれオノレおのれヲノレヲノレヲノレェェェ!」
バイブレーションソードと水の刃に切られていくカート。残った右腕も半ば切れかけていた。
「こんな……」
こんなものか?
血まみれのカートを見ながらそう思った。
確かに狼や熊、一番手強いと思った虎や獅子の魔物より強いのは間違いない。しかし……。
ドオォォォォンッッ!!!
爆発魔法をカートに浴びせると、傷付いていた右腕も千切れ飛んだ。
「やっぱり……コイツ、大した事無いぞ?」
魔人化したカートと戦いながら感じた違和感。
弱すぎる。
過去に発生した魔人によって国が滅びかけたと聞いた。しかしコイツは、確かに強いが絶望を感じる程では無い。
そもそも、あんな簡単に魔人化するものなのか?
違和感。
この騒動には違和感が多すぎる。なんだよこれ?
「アァアァあぁアぁおぅぁアああぁぁぁ!!!」
っ! これはマズイ! 魔力をさらに高めやがった!!
魔力がカートの内に渦巻き始めた。これは……自爆するつもりか!?
こんな魔力を暴発させたら、この辺り一帯吹き飛んじまう!!
ここで止めないと……マズイ!
「カァァトォォ!!」
カートに突っ込みながら首筋に向けてバイブレーションソードを一閃する。
ザンッ!
バイブレーションソードを振り抜いた後、暴発に備えて距離を取る。
動きを止めたカートを見ていると……
グラリ、とカートの首が落ち……そのまま体が倒れた。
ドサッ
高まっていた魔力が霧散してカートの体がもう動き出さない事を確認し……
「はあぁぁぁぁ…………」
大きく息を吐き出した。そして死体となったカートを見る。
そういえば、初めて人を殺したな……相手が魔人だったってのもあるけど……罪悪感とか無いんだな……
やっぱりあれかな? 森で散々動物を狩って来たからか?命を刈り取るという行為に慣れてしまったのだろうか?
そんな複雑な心境でカートの死体を見ていると……
「シン君!!!」
シシリーが飛び付いて来た。
「な! シシリー! 避難して無かったのか!?」
「シン君! 大丈夫ですか!? 怪我はしてませんか!?」
シシリーが俺の体をペタペタ触りながらそう訊ねてくる。
オーグ達もやって来たのでオーグに聞く。
「お前ら……避難して無かったのか?」
「あ、ああ……グラウンドは出たんだがな、すぐに凄い音がしたから……振り向いて見たら……」
そこで言葉を切り、カートを見た。
「……お前が魔人を圧倒し始めていてな……呆気に取られて見ている内に……そのまま倒してしまったんだ……」
周りを見てみると、皆微妙な顔をしていた。
「それにしても……今でも信じられないわ。カートが魔人化した時はもう駄目かと思ったのに……」
「自分も死を覚悟しました」
「ウォルフォード君、凄かった」
「そうだよね! 何あれ? 魔法も凄かったけど、剣で魔人の腕をスッパリ切り落としちゃったよね!」
「あれは見事な剣筋で御座った。騎士養成士官学院でも首席を狙えるのでは御座らんか?」
「そうだね。あれ程綺麗な剣筋は父や兄でも見た事無いねえ」
「ウォルフォード君ってぇ、やっぱり凄い人?」
緊張が解けたんだろうな。口々に喋り始めた。そんな中オーグだけがじっと黙っていた。
「オーグ、どうした?」
「ん? ああいや、これから大変だなと思ってな」
「何が?」
「お前は自覚していないのか? 魔人が現れたんだぞ?」
「ああ……そうだな」
「これで歴史上二回目の魔人出現だ。それだけで国を揺るがす大惨事だ。それをこんなアッサリ……しかも……」
オーグが話してる途中で、生徒によって呼ばれたのだろう、騎士、兵士、魔法使いが集まって来た。
「アウグスト殿下!! 御無事ですか!?」
「魔人が現れたと報告を受けました!魔人はどこですか!?」
「我々の身を呈しても魔人を撃退致します! 魔人はどこにいるのですか!?」
「ああ、あそこに倒れている」
「倒れている?」
そうして、オーグの示した方を見る。
そこには首を跳ねられたカートの死体があった。
「まさか……まさか魔人を討伐したのですか!?」
「ああ、私じゃ無いがな」
そう言ってこちらを見る。
「こんな魔法学院の生徒がですか!?」
「こんなとはなんだ。彼の名前はシン=ウォルフォード。魔人討伐の英雄、マーリン=ウォルフォードの孫だぞ?」
「け、賢者マーリン様の御孫様ですか!?」
御孫様て。そんなやり取りをしていると、様子を見に来た生徒達が集まって来た。
危ない場所に集まって来るなよ! 軍人達が来たから様子を見に来たんだろうけど危機意識が無さすぎる!
「お、おい! あそこに倒れてるの、魔人じゃないか?」
「え? 嘘だろ!?」
「もう魔人討伐したのかよ!!」
「何? 何があったの?」
こちらの内心の憤りなどお構い無しに口々に喋り出す。そして、軍人、生徒共にオーグを見る。
「みんな安心しろ!! 魔人は英雄、賢者マーリンの孫、シン=ウォルフォードが討伐した!!」
そう大声で皆に伝えた。一瞬、辺りに静寂が訪れた。そして……
『うおおおおおおおおお!!!!!』
歓声が爆発した。
「マジか!? マジかよ!!」
「凄い! さすが賢者様の孫だ!!」
「英雄!! 新しい英雄だ!!」
「賢者様の孫! シン=ウォルフォード!!!」
『シン!』『シン!』『シン!』
シンコールが起きた。
うわっ! やめて! 恥ずかしいから、大声で名前を連呼しないで!!
逃げ出したいけど周りにいた騎士や魔法使いに揉みくちゃにされたので、逃げるに逃げれなかった。
「よくやった! よくやったぞ!!」
「本当に、英雄の孫は英雄だったか!」
「素晴らしい! 素晴らしいよシン君!!」
もう本当にやめて! 騒ぎ立てられるのも大概だけど、あの程度の魔人を討伐した位で騒がれるのはもっとキツイ!
「やっぱり、こうなったか」
オーグがさっき言おうとしたのはこれか! こんな騒ぎになるなんて想像もしてなかった。
今回のこの騒動に対する違和感が、魔人を討伐したと騒ぐ周りに同調出来ない。騒ぐ皆を他人事のように見ながら、違和感の原因を探っていた。
結局、この騒ぎで研究会の説明会は中止になり、一旦教室に戻る事になった。
「シン君、どうしたんですか?」
シシリーからそう訊ねられた。
「確かにさっきから様子がおかしいぞシン」
「いや……今回の騒動な、初めから終わりまで違和感しか無いんだわ」
「違和感?」
「ああ、続きは教室に戻ってからにしようか」
そして教室に戻るとアルフレッド先生が俺達を迎えてくれた。
「おお! お前達! 心配したぞ! 特にウォルフォード、怪我は無いか!?」
「はい。大丈夫です」
「そうか……良かった……」
心底心配そうに訊ねられた。良い先生だな、本気で心配してくれてるのが分かる。
「それよりもシン、さっきの話はどういう事だ? カートの行動に違和感を覚えるのは私も同じだが、最後までとはどういう意味だ?」
そうだな、それを説明するか。
「まず、カートの行動が違和感の塊である事は皆も分かってるよな。身分を振りかざす事はここだけじゃない、三大高等学院において禁じられた行為だという事は、この国の人間なら誰でも知ってる事だ。にもかかわらず、カートは権威を振りかざすような言動をした。未遂だったが俺が抵抗しなければ、そして俺がいなければシシリーに対して行動を起こしていたのは間違いない」
皆も頷く。
「そして、その事をオーグに注意されているのに二度目の行動を起こそうとした。普通、あれ程自分が貴族である事を顕示するという事は身分に対して相当誇りを持っているか身分が絶対だと思っているという事だろ? なのに何故、オーグという身分のほぼ頂点の人間の言葉が聞けない?」
皆がオーグを見る。オーグは肩を竦めていた。
「ここまでは皆が感じてた違和感だろう。そしてここからが今日感じた違和感だ」
じっと息を呑んで俺の言葉を待っているのが分かる。
「まず、何故カートはあの場所に現れた? 自宅謹慎じゃなかったのか? しかもリッツバーグ家から言い出した事だ。何故あんなに簡単に外出を許す?」
「それは私も思った」
「ここにはいないと思っていましたから、自分はあの時体が動きませんでした」
「そして……その後魔人化した訳だが……」
皆を見渡して言った。
「あんなに簡単に魔人化するものなのか?」
全員に戸惑いが見える。アルフレッド先生は目を見開いていた。
「確かに……確かにおかしいぞ!」
アルフレッド先生は気付いたようだ。
「え……どういう事ですか?」
「過去に魔人化した魔法使いは、長年鍛練し魔法の高みを目指した高位の魔法使いだったそうだ。その魔法使いが超高難度の魔法の行使に失敗し魔人化したと伝えられている」
そこまで説明して皆気付いたようだ。
「リッツバーグは高等魔法学院に入学したばかりの人間だ。例え魔力の制御に失敗しても、暴発する程度のはずだ。魔人化するなど聞いたことがない」
「そうでしょうね。もし、魔力の制御に失敗しただけで魔人化するなら……今頃魔人で溢れてるはずだ」
「それはおかしいねえ」
「確かに。あの程度の魔力の暴発はよく見る。私もした事ある」
「リンは危ないなおい! 魔力の暴発は周りを吹き飛ばすんだから気を付けろ」
「うん、これから気を付ける」
はぁ……まったく。
「でだ、今まで魔人の報告例は皆も知ってる一件だけ。それまで人間は魔物化しないと思われていた程だ。それが何故こんなに簡単に魔人化した?」
「何故で御座る?」
「そんなのぉ分かんないよぉ」
「っ! まさか!」
オーグが何か思い付いたらしい。
「な、何ですか殿下?」
「い、いや……まさかな……」
「オーグ。多分その想像は俺と同じだと思う」
「そんな、まさか!」
「人為的……その可能性はあると思う」
「馬鹿な!! 人為的に魔人を造れると言うのか!?」
アルフレッド先生が叫ぶ。確かにそう思うよな、でも……
「まぁ、あくまでも推測ですし、実際どうやるのかはさっぱり分かりません。でも可能性はゼロじゃない。それは実際に戦ってみて尚更思いました」
「戦ってみて?」
「俺はじいちゃんから、魔人を討伐した時の話をよく聞かされてた」
「賢者様本人に魔人討伐の話を聞けるなんて……」
「羨ましいぃぃ!」
皆の反応する所がおかしい。
「いや……そこじゃなくて、魔人を討伐した本人から魔人について話を聞いてたんだ。魔人は完全に理性を無くし、吠えるだけで言葉も発せなくなっていたらしい。しかし魔人化したカートは……言葉を発したんだ」
「それって……魔人化してなかったって事?」
「いや、あれは間違いなく魔人化……魔物化してた。禍々しい魔力に真っ赤になった目、そして凶暴化、全て魔物に共通する特徴だ」
固唾を呑んで話を聞いてる皆に更に続けた。
「実際に戦ってみてあまりにも弱くてな、じいちゃんに聞いてた話と大分違うなと思ったんだ。これは、じいちゃんが戦った魔人と同じなのか? これは違う何かじゃないのかって」
「魔人が弱いって……」
「いや……十分強かったと思うけど……」
「正直強さで言えば、虎や獅子の魔物より少し強い程度だな」
「虎や獅子って……」
「十分絶望的なレベルなんですけど……」
学生ならそうだろうけど、騎士団や魔法師団の人ならそうでもないでしょ。そう思ってアルフレッド先生を見ると……。
「獅子か……過去に一度だけ遭遇してな、あの時は……もうこれで死ぬんだと……終わりなんだと……何度も何度も思った。今でも時々夢に見る」
あれ? トラウマレベルの話?
「ま、まぁそれでも討伐は不可能では無い訳でしょう?」
「……そうだな」
「過去の魔人は国を滅ぼしかけた。実際町や村はいくつか壊滅した。虎や獅子の魔物がそこまで出来ますか?」
「いや……いくらなんでもそこまででは無い」
「簡単に魔人化し、あまりにも弱く、若干意識が残っている。それらを踏まえて考えると……」
皆が俺の言葉を待っている。
「俺は……カートは人体実験に利用されたんじゃないかと思ってる」
「人体実験!?」
「やっぱり……人為的……なのか?」
「あくまで推測です。でも可能性は高いと思う」
「なるほど……シンが複雑な顔をする訳だ、これでは素直に喜べない」
あくまでも推測だ。だが、もし本当だったら……誰かの悪意が裏にある。それが誰なのか、何の為なのか、全く分からない。
皆それを感じたのだろう。どこか不安そうな顔をしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
高等魔法学院から少し離れた建物の上から、学院を見ている者がいた。カートの元教師であるオリバー=シュトロームである。
「フム、カートは魔物化しましたか。しかし、元の実力が低いからですかねえ、あの程度だとは。まあ実験は成功したという事で良しとしますか」
そう言って小さく笑った。
「それにしても、ウォルフォード君ですか。彼が邪魔な存在にならなければいいんですがねえ」
そう呟くとその場から姿を消した。
彼の存在に気付いた者は誰もいなかった。




