前文明の遺跡
シャオリンさんによる冷や汗ものの追及をなんとか躱した翌日、俺たちは再び空の住人になっていた。
朝の食事の席は微妙な空気だったな。
シャオリンさんたちは気まずそうでこちらを見ないし、オーグは二人を探るような目で見ているし。
それにしても、昨晩はこの人生において最大のピンチだったな……。
トニーが、俺に前世の記憶があるんじゃないかって言ったときは心臓が止まるかと思った。
まあ、なんとかうまい具合に誤解してくれて丸く収まった感じだし、それはそれで良しとしよう。
それに、皆に嫌われるとかそういう次元じゃなくて、俺が前世の記憶持ちだというのはやはり隠しておいた方がいい。
以前辿り着いた、幼児期に生死をさまよい生還すると低確率で前世の記憶が戻るという仮説は、絶対に知られちゃいけない。
非人道的な行動に出る輩は、必ず現れるから。
改めてそう誓っていると、ナバルさんが近付いてきた。
「魔王さん、昨日はなにをやりおうとったんですか? なんや、あの二人と微妙な空気ですし」
そうか、昨日そこそこな騒ぎになったからナバルさんたちも見ていたんだな。
けど、会話までは聞こえなかったと。
「まあ、色々ですね。詳しいことはちょっと……」
「そうでっか。残念ですけど、藪をつついて蛇を出さんようにこれ以上の詮索は控えますわ」
「すみません」
「いやいや」
どうやらナバルさんには、ばあちゃんの威光が十分に効いているらしい。
それにしても、いつまで経ってもばあちゃん離れできてないなあ……。
そんな会話をしながら空の旅を続けていたのだが、今日はシャオリンさんとリーファンさんの二人は、俺たちの輪から離れて一切会話に入ってこなかった。
どうやら、昨日の一件で相当気まずくなっているみたいだ。
時々、俺やシシリーの顔色を伺うようにチラチラと覗き見ているのがバレバレだ。
シシリーも気付いているようで、時々俺の方を見ては苦笑を浮かべている。
そんなに心配しなくても、人命は最優先だろ。
その約束を今更反故にするほど非情な人間ではないつもりなんだけどな。
それに、今回シャオリンさんのお姉さんがかかった病気は子宮の病気だ。
シルバーの親になったことで、子供がいる幸せを本当に感じている。
子供ができたということは、お姉さんには旦那さんがいるということだろう。
それを諦めないといけないというのは流石に辛すぎる。
なので、出来る限りのことはしてやりたいと思っているのは嘘偽りない気持ちだ。
と、そういえば。
「シャオリンさん」
「はっ! はひっ!!」
突然話しかけられたからなのか、変な返事が聞こえてきた。
「……そんなに警戒しなくても、ちゃんとお姉さんの治療はしますよ。そうじゃなくて聞きたいことがあるんですけど」
「は、はい。なんでしょうか?」
「シャオリンさんのお姉さんの旦那さんってどんな人ですか?」
「お、お義兄さんのこと、ですか?」
「ええ。まあ、今回のことには特に関係ないんでしょうけど、ちょっと気になってしまって」
「そう、ですね……」
そう言ってシャオリンさんは少し考えてから話し始めた。
「正直、お義兄さんはちょっと頼りない感じの人です」
「それはまた……辛辣ですね」
「ですが事実です。姉が倒れたときもオロオロするだけで、治癒術士を手配することもできませんでしたから」
「意外ですね。やり手の商人のお姉さんなら、旦那さんも切れ者でないとって言うのかと思ってました」
「そういうのは自分がやるからいいそうです。お義兄さんに求めていたのは癒しだそうで、実際年下で可愛い感じの人ですからね」
「そうなんですか。いやすみません、立ち入ったことを聞いてしまって」
「いえ……私の方こそ、昨日は随分と失礼なことを言ってしまって……」
「それはもう気にしてませんから大丈夫ですよ。それより、まだ着きませんか?」
「え? ええと……」
シャオリンさんはそう言うと、窓の外を見た。
今まで俺やシシリーの顔色を伺うばっかりで、外を見る余裕もなかったってことか。
相当昨日のことを気にしてんな。
そうして、外を見ていたシャオリンさんだが、ある一点を見て「あ!」と声をあげた。
「あれ! 砂漠の中にある遺跡です! あれが見えたということはもうすぐ着きます!」
「え? 遺跡?」
もうすぐ着くというシャオリンさんの言葉より、遺跡という言葉の方に反応してしまった。
他の皆も同じようで、一斉に窓から眼下を見下ろした。
そして、見つけた。
「あれが遺跡? なんだか不思議な建物ね」
「ここからではブロックみたいに見えますね。ただ、随分高いところを飛んでますから、実際はもっと大きいんでしょうけど」
前文明の遺跡を始めて見たマリアとトールがそんな感想を漏らす。
そんな二人に、シャオリンさんが解説した。
「大きいですよ。ただ、不思議なことにあの建物、継ぎ目がないんです。まるで大きな石をくり抜いて作ったみたいに」
「へえ」
リンも興味深そうに返事をしているが、俺はそれどころではなかった。
なぜなら……。
(継ぎ目がない? それって、コンクリートじゃ……)
漢字、銃、コンクリート。
それらが示すもの。
(地球の文明!?)
眼下に見える遺跡が、どう見てもコンクリート製のビルにしか見えなかった。
そのビルを見ながら、俺はある考えが頭から離れなかった。
それは……。
(まさか……前文明に前世の記憶を取り戻した人間がいた? そして、そいつは……日本人か中国人で、俺やマッシータと違って、一切の自重なしで文明を広めた?)
それしか考えられない。
実際に魔道具に付与された文字を見たわけじゃないから、日本人なのか中国人なのかは分からない。
もしかしたら、台湾や香港の可能性もある。
俺が今のところ思い付く漢字を使っている文化圏の国なんてそんなもんだ。
だけど、これは確実にいた。
そして、その可能性に思い至ったときゾッとした。
この遺跡の中には、魔道具が眠っている。
それも、眼下のビルやシャオリンさんの持っていた魔道具を見る限り、俺が生きていた時代と同等のレベルの文明のものだ。
そして、その魔道具はいまだに使えるものが出てくる。
もし、そんな中で大量破壊兵器なんかが発見されたら……。
「こりゃ……本格的にヤバいことになるかも……」
俺たちはシャオリンさんのお姉さんの治療が最優先なのに、それ以外のことが不安になってしょうがなかった。