予想外の同行者
そんなこんなで、道中はずっとバカな話をしたり、使節団の人たちと世間話をしたりしていた。
というのも、この世界の魔物に飛行型のものはほとんどいない。
魔物とは、動物が魔力を取り込みすぎたりして制御不能に陥り変化するのも。
魔力はこの世界の大気中に普通に存在しているが、人気のない場所や空気の淀んでいる場所に溜まりやすい性質もある。
そういう場所に長くいると、魔力を取り込みすぎたりするのだ。
だから魔物は、人のあまり立ち入らない森の奥などに多く存在する。
これを踏まえると、空を自由に飛び回れる鳥類などは一か所に長く滞在するということがあまりない。
なので、空を飛ぶ魔物などはあまりいないのだ。
ドラゴンもいないしね、この世界。
というわけで、飛行艇が空を飛んでいても、魔物と遭遇したりしないのでフライトは実に順調そのもの。
逆にやることがなくて世間話くらいしかすることがないのだ。
あまりに暇すぎて寝てる人もいるし。
そうしてしばらく砂漠地帯を進んでいるのだが、一向に終わりが見えない。
朝エルスを出発したのに、もう日が落ちそうだ。
「すみません。夜間の飛行は危険なので、どこかで着陸したいのですが……」
地平線の向こうに太陽が沈みそうになった頃、操縦士の一人がそう言った。
進路自体はコンパスに従って飛行しているが、真っ暗闇の中では万が一の可能性もあるからだろう。
どこかに着陸して野営したいと提言があった。
その意見に反対があるわけでもなく、飛行艇は砂漠のど真ん中に着陸した。
「んーっ! はあ……なんか、久々に固い地面踏んだな」
大体、時間にして八時間くらいか?
ずっと乗り物の中にいたのと、空を飛んでいたので地面の安心感が半端ない。
空を飛ぶのには慣れてるはずなんだけど、こういう感覚はしょうがない。
「お、おお? ちょっとフラフラしまんな」
「なんか、不思議な感覚ですわ」
ナバルさんを始めとした使節団の人たちも、初めての感覚に戸惑っているな。
「今からテントを張りますので、少々お待ちください」
皆がフラフラしている中で、エルスの用意した護衛の人たちが野営の準備に入った。
護衛のうち、異空間収納が使える魔法使いの人が、野営用のテントを次々と取り出す。
それを、手際よく組み上げていく。
俺たちは、基本的に野営をしないので、魔人領攻略作戦のときといい、こういった面では全く役に立たない。
だって、ゲートで家に帰れるんだもの。
そんな役立たずな俺たちは、その道のプロである護衛の人たちが整えてくれているのを、ただ見つめていた。
のだが、そのときシシリーが、あっと声をあげた。
「シルバーのこと、お婆様に預けたままです!」
「そういえばそうだな。一度家に帰るか」
「はい!」
「オーグ、悪いけどちょっと家に帰ってシルバーの様子だけ見てくるわ」
「分かった。夕飯はどうする?」
「一応親睦を深める意味もあるからな。こっちで食うよ」
「了解した」
そんな会話をしたあと、俺は自宅にゲートを開いた。
そういえば、シャオリンさんの前でゲートを開くのは初めてだったな。
突然現れたゲートに、リーファンさん共々あんぐりと口を開けていた。
エルス使節団の人たちはあまり驚いてなかった。
オーグのゲートを見たことあるんだろうか?
それはさておき、シルバーの様子が気になった俺とシシリーは、すぐにゲートを潜ったのだが……。
「まぁまぁー!! ぱぁぱぁー!!」
潜った途端聞こえてきたのは、シルバーの壮絶な泣き声だった。
「おおよしよし、シルバー、泣き止んでおくれ」
「あああ、どうすればいいんじゃ……」
ばあちゃんと爺さんが必死にあやしているけど、効果が見られないようで一向に泣き止まない。
俺たち以上にばあちゃんに懐いていると思っていたのに、どうしたんだこれ?
「ちょ、ちょっと。ばあちゃん、どうしたの!?」
「なにかあったんですか!?」
「ああ! いいところに帰ってきた! ほらシルバー、パパとママだよ!」
「う?」
ばあちゃんに声をかけると、珍しく焦っていたばあちゃんがあからさまにホッとした顔をしてシルバーに話しかけた。
するとさっきまで泣き叫んでいたシルバーが俺とシシリーを見た。
すると。
「まぁまー!!」
そう言ってこちらに手を伸ばした。
シルバーに呼ばれたシシリーは、慌ててシルバーのもとに駆け付けた。
「はい、ママですよ。どうしたの?」
そう言ってばあちゃんからシルバーを受け取ると、シルバーはシシリーにガシッとしがみついた。
「うぅ……」
「どうしたの? シルバー」
「むぅ」
ようやく泣き止んだけど、シルバーはシシリーの胸に顔を埋めて唸っている。
「ばあちゃん、なにがあったの?」
「はぁ……まったく参ったよ……」
そう訊ねるが、ばあちゃんは今まで見たことがないくらい疲れ切った顔をして呟いた。
そんな疲れた様子のばあちゃんに代わり、爺さんが答えてくれた。
「ほれ、いつもだったら二人とも家におる時間じゃろ。それでも帰ってこんもんじゃからシルバーが寂しがっての」
「あたしらがいくら宥めても泣き止みやしない。ホントに参ったよ」
「あー、それでか」
シルバーのあれは、拗ねてるのか。
「おーい、シルバー」
とりあえず、シルバーのご機嫌を伺おうと、シシリーに抱かれているシルバーに声をかける。
すると、一旦俺の顔を見るが……。
「ぷい」
と言って再びシシリーの胸に顔を埋めてしまった。
「こーら。なに拗ねてんだ?」
「むー!」
シシリーの腕の中から強引にシルバーを抱きあげると、見たことが無いくらいの膨れっ面をしていた。
その様子がおかしくて、ついプッと噴き出してしまった。
それが気に食わなかったのか、腕に抱くと俺の胸をポカポカと叩いてきた。
「お、どうしたどうした? シルバー、痛いよ?」
「むー!」
「こら、パパを叩いたらダメでしょ」
「うー!」
シシリーが宥めるも、シルバーのご機嫌は治らない。
どうしようかとシシリーと顔を見合わせていると、ばあちゃんからある提案があった。
「アンタたち、悪いけどシルバーも連れて行ってやってくれないかい?」
「「え?」」
「今回は別に戦いに行くわけじゃないんだ。子供の一人くらい連れて行ってもいいだろう?」
「そりゃまあ、そういう意味では問題ないけど……一応正式な国の使節団だよ? 子連れで行くってのはちょっと……」
「会談なりなんなりに参加するときには、またこっちに戻してくれればいいから。このままだとご飯も食べないかもしれないからねえ……」
「「……」」
ばあちゃんのその言葉に、俺とシシリーは顔を見合わせた。
「……どうする?」
「どう……と言われても……」
さすがに……いわば国際会議に赴こうって一行ですよ?
そこに自分の子が泣き止まないからって連れて行くのは……。
「……とりあえず、一回聞いてみようか?」
「そう、ですね」
「頼むよ」
本当に珍しく、ばあちゃんの弱気な声を聞いた。
っていうか、初めて聞いたわ。
ばあちゃんにそんな声を出させるなんて、シルバー、恐ろしい子……!
というわけで、開きっ放しだったゲートを再度潜って皆の所へと戻った。
「あー……ただいま」
「ん? 戻った……シルバー?」
「あい!」
声をかけると、いち早く気付いたオーグが声をかけてきたが、俺が抱いているシルバーを見て怪訝な声をあげた。
知ってるお兄ちゃんに声をかけてもらったと思ったのだろう、シルバーが元気に返事をした。
「あの……戻ったらシルバーが凄く泣いてまして……その原因がその……私たちがいなかったからだって言われて……」
「……それで連れてきたのか」
「あのばあちゃんが参っててさ……そっちで面倒見てくれって言うもんだから……」
「メリダ殿を参らせたのか!? それはそれで凄いな……」
「国交樹立と交易のための使節団じゃん、これ。さすがに連れてけないって言ったんだけど、聞くだけ聞いてみてくれって言われてさ」
「むう……本来なら、子連れでの参加など認められないのだが……メリダ殿の頼みか……」
いつも冷静な判断をするオーグが困ってる。
それほどにばあちゃんが怖いか……。
「とりあえず、エルスの使節団にも聞いてみよう」
オーグはそう言うと、夕飯ができるまでくつろいでいるエルス使節団の方へと歩いて行った。
当然、お願いする立場である俺たちも一緒に行く。
そして、使節団の団長でもあるナバルさんに話しかけた。
「ナバル外交官、少しよろしいか?」
「ん? どうないしたんでっか? 殿下。お? 魔王さんに聖女さんも」
「いや、実はな……」
「おお! その子が噂の『奇跡の子』でっか?」
シルバーは、エルスでも有名らしい。
ナバルさんのその言葉に、使節団の他の人たちも集まってきた。
「ほお、これはまた可愛らしいでんな」
「ホンマに。これは将来、女泣かせになりよんで」
「で? 話ってなんですの?」
「……実はな」
エルスの人たちが口々にシルバーを褒めるのでちょっと上機嫌になっていると、オーグが事情を説明しだした。
さすがに断られるだろうなと思っていると、返ってきた答えは意外なものだった。
「導師様からの頼みごとやて!? そんなん、承るに決まってますがな!!」
「あれ?」
二つ返事で了承?
え? なんで?
「導師様といえば当然のことながら英雄の御一人ですやろ? しかも、うちの大統領の師匠ときとる。そんな人のお願いを無碍にできますかいな!」
そうなのか。
それにしても、ばあちゃんの影響力って凄いな。
でもまあ、エルスの人からしたら当然なのかな?
民衆に生活用魔道具を広めた人だし、商売上の英雄としても崇められてるのかも。
そう思っていたんだけど……。
「……大統領から、よう話は聞かされとりますからな……導師様だけには絶対逆らったらアカンって……」
……崇められてるんじゃなくて、恐れられてたよ……。