飛行艇は男のロマン
エルスにてアーロンさんからの依頼を受けて三か月。
そのアーロンさんから、飛行艇が完成したと連絡が入った。
結局、空を飛ぶ船という意味で、この乗り物は『飛行艇』と呼ばれるようになったんだよね。
俺が描いたイメージイラストも、舟に翼を付けたような感じだったし。
ともかく、ガワができたので早速魔法付与をして欲しいと連絡があり、俺たちはまた全員そろってエルスへと赴いた。
あと、ちょっとゲストもいた。
エルスが用意してくれているゲートを繋げるための建物から外に出ると、アーロンさんとシャオリンさん、リーファンさんが待ち構えていた。
「おお、よう来てくれ……げえっ!?」
俺たちが出てくるなり満面の笑みで出迎えてくれたアーロンさんだったのだが、俺たちの中にいたゲストの顔を見た途端に満面の笑みが絶望へと変わった。
それはまあ……そうだろうな。
「なんだい小僧、随分な態度じゃないか。〆られたいのかい?」
アーロンさんの態度に対して文句を言ったのは、もちろんばあちゃんだ。
っていうか、〆るって……。
「めっ! 滅相も御座いません! いや、ちょっと予想外だったというか、驚いただけっていうか……」
「ほう、そうかい? てっきりアタシは、会いたくない顔にあったから絶望したようにみえたけどねえ」
「そんなことありませんがな! 尊敬するお師匠さんでっせ!? 知ってたら歓迎できたのにって後悔の顔ですわ!」
必死に取り繕うアーロンさんと、冷めた目で見ているばあちゃん。
この場には、エルスのお偉いさん方もいるんだけど、その全員が二人のやり取りを固唾をのんで見守っている。
なに? この緊張感は。
「ふん、まあいいさね。それより小僧、今回はまた随分なものを発注してくれたもんだね」
「そ、それは、その……」
そう。
アーロンさんから空飛ぶ乗り物を作ってくれと頼まれたことをばあちゃんに話したところ、一度アーロンと話さないとねえとこの度一緒に付いてきたのだ。
ばあちゃんからの冷たい視線を受けて冷や汗を流していたアーロンさんだったが、それを庇う人がいた。
「お待ちください! アーロン大統領は、私の願いを聞き届けるために今回の件を依頼して下さったのです! 非は私にあります!」
ずっと推移を見守っていたシャオリンさんがアーロンさんの前に飛び出し、深々と頭を下げたのだ。
シャオリンさんたちがエルスに来てもう九か月。
じいさんとばあちゃんのことはもう知ってるんだろう。
ガチガチに緊張しているのが分かる。
ひょっとしたら、アーロンさんからばあちゃんの恐ろしさも聞かされているかも……。
そのばあちゃんは、そのシャオリンさんをじっと見ている。
しばらくそうしていたのだが、やがてばあちゃんは溜め息を吐いてシャオリンさんに話しかけた。
「お嬢ちゃん、シャオリン……と言ったかね?」
「は、はい!」
「話は聞いてる、頭をお上げ」
「え?」
「事情は把握していると言ったのさ。それに、別に文句を言うためにここにきたわけじゃあない」
「そ、そうなのですか?」
「分からないかい? 今日シンたちがここへ来たのはなんのためだい?」
「そ、それは、飛行艇が完成したからです」
「そうさ、完成したから来たのさ」
「……あ」
「ようやく理解したかい?」
ばあちゃんの言葉に、シャオリンさんがようやく理解を示したようで、顔がハッとした。
「……どういうことでっか? 説教しにきはったんやないんですか?」
……アーロンさんは理解してなかった。
「はあ……まったくこの馬鹿弟子は……いいかい? アタシは今回、シンに飛行艇の制作を依頼したことを知ってた」
「それはまあ、祖母と孫なんですから、知ってて当然ですわな」
「まだ分からないのかい? その飛行艇が完成するまで、アタシがなにか一言でも口を挟んだかい?」
「それは……あ」
「ようやく気付いたのかい……そうさ、アタシは別に今回のことを怒ったりしていない。むしろ困っているシャオリンを助けようとしたことは喜ばしいことと思ってるのさ」
「お師匠さん……」
あ、アーロンさんがばあちゃんから優しい言葉をかけられて涙目になってる。
……飴と鞭?
そう、ばあちゃんは今回の飛行艇建造の話を、設計の段階から知っていた。
知ってて、放置した。
それは、運用に色々と制限をかけたこともあるが、アーロンさんが商売上の利益がでるからとはいえ人助けをしようとしたことを喜んでいたからだ。
そして、今回その飛行艇が完成したので見にきたというわけだ。
まあ、ホントはそれだけじゃないんだけどね。
「ホレ、いつまでそうやっとるつもりじゃアーロン。そろそろ案内してくれんか?」
「あ、オヤッさん。おったんですか?」
「……ずっとおったわ」
お、珍しい。爺さんのエルス弁ツッコミだ。
それにしても、爺さんに気付かなかったとは。
よっぽどばあちゃんが怖いんだな。
……決して爺さんの影が薄いとかではないよね?
その爺さんの言葉が切っ掛けとなり、アーロンさんは俺たちを飛行艇建造現場に案内してくれた。
背の高い仕切りで覆われ、中は見えないようになっている。
その仕切りの中へ足を踏み入れると……。
「おお……」
船体部分の大きさは、大型のバスくらいかな?
その船体から大きな翼が両脇に伸びている。
その今まで見たことのない形の船に、皆言葉もなく見入っている。
そんな中、空気を読まない者がいた。
「おー!」
シシリーに抱っこされたシルバーだけは、その大きな乗り物を前にしてテンション高く声を張り上げていた。
「どうやシルバー。おっちゃんの作った船、凄いやろ?」
「しゅごー! おーちゃ、しゅごー!」
「はっはっは! そうかそうか、凄いか!」
シルバーから、おっちゃん凄いと言われてご満悦そうだな。
アーロンさんは、ばあちゃんの弟子で、ばあちゃんの亡くなった息子のスレインさんと友達だったそうだ。
だから俺のことも、弟弟子というよりは甥っ子のように接してくる。
当然、その息子であるシルバーも同様に家族として扱っている。
それにしても、シルバーは男の子だからか、乗り物に興味津々だ。
ふと周りを見ると、アルティメット・マジシャンズのメンバーのうち、女性陣は呆気に取られているだけだが、男性陣は目の輝きが違う。
子供みたいにキラキラしているのだ。
特に実家が工房であるマークは「うおー! スゲーッス!」と声をあげながら飛行艇の隅々を見ている。
「どや、シン君? 注文通りやろ?」
「はい。これなら大丈夫そうですね」
「せやけど、とにかく頑丈にってリクエストだけやったけど、ホンマによかったんか?」
「ええ。どうせ空を飛ぶのは魔法で無理矢理ですし、空力とか考えなくてもいいでしょ」
「くう……なんて?」
「え? あー……船を造るときって、水の抵抗を受け流す構造にしたりするでしょ?」
「そら当然やな」
「それの空気版ですよ」
「ああ。それで船みたいな形にしてくれって言うとったんか」
「俺も詳しいことは分かりませんからね。だから頑丈にってだけリクエストしたんですよ」
「そうやったんか」
「さて、それじゃあ魔法を付与したいんですけど……」
俺はそう言うとばあちゃんをチラリと見た。
「いいさ、この場でやってしまいな。どうせ見たってアンタがなにやってるのか分かりゃしないんだ」
「うん、分かった」
ばあちゃんからの許可もでたところで、俺は船体全体とあるパーツに『浮遊』を。
空気の噴射口に『空気噴射』の付与を行った。
飛行挺の船体下部に付いているパーツは操縦かんに繋がっており、操縦かんに魔力を流すと浮遊魔法が発動する。
全体にも付与したのは、万が一に備えてだ。
噴射口も、操縦席にあるレバーに繋がってる。
主翼と尾翼のフラップは、操縦かんの操作で動くのでこれに魔法付与は関係ない。
これしか付与しないので、あっという間に付与が終わった。
それを見ていたアーロンさんが、うーんと声を漏らした。
「相変わらず、なにをどうやっとんのかサッパリ分からんな」
漢字だからね。
知らない人が見たら、模様にしか見えないと思う。
「……」
シャオリンさんも、黙って見てるな。
と、それよりも。
「アーロンさん。付与も終わりましたし、試運転して見ませんか?」
「おお! もちろんそのつもりや!」
アーロンさんはそう言うと、飛行艇のドアを開けに行ったのだけど……。
「ん? あれ? この! ちょお! どないなっとんねん! 開かへんやないか!」
扉を開けられずに、扉に向かって悪態をついている。
飛行艇の扉は、空の高い所を飛ぶので、気圧差で扉が吹っ飛ばないように頑丈に作って、開閉も特殊な手順を踏まないと開かないようにしたんだよな。
設計の際に説明したんだけど、覚えてないのかな?
結局、技術者の人が扉を開けてくれて、ようやく俺たちは中に入ることができた。
「おっしゃ! そしたら、まず俺が運転を……」
「大統領、ちょっと待って下さい」
「なんやな?」
早速操縦席に向かおうとするアーロンさんを、扉を開けてくれた技術者の人が止めた。
「操縦者はこっちで選抜しとります。でも、その操縦者もまだどうやって操縦したらエエのか聞いてません。なので、まず操縦はこの飛行艇の発案者であるウォルフォードさんにお願いしたいんですけど」
そう言われたアーロンさんは、露骨にガッカリした顔になった。
なんか……この間から、ガッカリされ過ぎじゃね? 俺。
「そう言われたらそうやなあ……ホナしゃあない。一番はシン君に譲ったるさかい、二番は俺な!」
「はあ、しゃあないですな。その代わり、そのあと操縦者に代わってくださいよ?」
「分かっとるがな」
さて、アーロンさんはそう言うけど、一度空を飛ぶ乗り物の操縦を経験して、すぐに代わってあげられるかな?
実は、俺も相当楽しみにしてる。
前世でも飛行機を操縦してみたいという願望はあった。
けど、飛行機って操縦が難しいし、飛行機そのものも庶民には絶対手が出ないほど高い。
ところがこの飛行艇は、上下は浮遊魔法。
移動は風魔法。
航空力学なんてまったく関係なく作られてる。
それはつまり、魔法さえ起動してしまえば難しい技術なんかなくても飛行艇は飛ばせるということだ。
俺はワクワクしながら、操縦席についた。
飛行機ならありえないが、皆も席には座らず操縦席の後ろで俺が操縦するところを見ている。
ちなみに、操縦者として選抜された人は、隣に座っている。
「それじゃあ、発進しますよ」
俺はそう言うと、操縦かんに魔力を流した。
すると……。
「お、おお?」
木製だけあって、多少ギシギシ言ったが、飛行艇は問題なく地面を離れた。
これが、この世界で初めての空飛ぶ乗り物誕生の瞬間だった。