シシリーの特訓
アーロン大統領やシャオリンさんとの会談の翌日から、早速シシリーの特訓が始まった。
一昨日、高等魔法学院を卒業した俺たちは、ようやく平日の日中に時間を取ることができるようになった。
今までは放課後か、学院の休日にしか時間が取れなかったからね。
そこで俺たちは早速、シシリーがお世話になっている治療院を訪れた。
教会に併設されている治療院には、色んな人がやってくる。
怪我をした人、病気の人。
普段は、創神教の神子さんが治療院に常駐し治療にあたっている。
その中で、怪我に関しては命に係わるようなものでも、常駐している神子さんたちでなんとか対処できるようになっていた。
これは、シシリーが俺から教わった治癒魔法を神子さんたちに指導した結果。
人の命を救う技術を秘匿するのはおかしいと、俺が提言した。
その技術は、他の治療院の神子さんにも普及しシシリーは益々崇められることになった。
本人は恥ずかしがっているけどね。
ちなみに、その技術は俺からシシリーに伝授されていることも知れているから、俺まで崇められたのは驚いた。
てっきり、こういう治療関係の称賛は全てシシリーに行くと思ってたからね。
まあ、そんな訳で今日治療院に来たのは怪我の治療が目的じゃない。
シシリーの特訓の為だ。
事情を話すとその治療院の院長さんはシシリーの特訓のためという理由に同意してくれた患者さんのみということで許可してくれた。
これから行うことは、まさしく人体実験なのだが、意外にも患者さんたちはほぼ了解してくれた。
なんでも、シシリーの技術向上のためなら喜んで身を捧げるという人が、老若男女問わずに多かったそうだ。
俺はこのとき、シシリーが聖女としてどれだけ民衆に慕われているのか分かり、嬉しくて泣きそうだった。
シシリーは実際ちょっと涙ぐんでいた。
こうして、俺とシシリーの特訓は開始された。
まず入ってきたのは、明らかに風邪をひいているであろう男性だった。
シシリーは身体探査の魔法は使えるので、まず男性の全身を調べてもらう。
俺やじいさん、ばあちゃん、それに使用人の人たちが健康なときに散々身体探査の魔法を使ってもらっているので健康な人とそうでない人の差が分かるようになっている。
その結果、身体に極微細な異物が紛れ込んでいることを発見。
以前、俺がエカテリーナさんにしたように血液に浄化の魔法を流し込んでもらうと男性はすぐに回復した。
男性は、過剰なほどシシリーにお礼を言って帰っていった。
そういう患者が何人か続いたあと、とうとうその患者が現れた。
「あの……ずっと前から胃が痛くて……もう耐えられなくて」
苦しそうにそう呟く中年の女性。
早速シシリーが身体探査の魔法をかけると、難しい顔をして俺に話しかけてきた。
「シン君、あの、これ……」
「どうした?」
「胃になにか通常とは違うものがあります。これは?」
「どれ?」
俺も最初は胃炎か胃潰瘍かと思っていたのだが、探査してみると炎症ではなく腫瘍があることが分かった。
俺は医療の専門家ではないため断言はできないけど、胃に腫瘍ができていて痛みを伴い身体の調子が悪くなっているなら多分間違いないと思う。
「……これだな」
「!」
俺の言葉に、シシリーが息をのむのが分かった。
ようやく特訓の本番であることと、先日俺がその病気になると高確率で命を落とすと話したからだろう。
今までにないほど真剣な……というか険しい顔になった。
「え、あの……どうしたんですか?」
俺たちが急に難しい顔になったからだろう。
患者さんが不安そうな顔で俺たちを見ていた。
伝えるかどうか迷ったが、今日ここに来たのはこの病気を治す特訓のためだ。
そこで俺は、意を決して患者さんに話した。
「……あなたのお腹に腫瘍を見つけました。今日僕たちが病気の方の治療をお願いしたのは、この病気を治すための特訓をするためです。一応事前に了承を得ていると思いますが、改めて聞きます。シシリーの特訓のためにシシリーに治療をさせても構いませんか?」
「え? あ、はい。それは構いませんけど……その……私、そんなに悪いのですか?」
患者さんのその言葉に、俺とシシリーは一瞬言葉に詰まる。
言うべきか言わざるべきか……。
俺では判断できなかったので、院長に意見を聞くことに。
その結果、患者さんにはどういう病気なのか伝えてほしいと言われた。
そして、どういった治療を施すつもりなのかも。
その言葉を聞いた俺は、患者さんに告知することにした。
「あなたの病気は、放っておくと確実に命を落とすものです」
「え……」
「身体の細胞分裂の異常……ええっと、身体の中に正常でない部分が出来てしまっています。今から行う治療は、その異常な部分を正常に戻す治療です」
「は、はあ……」
患者さんがキョトンとした顔をしたので、慌てて分かりやすく噛み砕いて説明した。
けど患者さんは、さっぱり分からないという表情で曖昧に頷いた。
まあ、しょうがない。
大事なのはその次だ。
「最善は尽くします。ただ……最悪の事態は覚悟しておいてください」
俺がそう言うと、患者さんはショックを受けて俯いてしまった。
それはそうだろうな。
病気を治してもらいにきたのに、死の宣告を受けたんだから。
そうしてしばらくすると、患者さんは顔をあげた。
「今日、ここにこれたのは運が良かったんですね」
「え?」
「だって、普段は怪我の治療にあたっていらっしゃる聖女様が、今日に限って病気の治療をされていた。しかも魔王様もいらっしゃる。これ以上の幸運はないと思います」
不安で一杯であろうに、患者さんは微笑みながらそう言ってくれた。
「……分かりました。本当に今日が幸運な日になるように全力を尽くします。シシリー」
「はい!」
「じゃあ、順を追って説明していくよ。まずは……」
こうして俺は、シシリーに出来る限り分かりやすく伝えることを意識して治療方法を教えていった。
何度も何度も失敗して、時々俺が手本を見せたりしながら治療を続けた結果。
「……再検査の結果、異常はなくなりました。時間がかかってしまってすみませんでした」
シシリーは、疲労の色が濃く出ているが、なんとか笑顔を見せて患者さんにそう告げた。
ようやく、治療に成功したのだ。
「……本当です。今まであった身体の不調が嘘みたいに消えています!」
「良かった……」
身体の不調が治って嬉しそうな患者さんと、無事に治療できたことでホッと息を吐くシシリー。
とにもかくにも、シシリーがこの病気の治療方法を習得できてよかった。
だが、俺は患者さんに伝えないといけないことがある。
「無事治すことができてよかったです。ただ……この病気は、再発する可能性があるものです。もし今後また体調が悪くなったりしたときは、我慢せずにすぐに治療院に来てください」
「そ、そうなんですか?」
「はい。ただまあ、今実感なさったでしょうけど、治療することは可能です。ただ、我慢しすぎて病状が進行した場合どうなるか……」
「分かりました! 調子が悪くなったらすぐに来ます!」
「そうしてください。それでは、お大事に」
「お大事に」
「はい、本当にありがとうございました」
患者さんに釘を刺し、帰宅してもらった。
そこでシシリーは、先ほどと違い大きく息を吐いた。
「はあ……無事治療できて良かったです……」
「そうだな。けどこれ一回じゃ心許ないから、もう何人か患者さんが見つかったら治療するよ」
「はい、分かりました」
「とはいえ、さっきの治療で疲れたでしょ。例の患者が現れるまでは俺が対応しておくから、しばらく休んでおいで」
「え。で、でも……」
「いいから。それに、そろそろシルバーのお昼の時間なんじゃない?」
「あ! そうでした! すみませんシン君、シルバーのお世話しに行ってきますね」
シシリーはそう言うと、ゲートを開いて自宅へと戻って行った。
子供の世話は休みになるんだろうか?
とはいえ、ああでも言わないと責任感の強いシシリーは休まないだろうしな。
このあとも特訓を続けるから、身体を休めて気力を充実させておいてほしい。
まあ、シルバーと戯れていたらすぐに気力は回復するだろうけどね。
こうして俺は、シシリーのあとを継いで診察と治療を行った。
診察室に入ってくる患者のうち、男性の患者たちの露骨にガッカリした表情は、今後多分忘れられないと思う。
悪かったな、俺で。