とんでもない依頼
「はじめまして、ミン=シャオリンです」
「リーファンだ」
会議室に入ってきた少女の方が先に名乗り、体格のいい男性の方があとに名乗った。
長く交流のない国だから言葉が通じないかもと思っていたが、普通に喋った。
「はじめまして、シン=ウォルフォードといいます。言語が同じなようで安心しました」
俺がそう言うと、少女はちょっと嬉しそうな顔をした。
「いえ、この国の言葉は、私たちの国の言葉とは大分違います」
「え? でも……」
随分流暢だからネイティブかと思った。
俺の困惑が伝わったんだろう、少女は笑みを浮かべて説明してくれた。
「元々、この国の言葉はある程度学んでいたのです」
「え? そうなんですか?」
「ええ。先ほど、私たちの国からこの国にたどり着いた人がいたと聞きませんでしたか?」
「はい、聞きました」
「ということは、この国から私たちの国にくる人もいるとは思いませんか?」
「それは、確かにそうですね」
「将来、こちら側の国々と商売をしたいと思っていたので、語学の勉強をしていたのです」
「なるほど。そういうことでしたか。なんの違和感もなかったものですから、言語は同じなのかと思いましたよ」
「ふふ、ありがとうございます。まあ、こちらの言葉しか喋っていなければなれますよ。ただ……」
「ただ?」
「この国の言葉はその……習った言葉と違うので、最初はなにを言っているのか分からず苦労しましたが……」
「ああ、ここエルスか……」
エルス弁は、共通語の訛りだから、外国の人に言葉を教えるならまず共通語になるのか。
そんで、教えてもらうのは共通語なのに、周りで話されているのはエルス弁……。
「じゃあ、半分別言語に聞こえたのでは……」
「はい……こちらの言葉は通じるのに、相手がなにを言っているのか分からない……結局、詳しい話をするのに半年もかかってしまいました」
「半年も? 要求を伝えるだけならすぐできたんじゃ……」
「確かにそれはできます。ですが、相手の言葉に意味不明な言葉が混じっているのに、迂闊なことは喋れません。一度契約を結んでしまえば、たとえ不利な条件であろうと受けざるを得なくなりますから」
「ああ、なるほど」
確かに、言葉が完全に分からない時点では相手を完全には信じきれないよな。
だから半年、なにも要求せず、言語の理解に徹したんだ。
「凄いですね。僕とそう歳も変わらないだろうに……随分と優秀なんですね」
俺が感心しながらそう言うと、少女は「あはは」と照れ臭そうに笑うだけだったが、代わりに、リーファンと名乗った男性が自慢げに話し始めた。
「当然だ。シャオリンお嬢様は優秀なのだから」
「へえ……ん?」
確かに優秀そうだなと思っていたけど、その言葉にちょっと引っかかった。
「シャオリンお嬢様? え? ミンお嬢様じゃなくて?」
「ミンは家名です。シャオリンの方が名前なんですよ」
「ああ、家名が前なんだ」
「はい」
そういうことね。
ずっと交流がなかっただけあって文化的なことも随分違うらしい。
そうして二人と挨拶をしていると、アーロンさんが話に入ってきた。
「ミンさん。そろそろ事情を説明してやってもろてもエエやろか?」
「あ、はい。分かりました」
シャオリンさんはそう言うと、さっきまでの和やかな雰囲気から真面目な顔になった。
「まず、私たちの話に付き合わせてしまい、申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げるシャオリンさんとリーファンさん。
「私たちはクワンロンの商人です。こちらには商売をしにきました」
まあ、そうだろうな。
「でも、エルスとクワンロンは非常に遠く、定期的に行き来するの難しいです」
それが原因で今まで交易できてなかったそうだからな。
「私たちは、エルスと交易出来ないと……家が滅んでしまいます」
「いきなり物騒な話になったな!?」
滅ぶ? なんの話?
「私たちの扱ってる商品が、クワンロンで売れなくなりました。なので、外国に売らないといけません」
「売れなくなった? なんでまた? それより、なにを売ってるの?」
国内で売れなくなった商品って、なんかヤバイもんでも扱ってるんだろうか?
エルスは、そんなの扱って大丈夫なのか?
そう思っていると、アーロンさんが部下の人からなにかを受け取った。
「シン君、これ見てみ」
そう言って見せられたのは、革だった。
「革? ミンさんが扱ってるのは革なんですか?」
「ああそうや。これ、なんの革か分かるか?」
「なんのって言われても……」
牛革じゃないのは分かる。
は虫類っぽいけど……こんな革のは虫類いたっけ?
「すみません、分かりません」
俺がそう言うと、アーロンさんはなぜか頷いた。
なんで?
「そら分からへんやろな。むしろ分かっとったら、何でやって問い詰めなアカンかったとこや」
「そんなにヤバイんですか? この革」
「ヤバイなんてもんちゃうで。こんなん持っとったら逮捕されてもおかしない」
「逮捕って……なんなんですか?」
「これはな……」
「これは……?」
アーロンさんは、たっぷりと勿体ぶったあと、革の正体を告げた。
「竜の革や」
その言葉に、俺も周りも息を呑んだ。
「り、竜って……狩るだけでも重罪なんじゃ……」
「そうや。あの魔人王戦役のときにシン君らが倒した四体と……もうずっと前、おやっさん……マーリン殿が倒した一体。計五体しか公式には認められてへん。それ以外は全部密漁や」
「その竜の革が商品って……」
ミンさんの商売は闇の商売なんだろうか?
「私たちの国では、確かに高級品ですがそう珍しいモノではありません。逆に増えすぎて、間引きしないといけなくなることもあります」
「え!?」
と、いうことは……。
「シャオリンさんと交易ができるようになるということは、竜の革が流通するようになると……?」
「そういうこっちゃ。こんなでかい取引、見逃す手はないやろ?」
「そ、そうですね」
「そこでや、我々としてはミンさんと取引したい。けど輸送手段……というより移動手段やな、それがない。それでシン君に来てもろたっちゅうわけや」
「いや、それでの意味が分かりませんけど……」
「ははは、シン君、謙遜したらあかんて。シン君らが空を飛べるっちゅうのは皆知っとるこっちゃで?」
「え? まさか……」
俺たちに空を飛んでクワンロンとやらに行けと?
確かに、一度行ってしまえば今後はゲートで行き来できるけど……。
まさか、これからずっとエルスとクワンロンの往復をしてくれって依頼?
そんな依頼内容なのかと思ったが、アーロンさんから提示されたのは予想を超えるものだった。
「そう! 空も飛べて魔道具作りの異端児でもあるシン君に……空を飛ぶ乗り物を作って欲しいんや!」
……。
「はあっ!?」
エルスの首脳たちがいる場で思わず叫んじゃったよ。
は? 空飛ぶ乗り物?
オーグからは、自動車すら作るなって言われてるのに。
それをすっ飛ばして空飛ぶ乗り物!?
思わずオーグを見ると、諦めたように溜息を吐いていた。
え? オーグも承認済みなの?
「そうや。交易の度にシン君らに頼むわけにはいかへんからな。俺らだけで行き来できる移動手段が欲しいんや」
「それは……ありがたいですけど」
「シン君が懸念してることも分かるで。せやからその乗り物はクワンロンとの交易以外では使わんことは約束するわ。ウチらかて、馬車業者を潰すわけにはいかんからな」
「はあ」
「それに、材料調達も建造もウチでやるさかい、どうにか受けてもらえへんやろか?」
この通りと両手を合わせて拝みながら頭を下げるアーロンさん。
俺はオーグを見ると、受けていいと小さく頷き返してきた。
「あー、分かりました。じゃあ、引き受けます」
オーグの許可が降りたので俺が引き受けると言うと、アーロンさんはガバッと頭を上げた。
「ほんまか!? よっしゃ! ほんなら早速設計に……」
アーロンさんはそう言うと、早速会議室を出て行きそうになったが、それをオーグが止めた。
「アーロン大統領」
「ん? なんや?」
「先日の話を公式な文書にして頂かないと、この話はまだ受けられません」
「ああ、そうやったな。ほんならざっと概要まとめよか」
アーロンさんはそう言うともう一度席に付いた。
オーグの言った話とは、まず、今回作る乗り物の所有権はアルティメット・マジシャンズにあり、エルスにはあくまで貸与という形になること。
エルス以外の国が、クワンロンとの国交を結ぶことを認めること。
エルス以外の国も、希望があれば空飛ぶ乗り物を貸与してもいいこと。
最初にクワンロンに行く際、アルティメット・マジシャンズも同行すること。
などだった。
あとは官僚たちによって詳細を煮詰め、公式文書にして調印するとのことだ。
「これで全部か? ほんなら……」
「アーロンさん……」
またしても駆けだして行きそうなアーロンさんを、今度はシャオリンさんが引き留めた。
「なんやな?」
「まだ、大事な話が残ってます」
これ以上まだ、なにかあるのかよ?
「お、おお、そうやったな。スマンスマン」
アーロンさんはそう言うと俺を……というか、横に座っているシシリーに視線を向けた。
「ウォルフォード夫人」
「あ、はい」
「実は、ウォルフォード夫人に治療してもらいたい人がおんねや」
「私に……ですか?」
シシリーはそう言うと、不安げに俺を見た。
そんなシシリーを見たアーロンさんは言葉を続けた。
「ああ、そうや。まあ、世間的にはウォルフォード夫人が世界一の治癒魔法士やと言われとるけど、シン君の方が凄いのは俺も知っとる」
「では、なぜ……」
「それは、私から説明します」
そう言って、シャオリンさんがシシリーの前に行き、その理由を告げた。
「聖女様には、私の姉の病気を治してほしいのです」