アーロンの依頼
「おお。シン君、よお来てくれたな」
「お久しぶりですアーロン大統領」
「堅苦しいなあ、俺とシン君の仲やないか、気軽にアーロンさんって呼んだってえな」
「いや、それは……」
久しぶりに会ったアーロンさんから、いきなりそんなことを言われた。
いや、確かに俺んちで会うときとかはそう呼んでるよ?
でも、本当にこの場でそう呼んでいいのか?。
なぜこんな風に困惑しているかというと、オーグたちとともにエルス大統領府を訪れた俺たちは、真っ直ぐにアーロン大統領の待つ会議室に案内された。
案内された会議室には、当然アーロンさんがいたのだが、それ以外の人間もいた。
アールスハイドもそうだけど、国はトップの人間が一人で運営している訳じゃない。
各国によって呼び方は色々だけど、様々な部門がある。
アーロンさんの周りにはそんな各部門のトップの人たち。
アールスハイド風に言えば、各局長たちが勢揃いしていたのだ。
つまりここはすでに公式の場。
アルティメット・マジシャンズの代表とはいえ、俺が馴れ馴れしくアーロンさんと呼んでいい場面なのだろうか?
そんな風に困惑していると、隣にいたオーグが小声で話しかけてきた。
(さっき、大統領は周囲からの突き上げが激しいと言っていただろう? ここでお前と親密な様子をアピールしておきたいんだろうな)
(それって、乗ってもいいのか?)
(いいんじゃないか? どうせ我々はこの国の人間じゃないんだ)
(そっか……)
よく見れば、アーロンさんの額には汗が浮かんでいる。
これは、オーグの言うとおりパフォーマンスの一環なんだろう。
早く乗ってくれっていう感情が顔に出てる。
しょうがない。
ここはアーロンさんの思惑に乗ってあげるとするか。
「まあ、たしかにそうですね。兄弟子であるアーロンさんに対して他人行儀すぎました」
俺がそう言うと、周りの人たちがザワついた。
そして、アーロンさんはあからさまにホッとした顔をした。
「そうやで? お師匠さんの孫といえば、俺にとったら子も同然。他人行儀にされたら悲しなるわ」
「それはそうでしょうけど、場は弁えた方がいいんじゃないですか?」
「おっと、そらそうや。ははは、すまんすまん。ほなら、こっから大統領モードや」
アーロンさんはそう言うと、一つ咳払いをした。
「アウグスト王太子殿下、アルティメット・マジシャンズ代表シン殿。エルスの要請に対応してくれたこと心から感謝する」
おお、普段ばあちゃんに怒られてるところしか見たことなかったけど、こうしてると為政者って感じがする。
「さて、このたびの要請なんやが……シン君、アウグスト殿下から詳細は聞いとるか?」
「いえ、なにやら複雑な事情があるとのことで、詳しい話は大統領から直接聞けと言われてます」
「そらそうやな。ほな、詳しい話をしよか。と、その前にや。シン君」
「はい?」
「シン君は、エルスの東側のことって知っとるか?」
「エルスの東側ですか? えっと……確か、険しい山脈があるんですよね?」
「そうや」
「その険しい山脈を超えた先には、今度は広大な砂漠が広がっていて、その先の詳しいことは分かってない……ですか?」
「そうや。けど、それは事実ではないねん」
「え? どこの部分がですか?」
「詳しいことは分かってない……っちゅう部分や」
「ということは……その先のことはある程度分かってるんですか?」
「ああ、そうや。山脈を超えた先の大砂漠を超えた先には……国があるんや」
え? なにそれ? 初耳なんですけど!?
案の定、周りのみんなもザワついている。
驚いていないのはエルス陣営の人たちとオーグだけだ。
「昔から、何年かに一度砂漠と山脈を超えてエルスにまで辿り着く人間はおったんや」
「え? で、でも、そんな話は一度も聞いたことがありませんけど」
「そらそうや、その情報はエルスから拡散せんように情報統制を敷いとったからな」
「な、なんでまた……」
「まだどことも国交を持ってへん国やで? そんなん交易を独占したいに決まってるやん」
うわ、出たよ、商人による情報の独占か。
そりゃあ、確かにエルスだけが交易を独占できれば大儲け間違いなしだ。
それは分からなくもないけど……商人ってやっぱズルいよな。
ん?
でも、待てよ。
「そんな独占したい情報を、なんで俺たちに話すんですか?」
俺がそう聞くと、アーロンさんは深い溜息を吐いた。
「そらエルスとしては教えたなかったけどな、そうも言ってられへんのや」
「というと?」
「エルスは、これまでどうにかして砂漠の向こうにある国……名前をクワンロンって言うんやけどな、そことどないかして交易をしたいと思ってたんや。けど……」
「けど?」
「どうしても上手いこといかへんかった。理由は分かるか?」
砂漠の向こうにある国と交易が出来なかった理由。
それは一つしかないだろう。
「安定的な移動手段がなかった……ですか?」
「その通りや。そもそも山脈を超えることすら難しいのに、どないかして山脈を超えたとしても次に待ってるのは砂漠や。どないせいちゅうねん」
そうだろうな。
荷物は、異空間収納が使える人に搬送してもらうとしても、当然現地に行かないと荷物の引き渡しができない。
それに、交易って荷物を送り届けるだけじゃない。
帰りには向こうの荷物を持って帰ってこなくちゃいけない。
となると、当然商人も同行しなくちゃいけないんだけど……。
エルスの東側にある山脈は大変な難所で、身体を鍛えていない商人が越えるのは難しいらしい。
仮に山脈を超えられたとしても、次に待っているのは大砂漠だ。
「毎回、クワンロンからエルスに辿り着く人間も、大概がボロボロや。せやから、まあ、できたらエエなくらいに思とったんやけど……」
「急がないといけない事態が発生した……ってことですか?」
「そうや」
なにそれ? 超面倒臭そうじゃん。
「その辺の詳しい話は……おい、あの二人呼んできて」
「はっ!」
アーロンさんは、職員の一人に声をかけると誰かを呼んでくるように指示を出した。
今までの話の流れからすると、これって……。
「今から来るのって……」
「お察しのとおりやろうな」
アーロンさんがそう言うのと、会議室の扉が開くのは同時だった。
開かれた会議室の扉から、二人の人物が現れた。
最初に現れたのは女性。
小柄で、黒く長い髪を独特な形で編んでいる。
アールスハイド周辺の人間に比べて彫りが浅く、前世でいう東洋人っぽい顔立ちをしていた。
そして続いて入ってきたのは男性。
こちらは大柄で、筋骨隆々。
同じく黒い髪を、後ろで三つ編みにしている。
彼も東洋人っぽい。
「紹介しよか。東方の国、クワンロンから来た、ミン=シャオリンさんと、リーファンさんや」