緊急連絡は意味不明
卒業式から帰った俺たちは、爺さん、ばあちゃん、使用人さん一同から学院の卒業を祝われていた。
ダイニングテーブルには、ウォルフォード家の専属料理人であるコレルさんが存分に腕を振るった料理が並べられ、まだ離乳食がメインのシルバーも、そのおいしそうな料理の数々に目を輝かせている。
まだ食べられないからね。
いつもはシルバーを挟んで食事をしている俺とシシリーも今日は二人並んで、いわゆるお誕生席に座っていた。
シルバーは爺さんとばあちゃんの間だ。
「卒業おめでとうシン、シシリーさん」
「常識を身につけるって目標以外は達成できたみたいでなによりだよ」
「ちょっ、常識は覚えただろ!?」
「知ってるのと身につくのは別もんだよ! アタシは忘れちゃいないよ? シュトロームと戦ったときに、アンタが放った魔法をね!」
「うぐっ……」
純粋に卒業を祝ってくれる爺さんと違って、ばあちゃんは辛辣だ。
あの時、俺がシュトロームに向かって放った熱核魔法。
あれは爺さんたちが戦っていた戦場でも確認されたらしい。
災害級の魔物たちはその魔法の威力に動きが止まり、人間たちは天変地異が起きたと思ったらしい。
その後、特になにも起こらなかったので再び魔物が動き出し戦闘を続行したらしいけど。
ばあちゃんは、いまだにその魔法のことを忘れておらず、何かにつけて二度と使うんじゃないと釘を差してくる。
俺だってあんな魔法、二度と使いたくないっての。
「ほっほ。しかしまあ、あのときディセウムの提案を受け入れたのは良い判断だったということじゃな」
「本当だねえ。もし、あのままこの子を世に放っていたらと思うと……背筋が寒くなるね」
「そうですね」
「え? シシリーまで?」
思えば、俺の一五歳の誕生日にディスおじさんから学院に通わないかと提案されたのが人生の分かれ道だったな。
そのことを懐かしそうに話す爺さんと違い、ばあちゃんは相変わらず非道い。
しかも、シシリーまでばあちゃんに同調してるし。
「あ、いえ。私の場合は……その……」
「ん?」
「……シン君が学院に通うために王都に来てくれなかったら出会えなかったなって……」
「あ……」
俺とシシリーが出会ったのは、学院ではなく王都に来てすぐ。
街で不良ハンターに絡まれていたのを助けたのが最初だったんだよな。
あのディスおじさんの提案がなければ、俺とシシリーは出会うことすらなかったかもしれない。
「そうだな、シシリーに出会えたのも、学院に行くことにしたからだもんな。それを考えると、本当にあのとき学院に行くことにして良かったよ」
俺はそう言って、隣にいるシシリーに微笑みかけた。
「シン君……」
シシリーは潤んだ目で俺を見ていた。
「シシリー……」
「シン君……」
俺とシシリーの顔が近づいていき……。
「ぱぱ、まま、ちゅー?」
「「ふぇあっ!?」」
もう少しでシシリーとキスしそうなところで、シルバーの無邪気な声が聞こえた。
あっぶね! ここにはシルバーだけじゃなくて皆いるんだった!
「今のシルバーの言葉……アンタたち、普段からシルバーの前でイチャイチャしてんのかい?」
「え、あ、いや……」
「あ、あわわ……」
シルバーが、今の雰囲気でちゅーという言葉を発したことに、ばあちゃんが目敏く勘付いてしまった。
だってしょうがないじゃん。
シシリーと二人でシルバーを見てると、幸せな気持ちが溢れてしょうがないんだから。
「やれやれ、まあ両親の仲が良いのはいいことだ。こりゃあ、シルバーの弟か妹の顔を見るのも近いかねえ」
以前は、時と場所を考えろと説教していたばあちゃんだったが、結婚してからあまりそういうことに対してガミガミ言わなくなった。
その代わり、シシリーとイチャイチャしているとニヤニヤした顔をするようになったんだよな……。
「そういえば、今日で学院を卒業ってことは……」
ああ、またばあちゃんがニヤニヤし始めたよ。
「まあ、頑張りな」
「は、はい!」
「ちょっ、シシリー……」
「え、はっ!?」
今のばあちゃんの『頑張れ』は『子作り』を頑張れってことだぞ?
そんな元気に返事しちゃったら、今日から子作り頑張りますって宣言してるようなもんじゃないか……
「あ、あうう……」
自分の発言に気が付いたシシリーは、真っ赤になりながら恥ずかしそうに身をすくめた。
もう結婚して人妻になってるのに、なんでこうも可愛いんだろうか?
そんな可愛らしい仕草を見せるシシリーを皆で愛でたあと、ようやく卒業祝いの夕飯が始まった。
とはいえ、そこはやはり小さい子供のいる食卓。
俺たちの学院での思い出話をしていたら、シルバーがまだ食べられない料理を手で掴み、口に入れようとして大慌てで取り上げたり、ぐずりだしてシシリーが抱っこしたり、結局シルバー中心のいつもの夕飯になった。
そして、そのシルバーがウトウトし始めたのでシシリーが寝かしつけに行ったところで、祝いの席は終了となった。
「ほっほ、子供がいると賑やかでいいのお」
「本当にそうだねえ……」
シルバーを寝かしつけに行くシシリーの後ろ姿を見ながら、しみじみとそうつぶやく爺さんとばあちゃん。
二人の過去のことを考えると、色んな思いがあるんだろうな……。
「さて、シン」
「なに? ばあちゃん」
シシリーを見送っていると、ばあちゃんから声をかけられた。
「これで、学生という気楽な身分は終わりだよ」
「分かってるよ」
「本当かねえ? これからは社会人として生きていくことになる。アンタのすべての行動に責任が出てくる。これまでみたいに、ディセウムや殿下が庇ったって庇いきれないことも出てくるんだよ」
「それも分かってるってば」
これでもこの世界に転生する前は、ちゃんと社会人してたんだから。
けどばあちゃんは、イマイチ納得してない顔で溜息を吐き、こう言った。
「いいかい? これからのアンタの行動は全部シルバーが見てる。シルバーに、自分の父親は騒動ばっかり起こす恥ずかしい父親だって思われないように、より一層自重するんだね」
「お、おう……」
そうか……。
シルバーはもうすぐ二歳。
正確な誕生日はミリアに聞いていなかったから、シュトロームが俺たちに宣戦布告してきたあの日をシルバーの誕生日に決めた。
その日はもうすぐだ。
シルバーはこれからどんどん大きくなる。
自我も芽生えてくる。
そうすると、俺の背中を見て育つわけだ。
「……責任重大だな……」
「まったく……今頃気づいたのかい。妻子持ちになったっていうのに、しょうがない子だねえ」
「まあ、そう言うてやるな。シンはまだ一八歳。世間一般で言えば、まだ子供なんじゃから」
爺さんがそう言うと、ばあちゃんはキッと爺さんを睨み付けた。
「妻子ができた時点でもう子供じゃないんだよ! そういやアンタも、いつまでも子供のまんまで……アタシやスレインがどれだけ恥ずかしい思いをしていたか知らないだろう!?」
「い、今、その話はせんでも……」
「まったくアンタたちは……本当に血が繋がってないのか疑っちまうくらいそっくりだよ!」
「「あ、あはは……」」
俺と爺さんは、ばあちゃんの言葉に、苦笑いしか返せなかった。
そんなやり取りをしていると、シルバーを寝かし付けたのか、シシリーが二階から下りてきた。
「なんのお話をしてたんですか?」
「なに、ウチの男どもはいつまで経ってもガキだねえって話さね」
「ふふ、そうですね。でも、いつまでも少年っぽさを忘れないシン君は素敵だと思いますよ?」
「はあ、アンタは本当にシンに甘いねえ……」
「そ、そうですか?」
「そうさ。少年っぽさを忘れないのはいいけれども、子供の父親がいつまでも少年のままじゃ困るのさ」
少年って……もう一八歳になったし、シルバーの面倒も見てるのに……。
「いや、だから、大人としての自覚はあるって……」
「卒業式であんだけ大騒ぎしておいてかい?」
「うぐっ……」
いや……あれは……その……。
俺が言い淀んでいると、ばあちゃんは深い溜息を吐いた。
「はあ……これはあれだね、色々と自覚が足りないね」
「自覚……ですか?」
「ああ、親ってのはね、急になるもんじゃないんだ。子供ができたことが分かって。妊娠期間中に少しずつ親になる自覚と覚悟ができてくる」
「それは、そうですね」
「まあ、子供が生まれたからって、すぐに親になれる訳じゃない。少しずつ、子供と一緒に親も成長していくもんだけど……それはまあこの際いいとしてだ、アンタたちは、その前提が抜けてるんだ」
「前提……」
「あの子を引き取ると決めたアンタたちの決意と、一生懸命にあの子を育てていることは評価してる。けど、アンタたちがいつまでも子供っぽいのは、その自覚と覚悟が足りないからじゃあないのかい?」
「確かに、そうかも……」
「シン君……」
シルバーを引き取ったあとは、シルバーを育てることに精一杯になっていて、俺自身が親として成長していくって考えはまったく無かった。
学生であることに胡座をかいて、いつも皆とふざけあって……。
「……ばあちゃんの言うとおりだ、俺、自覚が足りなかった」
「口で言うのは簡単さ。けど、その自覚はそうすぐに持てるもんじゃない」
「じ、じゃあ、どうすれば……」
縋るようにばあちゃんを見ると、ばあちゃんは……。
ニヤニヤと笑っていた。
え?
「さっきアタシが言ったばかりじゃないか。さっさと子供を作りな。シシリーのお腹が大きくなっていくにつれて、自然と自覚なんて生まれるもんさ」
「んなっ!」
「あぅ……」
なんだよ!
散々人のことケチョンケチョンに言っておいて、結局それが言いたかっただけじゃないか!
「はてさて、年寄りはそろそろ寝るとするかねえ」
「そうじゃの」
「シン、シシリー」
「……なんだよ?」
「はい?」
自分たちの寝室に向かう途中、振り向いたばあちゃんの顔は、またニヤニヤしていた。
「あんまり遅くならないようにね」
「うっせー!」
「お婆さま!」
「あっはっは。二人目のひ孫、楽しみにしてるよ」
ばあちゃんはケラケラ笑いながら寝室へと入っていった。
残された俺たちはというと……。
「……」
「……」
は、恥ずかしい!
この流れで俺たちも寝室に向かうと、つまり、今から子作りしますと宣言しているようなもんじゃないか!
使用人さんたちも、その空気を感じてか視線が妙に生温かい気がする。
くっそう、ばあちゃんめ!
「あー……俺たちも休もうか?」
「は、はい! そうですね!」
「え? お休みになられるのですか?」
うおいっ!
せっかく言葉を選んだのに、蒸し返すんじゃないよ!
俺たちのこれからの行動を把握されているかと思うと、恥ずかしくってしょうかない。
「あぅぅ……」
シシリーなんて恥ずかしさのあまり動けなくなってるじゃないか。
どうしよう……。
そう思ったときだった。
ジリリリ!
ジリリリ!
「……通信?」
「え、こんな時間にですか?」
今はもう寝ようかという時間。
そんな時間に、俺の無線通信機の着信ベルが鳴った。
さっきまでの恥ずかしい空気は一変し、俺とシシリーは顔を見合わせた。
「誰だろ?」
「とりあえず、出た方がいいんじゃないですか?」
「そうだな」
出てみれば分かることだ。
そう思って、受信のボタンを押すと、通信機の向こうから非常に焦ったオーグの声が聞こえてきた。
『シン! もう寝室か!?』
なんだそれ? 意味が分からん。
「これから向かおうかと思ってたところだよ」
意味は分からんが、とりあえず今の現状を正直に伝えると、オーグは明らかにホッとした声を出した。
『そうか……間に合ったか』
「間に合ったって、何がだよ?」
本当に意味が分からない。
だけど、次に発したオーグの言葉は、もっと意味が分からなかった。
『すまんが、子作りはしばらく延期してくれ』
賢者の孫が一段落ついたので、新作を投稿し始めました。
活動報告に詳細を書いております。
下記リンクからも読めます。
よろしくお願いします。