卒業式もてんやわんや
「ったく、お前たちは……」
教室で騒いでいると。珍しくキッチリと服を着たアルフレッド先生が入ってきた。
入ってくるなり、相も変わらず騒いでいる俺たちを見てため息を吐いている。
「英雄だなんだと持ち上げられていても、まだまだ子供だな。そんなことでこれから先大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ先生。私がシンたちの手綱を握りますから」
「まあ、殿下がそう仰るなら大丈夫……か?」
うーん、さすがに三年間俺たちの担任をしてきたアルフレッド先生だけあって、俺たちへの信頼感が薄い。
アルフレッド先生には、散々迷惑をかけてきたからなあ……。
「ところで、先生が来たってことは、もう時間ですか?」
「おう、そうだ。そろそろ講堂に行くぞ」
こうして俺たちは、卒業式に臨んだ。
これが、俺の人生を変えた魔法学院での最後のイベントだ。
Cクラスから順番に入場していくと、講堂に集まっている在校生や保護者、来賓の拍手で迎えられた。
そして最後に俺たちSクラスが入場すると、拍手は一段と大きくなった。
歓声も上がっている。
もうこういう扱いにも慣れたのか、皆も特に照れるでもなく平然としている。
そんな中で保護者席にチラリと視線をやると、爺さんとばあちゃんがシルバーを抱えて座っているのが見えた。
シルバーは、入場してきた俺とシシリーに気付き、こちらに向かって一生懸命に手を振っている。
はあ……一生懸命に手を振っているシルバー可愛い……。
その可愛らしい仕草に、自分でも分かるくらいデレッとした笑顔になりシルバーに手を振る。
ふと見ると、シシリーも俺と同じようにデレデレした顔をしながらシルバーに手を振っている。
そうだよな。
やっぱ、うちの子はサイキョーに可愛いよな!
「ちょっとアンタたち、顔が気持ち悪いわよ?」
「サラッと非道いこと言うな!?」
「き、気持ち悪い!?」
シルバーの可愛い仕草を堪能していると、マリアから非常に心外な指摘を受けた。
非道いことを言うマリアに俺とシシリーが抗議の声をあげるが、マリアは無視して俺たちの視線の先を追った。
「一体何見て……ああ、シルバーね」
「うわっ! 一生懸命手ぇ振ってる! チョー可愛い!」
「ですよね!? 可愛いですよね!?」
マリアと同じように、シルバーの姿を見つけたアリスが、その可愛い仕草に歓声をあげる。
シルバーを褒められたシシリーは、とても嬉しそうだ。
「いつも遊んでくれてるお兄ちゃんやお姉ちゃんが勢揃いしてるから、シルバーのテンションも爆上げだな」
ばあちゃんの膝の上に座っているシルバーは、今にもばあちゃんの腕を振りほどいてこちらに走ってきそうなほどテンションが上がっている。
その姿を見て、皆もデレッとした顔をしている。
そんな俺たちに、オーグがとんでもないことを言った。
「お兄ちゃんにお姉ちゃんか……友人の子供なのだから、そこはおじさんとおばさんじゃないのか?」
その言葉に、女性陣がクワッと目を見開いた。
「殿下! 一八歳の乙女に向かって、なんてことを!!」
「そうですよぉ!」
「おばさんって言わないでください!!」
「いくらなんでも非道い」
抗議したのは、マリア、ユーリ、アリス、リンだ。
シシリーとオリビア、それと男性陣は抗議に加わっていない。
なぜなら……。
「私はママですから」
「あはは。確かに、私に子供ができたら私シルバーちゃんのおばさんですね」
「オ、オリビア……」
シシリーはシルバーのママだし、オリビアはビーン工房のために跡継ぎを産むことを期待されているので、この卒業式が終わったらマークと結婚することになっている。
「確かに、子供の友達からはおじさんと呼ばれるよねえ」
「まあ、それが自然なことでしょうからね」
「トールの場合は、おばさんと呼ばれないように気を付けるで御座る」
「なっ!? そんなこと、呼ばれるはずがないでしょう!?」
トニー、トール、ユリウスも、この卒業式が終われば結婚する予定だ。
つまり、抗議の声をあげたのは、相手のいない……。
「シン……アンタ、なにか余計なこと考えてない?」
「え? べ、別に?」
「……本当かしら?」
「ほ。ホント、ホント!」
何かに勘付いたマリアの追求をどうにか逃れようとしていると……。
「いい加減にしろお前たち!! さっさと席に着け!!」
『はいっ!!』
俺たちの前を歩いていたアルフレッド先生が、我慢の限界とばかりに叫び、俺たちは慌てて席についた。
「まったく……最後の最後に醜態を晒すとは……」
「いや! 大騒ぎになったの、オーグの余計な一言が原因だからな!?」
オーグが他人事のように溜息を吐くので、思わずツッコむと「ギロリ!」という擬音が聞こえてきそうなほど、アルフレッド先生に睨まれた。
やば、これ以上怒らせるとアルフレッド先生の胃に穴が開きそうだ。
教員席から怖い顔をしてこちらを睨んでいるアルフレッド先生だが、その評価は非常に高い。
こう言ってはなんだが、俺たちアルティメット・マジシャンズは、世間では英雄だの世界最高の魔術師集団などと言われている。
そうすると、教師の中には俺たちに遠慮して何も言えない人もいる。
なのにアルフレッド先生は、俺たちのことを入学時と変わりなく厳しく指導してくれる。
英雄相手にも一切忖度しない、教師の鑑とまで言われているのだ。
学院の関係者からは、次期学院長にという声まで上がっているという。
そんな先生が俺たちのことを睨んでいる。
……ここから先は大人しくしておこう。
そうこうしているうちに式は進み、在校生代表による送辞も済んだ。
このあとは……。
『それでは続きまして、卒業生代表挨拶。卒業生代表、シン=ウォルフォード君』
「はい!」
いよいよ、俺の卒業生代表挨拶だ。
入学式の時の新入生代表挨拶は超緊張したけど、去年の卒業式でも在校生代表の送辞をやったし、アルティメット・マジシャンズ代表としてもっと大勢の前での挨拶も経験してきた。
もう怖いものなどない!
そう思って壇上に上が……。
「ぱぱー!!」
思わず、壇上でスッ転げてしまった。
「な、な……」
なんでこのタイミングで大声をあげちゃうのかなあシルバー!?
厳粛な式の最中にあがった子供の大声と、転けた俺を見て爆笑に包まれる会場。
ぬおお……恥ずかしい! これは恥ずかしいよ!?
「シルバー! シーッ!」
「あう!」
壇上からシルバーに注意すると、シルバーは両手を口に当てた。
うは、可愛い……。
途端に、また大爆笑に包まれる会場。
しまった、混乱して皆が注目している壇上でいつものように行動してしまった!
ああ、もう……折角最後はキッチリ締めようと思っていたのに、台無しだよ……。
はあ、もういいや。
湿っぽいのはガラじゃないし、いつものように軽い感じの挨拶にしとこう。
『ご来賓の皆さん、お騒がせしてしまい申し訳ありません。先生方、最後までこんな調子ですみません。在校生の皆さん、こんな先輩でごめんね?』
最初のつかみで、またも笑いが起きる。
『私がこの高等魔法学院に入学したのがもう三年も前になることが未だに信じられません。それほど、この学院での三年間は濃厚で楽しい毎日でした』
ここからは、ちょっと真面目に話すよ。
『私がこの学院に入学した最大の目的は常識を知ること。その目的は十分に達成できたかと思います』
途端に起こる大爆笑。
なぜだ!?
『そ、それと同時に、同い年の友人を作ることも目的としていました。その目的は、入学してすぐに達成することができました。この学院で得られた最大のものと言って過言はありません』
俺のその言葉に、Sクラスの皆がニヤニヤしつつも照れくさそうにしている。
まあ、友人から面と向かってそんなこと言われたら照れるよな。
俺も、こんな場でないと、とてもじゃないけど口にできないし。
『それだけでなく、生涯の伴侶にも出会いました。そして、先ほど皆さんも目にしたように、養子ではありますが子供も得ることができました』
シルバーのことは、アールスハイド……いや、世界中の人が知っている。
ただし、魔人同士の子としてではなく、魔人に占領された都市で奇跡的に生きていた奇跡の子、魔王と聖女に養育される幸運の子としてだ。
『私の人生において、これほど濃密な時間はありませんでした。それもこれも、温かく見守ってくれた保護者、厳しく指導してくれた先生方、先輩、後輩の皆さんのお陰だと思っています』
これは紛れもない本音だ。
俺がこんなにも幸せな学生生活を送ることができたのは、周りの皆と隔絶した力を持ってしまった俺のことを、異分子として排除せず、受け入れてくれた皆のお陰だ。
『本日、私たちはこの学院を卒業しますが、ここでの三年間を忘れることは生涯ないでしょう。皆様、本当に有り難う御座いました。卒業生代表、シン=ウォルフォード』
そう言って深々と頭を下げると、途端に万雷の拍手が巻き起こった。
「センパーイ!!」
「魔王先輩、素敵ー!!」
「妾にしてー!!」
おい! 誰だ最後の!
この場でそんなこと言うなよ! またシシリーの目からハイライトが消えちゃうだろ!!
恐る恐る席に戻ると、オーグは笑いをこらえてくの字になっていた。
これから起こる騒動が楽しくてしょうがないんだろう。
くそ、相変わらず趣味が悪いな!
そんなオーグを無視してそっと視線を横に向けると、シシリーは普通に微笑んでいた。
「相変わらず、モテモテですね?」
「そ、そんなことないよ。まったく、たちの悪い冗談だよな」
「ふふ、分かってますよ。シン君がお妾さんなんて作るはずがありませんもんね?」
「当たり前だよ」
「うふふ」
シシリーは結婚してから、昔のようにちょっとしたことで嫉妬しなくなった。
むしろ、妙な威厳まで備わっているように見える。
「なんだ、つまらん」
「オーグ、お前……」
やっぱり騒動を期待してやがったか。
まあ、それでこそオーグなんだけど。
「それにしても、すっかり落ち着いちゃったわねシシリー」
「そう?」
「そうよ。去年までのシシリーなら、周り凍り付いちゃってたんじゃない?」
「そんなことないよ」
いやいや……。
俺も、一瞬その光景が頭をよぎったよ。
「やっぱり、結婚したから?」
「シルバーがいるのも大きい」
アリスとリンも同じように感じていたらしく、シシリーが落ち着いた原因を挙げている。
皆にそう思われていたことが意外だったのか、シシリーはちょっと苦笑しつつ言葉を返した。
「そうかもしれません。それに、シン君はシルバーのお世話も本当に一生懸命やってくれていますし、私にもたくさんの愛情を注いでくれます。そんなシン君を疑うことなんてありえませんよ」
そう言うシシリーは本当に幸せそうで、ああ、頑張ってよかったなと心底思った。
だが、マリアたちの顔が赤い。
なんで?
「あ、愛情を注いでくれるって……」
「わぁ、意味深~」
「あぅあぅ、シシリーのえっち!」
「これは、二人の実子の顔を見るのも近い」
「愛情を注ぐって、そういう意味じゃねえよ!!」
シシリーを大事にしてるって意味だよ!
とんでもないことを言うマリア、ユーリ、アリス、リンに呆れつつシシリーを見ると……真っ赤になって両手で顔を覆ってらっしゃいました。
ちょっ!
ここでその行動は誤解を……いや、ある意味誤解でもないんだけど! 変な意味にとられちゃうから!
「ふむ、そうか。ウォルフォード家も今夜から子作りか」
「皆の前でそういうこと言うんじゃねえよ! っていうか『も』ってことは、オーグんとこもそうってことじゃねえか」
「私は王族だからな。子を成すことは半ば義務だ」
「こ、こいつ……!?」
オーグの奴、俺をからかうために自分の身を切ってきやがった!
そんなオーグのくだらない覚悟に身を震わせていると……。
「お前ら……さっさと退場しろっ!!」
アルフレッド先生の怒鳴り声が、まだ人の残っている講堂に響き、またも爆笑に包まれるのであった。
あぁ……結局、最後までこんなんかよ……。




