もうすぐ社会人です。
「あ、おはよー、シン君、シシリー!」
ゲートで学院の教室に行くと、アリスが挨拶してきた。
……パジャマ姿で。
「アリスお前……最後の最後まで……」
「え?」
「パジャマ……」
「にゃっ!?」
アリスはやっぱり気付いてないし、周りも笑いを堪えるだけで注意しない。
はあ、相変わらずだな皆。
「何で誰も言ってくれないのさあっ!」
「当たり前だ馬鹿者。明日から我々は社会人になるのだぞ? 指摘される前に自分で気付け」
「殿下の意地悪ぅ~!」
オーグに説教されたアリスは、涙目になりながらゲートで家に帰った。
俺たちも大分遅かったのに、間に合うんだろうか?
「ところで、二人とも随分と遅かったな。どうした?」
「え? ああ、出掛けにシルバーがグズッちゃってな」
「お婆様に面倒をお願いしていたら遅くなってしまって……」
「そうだったのか。いやはや、子育ては大変だな」
オーグがニヤニヤしながらそう言ってくる。
くそ、コイツめ。
「オーグのとこも、学院を卒業したら子作り始めるんだろ? 大変だぞ~?」
俺とシシリーもそうだけど、オーグとエリーも結婚したとはいえまだ身分は学生。
身重の身体で学院に通うのは大変だし、万が一のこともある。
王太子妃であるエリーは尚更だ。
なので俺たちは、学生でいる間の子作りを禁止されていた。
だが、それも今日で終わり。
つまりオーグたちも子作り解禁というわけだ。
クックック、オーグたちも子育ての大変さを思い知るといい!
そう思ってオーグを挑発したんだけど、オーグは何やら呆れ顔だ。
「何を言っているのだお前は。王族が自身で子育てなどするはずがないだろう」
「……え? あ、そうか」
そういえば、王族とか貴族は子供の面倒を乳母なんかが見るのか。
「私もできる限り子育てには参加するつもりではいるがな。基本的には乳母や使用人たちが面倒を見る」
「それって……自分たちは可愛がるだけで、面倒なのは使用人任せってことか?」
「人聞きの悪い言い方をするな。そもそも王族は国の最高権力者にして国の象徴だぞ? 国民に育児で疲れた顔を見せるわけにはいくまい」
一瞬、楽そうでいいなあと思った。
けど……。
「うーん……なんだかなあ……」
複雑な感情に支配されている俺の様子を見て、シシリーが苦笑しながら俺の気持ちを代弁してくれた。
「確かに、大変なことも多いですけど、苦労をかけさせられた分、シルバーが嬉しそうに笑ってくれるの見ると、ああ、頑張って良かったなと思えますからね」
「そうそう、それ! それも親の醍醐味だよな!」
子育ては大変だけど、その分達成感が半端ない。
「そうかあ、オーグはそういう体験ができないのかあ、残念だなあ」
「む」
お、オーグがなんか悔しそうにしてる。
ああ、オーグに勝つと気持ちいいな!
「……まあ、確かにそういった達成感は経験できないかもしれんが、今後のことを考えるとそれでいいかもしれんな」
「あれ?」
あっさり引き下がった?
なんで?
「去年、シルベスタを引き取った後のお前たちは……まるで幽霊のようだったからな……」
引き下がったと思ったら、今度は憐憫の目で見てきた!?
「あぁ確かにぃ。去年の二人はボロボロだったわねぇ」
「夜泣きが非道くて、碌に寝られないって言ってましたもんね……」
「「うう……」」
ユーリとオリビアの言うとおり、去年の俺たちはシルバーが夜泣きをする度に起こされ、碌に寝れない日々を送っていた。
今思い出してもゲンナリする体験だったな……。
「でも、シン殿の家にも使用人はいるじゃないですか。養子ですし母乳を与えるわけではないのですから、使用人に任せてもよかったのでは?」
トールの指摘の通り、シルバーはシシリーが産んだ子じゃない。
妊娠していないシシリーからは母乳が出ないので、シルバーは粉ミルクで育った。
……この世界には普通に粉ミルクが存在していたよ。
なので、夜中にシルバーにお乳をあげるのは別にシシリーでなくていいのだが……。
「そんなの駄目です! 私があの子のママなんですから、私がお世話をしないと!」
まあ、そういうわけだ。
シシリーは貴族家の出身だけど、平民であるウォルフォード家に嫁いできた。
……まあ、ウチはちょっと特殊なので使用人さんたちがいっぱいいるけど、立場は平民だ。
それに、シルバーはミリアから直接シシリーに託された。
シシリーの中では、シルバーは自分が責任をもって育てると決意しているんだろう。
だから、最低限のサポートはしてもらうけど、極力自分で面倒を見たいと思っているんだ。
「結局、自分で苦労を背負い込んでいるのではないか。私にはそんなことをしている暇はない……いや、なくなるだろう」
「なくなるだろう……って、なんだよその予測」
俺がそう言うと、オーグは俺をジト目で見てきた。
「な、なに?」
「これから、お前たちの起こす騒動を考えると……今から頭が痛くなるな」
「なんだよ? 俺たちが起こす騒動って」
俺の言葉に、オーグはとても深い溜め息を吐いた。
「アルティメット・マジシャンズは、これから組織になる」
「そんなこと分かってるよ」
「今までは学生という身分を考慮して、緊急時以外は依頼を受けてこなかった」
「ああ」
「だが、学生という身分がなくなり、組織として活動を始めるとそうはいかない」
「だから、それがどうしたって……」
「舞い込む依頼を解決するにあたって、個別に人員を派遣することも増えてくるだろう」
おい……。
それって……。
「まあ、概ね問題はないのだが……」
「だっはー! 間に合ったあ!!」
オーグの言葉の途中で、アリスがゲートから飛び出してきた。
よほど急いで着替えたのだろう、服がヨレヨレだ。
「タイがずれてる」
「あ、リン、ありがとー」
オーグは、服を直しているアリスとリンの方を見ながら言った。
「お前と、コーナーとヒューズが心配だ……」
「やっぱりか! 俺だってちゃんとやるわ!」
「殿下、それは非道い。ウォルフォード君とアリスはともかく、私は問題ない」
俺とリンはオーグに対して抗議した。
だが……。
「信用できるか! 今までの所業を思い返してみろ!」
オーグに思い切り怒られてしまった。
まさかと思い周囲を見てみるが、皆苦笑していた。
マジか……。
そこまで信用なかったなんて……。
落ち込む俺とリン。
苦笑する皆。
そして。
「ほえ? なに?」
話の流れを知らないアリスだけ、不思議そうな顔をしていた。
くっそう……。