ウォルフォード家は今日も平和です
今回から、タイトルの書き方を変えました。
話の変わり目ということで……。
ある春の日。
朝起きて着替えを済ませリビングに下りてくると、こんな光景が目に入ってきた。
「はい、あーん」
「あーん」
「シルバー、おいしい?」
「おいし!」
「ふふ」
結婚し、俺の奥さんになったシシリーが、魔人であったミリアとシュトロームの子のシルベスター……シルバーに朝ごはんを食べせさている光景だ。
慈愛の表情を浮かべ、まるで聖母のようなシシリーと、満面の笑みでごはんを食べているシルバー。
その光景はとても尊く、素晴らしいものに見えた。
その眩しいシーンを感動しながら見ていると、俺の気配に気付いたシシリーがこちらへ振り向いた。
「あ、シン君、おはようございます」
「うん。おはようシシリー」
結婚してからもシシリーが俺を呼ぶときは『シン君』と呼んでいる。
これは、シシリーからの希望である。
結婚しても、ちゃんと俺のことを名前で呼びたいからと、そう言われた。
ただ、それは二人のときだけの話で。
「ぱぱ!」
俺に気付いたシルバーが、元気いっぱいに俺を『パパ』と呼んだ。
「おはようシルバー、ママのごはんおいしいか?」
「あい!」
「そうかそうか、じゃあパパもママのごはんもらおうかな」
「はい。パパのごはんも、すぐに用意しますね」
「うん。ありがとう」
俺の言葉にふんわりと微笑んだシシリーは、朝食の準備をしに厨房へと向かった。
そう、俺とシシリーにシルバーが加わると、自然とお互いのことを『パパ』『ママ』と呼ぶようになった。
あのシュトロームたちとの戦闘。
そのあとに、こんな穏やかな日常が送れるようになった。
そのことに感慨深い思いを抱きつつ、俺はシシリーがいなくなったことで、自分でスプーンを持ってごはんを食べているシルバーを見つめた。
「ああ、ほらシルバー、ごはんが口に付いてる」
「う?」
一人でごはんを食べられるようにはなったが、まだ食べ方が上手ではないシルバーが、口の周りをいっぱい汚していた。
それをタオルで拭ってやる。
「ほら、取れた」
そう言って口からタオルを放すと。
「にひっ」
くすぐったかったのか、口を拭ってもらうという行為が楽しかったのか、シルバーがニパッと笑った。
「か、可愛い……ウチの子可愛い……」
「う?」
「ふふ、もう、シン君たら」
シルバーの可愛さに悶えていると、シシリーが戻ってきた。
シシリーの後ろには、朝食が載ったワゴンを押すメイド長のマリーカさんや他のメイドさんもいる。
彼女たちの手によって朝食の準備が整い、俺とシシリーも朝食をとる。
親子三人で穏やかに朝食を食べる。
なんて幸せな時間なんだろうか。
そう思っていると、シシリーがシルバーを見ながら複雑な顔をしていることに気が付いた。
「どうした? シシリー」
「いえ。最初、本当は不安だったんです。いきなり赤ちゃんを育てることになって、ちゃんと育てられるのかなって」
「……そうだね。俺も正直不安だった」
「でも、お婆様やマリーカさんたち皆さんの助けもあって、大変でしたけど、やっぱり引き受けて良かったなって思って」
「そっか」
「それに……」
シシリーはそう言うと、一生懸命ごはんを食べているシルバーの頭を優しく撫でた。
「シルバーがとってもいい子で……ミリアさんには申し訳ないのですけど、本当に幸せだなって……」
シシリーはそう言うと、少し悲しそうな顔をした。
「……そっか」
俺は、それしか言えなかった。
シルバーを産んだミリアは、もうこの世にいない。
シシリーはそんなミリアの代わりにシルバーを育て、幸せを感じることに少し罪悪感を感じている。
確かに、ミリアはシルバーを育てることはできなかった。
けど……。
「大丈夫だよ」
「シン君?」
「ミリアは、シシリーにシルバーのことを託したんだ。そのシシリーがシルバーを大切に育ててる。きっとミリアも喜んでいるよ」
俺はシシリーにそう言ったあと、シルバーに声をかけた。
「シルバー、ママのこと好きか?」
俺がそう尋ねると、シルバーは満面の笑みで。
「すきー!」
そう答えた。
「そっか」
「シン君……」
「な? シシリーがシルバーのことを大切にしているのはシルバーにも伝わってるよ。だから、そんなこと気にしなくてもいいって」
「……はい、そうですね」
お、ようやくシシリーに笑顔が戻ったな。
そのとき、俺はついでに聞いてみた。
「パパは?」
するとシルバーは、さっきの質問でテンションが上がっていたのか、今度は両手を上げて答えた。
スプーンを持ったまま。
「すきー!」
勢いよく手をあげるシルバーだったが、手に持ったままのスプーンが皿に当たり、ひっくり返してしまった。
「「ああっ!」」
俺は、咄嗟にシルバーを抱き上げ、シシリーはシルバーにかかったごはんを拭き取る。
テーブルの上はマリーカさんたちが片付けていた。
「大丈夫か、シルバー?」
「怪我してない?」
俺とシシリーがシルバーにそう尋ねるが、シルバーはごはんをひっくり返したことがショックだったんだろう、みるみる目に涙を浮かべていった。
「うぅぅ……にぇええええ!」
そしてとうとう泣き出してしまった。
「ああ、ほら、よしよし」
「大丈夫だよシルバー、まだあるからね」
「うえぇぇぇ!」
一度火のついた子供は中々泣き止まない。
シシリーと二人して困っていると、救世主の声が聞こえた。
「まったく、朝からなにを騒いでるんさね」
「ばあちゃん!」
「お婆様!」
ばあちゃんが現れたことに心底安堵する俺たち。
なぜなら……。
「ばあば!」
さっきまで火がついたように泣いていたシルバーがピタリと泣き止み、ばあちゃんに向かって笑みを向けていたから。
結婚したとはいえ、俺とシシリーの立場は学生。
日中は学校に行かなくてはいけない。
結婚したから、子供がいるから、十分な稼ぎがあるからといって中退はばあちゃんが許してくれなかった。
……いまだに、常識が身に付いたとばあちゃんからはみなされてないのだ……。
そうなると、シルバーは日中ばあちゃんと爺さんが面倒を見てくれている。
圧倒的に、俺たちよりシルバーとふれ合う時間が長い。
そんな訳で、シルバーはすっかりおばあちゃんっ子になってしまったのだ。
「ほれ、おいでシルバー」
「あい!」
「あ!」
ばあちゃんにシルバーを奪い取られションボリしていると、ばあちゃんの後ろから現れた爺さんに声をかけられた。
「ホレ、お前たち、のんびりしておっていいのか?」
「え?」
「あ!」
爺さんの言葉で時計を見る。
ヤバい! もうこんな時間か!
「今日はお主らの卒業式じゃろう。卒業生代表が遅刻などしたら大変じゃぞ?」
「アタシたちもあとで行くから、アンタたちは先にお行き」
「うん、分かった。行こうシシリー」
「はい!」
「ホレ、シルバー。パパとママにいってらっしゃいは」
「あいー!」
「ホッホ、可愛いのうシルバーは」
そんなドタバタした朝の今日は、俺たちの卒業式。
ようやく、学生生活が終わる日だ。