僕たち、結婚しました
台風が近付いていますが、皆様大丈夫でしょうか?
人類の存亡をかけた戦いに勝利したその日、エカテリーナさんが通信機を用いて全世界に勝利宣言をした。
その宣言を聞いた民衆は大歓声をあげ、各国ではお祭りが催されたらしい。
らしいというのは、俺はその様子を見ていないから。
というのも、今回の戦いは、魔人たちに勝ったらおしまいというわけではない。
俺が各国に付与した魔道具を回収し、その付与を取り消さないといけないのだ。
とはいえ、その場ですぐに回収しようにも、兵士さんたちにも多くの犠牲者が出ており、その中で紛失してしまった物もあるので、まずは数を確認してから回収するという流れになった。
なので、一旦各国がそれぞれ国に持ち帰り、参加した兵士と兵士の数、それと回収できた武器の数を数え、完了した国から提出してきたのだが……ここでひと悶着が起きた。
各国の武器に付与していた魔法を削除し、返却していたのだが、ダームだけが中々提出してこなかった。
そして、最後の国に付与を削除した武器を返却した時点で、なんと魔法付与した武器の提出を拒否。
アールスハイドに向けて宣戦布告したのである。
ダームの言い分はこうだ。
『このように非常に危険な武器を作成できるシン=ウォルフォードはシュトローム以上に危険な人物であり、それを囲い込んでいるアールスハイドは、世界征服を目論んでいる。それを防ぐための正義の戦いである!』
と、世界中に向けてそう宣言したのだ。
これに、世界中の国と民衆は猛反発した。
なんせ……自分で言うのもなんだけど、俺たちは世界を救った救世主だ。
その救世主を悪呼ばわりしたこと。
なにより、俺が付与した武器をそのまま奪い取り、各国の武器の付与削除が終わるまで待っていたという卑怯な手段が各国の上層部だけでなく、民衆の怒りまで買った。
こうしてみると、凄い大きな出来事なんだけど、なんでひと悶着なんて軽く言ったのか。
それは、この騒動がすぐに終息したからだ。
先の宣言をしたのは、以前会議で見たダームの若い王様なんだけど、どうも一人で勝手に決めたらしい。
こんなことをすれば確実に世界中を敵に回すと、ダーム軍がクーデターを起こした。
とはいえ、ダーム王の宣言にはダームの国民自体が驚き怒りを抱いていたということもあり、アッサリとダーム王は捕らえられ、すぐさま処刑された。
そして、その騒動のあとすぐに付与していた武器を提出してきたのだ。
……ダームの王様は、なんか俺に敵意を持っていたけど、こんな馬鹿なことするなんてなあ……。
結局、度重なるダーム王国の失態は全て王族の責任ということになり、王家が絶やされることは無かったが、政治的実権は全て取り上げられることになった。
いわゆる、象徴としてだけ残されたのである。
これからは、新しい政治形態を模索するとのことで、暫定的に国家元首に収まったのはダーム軍の司令官。
以前、俺に変な質問をしてきたヒイロ=カートゥーンだった。
この人、前も王の批判を公然としてたし、正直、あんまりいい印象がない。
本当に大丈夫かな?
とはいえ、それは他国の出来事であり、俺たちが手を出せる話しではないので、静観することになった。
……なにも起こらなければいいんだけど……。
そんな騒動があったので、祝勝の雰囲気は一旦中座してしまった。
だからだろうな……。
俺とシシリー、オーグとエリーの結婚式をエカテリーナ教皇直々に執り行うと発表されたとき、予想以上に盛り上がってしまった。
アールスハイドでは、王太子のご成婚記念ということで、国を挙げてのお祭りとなったし、さらにシルバーという奇跡の子を俺が養子として引き取るという話も公表され、俺自身が魔物に襲撃された馬車から奇跡的に生き延びた子ということもあり、奇跡の子が奇跡の子を引き取ったと、それも話題になった。
そして……。
「シン、入るぞ」
オーグが、真っ白なタキシードを着て俺のいる控室に入ってきた。
「ふむ、中々似合っているではないか」
部屋に入るなり、オーグと同じように白いタキシードを着ている俺をみてそんなことを言う。
「そう言うお前は……着慣れてる感じがする」
「こう見えても王太子だからな。礼服などを着る機会も多い」
「そっか……」
それ以上言葉を続けない俺を見て、オーグはニヤニヤしている。
「どうした? 流石の英雄様も結婚式は緊張するか?」
「当たり前だろ! なんでお前はそんな平然としてられんだよ!」
そう、ここはアールスハイド大聖堂の控室。
今日、この場所で、俺とシシリー、オーグとエリーの結婚式がとうとう執り行われるのだ。
前世も含めて、結婚式なんて初めての俺はガチガチに緊張していた。
それなのにオーグは平然としていることが悔しかった。
「言っただろう? こう見えても王太子だからな。人前に出ることは慣れているのだ」
「そういう問題か?」
王太子として人前に出ることと結婚式はまた別だろう?
と、俺がそう思ったときだった。
「アウグスト様は、私と結婚することはなんでもないことと仰りたいのですか!?」
「エリーさん、駄目ですよ。そんなに眉間に皴を寄せては。これから結婚式なんですから」
「私としたことが」
ウエディングドレスに身を包んだ、エリーとシシリーが俺たちの前に現れた。
「私は、昨晩嬉しさと緊張であまり眠れなかったというのに……アウグスト様はそうではないのですね……」
「そ、そんなことはないぞエリー。私とてエリーとこうして式を挙げることを楽しみにしていたのだ。緊張よりも嬉しさの方が勝っていてだな……」
「本当ですか!?」
「あ、ああ。もちろんだとも」
「嬉しい……」
オーグとエリーがそんなやり取りをしていたが、俺はそれどころではなかった。
「綺麗だ……シシリー……」
純白のウエディングドレスを纏うシシリーから目が離せなくなっていたから。
そのドレスは、確かAラインと言われるドレスだ。
腰の辺りからふんわりと広がるスカートがシシリーの可憐さをより強調している。
いつも可愛いシシリーが、何割も増して可愛く見える。
「あ、ありがとうございます。シン君も素敵ですよ」
そんな格好でニッコリと微笑むシシリーに俺は吸い寄せられるように近付く。
そのシシリーの腕は、おめかししたシルバーを抱いている。
「なんというか……夢みたいだ……」
「私もです……」
「二人とも、必ず幸せにするよ……」
「ふふ、二人だけ、ですか?」
「え? あ」
それはつまり、さらに家族が……。
そう理解した俺は、言葉を言い直した。
「いいや、みんな。みんな幸せにするよ」
「はい。私も、みんなを護ってみせます」
「シシリー……」
「シン君……」
「はいはい。誓いのキスは、お式まで取っておきなさいね」
俺とシシリーの顔が近付いていったとき、アイリーンさんが割り込んできた。
「あはは……」
「あぅ……」
「その様子を見て安心したわ。ほら、シルバーは預かるから、早く行きなさい」
「はい。じゃあ、お願いします、お母さま」
「んふふ♪ 早速孫の顔が見れるなんて……次は、二人の子供もちゃんと見せるのよ?」
シルバーを抱いて上機嫌なアイリーンさんが茶化してそう言うが……。
「「はい!」」
俺とシシリーは、照れることなくそう返事した。
「あら? 恥ずかしがるかと思ったのに。まあいいわ、それじゃあシルバー、おばあちゃんと一緒に行きましょうねえ」
「だぅあぃ」
思ったような反応が得られなかったアイリーンさんは、少し拗ねたような顔をしたあと、シルバーを連れて席に向かってしまった。
次に現れたのは爺さんとばあちゃんだ。
「ついこの間まで子供じゃと思っておったのにのう……」
「月日が経つのは早いもんさね」
少ししんみりした表情で、二人がそう言った。
そんな雰囲気に呑まれたのか、俺もしんみりしてきてしまった。
「じいちゃん、ばあちゃん、今日まで俺を育ててくれてありがとう。これからもよろしくね」
「シン……」
爺さんは、感激して泣き出してしまった。
ばあちゃんは……。
「シン。アンタもこれで妻子持ちになるんだ。今までみたいに馬鹿なことばっかりしてるんじゃないよ?」
「わ、分かってるよ」
「本当かねえ……」
ちょっと、しんみりする場面なんだから疑わしそうな表情をするのはやめてよ。
そう思っていると、今度はシシリーの方に向き直った。
「シシリー、シンのお嫁さんになってくれて本当にありがとう」
「心から感謝しておる」
「そ、そんな! やめて下さいお爺様、お婆様。私は、シン君のお嫁さんになれて本当に幸せなんです。こちらこそお礼を言わせて下さい」
「やっぱり、良い娘だねえアンタは。子育てでもなんでも、困ったことがあったらなんでも言っておいで。協力するよ」
「うむ。いつでも頼っておいで」
「はい!」
むう、こっちはいい感じじゃないか。
なんで俺のときは……とそう思ったときだった。
「皆さま、お時間でございます」
係の人が迎えに来た。
「さて、行くか、シン」
「お、おう」
やべ、また緊張してきた。
とはいえ、動き出した流れは止めることはできず、俺とオーグは式場へと向かった。
アールスハイド大聖堂に詰めかけた大勢の客の前に俺とオーグが姿を現す。
最前列には……チームの皆が座っている。
今日の女性陣はいつもの制服や戦闘服ではなく、お洒落なドレスを着ている。
男性陣は皆スーツだ。
その皆が、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
ええい、ニヤニヤするんじゃない!
そして、そのまま少し経つと……。
「おお……」
「わあ……綺麗……」
教会の正面扉が開き、ウエディングドレスに身を包んだシシリーとエリーがそれぞれの父親と腕を組んで現れた。
エリーの父である公爵は初めて見るな。
口髭をたくわえていかにも立派そうな人なのに、泣かないようになのかしかめっ面になってる。
対するセシルさんは……うわ、もう号泣してる。
シシリーも横で苦笑いしてるよ。
そうして俺たちの目の前まで来ると、父親たちが俺たちに娘を受け渡した。
「ジンぐん……ジジリーをよろじぐだのむよ……」
嗚咽してなに言ってるのか分かりづらいけど、俺はすぐに返事した。
「はい。任せてください」
そしてオーグの方でも同じようなやり取りが行われている。
「殿下……私の不肖の娘を娶って下さること、臣下としてこれ以上の誉れはございません。どうぞ、宜しくお願い致します」
「うむ、安心召されよ公爵。必ずや貴殿の娘を幸せにすると約束しよう」
「勿体無き御言葉」
うーん、あっちは堅苦しいなあ。
俺、平民で良かった。
こうして、シシリーは俺の、エリーはオーグの腕をとった。
そして、正面で待機していたエカテリーナさんが言葉を発した。
「それでは、只今より、アウグスト=フォン=アールスハイド、エリザベート=フォン=コーラル、シン=ウォルフォード、シシリー=フォン=クロードの結婚の儀を始めます」
こうして結婚式が始まった。
まず初めに、エカテリーナさんが聖書に記載されている聖句を読み上げる。
これは初めて聞いたけど、後ろの客席から感動の声があがっているので、非常に有難いものなんだろう。
チラッと横を見ると、シシリーも感激している。
そして、いよいよクライマックスが来る。
「それでは、アウグスト=フォン=アールスハイド」
「はい」
「汝は、エリザベート=フォン=コーラルを妻とし、いついかなるときも、愛し合い、互いを支え合い、生涯を共にすることを誓いますか?」
「はい。誓います」
「エリザベート=フォン=コーラル」
「はい」
「汝は、アウグスト=フォン=アールスハイドを夫とし、いついかなるときも、愛し合い、互いを支え合い、生涯を共にすることを誓いますか?」
「はい。誓います」
「シン=ウォルフォード」
うおお、来た。
「はい」
「汝は、シシリー=フォン=クロードを妻とし、いついかなるときも、愛し合い、互いを支え合い、生涯を共にすることを誓いますか?」
「はい。誓います」
「シシリー=フォン=クロード」
「はい」
「汝は、シン=ウォルフォードを夫とし、いついかなるときも、愛し合い、互いを支え合い、生涯を共にすることを誓いますか?」
「はい。誓います」
「宜しい。それでは、その誓いの証として、指輪を交換しなさい」
誕生日に爺さんと婆ちゃんから送られた結婚指輪を、シシリーの左手の薬指に、シシリーが俺の左手の薬指に嵌めた。
「それでは、神の御前で、夫婦の契りを交わしなさい」
俺は、シシリーの顔に掛かっているヴェールを捲った。
「愛してるよ、シシリー……」
「私も……愛しています、シン君」
お互いにそう囁き合った後、俺はシシリーにキスをした。
俺の後ろでは、オーグもエリーにキスしていることだろう。
「ここに二組の夫婦が誕生したことを、この私、エカテリーナ=フォン=プロイセンが認めます。この若き夫婦に、神の祝福があらんことを!!」
エカテリーナさんがそう言うと、エカテリーナさんから眩い光が放たれた。
それはまるで、神が俺たちの結婚を祝福してくれているようで、とても幻想的な光景だった。
こうして、俺とシシリー、オーグとエリーの結婚式は、盛大に催され、幕を閉じた。
そしてそれから一か月もの間、人類の勝利と、王太子と英雄の結婚を祝う祭りが催されたのであった。
どうかこの先、シシリーと俺たちに、幸せが訪れますように……。
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アールスハイド大聖堂にて執り行われたシンたちの結婚式。
式には、これまでの経緯から各国の首脳が招待されていた。
その中に、今情勢が不安定な国の代表もいた。
ダームである。
その暫定国家元首であるヒイロは、ダームの自宅にもどるとドサッとソファーに座り込んだ。
「くっくっく……この俺が国家元首か……ようやく、ようやく追いついたぞシン=ウォルフォード。お前だけが良い目を見るなんて許されない……俺だって、転生者なんだからな……」
力ではシンに並べないと自覚していたヒイロは、自身が国家元首になることでシンと肩を並べることができたと思っていた。
そのために若い王の自尊心を刺激し、シンを嫌うように仕向けていたのだ。
その結果は……。
「いやはや、こうまで思い通りに踊ってくれるとは思いもしなかったな。まあ、これで俺がこの国のトップだ。この世界にはない、民主共和制を広めた人物として歴史に名を刻んでやる」
ヒイロは、窓の外を見ながらそう呟いた。
そのとき……。
「ぐっ! ぐうぅぅ!!」
突如、激しい胸の痛みを感じ、その場にへたり込んだ。
「な、なんだ……ぐっ!」
しばらく続いたその痛みは、しばらくすると収まった。
「はぁ! はぁ! ふう……やめてくれよ、これからってときに」
ヒイロはそう呟くと、これからのことに想いを馳せた。
これでようやく、前世の知識をいかした異世界無双ができると、内心でそうほくそ笑んでいたのだった。
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そして同時期、エルスの東に広がっている山岳地帯。
それを越えた先にある、砂漠地帯のさらに東。
そこは未踏の地とされ、これまでここを踏破した者はいない。
シンたちもその先を知らなかったのだが、その砂漠地帯の先には……。
大きな国があった。
その国で、ある男女が旅立つ準備をしていた。
「シャオリンお嬢様……どうしても行かれるのですか?」
「ええ、行くわ。行かないと……我が家は終わりだもの」
「そうですか……ならば止めませぬ。共に死地へと踏み出しましょう」
「頼りにしてるわ、リーファン」
彼女たちが目指すのは国の西に広がる、まだ誰も踏破したことのない砂漠地帯の先。
その先で何が待っているのか、彼女たちもまだ知らないのであった。
これにて、魔人編は終了となります。
ただ、まだ書きたい話はあるので、もう少し続けさせて頂きたいと思います。
もしよかったら、お付き合い頂ければ幸いです。
活動報告にも、その辺を書いております。