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賢者の孫  作者: 吉岡剛
153/311

決断しました

 俺たちのやり取りを、遠巻きに見ていたオーグたちだったが、ミリアが息を引き取ったのを見ると、ようやく俺たちの側に近寄っていた。


「なんとも……後味の悪い終わり方だな……」

「……そうだな」


 オーグも、この終わり方には納得していない感じだった。


「なんで……なんでこんなことになってしまったんでしょうか……」


 ミリアの最期を看取ったシシリーは、しばらく嗚咽が止まらなかったが、ようやく落ち着きそんな疑問を投げかけた。


 帝国は、とにかく平民たちを虐げてきた。


 そして平民たちは……帝国に対して憎しみを持っていた。


 そこにシュトロームという、彼らの憎しみを晴らすことが出来る者が現れてしまった。


 だが、そのシュトロームも、ミリアの話では帝国に対して強い憎しみを持っていた。


「大元を辿れば、帝国の圧政が全ての元凶だ。だが……奴らはやり過ぎたのだ」


 オーグはシシリーの疑問に対して、しばらく考えたあとそう言った。


「帝国の圧政が憎いのなら、中枢だけを滅ぼせば良かったのだ。実際、それだけの力はあった訳なのだからな。だが、奴らは帝国という『国』そのものを滅ぼした。それこそ、なんの罪もない一般市民までな。それが奴らの罪だ」


 圧政を敷いていた帝国が悪い。


 しかし、それに対抗するために全てを滅ぼしたことも悪い。


「それになにより、全世界への宣戦布告だな。あれが無ければ……共存はできなくとも放置する予定だったのだからな」

「自暴自棄になってしまったのでしょうね……」


 トールが、シシリーの腕の中で息絶えているミリアを見ながらそう言った。


 ミリアは、愛するシュトロームのためを思ってしたことが、逆にシュトロームを絶望の底に突き落としたことを後悔していた。


 そして結局……シュトロームも、ミリアも、この世を去った。


「まあ、たらればを言っていても仕方があるまい。ともかく、これでこの騒動は終結だ」


 オーグはそう言って、一部が崩れている帝城を見た。


「あと一点を除いてな」


 オーグがそう言ったとき、ミリアを抱きかかえていたシシリーを見た。


 そのシシリーの顔は……。


 今まで見たことがないほど、何かを決意した表情をしていた。


 そして、その表情を見た俺は……。


 あることを決心した。




 帝城にある一室を訪れたとき、耳に入ってきたのは、火が付いたように泣き叫ぶ赤ん坊の泣き声だった。


 その鳴き声を聞いた瞬間、誰よりも早く赤ん坊のもとに駆け寄って行ったのは、シシリーだった。


 シシリーは、泣き叫ぶ赤ん坊を胸に抱きかかえると、優しい顔であやしだした。


「よしよし、もう大丈夫ですよ……もう、怖いことなんてありませんからね……」


 そう言いながら赤ん坊をあやすシシリーは、まるで母親のように慈愛に満ちた表情をしていた。


 しばらく泣き叫んでいた赤ん坊は、ようやく落ち着いたのか、泣き止みシシリーの胸の中で寝息を立て始めた。


「さて……残る最後の問題だが……この子をどうするかだな」


 そんなシシリーと赤ん坊を見ながら。珍しく困り果てた顔をしながらそう言った。


 最後に残った問題。


 それは、この赤ん坊、シュトロームとミリアの子であるシルベスタをどうするかという問題だった。


 この子は、人間ではあるが魔人同士の親から産まれてきた子供。


 将来、どんなことが起こるか想像もできない。


 なにも起こらないのか。


 それとも……。


 そんな子供の処遇をどうするのか、オーグには決断しかねるのだろう。


 けど……俺の心は決まっていた。


「オーグ」

「なんだ?」

「その子は……俺が……俺たちが育てるよ」


 俺がそう言った瞬間、全員が一斉に俺の顔を見た。


 その顔は、皆信じられないといった表情をしている。


 ただ一人、シシリーを除いて。


「シン君……」


 シシリーは、涙ぐみながら嬉しそうに微笑んだ。


「……ミリアに頼まれたもんな。この子をよろしくって」


 俺はそう言うと、眠っているシルベスタの頭を撫でた。


「はい……はい!」


 シシリーはそう言うと、シルベスタを抱いたまま俺の胸に飛び込んできた。


 俺は、そんなシシリーを抱きしめながら呟いた。


「この子を……ちゃんと育ててやろうな」

「はい……必ず……ミリアさんの願い通りに……この子を幸せにしてみせます」


 シシリーは、涙を流しながらも決意に満ちた表情をしていた。


 だが……。


「馬鹿な! 正気か!? シン!!」


 オーグが大きな声で異を唱えてきた。


 その大語で、シルベスタが少しぐずりだした。


「よしよし、大丈夫、大丈夫」

「馬鹿、声が大きい!」

「あ、ああ。すまん……って、そうじゃない! 魔人の子をお前が育てるなど、なにを考えている!?」


 ぐずりだしたシルベスタをシシリーがあやす横で、俺が小声で文句を言うと、オーグも小声で怒ってきた。


「そんなこと言ってもな。じゃあ、どうするんだ?」

「それは……孤児院に預けるか養子に出すか……」

「結局は誰かが育てないといけない。この子は殺さないって言ったもんな」

「うぐっ……」

「言ったろ、いざというときは俺が責任を取るって。それに……養子に出すなら、ウチでもいいじゃないか」

「それは……そうだが……」

「それに……そういうことにはなってほしくないけど……万が一この子の身になんらかの異常があった場合、ウチだと対処しやすいだろ?」

「……」


 なんらかの異常。


 はっきりとは言わなかったけど、万が一この子が魔人化するようなことがあった場合ってことだ。


 もしそれが、孤児院や一般家庭で起こった場合……被害を抑えることなんてできやしない。


 なら、最初から俺たちが面倒を見てやればいい。


 もちろん、そんなことは起きないに越したことはない。


 けど、オーグを説得するのに、これ以上の理由はない。


 不本意だけど、そう言ってオーグを説得したのだ。


 そして、しばらく考え込んでいたオーグだったが、やがて大きな溜め息を吐いた。


「はあ……そういう理由なら、お前以上の適任はいまい」

「じゃあ……」

「ああ。その代わり、責任を持って育てること。なにかあったらすぐに報告すること。これを守れよ」

「ああ!」

『わあっ!』


 オーグの宣言に、俺以上に沸いたのは女性陣だ。


 皆がシルベスタを抱くシシリーに群がっていく。


「ね、ねえシシリー。私にも抱っこさせてよ」

「いいけど……大丈夫? マリア」


 シシリーはそう言いながら、すっかり目が覚めてしまったシルベスタをマリアに渡す。


「わ、え、こ、こう?」

「そう、そうやって頭を支えてあげて」

「う、うん……ふわあ……ちっちゃい……あったかい……」


 シルベスタを胸に抱いたマリアは、蕩けるような表情をした。


 ……マリアのあんな顔、初めて見るな。


 そうして順繰りに女性陣の腕を渡り歩いたシルベスタは、最後にミランダの腕に抱かれると、途端にぐずりだした。


「え? え? なんで!?」

「腕が固いからじゃない?」

「そんな!?」


 無慈悲なマリアの言葉に、絶望するミランダ。


 そんなミランダを、女性陣が笑いながら取り囲んでいる。


 その様子を見ながら、オーグが呟いた。


「お前、最初からこうするつもりだったのか?」

「いや、そうじゃないよ」

「ではなぜだ?」

「ミリアが……」

「ミリア?」

「ああ、ミリアが死ぬ間際にシシリーに言ったんだ。あの子をよろしくって」

「……」

「シシリーも決意したような顔してたし、なら俺が後押ししてやろうって思ってな」


 シシリーは、オーグがあと一つ問題が残ってるって言ったとき、なにかを決意したような顔してたし、真っ先にシルベスタのもとに駆け寄ってたしな。


 ミリアの遺志を継いであの子を育てたいって思ってることはすぐに分かった。


 それに……。


「俺自身、養子だしな」

「……そうだったな」

「俺は、じいちゃんとばあちゃんから、沢山の愛情を貰って育てられた。もちろん、二人には今後も恩を返していくつもりだけど……」


 俺はそう言って、女性陣に大人気になっているシルベスタを見た。


「この恩を他にも分け与えたいって、そう思ったんだ」

「……そうか」


 オーグはそれ以降、なにも言わなくなった。


 シシリーの決意を後押ししたいっていうのも本音だけど。爺さんとばあちゃんから与えられた愛情を次の世代に繋げたいと思っているのも本音だ。


 だから……。


 俺は、女性陣の輪の中に入りシルベスタを受け取った。


「ちゃんと……愛情を持って育ててあげるからな……シルバー」


 シルベスタ……シルバーを抱きながらそう言うと……。


「うだぁ」


 シルバーは、そう言って笑った。



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魔法少女と呼ばないで
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