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賢者の孫  作者: 吉岡剛
152/311

託されました

 俺の放った魔法が、シュトロームを呑み込みながら空の彼方へと消えていった。


 そして周囲が静寂に包まれたとき、俺はようやく息を吐いた。


「くはっ!! はあっ!! はあっ!!」


 やった……成功した……。


 この魔法を使う上で、一番心配だったのが制御の失敗だ。

今まで扱ったことがないほどの魔力を超精密に制御しなくてはならない。


 しかも、制御に失敗して暴走させてしまえばどんな被害がでるかも分からない。


 これしかシュトロームに対抗できる方法が思い付かなかったとはいえ、凄まじい緊張感だった。


 もし、シュトロームの言動に怒りを覚えたまま魔法を使っていれば、暴走してしまっていたかもしれない。


 そういう意味ではミリアに感謝……。


「そうだ! ミリアは!?」


 俺を冷静にしてくれたミリアは、シュトロームに胸を撃ち抜かれ瀕死の状態だったはず。


 そう思って振り向くと、ミリアは……。


「ああ……シュトローム様……逝ってしまわれた……」


 俺がシュトロームを倒したところを見ていたのだろう、シュトロームがいたところを見ながら、涙を流していた。


「なんで……こんなことされて、それなのに、なんでそんなにシュトロームのことを慕っているんだ?」


 ミリアに子供を産ませ、それが期待通りでなかったと見捨て、自分を庇ったミリアごと俺を撃ち抜いたシュトローム。


 それなのに、ミリアは心底シュトロームの死を悼んでいる。


 ……なぜミリアは、そこまでシュトロームを慕っているのだろうか?


 その俺の疑問に、瀕死のミリアが応えた。


「私……いえ、私たちは……みな、シュトローム様に救われたの……」


 ミリアも、ゼストと同じようなことを言った。


「私は……ね……元は……魔物ハンターだったの……」


 ミリアは、自分のことを語りだした。


「それで目立ってしまって……貴族に目を付けられた……そして……自分の情婦になれと誘われた……けど……私はそれを……断った……そうしたら……」


 そこで、瀕死であるはずのミリアの目に憎悪の色が浮かんだ。


「私が魔物狩りから帰ってきたときに見た光景は……炎に包まれて……崩れ落ちる私の家だった……」

「そんな……」


 あまりにも凄惨な体験に、シシリーが思わず言葉を漏らした。


「焼け跡から……両親と……妹の遺体が出てきたわ……原型をとどめていない形で……」

「……」


 あまりにも壮絶過ぎる体験に、俺は言葉が出ない。


「それから……私は……その貴族の追手に追われるようになった……自分の誘いを断った……恥を掻かせたと……そんなくだらない理由で……」


 ミリアは、苦しそうにしながらも心底憎そうに語る。


 本当なら喋るなと言うところなんだろうけど……治癒魔法が効かないミリアが致命傷を負っている。


 もう助かる見込みは無い。


 それなら……最期に、語るだけ語らせてやろうと思った。


「私は……その貴族を憎んだ……家族を殺し……それに飽き足らず尚も私を苦しめる貴族を……そして……そんな貴族をのさばらせている帝国を……」


 そこまで憎そうに語っていたミリアだったが、そこでフッと自嘲的な笑みを浮かべた。


「でも……私一人の力なんて……巨象を前にした蟻も同然……結局私は……その追手に追い詰められた……そのとき……シュトローム様に助けられたの……」


 そのときのことを思い出しているのだろう、ミリアは、初めて嬉しそうな顔になった。


「なぜ助けてくれたのかは分からない……ただの気まぐれなのか……それとも、私の名前が……奥様に似ていたからなのか……もう知りようもない……」


 そう言ったあと、ミリアは大量の吐血をした。


「ミリアさん!!」


 瀕死の重傷を負っている者を目の前にしても何もできないシシリーは、ミリアを抱きかかえ、必死に呼びかけている。


 少しでも……その命を生き長らえさせるように……。


「ゴフッ!! ……ヒュー……シュトローム様は……絶望の淵にいた私の目には……神様に見えた……そして、目的が同じだと聞いたとき……私は……全力でシュトローム様をお助けしようと決意したの……」

「……そうか……」


 俺は……それしか言えなかった。


 彼らの感情は理解できる……けど……。


 そんな複雑な気持ちが渦巻いて、俺は……それだけしか言うことができなかった。


 俺が、何も言えないでいる間にも、ミリアはどんどん衰弱していった。


 それでも、彼女は笑っていた。


「最低の人生だったわ……それでも……最期に……あの方の御子を産むことができた……それだけで……満足よ……」

「ミリアさん……」


 目の前で消えていく命を前に、涙を流すシシリー。


 ミリアは、そんなシシリーに最期のお願いをした。


「聖女様……あの子のことを……助けて……あの子には……なんの罪もないの……」

「はい……はい……」


 シシリーは、ミリアの手を取り、何度もそう言った。


 ミリアの血で自分が汚れようと、決してその手を放そうとはしなかった。


 そして、ミリアはそんなシシリーを見て微笑むと……。


「よろ……し……く……ね……」


 そう言って……息を引き取った……。


 こうして……去年から続いた魔人騒動は……今度こそ本当に終結した。


 言いようのない虚脱感を、俺たちに残して……。


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別作品、始めました


魔法少女と呼ばないで
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