真意を聞きました
アリスのお陰で、俺を含め落ち込みかけていた皆の雰囲気が少し落ち着いた。
それが天然なのか、ユーリが言うように計算だったのかは分からないけど、助かったのは事実だ。
気を引き締めなおした俺たちは、シュトロームの魔力を頼りに帝国城の中を進んでいく。
そして……。
「着いたぞ。この扉の向こうにシュトロームがいる」
オーグが、一際大きく、豪華な扉の前でそう言った。
「デケエな……」
「恐らく、謁見の間だろう。シュトロームの魔力反応はこの部屋の一番奥。玉座にて我らを出迎えてくれるというわけだ」
「帝国城の玉座に座る……皇帝気取りかよ」
「魔人たちの話を聞いたあとでは、なんとも空虚な皇帝だがな」
謁見の間の扉の前で、俺たちは少し足踏みしていた。
この扉を開けるとシュトロームがいると思うと、皆の緊張がマックスになったからだ。
かくいう俺も、当てにしている魔法が本当にシュトロームに効くのか……。
恐らく間違いなく効くだろうけど、果たして撃たせてもらえるのだろうか?
そんな不安で一杯だった。
「なあ、皆、頼みがあるんだけど、いいか?」
「なんだ?」
「なに? どうしたのよシン?」
俺の言葉に、オーグとマリアが答えた。
「シュトロームとの戦いが始まったら、皆にはシュトロームを一か所に留めるように魔法を使ってもらいたいんだ」
皆の意識が俺に集まっていることを確認して、さらに続けた。
「俺は……シュトロームを倒すための魔法を開発してきた。けど、その発動には物凄い量の魔力を集めなくちゃいけない」
「つまり……あたしたちでその時間を稼ぐってこと?」
「その通りだよアリス。それで、撃ち損じると周りに甚大な影響が出るから、放った魔法はそのまま宇宙まで抜けるように、空に向かって撃ちたい」
俺がそう言うと、リンが首を傾げながら訊ねてきた。
「うちゅう?」
「あ……えっと、空の向こうに抜けるように撃ちたいから、シュトロームを空中で釘付けにしておいて欲しいってこと」
「なるほど……クロードの言っていた魔法か」
「確かに、あれは空に向かって撃たないと、その……とんでもないことに……」
シシリーは、例の魔法の試し撃ちのときのことを思い出したんだろう。
少し青い顔をしながら言ったので、皆も身震いしてる。
「悪いけど、今度ばかりは自重なんてしていられない。全力で、俺の最大魔法をぶっ放す。だから、皆協力してほしい」
俺は、皆の顔を見渡しながら、お願いした。
俺の願いを聞いた皆は、真剣な顔で頷いた。
ちょっと冷や汗が出ているところを見ると、相当警戒してんなこれ。
まあ、それで皆がシュトロームを空中に釘付けにすることに全力を傾けてくれるようになるならそれでいいや。
「あ、あの、ウォルフォード君。アタシはどうしたら……」
「ミランダは、そうだな……」
魔法が使えないミランダはどうしようかな?
空中に釘付けにするとなると、遠距離攻撃である魔法が放てることが必須だ。
一番いいのは、戦場から離れた場所で防御魔道具を使って避難してくれるのが一番いいんだけど……。
ここまで来て一人だけ蚊帳の外ってのもな……。
そう思っていると、ユーリからある提案があった。
「だったらぁ、私の魔道具、貸してあげるぅ」
「え? ユーリさん、いいのか?」
「もちろん。最後まで一緒に戦いましょぉ」
「恩に着る」
そうか、魔道具。
攻撃魔法を自分で撃てる俺は、魔道具を防御とか通信とか、そっち方面にばかり開発してきた。
攻撃用魔道具を作ることを禁止されたってのもあるけど……。
その発想は思いつかなかった。
「ミランダ、それでいいか?」
「ああ。アタシも最後まで戦わせてくれ」
「よし。それじゃあ……扉を開けるぞ」
対シュトローム戦の作戦を確認した俺は、いよいよ謁見の間の扉に手を掛けた。
大きく、重厚な作りだけあって中々重い扉を、男たち数人で押し開けていく。
そして、扉が開き謁見の間に入ると……。
「お待ちしていましたよ。シン=ウォルフォード君」
奥の玉座に、シュトロームが座っていた。
約一年ぶりに見るその姿は、足を組み、ひじ掛けに肘を乗せ、頬杖をついていた。。
これから、最後の決戦をしようとしているとはとても思えないほど、リラックスしたその姿に、例えようもなく不気味な感じがした。
「扉の前で、随分と綿密に打ち合わせをしていたようですが、作戦はまとまりましたか?」
コイツ……まさか、魔法で俺たちの会話を聞いてたんじゃ……。
「フ、安心してくださいシン=ウォルフォード君。盗み聞きなんてしてませんから」
「なんだと?」
「そんなことをしたら……」
シュトロームはそう言うと、肩を竦め両手を広げた。
「興覚めじゃないですか」
シュトロームにとって、これはあくまでゲームってことか。
敵の作戦をしらないほうが楽しめると……。
「随分と余裕なんだな。道中で聞いた話じゃ、色々と余裕がなくなってるみたいだけどな」
俺がそう言うと、シュトロームはやれやれと言った顔で溜め息を吐いた。
「皆さん、お喋りですねえ。困ったもんです」
その言葉を聞いたとき、俺は込み上げてくる怒りが抑えられなかった。
「お前! お前のために命を捨てていった部下たちのことを、なんとも思わないのか!?」
ゼスト、ローレンス、そして名前も知らない魔人たちは、全てシュトロームの命令だからと命を捨てていった。
俺たちがここにいるということは、そいつらを倒してきたということだ。
なのにシュトロームは、余計なことを喋ったことを嘆いてみせた。
散って行った部下たちに、弔いの感情など一切見せなかった。
自分のために死んでいった部下たちに、なんの哀悼の意も表しないシュトロームに、倒した俺の方が憤慨してしまった。
だが、シュトロームは、そんな俺を不思議そうに見ていた。
「倒したのはあなた方でしょう? なぜそんなに怒っているのです?」
「お、おまえ……」
本当に……コイツは……ゼストたちのことをなんとも……。
「所詮彼らは、ただの駒ですからね。死のうがどうしようが、私にとって痛くも痒くもありませんよ」
駒……自分のために死んでいった部下たちを、ただの駒……。
その言葉を聞いたとき、俺の脳裏にある女の魔人がよぎった。
「ミリアも……駒だっていうのか?」
「ミリアさん? ああ、彼女は実験体ですよ」
「……」
実験体?
あの……シュトロームを想い涙を流し、子供まで産んだ女性を……実験体?
だめだ……怒りでどうにかなりそうだ……
「中々面白い実験結果が出ましたがね。ねえ、シン=ウォルフォード君」
「なんだ!!」
「魔人とは……魔物とはなんなのでしょうねえ?」
「なに?」
怒りで沸騰寸前だった頭が、シュトロームの問いかけによって少し冷静になった。
「魔物に生態系はありません。普通の動物が、ある日突然魔物化する。そして、その魔物の子を残さず一代限りで死んでいく」
「……」
「そういう存在に、なんの意味があるんでしょうねえ?」
シュトロームのその問いに、俺もオーグたちも答えられなかった。
そんなこと、考えたこともなかった。
「思うに魔物とは、この世界に巣くう腫瘍なのですよ。やがて増殖し、この世界を蝕み滅ぼす……」
そこでシュトロームは、自嘲的な笑みを浮かべた。
「害悪でしかありません」
自分で自分を害悪だと?
何が言いたいんだ、コイツ?
「ならば私は、その悪性の腫瘍として、世界の害悪として、世界を滅ぼしてあげようとしているのですよ。それが、この世界の真理ってもんでしょう?」
自分は、この世界の癌だって言いたいのか!?
だから、この世界を滅ぼすと。
そんな、そんなこと……!!
「ふざけるなっ!! そんな真理があってたまるか!!」
「そうですか。やはり共感はしてもらえませんか。ならば……」
シュトロームはそう言うと、立ち上がった。
「最後まで足掻いて見せなさい! シン=ウォルフォード!!」