お願いされました
「破滅を……望んでる?」
ミリアの言葉に衝撃を受けた俺は、思わず聞き返してしまった。
「シュトローム様は……魔人となった時点で、帝国を滅ぼすという目的以外、全てのことに興味を失ってしまわれた。その目的を果たされ、さらに未来まで失くしてしまわれた今は……」
その言葉で、あのときシュトロームが言った言葉の意味を理解した。
「そうか……だから……自分の存在意義がなくなってしまったこの世界が存続していく意味も、失くしてしまった……」
こうして子供を残すことはできる
けど、その子は魔人ではない。
魔人を種として残せない。
そんな存在は……世界にとって意味がない……。
「そして……」
俺ミリアは、眉根を寄せ、辛そうな顔をしながら言った。
「御自分が存在している意味も……見失ってしまった……」
自分が存在しても意味のない世界なら、失くしてしまおうと……。
まさに破滅に向かっている。
だからミリアは、そんなシュトロームを止めてくれと、解放してくれと願った。
けど、それは……。
「……お前はそれでいいのか?」
説得には応じないだろう。
シュトロームが望む破滅を阻止し、解放するということは……俺たちがシュトロームを討伐するということだ。
シュトロームを愛し、その子供まで産んだミリアは……本当にそれを願っているのだろうか?
「本音を言えば見逃してほしい……けれど……」
「それは無理だ。シュトロームは人類に対し、明確な敵意を持って宣戦布告した。もはやシュトロームは人類の敵だ。今後世界中のどこにいても、討伐の対象になる」
ミリアの本音をオーグがキッパリと拒絶した。
「そうでしょうね……」
オーグに拒絶されたミリアは、諦めたような顔をしてそう呟いた。
そう……今更、全てが遅いのだ。
シュトロームが、世界に向けてこんなゲームを提案しなければ、俺たちはシュトロームを刺激せず、放置するつもりだった。
だがシュトロームは、このゲームを提案してしまった。
世界を滅ぼすと、連合国中の人間が集まっている中で宣言してしまった。
もう……シュトロームが討伐されるか、世界が滅ぶかの二択しかない。
「だから……シュトローム様を止めてほしい。世界の全てに意味を失くしてしまっているシュトローム様を……解放して差し上げてほしい……」
この願いは、ミリアにとって身を切られるような願いに違いない。
だから……。
「分かった……必ずシュトロームは俺が止める」
「……お願い」
俺はそう言って、踵を返した。
背中越しに、弱々しいミリアの声を聞きながら。
「オーグ、行こう」
「ああ……」
オーグに声をかけミリアの部屋を出た。
部屋を出たときに見た皆の顔は、暗く沈んでいた。
「なんで、こんなことになっちゃったんでしょうか……?」
その中でも、一番沈んでいるシシリーがそう言った。
「ミリアさん……本当にあの子を大切に思っていました。たとえ魔人でなくても、子供が生まれるのならそれで良かったんじゃないでしょうか……」
シシリーは、アルティメット・マジシャンズの女性陣の中でも、特に母性が強い。
俺との間に将来子供ができたら、どんな名前にしようか? どんな子に育って欲しいかなど、よく話している。
そんなシシリーは、あまりに憐れな母子を見て同情してしまっている。
「俺もそう思うけど……シュトロームからしたらそうじゃなかったんだろうな」
「自分の子だが魔人の子ではない……か」
「そんな心配をしなくていい私たちは……幸せなんでしょうね」
「オリビア……」
オーグの言葉に反応したオリビアの肩を、マークが気遣うように抱いた。
マークの家であるビーン工房は、オリビアの産んだ子供が継ぐことになっている。
この二人の間でも、子供の話は出ているんだろうな。
将来が見えないミリアたちに同情する気持ちが大きい。
「でも……本当に見逃して良かったのかしら……」
「マリア!!」
「私だってあの人のことは可哀想だと思うわよ! けど……魔人なのよ? それを見逃したって、どうやって皆に説明するのよ?」
「そ、それは……」
マリアにそう言われたシシリーは、縋るようにオーグを見た。
シシリーだけじゃない、皆見ていた。
皆の注目を集めたオーグは、少し考えた。
「いいか、ここで見たこと、聞いたことは他言無用だ。この件は……」
オーグは皆を見渡したあと、言った。
「見なかったことにする」
「殿下……」
シシリーは、その判断を下したオーグに感謝するように言葉を漏らした。
「我々は、城に入ったあとは、真っ直ぐにシュトロームのもとへと向かった。そしてシュトロームと戦った………そういうことにする」
「それで……いや、それしかないか」
「本来なら……将来国を治める人間としてあるまじき行為なのだがな……」
「……ゴメンな……俺の我が儘で……」
王太子であるオーグに、そんな決断をさせてしまったことを詫びると、オーグはフッと微笑んだ。
「なにを今さら。私がこれまで、どれだけお前に振り回されてきたと思っている」
「うぐっ……」
「まあ、今回のは飛び切りだがな……いいかシン、もし万が一のことが起こったときは……」
「ああ、俺が必ず責任を持つ」
ミリア親子を見逃すという決断をしたのは俺。
その責任から逃げるつもりはない。
そんな話をしながら、城内を歩いていると、いつも騒がしい人間が大人しいことに気が付いた。
「どうしたアリス? 随分と大人しいじゃないか」
いつも騒動を巻き起こすアリスが、ミリアの部屋に入ってから一切口を開いていない。
いつも能天気なアリスも、さすがにあの雰囲気では何も言えないか。
とはいえ、いつも明るい人間が暗く沈んでいると周りにも影響しそうなので、いつもの雰囲気を取り戻そうと声をかけたのだが……。
「……あの子さ」
「うん? あの赤ん坊がどうした?」
「……将来、超イケメンになりそうだったよね……」
アリスは真剣な顔をして、そう言った。
……そんなことを考えていたから大人しかったのか……。
「お前……」
「だってさ! 赤ん坊なのに、あんなに整った顔してるんだよ!? 絶対将来イケメンになるって!」
「たしかに、可愛かった」
「リンもか!?」
「あー、いいなあ。あたしもあんな可愛い子産みたい」
「相手がいない」
「そうだった……」
……こ、こいつら……。
俺らが真剣に悩んでいるときに、そんなこと考えてたのか。
「ふふ、さすがアリスよねぇ」
「ユーリ?」
「沈んでた雰囲気が少し明るくなったでしょぉ?」
「それは……たしかにそうだけど」
「意外と、そういうのに敏感な子なのかもしれないねえ」
「トニーまで」
「能天気に見えて、実は色々考えてるのかもしれないよ?」
「そうかあ?」
俺は、相手について頭を悩ませているアリスを見た。
あれは、ただの素だと思うけどな……。
「シン君、シン君!」
俺がアリスについて考えていると、そのアリスはこちらにやってきた。
「なんだよ?」
「この戦いが終わったらさ、誰か紹介して!」
その台詞に、一気に脱力感に包まれた。
「はあ……俺の友達、ここにいる人間しかいないんだけど……」
「あ、そだった」
「この中なら……トニーかマークにでも頼めば?」
「トニーの友達は、なんかチャラそうだからいいや! おーい、マークゥ!」
……やっぱり、アリスのあれは素だな。
そう確信を強める俺の隣では、アリスに拒否られたトニーが地味に傷付いていた。
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あの部屋で、ミリアって魔人が言ったことには、正直ショックを受けた。
あたしは今まで男の子と付き合ったことがないから、想像することもできないけど……。
自分の好きな人を殺してくれって頼むのは、どんな気持ちだったのかな?
あのとき、皆の顔を見てみると、皆辛そうな顔をしていた。
うちの仲間たちは恋人がいる人間が多いから、あたしとは違ってすぐに想像できたんだろう。
あの部屋を出たあとの皆は、その雰囲気を引き摺ったまま暗い顔をしてた。
だからあたしは、シン君の問いかけに、わざとふざけた。
不謹慎かなとも思ったけど、これがあたしの役目。
難しいことを考えるのは殿下の役目だし、シン君を叱りつけるのはマリアの役目。
シン君とイチャイチャするのはシシリーの役目だ。
あたしは、皆を明るくするんだ。
そうじゃないと……シュトロームに同情しちゃって、ちゃんと戦えないから。
よーし! やるぞおっ!
でも……。
彼氏がほしいのは本音だよ!