母親でした……
「そうか……そういうことか……」
俺と同じ結論に、オーグも達したらしい。
魔人同士で子供ができたことは驚きだけれど、それ以上に産まれた子供に重要な意味があった。
産まれてきた子供は……魔人ではなく、人間だったのだ。
魔人化……魔物化した生物を元に戻す方法は……ない。
それは、俺がかつてカートに試したことで分かっている。
ということは、魔人はこれからも魔人として生きていかなくてはいけない。
だが……。
「魔人は……魔人としての子孫を残せない……」
俺がそう言うと、女の魔人は赤ん坊を抱きしめ、辛そうに顔を伏せた。
それは……そうだろうな……。
魔人は新しい種族として繁栄することができない。
一代限りの存在。
その事実を……自分の手で証明してしまったのだから……。
見たところ、赤ん坊はまだ産まれて数か月といったところ。
首も据わってない感じだ。
つまり……この子が産まれたことで、シュトロームは魔人の……自分たちの未来を見ることが出来なくなってしまった。
だから……。
そう考えていたときだった。
「……お願い……この子は見逃して……」
女の魔人が、俺たちにそう懇願してきた。
「この子は私たちを……シュトローム様を絶望に突き落とした存在。それでも……」
そう言った女の魔人は、愛おしそうな目で赤ん坊を見た。
「私が産んだ……私の子なの……」
目に涙を浮かべながら、絞り出すように言った。
「……シュトローム様の子なの……」
そう言った女の魔人は……泣き叫んだ。
「私はどうなってもいい! 殺されても構わない! それだけのことをした! だけど、この子は! この子だけは……お願い……」
その女の魔人の叫びに、俺たちは何も言えなくなった。
魔人といえば、人類にとって脅威以外のなにものでもない。
その魔人が……自分の子を愛おしそうに抱きしめ、涙を流している。
シュトロームの子だと言ったその顔は……明らかにシュトロームに想いを寄せている顔だった。
自分は殺されても、子供だけは護ろうとしている姿は……。
正しく母親だった。
そんな姿を見て、俺は……。
「なあ、お前、名前はなんて言うんだ?」
「……ミリア」
「ミリアか。なあ、ミリア。お前、誓えるか?」
「……なにを?」
「その子を……真っ当な人間に育てると。決して人間に対して敵意を持たせないと」
「シン! お前!」
「分かってる!!」
オーグが俺の肩を掴み抗議しようとしてくるが、言いたいことは分かってる。
「俺だって甘い考えだってのは分かってる! けど……」
俺はそう言うと、キョトンとした顔でこちらを見ている赤ん坊を見つめた。
「……お前は殺せるのか? こんな……産まれたばかりの赤ん坊を! その赤ん坊の母親を! お前は殺せるのかよっ!!」
「そ、それは……」
「俺には出来ない! たとえ甘いと非難されても! 俺にはそんなことできない!!」
確かに、コイツら魔人は人類の脅威だ。
実際に人類に対して牙を剥いた。
けど……産まれたばかりの赤ん坊に、そんな罪などある訳がない。
魔人の子だからという理由で、殺すことなどできない。
そして、子供を見逃したとしても、俺たちがミリアを討伐するということは、その罪なき赤ん坊から、例えそれが魔人であろうと母親を奪うということだ。
そんなこと、俺にはできない。
「お前……」
オーグに対して叫び、息を荒げている俺に対して、ミリアが信じられないという表情で呟いた。
ミリアが信じられないという気持ちも分かる。
俺だって理屈ではミリアを討伐して、子供は施設に預けるなり、里親のもとに養子に出すなりなんなりすればいいって分かってる。
けど、ミリアの想いを知ってしまった。
相手が誰であれ、想いを寄せ、その人の子を産み、その子供を愛おしそうに見つめるミリアを見てしまった。
そんな姿を見て……手を下せるわけないじゃないか……。
「……とんだ甘ちゃんね……」
そう憎まれ口を叩いたミリアだったが、その目からは涙が溢れていた。
ああ……やっぱりコイツ、魔人である前に……母親なんだな……。
「はあ……お前の言いたいことは分かる。私だって……もしこの場でこの親子を手に掛けたら……恐らく一生夢に見るだろうな」
「オーグ……」
「だがシン、もしこの子が人類の脅威となったときは……」
「分かってる。その時は、俺が責任を持って討伐する。それでいいな? ミリア」
オーグの懸念に対して俺がそう言うと、ミリアは毅然とした表情で言った。
「そんなことにはさせない。この子は……この子には、シュトローム様が歩めなかった幸せな人生を歩んでもらいたいから」
「シュトロームが歩めなかった? どういうことだ?」
「……この子の名前、シルバー……シルベスタっていうの」
「それが?」
「この名前は……シュトローム様の……産まれてこれなかった子供の名前」
「産まれて……これなかった?」
「そう……シュトローム様がまだ人間だった頃、妊婦だった奥様を殺されたの……貴族によって踊らされた平民の手によって……」
「それは……」
シュトロームにそんな過去が……。
「産まれてきた子が男の子だったら、シルベスタにしようって、奥様と話していたらしいわ」
そうか、その子は……男の子なのか。
「だからその名前を……」
「私は……産むことができなかった奥様の代わりに、シュトローム様の子供を産んで差し上げたかった……シュトローム様に、未来を見せて差し上げたかった。なのに……」
産まれてきた子は人間だった……。
「シュトローム様は、奥様を殺した帝国に復讐するために魔人になった。けど、その目的を果たされたシュトローム様は生きる目的を失くしてしまわれた。だから、シュトローム様に未来を見せて差し上げたかったのに……」
見せたのは絶望だった……か。
ミリアの行動は、シュトロームへの想いだけだったんだろう。
それなのに、意図した結果とは真逆の結果が出てしまった。
「生きる目的を失くし、未来まで失くしてしまった……だから、お願い……」
ミリアはそう言うと、また俯いて嗚咽し始めた。
「シュトローム様を……解放して差し上げてほしい……」
「解放?」
「シュトローム様は……」
俯いたままのミリアは……辛そうに言った。
「シュトローム様は……破滅を望んでいらっしゃる……」