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賢者の孫  作者: 吉岡剛
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全て理解しました

「とにかく、分からないものをいつまでも考えていたってしょうがない。残るはシュトローム一人なのだ。先へ進もう」

「ああ、そうだな」


 暗く、沈んだ雰囲気を払拭するようにオーグが声をあげた。


 物凄い後味の悪さは感じるが、敵意を見せて攻撃を仕掛けてきた以上は敵だ。


 俺はそう考え直して、頭を切り替えることにした。


 ゼストとローレンスという、魔人たちの幹部を倒したことで、残るは首魁、シュトロームのみ。


 これでいよいよ終わらせることができる。


 今更理由を知ったところで、どうしようもない。


 ならば先へと進み、シュトロームを倒して世界に平和を取り戻そう。


 そう考えた俺たちは、結局シュトロームの真意は分からないまま先へ進むことにした。


 まあ、シュトロームの真意を知ったとしても、シュトロームは俺たちへの攻撃を止めたりしないだろう。


 だったら、ここでウダウダ考えていてもしょうがない。


 俺たちは、シュトロームがいるであろう、旧帝城を目指した。


 索敵魔法を展開しながら魔都を進んでいるが、最後に残っていたであろうゼストたちを倒したから全く反応がない。


 俺たちは無言で進んでいたのだが、沈黙に耐えられなくなり俺はオーグに話しかけた。


「なあ、帝国の平民って、なんであんなに虐げられてたんだ?」

「あ、あたしも知りたい。授業じゃそこまで教えてくれなかったし」


 俺の疑問にアリスも賛同した。


 周りを見ると、皆もオーグを見ていた。


 へえ、俺だけじゃなくて皆知らないんだ。


 これは常識じゃないのかな?


「なぜと言われてもな……当事者である帝国民が生きていたとしても、明確には答えられんと思うぞ。ただ……恐らくそうではないかと思われる推測はある」

「どんな推測ですか?」


 マリアがオーグに先を促した。


「恐らくだが、帝国の成り立ちに問題があると思っている」

「成り立ちですか? 確か帝国は、最初小さい国だったのが、周辺国を次々に征服していって今の帝国になったんですよね?」


 オリビアの話は俺も知ってる。


 前に話してくれたし、授業でも習ったから。


「そうだ。では、その征服した国はどうやって統治していたか知っているか?」

「確か、駐留軍が派遣されたんじゃなかったでしたっけ?」


 トニーの言葉にオーグは頷き返した。


「ああ、帝国の元になった国から派遣された駐留軍なのだがな、敗戦国であるその国の人間たちを……奴隷として扱ったそうだ」


 オーグの言葉に、シシリーが驚愕し叫んだ。

 

「そ、そんな扱いだったんですか!?」

「そんなの……授業では習わなかったッス」


 マークの言う通り、高等魔法学院で受けた歴史の授業では、他国ということもあり、そこまで詳しい内容は教えてくれなかった。


 せいぜい、帝国は、周辺の国を次々に侵略し、領土を拡大していったということだけ。


 意外そうな反応を見せていないのは、トールとユリウスだけだ。


「二人は知ってたのか?」

「ええ。殿下はいずれ国王となり、周辺国と交流することになりますから」

「他国の歴史を詳しく知ることは当然必要で御座る」


 最近の二人の様子からすっかり忘れていたけど、トールとユリウスはオーグの付き人兼護衛。


 オーグが国王として戴冠したあとも、その関係は続いていく。


 ならば、オーグの助けとなるべく周辺国の情報を知っておくことも必要か。


「そして、その駐留軍の司令官が、そのままその国を治める大貴族となり、その部下たちが、地方を治める貴族になったのだ。支配した国の人間を奴隷として扱ったままな」

「ということはぁ、貴族たちは平民たちを奴隷として扱っていたってことですかぁ?」

「そういうことだ。恐らく、そういった扱いを何世代にも渡って行ってきた結果、平民とは貴族の所有物であり、どのように扱っても構わないという考えが蔓延したのだろう。まあ……さっき言ったように憶測でしかないがな」


 なるほどな……。


 戦争に負けた当時の人たちは、奴隷としての立場を甘んじて受け入れたのだろう。


 自分たちは戦争に負けてしまったのだから。


 だが、世代が代わり戦争を知らない世代になっていくと話は別だ。


 自分たちには、貴族たちから理不尽な扱いをされる謂れがない。


 たとえ立場の違いがあっても、とても受け入れられるものじゃない。


 そういった鬱屈が、ついに爆発したってことか……。


「なあ。平民たちが貴族に恨みを持っていたから、魔人になって貴族に復讐したのは分かるよ。けど、これまでそういった反乱とか起きなかったのか? ゼストの怨念は……相当だったぞ?」

「ローレンスもそうだったよ。まあ、反乱したくても出来なかったというのが答えだろう」

「出来なかった?」

「ああ、なにせ帝国は、平民たちには徹底して教育を受けさせていなかったからな」

「教育を?」

「ああ。教育を受けさせてもらえないから、理不尽を感じてもどうすればいいのか知恵が回らない。知恵が回らないから組織的な反乱など起こせない」


 そういうことか……。


「これまでにも、反乱自体はあったらしい。だが、受けさせてもらえない教育には戦闘技術も含まれる。戦闘訓練を受けた軍と、素人の集団。勝ち目があると思うか?」

「……そうやって鎮圧し続けてきたってことか……」

「そういうことだ。そうやって力ずくで押さえつけてきた結果……平民たちは抗う気力も失くし、ただ貴族たちに搾取される存在になった……というのが、我々の見解だ」


 オーグはあくまで推測だと言っていたけど、その発言には確信めいたものがあった。


 多分、帝国の状況までは調べていたんだろう。


 それが、今回のローレンスの言葉で確証を得た……ってところだろうか。


 それにしても……胸糞悪い話だな。


 この世界には戦争法などない。


 戦争して勝った国は、負けた国をどのように扱っても構わない。


 だけど、普通は負けた国の国民を奴隷として扱ったりなんかしない。


 法律として明文化はされていなくても、そのような行為は人道に悖るからだ。


 だけど旧帝国は……それを……人道に悖る行為を行った。


 それこそ、負けた国そのものを奴隷として扱ったんだ。


 そりゃあ、恨まれて当然だよ。


 と、そこで俺は、ある疑問を持った。


「なあ。確か、前にアールスハイドと戦争になったときに言ってたけど、帝国にも魔物ハンターはいたんだろ? それも貴族がやってたのか?」

「まさか。そんな泥仕事、平民の仕事に決まっている」

「それじゃあ、平民が戦闘技術を学べるんじゃ……」

「帝国のハンター協会は特殊でな。完全に国営なのだ」

「ってことは……」

「ハンターたちは、全ての情報を国に握られていたらしい」

「ということは、家族も……」

「もしハンターがその戦闘技術を使って反乱など企てたとしたら……一族郎党皆殺しだろうな」

「そこまで徹底してたのかよ……」

「それでも、他の平民に比べてマシな生活ができるから、ハンターになるものは多かったらしい」


 本当に胸糞悪い国だな! ブルースフィア帝国!


「正直、この国が滅んだのは、自業自得だと思っているが……着いたぞ。その虚栄の象徴、帝国城が」


 さっきから遠目には見えていた大きな城に、ついに辿り着いた。


 オーグの話を聞いたあとだと、自分たちの虚栄心のために滅んだ、愚か者の城に見えてくる。


 そして、その城の門は、俺たちを招き入れるかのように開け放たれていた。


 門の中は真っ暗で、まるで異界への門のように見える。


「さあ、いくぞ」


 その門を潜るのに、わざわざオーグが声をかけた。


 おそらく……意を決しないと、足を踏み入れることができなかったんだろうな。


 それほどの不気味さがあった。


 門を潜った俺たちは、城内に全く明かりがついていないため、各々光の魔法を使い城の中を歩き始めた。


「うぅ……暗いぃ……」

「ちょっとマリア、引っ付かないでよ、歩きにくい」

「だって……」

「アタシは魔法が使えないんだからね。マリアがちゃんとしてくれないと、アタシだけ歩けなくなるんだから」

「分かってるけど……」


 先ほどの魔都内での出来事で、こういった雰囲気が苦手なマリアはミランダに引っ付きながら歩いている。


 本当に苦手なんだな……。


 異常に怖がっているマリアを見て、他の皆はどうなんだろうと見てみると、マリアほどではないにしろ、皆不安そうな顔をしていた。


「索敵魔法には何も反応は無いから大丈夫だって」

「そうだぞメッシーナ、怖がり過ぎだ」

「私はシンや殿下と違って、複数同時に魔法なんて行使できないんですから! 明かり用の魔法を使ってると索敵魔法使えないんですよ!」


 そういえばそうか。


 皆明かり用に光の魔法を行使しているから、索敵魔法が使えていない。


 不安そうな顔の理由はそれか。


「大丈夫だよ。今のところ、シュトローム以外の反応は……」


 そう言った時だった。


「シン……」

「ああ……どういうことだ? もう魔人はシュトローム以外残っていないんじゃ……」

「ちょ、ちょっとシン! どうしたのよ!?」


 オーグも気付いたらしい。


 今、索敵魔法を使えないマリアが不安そうな声をあげた。


 他の皆もそうだろうと思ったので、説明する。


「今……シュトローム以外の魔人の魔力反応があった」

「うそ!?」


 思わず叫んだマリアに、オーグが返答した。


「本当だ。だが……これは……一人か?」

「いや、小さいけど他の魔力もある。なんだ? 反応が小さい。犬か猫でも飼ってんのか?」

「分からんが……魔力の大きさからみて、こちらはシュトロームではないだろう……どうする?」

「そうだな……」


 オーグに問われた俺は、少し考えたあと言った。


「先に、今見つけた魔人の方に行こう。シュトロームとの戦いの最中に乱入されても面倒だ」

「そうだな」


 オーグの了解も得られたので、俺たちはシュトローム以外に感じられた魔力のもとへと向かった。


 それにしても……魔都の入り口で魔人から聞いた話と違う。


 魔人たちの幹部とは、ゼストのことで間違いないはずだ。


 なにせ、元は彼らの隊長だったのだから。


 だが、現実にもう一人魔人が残っている。


 あの魔人は嘘を言ったのか?


 しかし、その魔人の反応は、明らかに俺たちがそちらに近付いていると分かっているだろうに動く気配がない。


 なんだ? それほどの手練れなのか?


「オーグ……」

「ああ。皆、遭遇したとたんに戦闘になる可能性もある。くれぐれも気を抜くな」

『はい!』


 オーグも俺と同じことを感じていたらしい。


 皆に気合を入れなおし、再度その魔人に向かって歩いて行った。


 そして……。


「この部屋だな」

「ああ、間違いない」


 魔人の反応は、城の中にある部屋の一室から感じられていた。


 扉の前まで来ても、まったく動く気配がない。


「開けるぞ……」

「ああ」


 俺は皆を見渡したあと、勢いよく扉を開けた。


 そして、すぐさま戦闘体勢を取る。


 だが、中にいた魔人は、飛び込んできた俺たちに対して攻撃をしかけるわけではなく、その腕に持っている何かを庇うように身を固めていた。


 すぐさま戦闘になるわけではないと感じた俺たちは、戦闘態勢を解いた。


 そして、その魔人を見てみると……。


「女の……魔人?」


 部屋の中にいたのは、女の魔人。


 年齢は二十代半ばくらいだろう、髪の長い大人の女だった。


 その女の魔人は、俺たちの姿を見ても攻撃してくることはなく、腕に抱えた何かを庇いながら俺たちを睨みつけてきた。


 その目には明確な敵意が現れているのに、一向に攻撃してくる気配がない。


 そんなに大事なものを庇っているのかと思い、その女の魔人の腕の中にあるものをよく見てみると……。


「お、お前! それ、赤ん坊じゃねえか!!」


 女の魔人が抱えていたのは、産まれて間もないと思われる赤ん坊だった。


「貴様! 赤ん坊を攫ってきたのか!?」


 俺と同じように赤ん坊を確認したオーグが声をあげたのだが……。


「違う!!」


 女の魔人は、赤ん坊を取り上げられると思ったのだろうか、叫んだあと先ほどよりさらに強く抱きしめた。


「違う? どういうことだ!」


 俺はそう言いつつも、魔人の叫びに、ある予感がしていた。


 攫ってきたわけではない赤ん坊。


 まさか……。


 そんな……。


 信じられない気持ちでいる俺に、女の魔人は続けて言葉を発した。


「この子は……この子は、私と……」


 女の魔人と……。


「……シュトローム様の子よ」

「!!!!」


 その女の魔人の言葉に、皆が息を呑んだのが分かった。


「馬鹿な……魔人が……魔物が子を成すなど、あり得るのか……」


 いつもこういう状況では冷静なオーグも、この状況が信じられないらしく、言葉に覇気がない。


 俺だって同じ気持ちだ。


 まさか、魔人に子供ができるなんて……。


 そう思ったときだった。


「あぁー」


 女の魔人に抱きかかえられている赤ん坊が、目を覚まし、こちらを見た。


「……そうか……そういうことか……」


 俺は、全てを理解した。


 魔人に起こった、絶望的な状況。

 

 ゼストが言っていた、魔人には未来がないということ。


 その意味が分かった。


 だって……その赤ん坊は……。


「目が……」


 魔人特有の赤い目ではなく。


 普通の人間と同じ目をしていたのだから。

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魔法少女と呼ばないで
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