ビックリしました
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高くそびえる壁に手をつき、魔力を流す。
すると、壁の一番上から徐々に崩れていく。
先程報告してくれた見張りの兵士さんは、壁の上を必死に走って退去していった。
高さ三十メートル、厚さ五メートルで作った壁が左右に分かれていく光景は、実にダイナミックで壮観だ。
「これはまた……随分な光景だね」
事実、その様子を見ていたばあちゃんもそう呟いていた。
他の皆も同じ気持ちなんだろう、唖然とした顔をして開かれていく壁を見ている。
壁を作った際にできていた内側の堀に土を全て戻し、穴も塞いだ。
数十メートルに亘って壁が開かれたところで、俺は魔法の行使を止めた。
できれば壁にはあまり大きな裂け目を作りたくはなかったけど、各国から大勢の兵士さんが集まっている。
これくらい開かないと、スムーズに中に入れないのだ。
そして、開かれた壁の向こうを見てみると、見張りの兵士さんの言葉通り壁の近くには魔物はいない。
遥か遠くから、俺たちが来るのを待ち構えているようにすら見える。
「シン」
「なに? ばあちゃん」
「ちょいと聞くけどね、この壁、またアンタの非常識な魔法でもかけてあったのかい?」
非常識って、失敬な。
いつも理にかなった魔法を使ってるつもりなんですけど?
それはともかく、ばあちゃんがこういう質問をしてくる理由は分かる。
「いや。土を盛り上げて固めただけの、ホントにただの土壁だよ」
さっきの壁を開く作業も、特別な魔法なんて一切使用していない。
それが意味するもの、それは……。
「そうかい……本当に、ゲームのつもりなんだねえ……」
シュトロームは言っていた。
これは『ゲーム』だと。
人類と魔人、お互いの存亡を賭けたゲームなんだと。
シュトロームから提案してきた事であるし、人類側の最大の警戒はしていた。
各国から大量の監視員が派遣され、万が一にも壁が破られた時に迅速に対処できるようにしていた。
ところが、シュトロームの宣言通り、奴は一ヶ月間全く何もしなかった。
それどころか、魔物達を壁に近付けることすらしなかった。
遊んでいる。
人類は、自分たちの存亡を賭け悲壮な決意で特訓に励みこの日を迎えたというのに、シュトロームは恐らく、ワクワクした気持ちでこの日を待ち望んでいたのだろう。
「……ふざけた真似をしよるもんじゃ」
開かれた壁に向かって、一人歩いていく人物がいる。
爺さんだ。
「シュトロームとやらを知ることができれば、奴の……カイルの気持ちも理解できるかと思うたが……」
爺さんは大量の魔力を集めながらそう呟く。
その魔力量は……思わず息を呑む程の膨大な魔力を集めていた。
「こんな……こんな命を弄ぶような輩がカイルと一緒な訳がない!!」
怒っている。
あの日、エカテリーナさんが刺された時と同じように、爺さんが激高している。
その怒りに呼応するかのように、爺さんの周りには紅蓮に燃え盛る炎が舞い踊っている。
そして……。
「ふざけるでないわっ!!!!」
それは、俺ですら見たことがない爺さんの本気の全力魔法。
途轍もなくデカい火柱が遥か遠くに見える魔物の群れに向かって放たれる。
やがて魔物の中に着弾したその魔法は、大音量を撒き散らしながら大爆発を起こした。
その威力は、一拍おくれてこちらにまで凄まじい衝撃波がきたことでも分かる。
スゲエ。
これが『賢者』
世界中で英雄として敬われている爺さんの本気の力か!
「凄まじいな……これが英雄の真の実力か」
アルティメット・マジシャンズ次席で、今や世界二位の実力と言われているオーグが爺さんの魔法を目の当たりにして驚きを露わにしている。
普段は空気になっているところしか見てないだろうからな。
かくいう俺も、爺さんの本気は初めて見た。
そして、この場には書物や演劇でしか見聞きしたことがない人達が大勢いる。
今まで伝説としてしか伝え聞いてこなかった英雄の実力を目の当たりにしたその兵士さん達は……。
『うおおおおおおおおっっっ!!!!』
あっという間に熱狂に包まれた。
「スゲエ!! 賢者様スゲエ!!」
「いける! 賢者様がいてくだされば、俺達は勝てる!!」
「うおお!! 賢者様!!」
あちこちから兵士さん達の熱狂した歓声が聞こえてくる。
今や兵士さん達の士気は最高潮に達していた。
『全軍! 突撃!!』
『おおおおおおお!!!!』
この機を逃すまいと、ドミニクさんの号令が掛けられ、高まった士気そのままに兵士さん達が突撃していく。
軍勢の先頭にいた俺達も、ジッとしていれば後ろから押しつぶされるので一緒に掛けだしていく。
「凄かったね! 賢者様の魔法!」
「あれは凄い。興奮した」
爺さんの魔法で士気が上がったのは兵士さん達だけではない、アリスと珍しくリンも興奮していた。
他のメンバーも、伝説の英雄の力を目の当たりにして、皆が興奮していた。
ただ一人を除いて。
「はあ……まったく、頭に血が上ると見境がなくなっちまうのは相変わらずだねえ……」
昔から爺さんのことを知っているばあちゃんだけは、溜め息を吐いて呆れていた。
「ほっほ、いや、でも、ホレ。皆の士気が上がっておる。そう悪い結果ではないじゃろ」
「ただの結果オーライじゃないかい! アンタは昔っからそうやって……」
さっきまであんなに格好良かった爺さんが、ばあちゃんに責められてタジタジになっている。
……どうしても最後まで締まりきらないのが爺さんクオリティなんだろうか?
「そ、それよりシン。お主らは魔人の相手をするんじゃろう? 見たところ、魔物の中に魔人の気配は無いようじゃが」
こんなところでも始まったばあちゃんの説教から逃れるため、爺さんが俺に話を振って来た。
「みたいだね。多分だけど、魔人達は魔都の中にいるんじゃないかな」
「フム、ならばどうする?」
目の前には数千に及ぶ災害級の魔物。
本命はその後ろの魔都にいる魔人。
空を飛んでいくことも考えたけど、伏兵が潜んでいて空中で狙い撃ちされる可能性を考えるとそれは止めた方がいい。
ならば……。
「俺もじいちゃんに倣うかな」
走りながら魔力を集める。
さっきの爺さんのは、広範囲に威力が及ぶ魔法だった。
だが俺の魔法は主旨が違う。
「可燃性物質変換」
集めた魔力を、可燃性の物質に変換する。
「圧縮」
それを圧縮していく。
より魔法の効果を高める為に『言霊』も使用。
「圧縮、圧縮、圧縮」
さらに威力を高める為に圧縮できるギリギリまで圧縮する。
「範囲指定」
忘れちゃいけない指向性の付与。
それでは……。
「ファイア!!」
点火でも良かったけど、格好いいし、より発動感が出ると思って『ファイア』と唱えた。
すると……。
今まで、魔法の練習場である荒野で試した時とは比べ物にならない程の大爆発が巻き起こった。
その爆発は、付与された指向性により前方にのみ効果を発揮したが、その威力がとんでもなかった。
その魔法の射線上にいた『災害級』の魔物を巻き込み、爆風に巻き込まれて四散する魔物や、絶命しないまでも吹き飛ばされ、大ダメージを負う魔物が続出した。
その結果、俺の前方には一切魔物がいない魔都まで一直線の道が出来上がっていた。
「おおう……」
ビックリした!
荒野ではあんまり高威力の魔法を放つ訳にはいかないから、ここまで威力を高めた魔法を放ったのは初めてだ。
そのあまりの威力に、放った俺自身が驚いた。
言霊という詠唱も込みだと、ここまでの威力になるの……。
「シン!! アンタはまたとんでもないことしでかして!!」
ヤバ。
ばあちゃんがすぐそばにいたんだった。
顔を見ないでも分かる。
きっと鬼の形相だ。
「よ、よーし! 道が開けた! オーグ! 今の内に魔都まで全力で行くぞ!!」
「あ、ああ」
「あ! コレッ!!」
こんな最前線で説教をされることはないだろうけど、条件反射でばあちゃんから逃げるように魔物の集団の中に出来た一本道を駆け出した。
「シン!! 帰ったらお説教だからね!!」
後ろからばあちゃんの叫び声が聞こえてくる。
「フ……帰ったら説教だそうだぞ? シン」
「うへぇ……マジかよ……」
オーグからそう言われた俺は、勘弁してくれよという態度を取りつつも、内心ではニヤケていた。
『帰ったら』
ばあちゃんはそう言った。
つまり、この戦いに勝利し、家に帰る事を信じているのだ。
なら、俺がすることは一つ。
「説教は勘弁だけど、なるべく早く終わらせて家に帰るとしますかね」
そう言う俺に、皆が笑顔で賛同してくれたのだった。
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