決戦前日
……長らく間を空けてしまい、申し訳御座いません。
スケジュールや、体力的な問題から中々執筆まで手が回りませんでした。
今回は少し短いですが、なるべく早めに次を投稿したいと思っています。
よろしくお願いいたします。
旧帝都。
今や魔人達の拠点となり、人間からは『魔都』と呼ばれる、魔物と魔人が大量に跋扈する都。
その中心にある旧帝城に、魔人達の首魁であるシュトロームがいる。
魔都とその周辺にいる魔人や魔物を全て生み出したシュトロームは、非常に上機嫌な様子であった。
なぜなら……。
「いよいよ明日ですねえ。ウォルフォード君達との決戦は」
先日、魔都周辺にて勃発したシュトローム派閥の魔人と人間達との衝突。
その際に自ら提案した魔人と人間との決戦。
その期日が、明日に迫っていた。
魔人側が勝てば、そのまま人間世界に攻め入り、人間界全てを滅ぼす。
人間側が勝てば、世界に平和が戻る。
そんな条件をシュトローム自らが提案し、無理矢理約束させていた。
条件で言うならば、人間側に少し有利な条件である。
なぜなら、人間側はたとえここで負けても、勝算はごく低いがまだその時点で滅びる訳ではない。
しかし魔人側は、ここで負けること、それはそのまま魔人達の滅亡を表す。
一体でも尋常でない脅威になる魔人を、人間側が放置するはずがない。
いかに個々の戦力差が大きいとはいえ、数は圧倒的に人間の方が多い。
そんな少し分の悪い戦いを提案しておきながら、シュトロームはどこか楽し気であった。
配下の魔人達の中には、そんな若干不利な戦いの条件を自ら提示しながら、なぜか機嫌の良いシュトロームのことが理解できない者もいたが、シュトロームは自分達の長。
その決定に従うまでと、特に疑問を呈することはなかった。
それは、シュトロームの一番の側近であるゼストもそうだった。
彼の行動原理は、全てシュトロームのため。
その利益になるように今まで色々と働いていた。
そんなゼストだったが、ここにきて気になることができていた。
明日の作戦の事ではない。
「シュトローム様、よろしいでしょうか?」
「なんですか? ゼスト君。明日の戦いについて、なにか楽しい作戦でも?」
「いえ……そちらは全てシュトローム様に一任いたします。私どもは、全てシュトローム様の御意思の通りに動くまでです」
「そうですか。では、なんですか?」
「はい。その……」
「ん?」
「……ミリア殿はどうされるおつもりですか?」
ミリア。
シュトロームが帝国を本格的に攻め滅ぼす前からシュトロームに付き従っていた女性。
シンとの最初の遭遇で大怪我を負ったシュトロームを献身的に介護し、シュトロームの手によって魔人化した後は帝国を滅ぼすために全力を注いできた忠臣だ。
そのミリアは、魔人の存亡を賭けた実験を身をもって行い、そして……。
失敗した。
それ以降、ミリアが皆の前に現れたことはない。
シュトロームのことを特別な感情で見ていたミリアが、実験の失敗に責任を感じ、塞ぎ込んでしまったからだ。
最初期からシュトロームに付き従っている同志であるミリアのことを気に掛けていたゼストは、ミリアの扱いをどうするのか尋ねたのだ。
そして、その問いに対するシュトロームの答えは簡潔だった。
「好きにすればいいのでは?」
「え?」
「戦いに出るのも出ないのもミリアさんの自由でしょう。別に強制はしませんよ」
「……左様でございますか」
聞きようによっては、実験に失敗し落ち込んでいるミリアを気遣っているようにも聞こえるが、ゼストはシュトロームの胸の内を正確に読み取った。
(やはり……シュトローム様は、ミリア殿に対して何らの感情も持ち合わせていないのだな)
自分達のような人工的な魔人とは違い、自ら魔人に至ったシュトロームがすでに人間的な感情を欠如
させていることは十分理解している。
部下を無碍に扱ったとて、それはしょうがないことなのである。
なのでゼストはシュトロームに対して不信感を持つことなどない。
(可哀想なことだな……)
ミリアに対して同情するだけであった。
「フフフ、さあウォルフォード君。今度はどんな魔法で私を驚かせてくれるのでしょう?」
楽し気にそういうシュトロームは、楽しみな行事を目の前にした子供のようであり、全てを諦めた世捨て人のようでもあった。
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アールスハイド王城。
明日に迫った魔人との決戦を前に、ディセウムは息子であるアウグストと親子の会話をしていた。
「いよいよ明日か……対策の方はどうなのだ? アウグスト」
「私にできることは全てやりました。後はアルティメット・マジシャンズの各メンバーがどのような対策を練ってくるかですが……私は特に心配はしていません」
そう言い切るアウグストを見て、ディセウムはフッと笑みをこぼした。
「お前がそこまで言い切るとはな……やはりシン君と会って一番変わったのはお前だな。アウグスト」
「……そうでしょうか?」
「そうだとも。元々は世間知らずのシン君に世間の常識を教えるために提案した高等魔法学院への進学だったが、思わぬ相乗効果があったものだ」
そう楽し気に笑うディセウムだったが、言われた方のアウグストは少し困ったような、照れたような様子を見せた。
自分でもシンと出会う前と後で、人との付き合い方が変わったことは理解している。
しかし、それを実の親に指摘されるとか、恥ずかしいことこの上ない。
なので、言われたことは自覚しているが、言葉にして言われると照れ臭くて仕方がなく、結果微妙な表情をしてしまったのだ。
そんなアウグストは、なんとかして話題を変えようとし、結果そういう話題にピッタリの人物を見つけた。
「そのシンが、何やら切り札を考えているようです」
アウグストのその言葉を聞いたディセウムは、アウグストに向けていた生温かい笑みを凍らせた。
切り札。
今でも十分異常なのに。
シンが、切り札。
硬直から復帰したディセウムは、落ち着くためにテーブルの上にある紅茶を飲む。
手が震えているので、カチャカチャと音を立てながら。
そして、紅茶を一口飲んだディセウムは、アウグストに尋ねた。
「シ、シン君が切り札を考えているって?」
「ええ。クロードの話では……」
そこで言葉を区切るアウグスト。
息を呑むディセウム。
そして……。
「国が一つ、無くなるかもしれないと感じたそうです」
その瞬間、ディセウムの周りから音が消えた。
しばらく硬直した後、ディセウムはもう一度尋ねた。
「え? 聞き間違えたかな? 街ではなく国と聞こえたんだが……」
「聞き間違いではありません父上。国が、と言いました」
そのアウグストの言葉に、ディセウムは額に手をあて深く息を吐いた。
「本当に……シン君に野心がなくて助かったなあ……」
しみじみとそう語るディセウムに、アウグストが答える。
「まあ、シンなら今後も大丈夫でしょう」
今後。
つまり、アウグストはこの先も人類の歴史は続いていくと確信しているということだ。
その言葉を聞いたディセウムは、今度は笑いながら紅茶を飲んだ。
「そうだな。今後も……な」
「ええ。今後も、です」
アールスハイド王族親子は、すでに決戦後の世界に目を向けていた。