気付かされました
もう少し早めに投稿するつもりだったのに……
学院が終わったあと、いつものように家に来ていたシシリーも帰宅し、もう後は就寝するだけとなった時間。
部屋に戻った俺は、新しい靴を取り出し、ある付与を施した。
付与した魔法は『浮遊魔法』
それに魔石を取り付けて常時発動とした。
最初はベルトに付与しようかと思ったんだけど、そうするとベルトは浮いていても体は落下しようとするわけで、ベルトが体に食い込んで苦しくなると思ったので、靴に付与することに決めた。
後は、爺さんとばあちゃんが寝るのを待つだけだ。
そうして、時間が過ぎるのを待っていたとき……。
『チリンチリン』
と、無線通信機の着信を告げる鈴が鳴った。
「もしもし?」
こんな時間に誰だ?
そう思って通信に出たのだが……。
『あ、シン君。寝てましたか?』
架けてきたのはシシリーだった。
「いや、まだ起きてたよ」
『やっぱり……』
やっぱり?
どういうこ……。
『シン君……なにか危ないことをしようとしていませんか?』
「え?」
ドキリとした。
確かに、俺がしようとしている実験は、一つ間違えば命を落とす。
それどころか、世界に甚大な傷痕を残すかもしれない。
そういうものだ。
だが、シシリーには心配をかけないように、その実験をすることは言っていない。
それと悟られるような態度も取らないように注意していたはずだ。
現に爺さんとばあちゃんは気付いていない。
それなのに……。
「な、なんで?」
急に言い当てられたので動揺し、少しどもってしまった。
『……少し待っていて下さい』
シシリーはそう言って通信を切ると、すぐに俺の部屋にゲートを開いて現れた。
その顔は、若干怒っている。
そして、シシリーはある物に目を向けた。
「シン君、それはなんですか?」
「え? あ!」
しまった。
さっき浮遊魔法を付与したばっかりの靴を隠すのを忘れてた。
「魔石が付いてます」
「あ、いや、これは」
別に悪いことをしているわけではないのに、シシリーに黙っていたことで若干後ろめたい気持ちになる。
すると、その様子を見てシシリーの雰囲気が硬くなるのが分かった。
「シン君……一体なにをしようとしていたんですか?」
この質問の仕方から、俺が浮気をしているとかの変な誤解をしていないことは分かった。
けど、隠し事をしていたのは見抜いたようで、なにをするつもりだったのかと問い詰められた。
この期に及んでは下手に誤魔化すと事態が悪化する可能性がある。
「……実は」
俺は正直に、今からしようとしていることをシシリーに告げた。
するとシシリーは、目を見開いたあと、じわりと涙を浮かべ始めた。
「え!? シシリー!?」
「シン君の馬鹿!」
どうしたのかと尋ねようとしたら、シシリーに怒鳴られ、そのまま胸に飛び込んできた。
「そんな危ないことを一人でしようとしていたなんて! もし万が一、万が一があったらどうするんですか!?」
よほどショックだったらしい。
シシリーは、今まで俺に見せたことがないくらいに怒り、泣きながら俺の胸をポカポカ叩いていた。
「シン君にもしものことがあったら! 人類の希望を失ったら皆さんはどうすればいいんですか!」
そう言って怒るシシリーに、俺はなにも言えないでいた。
「シン君を失ったら……私はどうすればいいんですか……」
最後は俺の胸に顔をつけてしゃくりあげ始めた。
シシリーの言葉を聞いて、俺は始めて失敗したときのことを想像した。
今回の実験のことは誰にも言っていない。
もし万が一のことがあったら、俺はある日突然いなくなってしまったと思われるだろう。
あれだけ親密だった婚約者のシシリーを置いて。
間近に迫った魔人との決戦も放り出して。
シュトロームについては、なんとかなるかもしれない。
オーグ達も相当に力をつけてきているし、先日シュトローム側の魔人にいいようにやられてから色々と対策を講じているようだし、全員で当たれば勝つ可能性はある。
だが、シシリーは?
俺は自分だけの責任だと考えていたけど、シシリーのことを考えていなかった。
腕の中で嗚咽を漏らすシシリーを見ながら、俺はとてつもない後悔に苛まれた。
「ごめん……ごめん、シシリー」
「ふぅっ……ふぇっ」
「自分勝手だった……ごめんな」
「シン君……」
「でも……これは、やらなきゃいけないことなんだ」
俺がそう言うと、シシリーは俺からそっと体を離した。
「そんなこと分かってます! そんな大事なことを、一人でコッソリやろうとしてたから怒ってるんです!」
シシリーは頬を膨らませ、顔を真っ赤にして涙目のまま俺を睨んできた。
そりゃそうか。
シシリーだって、危ないけど必要なことだってのは理解してる。
怒ってるのは、誰にも相談しなかったことか……。
「……ごめん」
「そんなに私は……私達は頼りないですか?」
「そ、そんなことない!」
俺はただ、心配をかけたくなくて……。
「……私も行きます」
「え?」
シシリー達が頼りにならないなんてことはないと言いたかったのだが、自分も一緒に実験についていくと言い出した。
「行くって……」
「本当なら、皆さんにも来ていただきたかったところですけど……私だけでも一緒に行きます」
「な、なんで……」
「万が一の時は、私が全力でシン君を守ります」
「そ、それなら夜中だけど、皆も呼んだ方がいいんじゃ」
自分勝手で、夜中に迷惑な話だけど、そういうことなら皆がいた方が……。
「……もしものことがあったら、魔人達と戦える人達は残っていた方がいいですから」
そう言うシシリーの目には、断固たる決意が見えた。
……本当に情けないな、俺は。
俺は、シシリーのような考えは持ってなかった。
前世の記憶があるし、今まで魔法の実験で大きな失敗をしたことがなかったから、今回も大丈夫だろうと、軽い気持ちでいた。
だがシシリーは、そんな緩い俺の考えとは違い、命懸けで俺を守ると言った。
俺は……そんな決死の覚悟はしていなかった。
あのまま実験をし、成功していたら、俺は増長してしまっていたかもしれない。
この魔法がある限り、負けるはずがないと。
だけど、そんな考えでは勝てるものも勝てなくなっていたかもしれない。
これはシシリーに気付かされたな。
「ごめんシシリー。俺は……慢心していたみたいだ」
「シン君……」
「一緒に行こう。万が一の事態なんて起こらないように細心の注意を払う」
「はい!」
そうと決まれば、シシリーの靴にも同様の付与をしないといけない。
今履いている靴に『浮遊魔法』を付与し、魔石を取り付ける。
今まで何度も同じ魔法で空を飛んでいるし、ジェットブーツも普段から使っているので、浮遊魔法が付与された靴も違和感なく使えている。
「それで、こんな装備まで用意してどこで実験をするつもりだったんですか?」
「ああ、それは……」
俺はバルコニーの扉を開け、シシリーを伴い夜の空へ飛び立った。
万が一に備えて、シシリーと魔法の実験に行く旨を記した書き置きを残して。
「この辺でいいかな?」
「こんな遠くまで……一体どんな魔法を試すつもりなんですか?」
俺とシシリーは、夜の空を高速で飛び、海に出て更に沖まで来た。
空には雲がかかっており、残念ながら満天の星空とはいかなかったが。
「まあ見てて。それじゃあ……」
シシリーからの質問だが、これから実験する魔法は説明しても理解できないと思ったので、実際に見てもらおうと魔法の準備をする。
まず、魔力を集める。
俺が制御できるギリギリまで……。
「こ、これは!?」
今まで、限界ギリギリまで魔力を集めたことなんてない。
その魔力量に、シシリーが驚いてるけど、ここで集中を切らす訳にはいかない。
そして、意を決した俺は、考えていた呪文を唱える。
そして……。
「行けえっ!!」
俺は、空に向かってその魔法を解き放った。
その魔法は空に一直線に放たれ、こちらに被害は一切ない。
良かった、成功した。けど……。
「な、な、ななな」
「あ、あはは。ちょっと……威力が強すぎたかな?」
シシリーが空に浮かびながら、腰を抜かしそうになっている。
まあ、無理もないかも。
だって……。
さっきまで空を覆っていた雲が、跡形もなく消し飛んでいたのだから。
魔法の実験を終えた俺達は、帰りはゲートで帰ってきた。
「これ、無駄になってよかったな」
俺は、万が一のために残していた書き置きを魔法で焼き捨てた。
そうしてシシリーの方を見ると、俺のベッドの上で腰を抜かしていた。
「シシリー、大丈夫?」
「シン君……」
あれ? なんかシシリー、怒ってない?
「ど、どうし……」
「あんなに凄まじい威力だなんて!」
ああ、あの魔法の威力に驚いてしまったのか。
アレは、俺も予想外の威力だったからな。
まさか、空にかかっている雲を全て吹き飛ばすとは思わなかった。
「こわかった……こわかったです……」
シシリーは、あの魔法を防ぐって言ってたもんな。
もちろん、そんなことをさせるつもりはなかったから、超集中したけどな。
それでも、事前に言ってなかったのはやっぱりまずかったかも。
シシリーはまだ小刻みに震えている。
「ちゃんと言っておくべきだったな。ごめんね」
「……許しません」
「え?」
マジで?
許してくれないの?
そんなことを言うのは初めてなので、どうしようかと思っていると。
「……ギュッてしてくれたら許してあげます」
ぷくっと頬を膨らませてそう言うシシリー。
その姿が可愛くて、すぐにシシリーを抱きしめた。
「ごめんね」
「……もっとギュッてしてください」
シシリーのリクエストに応えて、抱きしめる力を強めた。
「もう一人で危ないことしないでください」
「うん。分かった」
「皆をもっと信頼してください」
「うん」
大分落ち着いてきたかな?
そう思って密着させていた体を少し離し、シシリーに訊ねてみる。
「もう、許してくれる?」
するとシシリーは、予想外の要求をしてきた。
「……キスしてくれたら許してあげます」
ギュッてしたら許してくれるんじゃなかったの!?
もちろんしますとも!
「シシリー……」
「シン君……」
その日、シシリーは……。
夜明け前にコッソリ帰っていた。
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