疑問点を考えてみました
遅くなり申し訳ございません。
色々と書いたり消したりしてました。
後、活動報告に五巻の表紙と店舗特典を公表しています。
各国にバイブレーションソードの使い方を指南していく今回の訓練で、最大の懸念だったダーム王国での訓練が無事に終わった。
まあ、軍のトップである司令長官が変な人だったけど、概ね問題なく訓練を終了することができた。
後残るのはカーナンとクルトのみ。
そして、今日訪れたカーナンには知り合いがいる。
「待ってたぜ、シン」
「お久しぶりですガランさん」
カーナンの国家養羊家であるガランさんが出迎えてくれた。
そのガランさんの手には、以前にも見たハルバードという武器を持っている。
「やっぱり、それに付与するんですね……」
「おう。このハルバードは国家養羊家の証だからな。これ以外の武器は使えねえし使いたくねえ」
前に予想してたけどやっぱりあのハルバードが国家養羊家の証なんだな。
みんなお揃いのハルバード持ってたしな。
でも、一つ懸念が……。
「うーん……武器がちょっと厚すぎるかもしれませんね……」
「そう言われてもな……さっきも言ったが、俺ら国家養羊家はこれしか使えねえんだよ。剣なんて使ったこともねえ」
「まあ、試したことがないだけですし、特に問題ないかもしれませんけどね」
「大丈夫か?」
「こればっかりは試してみないとなんとも……」
その場で付与を施すとなると、こういった問題が出てくることがある。
もしガランさん達、国家養羊家の武器に付与が施せなかった場合、カーナンの戦力はガタ落ちだ。
なにせカーナンで最強の武力を誇っているのは軍人じゃない。
羊飼い達なのだ。
「じゃあ早速付与に取り掛かりますね」
「おう、よろしく頼まあ!」
ガランさんに挨拶して、ここでも用意してもらっていた付与用の天幕に入った。
……あれ? そういえば、軍の人とか話しかけてこなかったな。
国家養羊家の中でも上位にいるっぽいし、ガランさんてやっぱりカーナンの重要人物なんだろうか?
まあいいや。とにもかくにも、今は武器の付与だ。
今回も国家養羊家のハルバードだけでなく、気持ち悪いくらい大量に武器が用意されているからね……。
結果から言えば、ガランさん達のハルバードに付与した効果は問題なく効力を発揮した。
ただまあ……ハルバードを振り回し、練習用の丸太をスッパスパ切ってたガランさんが「こいつはスゲエ!」って言ってたから、付与は効果を発揮していると思ったんだけど……。
正直、傍目からは効果が発揮されてるんだかされてないんだか全く分からなかった。
羊飼い……強すぎだろ。
そして、さらにその翌日、最後のクルトの訓練も終わり、俺の武器付与は全て終わった。
後は実地訓練なんだけど、当初はこれも個別に指導しようかということになっていたのだけど、実際難しかったのは魔導具を起動しながら剣を振るうということだけ。
それができるようになったのならば、これ以上俺達の手を煩わせるのも申し訳ないということで、後半一週間の予定が丸っと空いてしまった。
戦闘訓練まで指導しなければいけないのかと、憂鬱そうな顔をしていたミランダは非常に嬉しそうな顔をしていたけどね。
そんなにプレッシャーだったのか……。
さて、予定外に空いてしまった時間であるが、時間ができたのならやっておかないといけないことがある。
それは、ドミニク局長にも約束したこと。
絶対にシュトロームに勝ってみせると言った言葉を現実のものとするための検証だ。
……正直、俺が最終兵器として考えている魔法は、この戦い以降使うつもりは毛頭ない。
それ位ヤバイ魔法だし、魔法効果の指向性という物理法則無視の裏技が使えることが分かるまで、試すつもりすらなかった魔法だ。
しかし、これはシュトロームとの最終決戦。
俺達がこれに負ければ、シュトロームは世界を滅ぼしにかかると宣言しやがった。
そして、高い塀に囲われた旧帝都……今では皆が魔都と呼ぶそこに赴くのは世界の精鋭達。
俺達が破れた瞬間に、世界にシュトロームに対抗できる戦力がなくなる。
帝国の人間を、王侯貴族だけでなく一般市民に至るまで無慈悲に皆殺しにしてしまった相手である。
慈悲など望めない。
絶対に勝たないといけない。
出し惜しみなどしている場合ではない。
やり残したことがないように全て試してみる必要がある。
正直、今回時間ができたことは俺にとって喜ばしいことである。
今回試しておきたいことは二つ。
まずその魔法。
これは危険すぎるので、いつもの荒野でも試せない。
これの実験場所は決めてあるので問題ない……と思う。
そしてもう一点。
これが正直、気が進まない。
気が進まないけど、試せることは何でも試しておかないと、後でやっておけばよかったと後悔することだけはしたくない。
……はあ……この検証をするのもこれっきりだ。
シュトロームを無事に倒すことができたら二度とやらない。
……でもやっぱ抵抗あるなあ……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「シンの様子が変?」
「はい……殿下は何かご存知ないですか?」
「何かと言われてもな……ここ一週間は、私よりクロードの方が一緒にいただろう? 何か思い当たる節はないのか?」
「それが全く……」
「そうか。で? どういう風に変なんだ?」
「えっとですね……最近ブツブツと独り言を言うようになったんです」
「独り言?」
アールスハイド王城にあるアウグストの私室。
その場所を、珍しくシシリーが一人で訪れていた。
男であるアウグストの私室に一人で行って変な誤解をされないように、アウグストの婚約者であるエリザベートも一緒である。
どうやらシシリーは、シンのことでアウグストに相談に来たらしい。
その相談の内容とは、バイブレーションソードの使いかた指南が終わり、その後の戦闘訓練がなくなったことで時間ができた。
するとシンは、難しい顔をしながらブツブツと独り言を言うようになった……というものだった。
シンがあまりに大量の付与を施し疲労困憊となっていたので、シシリーが心配して一週間ずっと一緒にいた。
だが、その間に様子がおかしくなる兆候などなかった。
シシリーに相談を受けたアウグストは、独り言をブツブツと言い出したという相談内容なのにも関わらず真剣な顔で相談を受けている。
横で聞いていたエリザベートは、その様子がおかしくてつい笑ってしまった。
「ちょっとお待ち下さいなシシリーさん。アウグスト様に相談があるというから何事かと思ったら、シンさんが独り言を呟いているって……心配しすぎですわ」
「それで? どういった内容の独り言なんだ?」
「それが……魔力がどうとか、粒がなんだとか……」
「魔力? 粒? なんだそれは?」
「全くわかりません」
「ちょ、ちょっと、お二人とも、無視しないでくださいまし」
エリザベートは、自分を無視して話を進めるシシリーとアウグストに抗議した。
二人の顔が真剣そのものなのは分かっていたが、どうしてもそこまで深刻になる要素が分からなかったからだ。
「あ、すいませんエリーさん。ちょっと気になりすぎて……」
「たかだか独り言が増えただけでしょう? 今度の戦闘は人類の命運を賭けていると言うじゃないですか。プレッシャーを感じているのではなくて?」
「甘いな。エリーはシンのことが何も分かっていない」
「……アウグスト様は随分とご理解されているようですわね?」
「茶化すな。シンはプレッシャーで潰れるほど柔な奴じゃない。アイツの頭の中は、シュトロームをどうやって倒すかで一杯のはずだ」
「では、その考えが口に出ているのでは?」
「私もクロードもそう考えている。そして、今までの経験上、アイツが新しい何かを考えている時……碌なことになった試しがない」
「……独り言を喋るまで考え込んでいるのは初めてですから……どんな突拍子もないことを考えているのかと……」
今まで、シンのやることは無条件で受け入れてきたシシリーがそこまで言った。
そのシシリーの言葉に、エリザベートは今までのシンの所業を思い出した。
それは、辺り一面を吹き飛ばす魔法だったり、空を飛ぶ魔法だったり……。
おおよそ人智を超えているとしか思えない魔法の数々。
そのシンが独り言を呟くまで考え込んでいる。
その事実にたどり着いたエリザベートは、一瞬で顔を真っ青にした。
「アアアアアアウグスト様! すぐ! 今すぐシンさんを尋問するべきですわ!」
ことの重大さにようやく気付いたエリザベートが、今すぐにシンを尋問すべきだとアウグストに提案する。
「……尋問は大袈裟だが、事情は聞いておいた方がいいか……」
「そうですね。それとなく聞いてみましょう」
たかだか独り言を呟いていただけで事情聴取。
普通なら何を言っているのかと言われるところだが、今までの行いのせいで全く信用されていないシン。
シシリーですら、事情を聞くべきだと反対しない。
アウグスト達は、シンにそれとなく事情を聞くことにした。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ウチにオーグが遊びに来た。
なぜかエリーを伴って。
「どうした? もしかして、また変な誤解でもされたか?」
「いや、たまにはエリーも遊びに行きたいと言うのでな。一緒に連れてきただけだ」
「ふーん、そっか。エリーは二回目だっけ? ウチ来るの」
前は俺達の誕生日に来たきりだから、随分と久しぶりだ。
「そそ、そうですわね! 久しぶりですわ!」
……なんだろう、エリーが挙動不審だ。
「エ、エリーさんは遊びに来るとしたら私の家かマリアの家が多いですから! 男性の家に来るのは緊張しちゃうんですよね!?」
「そ、そうですわ! お、お気になさらず!」
シシリーの説明でなんとなく理解した。
今までの言動からつい忘れがちだけど、エリーの家は公爵という貴族の最高位。
準王家と言っていいお家柄だ。
まさに純粋培養のお嬢様で、婚約者のオーグの家である王城以外、男の家になんて行ったことがないんだと思う。
前に来た時はパーティだったし、他にも客が大勢いたから大丈夫だったんだろう。
まあそれは分かるんだけど、男の家って言ったってオーグもいるし、色々と行動を共にしてきてるから、そこまで緊張しなくてもいいのにな。
「そっか。まあシシリーもいるし、そんなに緊張しなくてもいいんじゃない?」
「ええ! 緊張なんてしていませんわ!」
いや、メッチャ緊張してんじゃん。
「エリーのことは気にしなくていい。ところで、今回のことはご苦労だったな」
「ん? ああ、付与しなきゃいけない武器の数が多くてね……夢の中でも付与をしてたよ……」
あれは本当に大変だった……。
「そ、そうか。まあ無事に付与ができたのならいいが……」
今回、大量の付与を行うにあたって、自動付与装置を作ったことはオーグやディスおじさんには話した。
ディスおじさんは、自分達が依頼したことだけに何も言わなかったけど、顔が引きつっていたのは分かった。
オーグも、父親で国王でもあるディスおじさんが何も言わなかったので、何も言ってこない。
まあ、緊急時だしな。
それより、その話題を出すってことは、労いにでも来てくれたのだろうか?
「これで、兵士達も災害級にまで至った魔物達と対等に戦えるだろうが……」
そこで言葉を切ったオーグは、俺をじっと見て話を続けた。
「……我々の方はどうなのだ? シュトロームと対等に戦えるのだろうか?」
やっぱりそこが気になるか。
「そうだな……一応色々と考えてはいるんだけど……」
そう言ったところで、さっきから妙に緊張していたエリーがさらに硬直し、それだけでなくオーグやシシリーも緊張しだした。
「ど、どうした?」
「何でもない。それで? 何を考えているんだ?」
「あ、ああ。そうだな……オーグは魔法について考えたことはあるか?」
「当たり前だろう。どうすればお前のように魔法が使えるようになるのかと、日々考えている」
「いや、そうじゃなくて」
「……どういう意味だ?」
そうじゃなくて、もっと根本的な部分というか……。
「魔法そのものについて考えたことは?」
「魔法そのもの?」
「ああ。なんで魔法なんてものがこの世にあるのか……とか」
俺がそう言うと、三人は困惑の表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせた。
「何でと言われても困りますわね……そういうものでしょう? 私は魔法は使えませんけれども、魔道具が使えませんと困りますし」
「そうですね。生活の一部に魔法が深く入り込んでますから、昔から当たり前に使ってますね」
「なんだ? そんなことを考えていたのか?」
ここ最近、俺が考えていたこと。
それは、魔法とはなんなのか? そもそも魔力とはなんなのかということだ。
これを考えるに至ったのは、魔法についてある疑問があったから。
その疑問とは、オーグ達の魔法の考え方にあった。
「オーグ達はさ、じいちゃんの魔法鍛錬法を聞くまで、詠唱を工夫して魔法を使ってたって言ってたよな?」
「そうだな。今考えると、安易で間違った考えだと痛いほど分かる」
「……それが、あながち間違いでもないかもしれないんだよな」
「なに?」
俺が感じていた疑問。
「よく考えてみろよ。オーグは、あまり魔力制御の鍛錬はしていなかったって言ってたよな? でも詠唱によってそこそこの魔法は使えてた」
「ああ、そうだが」
「なんで?」
「なんでって……どういう意味だ?」
オーグ達は、じいちゃんから魔法の正式な鍛錬法を聞いて飛躍的に魔法の実力を上げた。
そこには俺から科学的なイメージを作り上げる作業も入っているけど、根本的な鍛錬方法を間違えていた。
でも、そこそこ強力な魔法は使えていた。
皆がじいちゃんの話に感銘を受けていたとき、俺は逆の意味で衝撃を受けていたんだ。
「なんで……魔力制御を鍛えないでそこそことはいえ強力な魔法が使えた?」
「……確かに……なぜだ?」
「なんでと言われても……なんでですか?」
「私にはサッパリですわ」
オーグは、何かに感付いたが答えが出ないモヤモヤした感じになってる。
シシリーは全く分からない様子で、魔法が使えないエリーに至っては考えることもしていない。
「確かにそうじゃの」
「ああ……全く考えたこともなかったね……なんでだい?」
俺の疑問に興味を持ったのか、爺さんとばあちゃんも話に加わってきた。
「マーリン殿やメリダ殿でも分かりませんか?」
「そうじゃな……ワシ等の時代は魔力制御を鍛え上げること。それをもって魔法を行使することと教わってきたからの」
「詠唱が主流になった時は、マーリンのお蔭で安易な方法が流行っちまったと考えてはいたけど……確かにシンの言う通りだね」
『賢者』と言われる爺さんや、『導師』と言われるばあちゃんまで、そんなことは考えたことが無いという。
「他の人達は? マリーカさんやスティーブさんも魔法使えるよね?」
「はい。家事を行う際に有用で御座いますから、多少の心得は御座いますけども……」
「私も、執事という立場では御座いますが、有事の際には身を挺して主をお守りする為、魔法による戦闘も行えますが……」
「「なぜ詠唱をすることで強力な魔法が使えるのか、考えたことも御座いません」」
他のメイドさんや執事さんも同じく頷いている。
俺の疑問はまさにそこだ。
昔、爺さんの魔法に憧れた人がいた。
その人は、爺さんの魔法が使いたかったけど実力が足らずに使えなかった。
そこで爺さんの魔法をイメージして詠唱したところ、同じような魔法が使えた。
それが詠唱が主流になった要因だと聞いた。
「ばあちゃん。昔、じいちゃんの魔法をイメージして詠唱を作った人って、じいちゃんほどの実力者だったの?」
「いや。名前を聞いたこともない人間だったね」
「ということは、じいちゃんほどの魔法制御は出来てなかったってことだよね?」
「ああ。だけど、詠唱を工夫することで確かに同じような魔法を使ってたね……」
そう、そこがおかしいんだ。
「なんで詠唱を工夫しただけで、自分の実力以上の魔法が使えるようになるのさ?」
「……参ったね、本当に根本的な疑問じゃないか。なんで気付かなかったんだろうね……」
俺の投げかけた疑問は、本当に誰も気が付いていなかったらしい。
昔いた転生者達の時代は、詠唱主流の時代ではなかったのでこんな疑問すらなかったのだろう。
だけど、その爺さんに憧れたという人が現れて以降、魔法界にある変化が生まれた。
それが詠唱主流だ。
その結果、どうしても拭えない疑問が出てきた。
「魔法はイメージだけで発動する。でも詠唱でも発動する。それはいいよ。だけど、実力以上の魔法が使えるのはやっぱりおかしいと思うんだ」
オーグ達や、爺さんばあちゃん以外にも、いつもは黙って俺達を見守っているだけの使用人さん達まで、隣にいる人達同士で話をしたり、ちょっとした混乱が起こっている。
それだけ、誰も気付いていなかったけど大きな問題だということだ。
「シン、そこまで問題提起するということは、それに関する答え、もしくは仮説でもいい、何か分かっていることがあるんじゃないのか? だから独り言を呟くまで考え込んでいるのではないのか?」
「独り言?」
「シン君、最近独り言が多かったですよ? だから何か重要なことを考えていると思っていたんですけど……」
「え? マジで? 声に出てた?」
ここのところ、ずっとそのことと新しい魔法のことばっかり考えてたからな。つい口に出てしまったんだろう。
しかし、爺さんやばあちゃんを始めとする周りの人達は、俺が独り言を言っていたことよりも、俺が何らかの結論を持っているのではないかというオーグの言葉に気を取られている。
視線が早く教えろと言っているのが分かる。
「あー……まだ本当に仮説だし、実証もまだだよ? それでもいい?」
「構わんよ。たとえどんなに突拍子もない仮説でも、魔法界に新たな風が吹くかもしれんからの」
「それに、シンのことだからある程度論理的な仮説なんだろう? 聞いて損なことなんかありゃしないさ」
いまだに魔法の向上に意欲を燃やす爺さんと、妙なところは俺を信頼してくれているばあちゃんの後押しを受けて、ここ最近俺がずっと考えていた仮説を話す。
「魔法ってさ、この世界にある魔力を集めて制御して、イメージを作って発動するよね」
「そうじゃな。それが魔法じゃ」
魔法の基本を話すと爺さんからの同意を得た。
「じゃあ……そもそもイメージって何?」
「何って……心に思い描いた事象……だろう?」
俺の質問にオーグが答える。
「イメージは心に描いた事象……ということは、魔力は俺達の『心』に反応しているってことだろ?」
「確かにそうだね。『心』に反応する……か。考えたこともなかったねえ……」
「シン君、凄いです。そんなこと考えてたんですね」
ばあちゃんとシシリーが感心してくれている。
その『心』に反応しているということが、この疑問を解消する上で必要なことなんじゃないかと思っている。
「話は変わるけどさ、言葉ってどう思う?」
「それはもちろん、自分の意思を相手に伝えるものですわ」
「急に当たり前のことを聞いてきたな。どうした?」
そう、言葉は自分の意思を相手に伝えるものだ。
当たり前の事実に、エリーとオーグが急になにを言っているのかという表情になる。
だけど、これが重要なんだ。
「その言葉ってさ、話す人によって受ける印象が違うことがないか? 例えば、情熱が伝わって来て感動するとか、話の内容が入ってこなくて眠くなるとか」
「確かにあるのう。ワシも学生の時分は先生の話が入ってこんくて、よく居眠りをしておったわ」
「アンタは不良学生だったからねえ」
「そ、それは今はエエじゃろ」
ばあちゃんがメッチャ気になることを言っているけど、それは後回しだ。
「ばあちゃん、その話は後でゆっくり聞かせて。それより、言葉に自分の『意思』を……『心』を込めて話すと相手にも伝わるよね? だったら……」
俺は、皆の顔を見渡して言った。
「『意思ある言葉』に魔力を込めたら……どうなる?」
その言葉に、全員がハッとした顔をした。
おそらく、コレが正解だろう。
『言霊』
前世の日本ではよく耳にした言葉。
言葉には力があり、口にしたことが現実のものとなる。
なら、現実に魔法があるこの世界ならどうなる?
それを偶然、爺さんに憧れた過去の魔法使いが実践してしまったんだろう。
その結果、実力に伴わない魔法も、言霊という力を得て発動してしまった。
「多分、それが詠唱。意思を込めた言葉自体に力があり、魔力制御が甘くても言葉の力によって魔法が発動された。これが実力に釣り合わない魔法が使えたカラクリだと思う……んだけど、どうかな?」
そう言って皆を見渡すと一様に驚きの顔を見せていた。
「よく……よくその結論に行きついたね……そうか、意思ある言葉かい……」
「……イメージとは……心に浮かんだことだけを指すものと思っておった……言葉は、そのイメージを補完するためのものだとばかり……」
「言葉そのものに力が込められている……か。確かにその通りだ」
「やっぱりシン君は凄いです……」
「シンさんって、一体どんな頭をしていますの?」
口々に感心の声が上がる中で、エリーの評価だけおかしい。
というか、皆が気付かないのも無理はない。
言霊という概念自体が日本独特のもので、外国語には翻訳できないと聞いたことがある。
それが全く別の世界となれば尚更だ。
言葉に力が込められているなど考えもつかないだろう。
使用人さん達も、皆感心したような顔をしている。
しかし、先程おかしな評価を下してくれたエリーだけは、イマイチ納得できない表情をしている。
「詠唱をしたら実力以上の魔法が使えるということは、今使える魔法の威力はもっと上がるのでしょう? なら全て詠唱をした方がいいのではなくて?」
魔法が使えないエリーならではの疑問だな。
「良し悪しなんだよ。使う目的が完璧に決まっているものなら、詠唱して魔法を発動させた方が威力は上がると思う。例えば、土木工事とかね」
「やっぱり威力は上がるのでしょう? なら……」
「ところが、これが戦闘となると、そうはいかないんだ」
「戦闘?」
エリーは戦闘にも関わりがないから、それも分からないらしい。
「詠唱によってこれから繰り出す魔法がバレる。しかも、言葉に出すことによって一つのイメージしかできないから軌道修正ができない……などだな」
「治癒している時にも、予想外の怪我が見つかる時があります。そういう時は無詠唱でないと咄嗟に対応できないですね」
オーグとシシリーがエリーに説明をしてあげると、エリーも納得したようだ。
つまり、魔法自体の出力は上がるけれども応用が利かなくなってしまうのだ。
「それで良し悪しですか……使い方しだいで、良い結果も悪い結果も出ると」
「だからシンは、さっき『あながち間違いでもない』と言ったのだな」
「そういうこと。詠唱は悪じゃない。時と場合によっては非常に有用になるときもあるんだ」
これが、気が進まないけど検証しなきゃいけない事項、その一だ。
今まで恥ずかしくて、詠唱なんて使ったことがない。
でもそうも言っていられない。
だから気は進まないけど、試さずに後悔はしたくないので試してみる。
でも……やっぱり恥ずかしいなあ……。
「お前がまた魔法に関するとんでもない発見をしたことは分かった。だが、戦闘では使えないのだろう? なぜシュトロームとの決戦の前に悩む必要がある?」
おっと、オーグが鋭いところをツッコんできた。
できればそこにはスルーしてほしかったんだけどな。
「いやまあ色々と気になったから……」
「答えになっていないぞ。このタイミングで詠唱について考え出したということは……まさか戦闘で使う気か?」
なんでオーグはこんなに鋭いんだろうな?
まさにご指摘の通りだ。
「えーっと、一応そのつもり」
「バカな。一体何を考えて……」
そこまで言ってオーグは動きを止めた。
「……お前まさか……詠唱でバレても問題ない程の威力の魔法を使うつもりじゃ……」
「いや、それは……」
オーグの言葉に上手く答えられない。
確かに使うのが躊躇われるほどの威力の魔法を使おうと考えている。
しかも、その詠唱の内容は、恐らくシュトロームには分からない。
検証しなければいけない事項その二だ。
けど、シュトロームが分からないと思う理由を、前世の知識を絡めずに説明しにくい。
ここは誤魔化すか。
「ちょっと分からないな。実験してないから」
そう言うと、オーグは深い……肺の息を全て吐き出すような長い溜め息を吐いた。
「……これがシュトローム達、魔人との最終決戦前でなければ実験すら止めるところだが……今回は認めざるを得まい。だがいいか、これだけは約束しろ」
「なんだよ」
約束?
「絶対に、世界を滅ぼすなよ」
「なっ……」
なにを馬鹿なことをと言おうとしたけど、オーグは至極真剣な顔で、それ以外の皆の顔も真剣そのものだった。
なので俺は、いつもみたいに叫んだりせず、オーグの言葉に答えた。
「分かってるよ。ちゃんとそうならないように実験するから」
しばらくオーグに睨まれるが、ようやく納得してくれたのだろう、また長い溜め息を吐いた。
「まったく……頼もしいと感じればいいのか、またフォローに走り回らなければいけないと嘆くべきなのか……」
「ちょっとシンさん。私とアウグスト様の時間を奪わないでくださいまし」
「はいはい。悪かったよ」
オーグの言葉で、固かった空気が弛緩した。
そこでようやく皆の肩の力が抜けた皆は口々に話しだす。
「魔力は心に反応する……か、これは間違いないだろうね」
「そうじゃな。これならば治癒魔法が得意なものが攻撃魔法を苦手なのも説明がつく」
「そうなの?」
爺さんとばあちゃんは、今まで疑問にも思っていなかったが、言われてみると納得できるという事項を上げた。
「ああ、ようは心の在りようさ。治癒魔法が得意な者は相手を傷つけることを恐れる者が多い。その心が反映しているんだろう。攻撃魔法の威力を鈍らせるんだろうね」
「好戦的なものほど攻撃魔法が得意なのもそういうことじゃろう」
俺の仮説を切っ掛けに、賢者と導師と呼ばれる魔法のエキスパートには色々と思い当たることが多いらしい。
口に出す様々な事柄に皆が揃って頷いている。
「あの、ということは治癒魔法とは優しい心に反応しているということですの?」
「そういうことさね」
「攻撃魔法は攻撃的な心に反応していると」
「そうじゃな。怒りに震える時、魔法の威力が上がるのもまた事実じゃ」
魔法が使えないエリーにとっては、全てが新鮮に聞こえたのだろう。
色んな心の在りようの際の効果を、矢継ぎ早に質問をしている。
それに爺さんとばあちゃんも答えて言っているのだけれど、一つ答えられない質問があった。
それは……。
「では……深い悲しみや憎しみを感じた時は、どう反応するんですの?」
その質問には、爺さんもばあちゃんも、もちろん俺も……誰も答えることができなかった。