訓練が始まりました
「ねえ、ウォルフォード君」
「なに? ミランダ」
並んで同じ方向を見ていた騎士学院のミランダが、俺に声をかけてきた。
「魔道具の使い方を教えるだけの、簡単なお仕事って言ってたわよね?」
「言ったねえ」
「この……」
そこまで言ったミランダは、俺の方を向き、大声で叫んだ。
「この人数のどこが簡単なお仕事なのよっ!?」
軍務局の練兵場にズラリと並んだ騎士達。
その数、数百人。
「連合軍とはいえこの人数……ありえない……」
数百人の正規騎士を前にブツブツ言ってるミランダだが、なにか勘違いをしている。
「なに言ってんだミランダ」
「え? なに?」
「これ、連合軍じゃないぞ」
「え? ちょっと、まさか……」
「ああ、これ、アールスハイドだけ」
「ウソデショ!?」
「これと同じ規模なのがエルスとイース。もうすこし少ないのがスイードとダームとカーナンとクルトな」
「ウソデショオオオッ!?」
ミランダが壊れた。
でも、アールスハイドだけで騎士と剣士は数万人いる。全員を一度に教えることなんてできない。
今回の訓練は、言ってしまえば魔道具の使い方のレクチャーだ。
一度覚えてしまえば、自分の部下達に教えることができる。
なので、最初の最初に教える人を選別してもらい、アールスハイド全土から隊長格だけを集めて数百人だ。
それに、今回だけではない。
「そのあとは、実践練習だな。各国の」
「……!!」
ミランダが口をパクパクさせてる。
さっきから様子がおかしいな。
「ミランダ、どうしたんだ?」
「あれじゃないかシン。休みがないからじゃないかい?」
今回、一緒に騎士達にバイブレーションソードの使い方を指南するトニーが、ミランダの心情を推測した。
「あ、そうか」
七ヵ国あるから、全部にレクチャーして一週間。
そのあと、実践練習にまた一週間だ。
合計で二週間休みなしのスケジュールになってる。
十四連勤とか、労働基準法があったら完全にブラック企業だ。
そりゃ文句も出るか。
「ゴメン、ミランダ。休みを考えてなかった。各国に掛け合って、最初の一週間が終わったら休みをもらうよ」
「そんなこと言ってんじゃないわよおっ!」
「「ええ!?」」
「たしかに連合軍にバイブレーションソードの指南をしてくれって言われたわよ!? でも、こんな人数だとは聞いてない!!」
うん? 連合軍なんだから、これくらいの数だろ?
「そんなに不思議なことかい? 連合軍全員じゃないんだから、こんなもんでしょ?」
ほら、トニーだってミランダの言いたいことが分からなくて戸惑ってるよ。
「ウォルフォード君はともかく、フレイド君までおかしくなってる!?」
「それは非道いな、シンとだけは一緒にしてほしくなかった」
「トニーもヒデエなっ!」
おかしくなってるってなんだよ?
そんなにおかしいこと言ったか?
「はあ……二人とも全然理解してない……やっぱり英雄扱いされると違うのかしら?」
「なんだい? 僕は自分ではまだ普通だと思ってるんだけどね」
「普通って。トニー、お前魔法に加えてバイブレーションソードを使っての近接戦闘までやってんじゃん。攻撃力でいえば、ウチの四席だからな?」
次席はオーグで、三席はマリアだ。
「うそ?」
「ホント」
「……天上人の会話だわ……」
ミランダが呆れた声を出す。
「あのね、世界に名だたるアルティメット・マジシャンズの首席様と四席様には分からないでしょうけど、アタシはまだ騎士学院の生徒なの」
俺達もまだ魔法学院の生徒だけど……。
「騎士のタマゴなの。ヒヨッ子にすらなってないの。それなのに……」
そこで言葉を切ったミランダは、バイブレーションソードの使い方を教わるために集まった騎士さん達を見る。
第一回目に集まってるってことは、ここで教わったことを部下に指導していく立場の人達。
隊長格ってことだ。
「こんな、本来アタシの上司になるような人達に指南することすらおこがましいのに! しかもそれがこんな人数なんだよ!? 荷が重すぎるよ!!」
ああ、そういうことか。
騎士としては、皆ミランダより高みにいる人ばかり。
一人二人ならともかく、それを自国だけでなく他国までこんな人数を指南するとは思っていなかったと。
「ああ……胃が痛い……」
「大丈夫か? 治癒魔法かけてやろうか?」
「嫁とおんなじ行動とってんじゃないわよ!」
それは覚えてたか。
でも、そうか。ミランダからしたら、ここにいるのは皆未来の上司。
他国の騎士達は自分よりはるか高みにいる人達。
そんな人に教えるなんて、そりゃ胃も痛くなるか。
「あー、悪い。そこんとこ全然考えてなかった」
「まったく、そんなことだろうと思いましたよ」
ミランダに謝ったら、違う方向から声をかけられた。
「あ、クリスねーちゃん、ガストール局長も」
「うむ。色々と無理を言って済まないな、ウォルフォード君」
クリスねーちゃんと、騎士団総長で軍務局長のドミニク=ガストールさんが連れだってやってきた。
「あれ? クリスねーちゃん、近衛でしょ? なんでここにいるの?」
クリスねーちゃんも戦場に出るのだろうか?
「あなたのことだから、ウォーレスになにも説明しないで連れてきたのでしょう?」
「失敬な、説明したよ?」
「なんと言ったのです?」
「魔道具の使い方を教えるだけの簡単なお仕事ですって」
ありのままを話したら、クリスねーちゃんが額を押さえて深い溜め息を吐いた。
「シン。ガストール局長やオルグラン師団長ですら頭が上がらない、賢者様、導師様、剣聖様に指導を受けたアナタと、他の人間は違うのですよ?」
「確かにその通りだがな……もう少し言い方があるだろう? ヘイデン」
俺の師匠連に頭が上がらないと言われたガストール局長が、こめかみをピクピクさせながら、クリスねーちゃんに他の言い方をと修正を求めた。
「事実ではないですか?」
「確かにその通りなんだがな! はあ……もういい……」
「そうですか? まあそれはともかく、ウォーレスは最近剣聖様に指導を受けているとはいえ、まだ騎士団に所属すらしていないのです。配慮してしかるべきでしょう?」
クリスねーちゃんにサラリと流されてしまったガストール局長が項垂れている。
軍務局長の扱いが雑だなクリスねーちゃん。
それはともかく、確かにミランダに対する配慮は足りなかったかも。
「ごめんなミランダ」
「はあ……もういいよ。そもそも、ここに並んでいるってことは、皆さん納得済みってことでしょ?」
「そうなの? クリスねーちゃん」
「そうなんですか? 局長」
「ウォルフォード君はともかく、なぜお前が疑問形なのだヘイデン……その通りだよ。今回、魔人との決戦に向けた魔道具、バイブレーションソードの使用方法を伝授するのは、ウォルフォード君達三人だとすでに通達している」
ここにいるってことは、その通達を聞いた上で、納得して並んでるってことか。
「だそうだ、ミランダ」
「もう、分かりましたよ! 教えればいいんでしょう! 教えれば」
「安心しなさいウォーレス。貴女だけでは荷が重いだろうと、私が参じたのです。もっと肩の力を抜きなさい」
「はい! ありがとうございます、クリスティーナ様!」
さっきまで悲嘆にくれていたミランダが、クリスねーちゃんの参加を知って急に元気になった。
まあ、プレッシャーに押しつぶされて青くなってるよりいいか。
こうして、対魔人&災害級の魔物との決戦に向けた特訓が始まった。
「む? こうか?」
「はい、そうです。難しいのは、魔道具を起動しながら剣を振るうというそのことに尽きます。慣れてしまえばどうということはないんですが……」
「むう……なまじ剣技が体に染みついておるから、体を動かすときに魔道具の起動を切ってしまうな」
「そこはもう、慣れて頂くしか……」
少し懸念していたミランダは、意外とうまく騎士達にバイブレーションソードの使い方を指南してる。
しかし、意外とバイブレーションソードの扱いに四苦八苦している人が多いな。
元々騎士になる人は、魔法使いの素質が無い人が多い。
トニーみたいに魔法使いの素質がある人もいるけど、魔道具を起動しながら剣を振るうってことに戸惑っているのが見て取れる。
「ダメですね先輩。こうですよ、こう」
「……お前は、なんでそんなに扱いが上手いんだ?」
「これのナイフバージョンは、随分前にシンに貰いましたからね。結構使って慣れているんです」
ミランダ一人で年上の騎士達を指導するのは大変だろうと、フォローに入ったクリスねーちゃんが意外なほどバイブレーションソードを使いこなしてる。
その姿を見て、先輩騎士も負けじと剣を振るう。
お。今のは起動したままちゃんと振れたな。
「難しいのはそれくらいです。あと、気をつけないといけないのが、横からの衝撃ですね」
「横から? そうか、この剣に使われている剣は薄刃の剣だ。横から衝撃を受ければ……」
「はい。簡単に折れてしまいます」
「そうか。しかし、こうなるとアールスハイド軍の制式装備を、このエクスチェンジソードに変更していたのは好都合だったかもしれんな」
アールスハイド軍の制式装備は、柄の部分は俺とトニーが使っているものと同一で、剣の部分だけ違う。
俺とトニーが使っている金型があるから、それを使えばバイブレーションソード向けの薄刃の剣が大量に作成できる。
バイブレーションソードは鍛造でなくていい。鋳造でいいんだ。
「それにしても、魔王殿は凄いな。これだけの量の魔道具を、この訓練に間に合わせてしまうのだから」
「そうですね。正直、色々と意味の分からない人です。凄すぎて、最早嫉妬心すら生まれませんよ」
今回の大量発注に伴い、ビーン工房では、昼夜を問わない二十四時間体制でバイブレーションソード用の薄い剣を用意した。
そっちも大変だったけれど、それに魔法効果を付与するのは俺一人。
正直、マッシータの話を聞いてあるものを開発していなかったら、絶対に気が狂ってたね。
それくらい、大量に付与した。
「ウォルフォード君。答えられる範囲でいいのだが、質問していいかい?」
「どうぞ」
さすがにガストール局長に教えるのは、トニーとミランダでは荷が重いとの事で、俺が教えている。
その局長から質問があると言われた。
「これだけの量をこれだけ短い期間で、どうやって付与したんだい?」
「それは秘密です」
いきなり答えられない質問だ。
今回、短期間に大量の付与をすることができた方法は、実は固く口止めされている。
「教えられない?」
「ええ、ばあちゃんから固く口止めされてますので」
「そ、そうか。ならば聞かん。むしろその質問を忘れてくれ」
魔法師団長だけでなく、騎士団総長まで。
どんだけばあちゃんが怖いんだ。
「べ、別の質問をしてもいいかな?」
「それも答えられるかは分かりませんが……」
「いや、導師様の意向に背くことではないよ! うん! 質問というのは、明日以降に訓練を行う他国のことだ」
「他の国?」
「うむ。我が国の騎士団の剣に付与をしたのと同じペースで、他国の武器にも付与を施すことはできるかい?」
これくらいならいいかな?
「ええ、可能です」
「……本当に凄いな君は」
「そんなことないですよ」
この短期間に、大量の付与ができた要因。
マッシータの話がヒントになったその方法とは……。
付与の転写機を作ったこと。
まず始めに、イメージを込めた『超音波振動』の文字を、付与しやすい鋼の板に付与。
そして、その板と合わせるように『概念転写』と付与したもう一枚の鋼の板を『接続』と付与した魔物化した蜘蛛の糸でつなぐ。
それを、魔道具を起動しながら剣に押し当てると……。
バイブレーションソードのできあがりだ。
これは、直接文字を書き込んだり彫ったりしているのではなく、イメージを込めた魔力で文字を書き、それを付与したいものに付与する魔道具の作り方ならではの方法だ。
その付与転写機を作ったとき、ばあちゃんは今までの中で一番驚愕していた。
そして、それを絶対に口外するな、見られるな、これは絶対守れと鬼の形相で言われたことを思い出す。
今思い出しても恐ろしい……。
しかし、ばあちゃんに言われるまでもなく、この魔人との戦闘が終われば廃棄する予定の道具である。
なんせ『誰もが』簡単に鉄が切れる剣を『誰でも』大量生産できてしまう魔道具だから。
ばあちゃんが一番懸念してたことを、具現化してしまう魔道具を作ってしまった。
だが、これを作らなければ訓練に間に合わないというのも実情。
ばあちゃんには、戦後すぐに廃棄することでなんとか了承を貰った。
他国の剣に付与を施すときは、天幕を張り見張りを立て、その中で付与を行うことになってる。
絶対に見られる訳にはいかないからな。
それを考えると、正直俺が訓練に参加できるのって、最初のアールスハイドだけだな。
後はトニーとミランダに頑張ってもらわないといけない。
ああ、さっきの様子だと、クリスねーちゃんも戦力になるかな?
とにかく、今回の俺の一番の仕事は、各国騎士団が使用するバイブレーションソードを人数分そろえること。
各国には、なるべく刃の薄い剣を用意してもらうように依頼してあるので、剣は用意できるだろう。
そうだ。後で転写機と同じ要領で『付与取消』の効果の魔道具も作らないとな。
本当にマッシータ様々だ。
正直、今回の作戦で一番の問題だったのは、このバイブレーションソードの大量生産そのものだった。
それに目途が立った今の時点で、実は俺にはもう一つ考えなければいけないことがある。
それは……。
「ところでウォルフォード君、話は変わるのだが……」
「なんでしょう?」
「……シュトロームには勝てそうかね?」
それがまさに、俺が今考えなきゃいけないことだ。
「そうですね……どうでしょうか? 以前に警備隊の詰所でやり合った時は互角でしたけど……」
「正直……世界の命運を十六歳の少年に委ねなければいけないのは、我々大人としては痛恨の極みだ」
本当に申し訳なさそうな顔でそういうガストール局長。
「だが、今のこの世界でシュトロームに勝てる見込みがあるのは君だけだ。どうか……どうか頑張ってほしい」
そう言って、俺の手を力強く握るガストール局長。
「局長……分かっています。これに負けたら、比喩ではなく本当に世界が滅んでしまう。そんなことはさせません」
勝負に絶対はない。
だけど、俺はあえて使った。
「絶対に勝ちます」
「……そうか」
ガストール局長はそれだけ言うと、すぐにバイブレーションソードの訓練に入った。
半分は意地でそう言ったけど、実際シュトロームに勝つにはどうすればいいのだろう?
警備隊の詰所でシュトロームとやり合ったときの感触でいえば、シュトロームは本気ではなかったと思う。
もちろん、俺も周りへの被害も考えて全力での魔法行使は控えた。
つまり、お互いが手の内を隠したまま戦った訳だ。
今度は魔人領で、旧帝都が戦場だ。
もうすでに人間の住んでいない都市。
周りへの被害は考えなくていい。
おそらくお互いの全力を出しての戦いになる。
そうなったとき、俺の全力は、シュトロームの全力に届くのだろうか?
……あまり気が進まないけど、あの魔法を試しておくべきかな……。
魔法効果の指向性という、俺にとっての安全装置はできた。
あとは試してみる必要があるのだが……。
「やっぱアレも検証しないとダメかな……」
対シュトローム用の魔法を試してみるのと同時に、もう一つ確かめておきたいことがある。
それが実証されれば、シュトローム戦は有利に進められるはずである。
新しい魔法も検証も、どちらもあまり気乗りしないことではあるけど……。
試さないで後悔するよりいいだろう。
この訓練が終わったあとは、その実験と検証に取り掛かろうと、今後の予定を決めた。
参加した騎士さん達はバイブレーションソードの使い方の習得に四苦八苦していたが、結局難しいのは魔道具を起動しながら剣を振るうということだけ。
難しいことがそれだけであるならば、歴戦の騎士達は皆あっという間にバイブレーションソードを使いこなし始めた。
そして。
「よし。各自この剣の特性、使い方は熟知したな?」
『はっ!!』
「よろしい。それでは各自自分の部署に戻り、部下達にこの剣の使い方を教えていけ」
『はっ!!』
朝から始めた訓練は、昼過ぎには全員が剣を使いこなせるようになったので終了した。
そして、俺が大量に付与した剣を持って帰る。
それぞれ何本所持するのか、全て細かくチェックするのを忘れない。
全てが終わったあと、このリストをもとに剣を回収、付与を取り消す予定だからだ。
このチェックに、とにかく皆神経を使っている。
そういえば、結局剣の管理とガストール局長に教えただけで、俺ほとんどなにもしてないわ。
「ふう……滅茶苦茶緊張したけど、なんとかうまくいきそうね?」
「そうだね。クリスティーナ様も手伝って頂けましたし」
「実は、メリダ様の要望を受けて、ガストール局長についてきたのですよ」
ミランダが安堵の息を吐き、トニーが急遽参加したクリスねーちゃんを労うと、そのクリスねーちゃんから意外な言葉が出た。
「ばあちゃんの要請? なんで?」
魔導具の使い方を教えるだけなら、俺らだけで十分だと思うけど。
「だってシン。アナタ……」
そう言いながら、自分の剣に視線を落としたクリスねーちゃんは、もう一度俺の顔を見て言った。
「明日から毎日、何百、何千という付与を行わないといけないんですよ? 訓練に参加できると思っているのですか?」
「はあぁ……それが憂鬱なんだよな……」
実際、そんな光景は見たことないし経験したこともないけど、大量に山積みされた書類にハンコを押していく、マンガみたいな光景が展開されるんだろうな……。
「要は魔導具の使い方のレクチャーだけですからね。他国の許可が得られれば、すでに習得した者が教える側に回ることも可能です。ですから、バイブレーションソードの指導は私たちに任せて、シンは魔導具の付与に全力を傾けなさい」
「はーい」
他の国の人に教わるということをよしとするかは分からないけど、許可してくれたらそれが一番早い。
頼んでみようかな。
そう考えていると、ミランダとトニーが俺とクリスねーちゃんのことを見ていた。
「なに?」
「ウォルフォード君とクリスティーナ様って、本当に姉弟みたいね」
「羨ましいねえ」
そうか、クリスねーちゃんは騎士団のアイドルとまで言われている人だ。
騎士学院生のミランダと、元騎士のトニーからすれば憧れの存在だろう。
「そうですね。もう何年も面倒を見ているのです。手間はかかりますが、可愛い弟ですよ」
「ジークにーちゃんもいるしね」
「「羨ましい!」」
もう一人、兄もいると告げると、ミランダとトニーの二人は羨ましいと言い、クリスねーちゃんは思い切り嫌そうな顔をした。
「アレは身内ではありません」
……本当に仲が悪いな、二人とも……。