他にもいました
今回の話で、シンが断定していることがいくつかありますが、あくまで物語上の設定です。
現実にそうであると主張している訳ではありません。
あらかじめ、ご理解下さい。
俺以外の転生者がいた。
いや、正確には、俺以外に前世の記憶を取り戻した者がいたと表現した方がいいか。
過去に存在した天才魔道具士、コーノ=マッシータが作ったとされるハイスペック魔道具『市民証』に付与された文字を調べたところ、浮かび上がった文字はまさかの日本語だった。
この文字を見た瞬間、市民証のハイスペックさも理解できたが、同時にいくつかの疑問も出てきた。
まず、マッシータが存命していたのは二百年も前である。
俺の前世の記憶から二百年前といえば、まだ江戸時代だ。
確か、ペリーが浦賀に来航したのが一八五三年であったから、それよりも三十年以上も前である。
ペリーの来航は『いや、誤算』の語呂合わせで、なんとなく覚えてた。
となると、出てくる疑問がある。
まだ鎖国中である江戸時代の日本人に、市民証のような個人認証システムを思い付けるとは思えない。
ということは、マッシータは俺の前世時代と近い時代から転生したと思われる。
しかし、転生したのは今より二百年も前だ。
これはどういうことなんだろう? 転生に時系列は関係ないのか? それともこの世界と、俺が元いた世界では時間の流れが違うのだろうか?
こればっかりは、魔石の時みたいにこれが答えだ! っていうのは出せないな。
輪廻も含めて『世界そのものの謎』だ。
これの答えを知っているのは、それこそ神様しかいない。
今回のことで分かったことといえば……。
輪廻は地球とこの世界とで廻っている。
時系列は関係なさそう。
これくらいかな。
ひょっとしたら、また別の世界とも輪廻は繋がってるかもしれないけど、それは実証のしようがない。
それにしても、偶々覚醒したのが日本人か。
他の国からの転生者もいたんだろうか?
いたとしても、前世の記憶が甦るなんて、そんなことそうそうあるんだろうか?
俺とマッシータは本当にレアケースで、偶然一致するなにかがあったのだろうか?
そういえば、トムおじさんに貰った本には、マッシータの他にも昔の偉人とか英雄とかの話がいくつかあった。
その話の中に、実は覚醒した転生者の話があったり……
「あ、もしかしたら、あれって……」
いくつか所持している本を思い返しているうちに、ある一つの本を思い出した。
それは、マッシータが活躍した時代の少し後、アールスハイドの海で活躍した男の話。
「えっと……確か持ってきてたはずだけど……」
俺は本棚の本を探しながら、その話のあらすじを思い出していた。
それは海運業を営む男の話で、今では広く知られた方法だが、当時は誰も考えつかなかったある方法で海を駆け抜け、財産を築いた男だった。
その波乱万丈に富んだ人生は、物語として本になっている。
「あ、あった!」
ようやく本棚から目当ての本を探し出し、その表紙を見た。
「これ……多分、元アメリカ人だろ……」
そこに記載されているタイトルは……。
『ソーロ船長とイーグル号』
主人公であるハリー=ソーロの幼少期がプロローグとして語られ、イーグル号という機動性に富んだ小型の帆船を、船大工と共に自ら建設し海に出た男の物語だ。
始めは、その自分で造った船の小ささから同業者に馬鹿にされていたソーロだったが、彼は全く気にしていなかった。
なぜなら、彼には秘策があったから。
その秘策とは……。
風の魔法を、帆船の帆に当てて船を動かすというものだ。
今でもそうだけど、魔法とは攻撃というイメージが強い。
当時の人達に、船を動かすために魔法を使うという発想はなかった。
そんな誰も思いつかない方法で船を動かすソーロは、どの船よりも高速で船を動かすことができ、小さい船ながら瞬く間に海運業でのし上がっていく。
だが、その道のりは順風満帆とはいかず、妨害をする同業者達や、航海の途中で襲ってくる海賊。
いかな高速船とはいえ嵐には勝てず遭難したり、その時に辿り着いた無人島で古い海賊の宝を見つけたり。それを狙って、海賊や商人、貴族まで巻き込んで大騒動になっていったり。
どこまでが本当でどこまでがフィクションかは分からないけど、そのソーロ船長の心躍る冒険譚を、幼い頃の俺はワクワクしながら読んでいた。
当時の俺は、自分以外の転生者がいるなど夢にも思っていなかった。
けど、マッシータという俺以外の転生者を見つけてしまった。
なら、他にも転生者がいるのではないかと、そういう視点で物語を思い返すと、まさにこの物語がそれに当てはまるのではないかと思ったのだ。
今では当たり前の技術だが、当時は誰も帆船の帆に風の魔法を当てて推進力を得ることなど、思い付きもしなかった。
ソーロ船長が使い出してから爆発的に広まり、今や船乗りたちの常識となっている。
その結果、この世界の帆船は、前世の帆船とは比べ物にならないくらいのスピードが出る。
ここで注目すべき点は『誰も思いついていなかった技術を、当然のように使い始めた』ことだった。
当時、まだ誰も行っていないことを、海に出ていきなり使用するなんてあり得るだろうか?
恐らく、海に出る前から風の魔法をそういう風に使おうと決めていたんだろう。
そして、風の魔法を使用するなら、それを前提とした船が必要だった。
だから自分で船を造った。
つまり『最初から知っていた』んだ。
そして、幼少期のプロローグにある記述。
『ごく普通の少年だったソーロが、ある日誤って崖から転落し瀕死の重体に陥った。何日も昏睡状態が続き、もう目覚めることはないかと皆が諦めかけたその時、ソーロは奇跡的に目を覚ました。その後、ソーロは突如天才となり周囲の大人達を驚かせた』
……これは、俺とソーロ船長の共通点だ。
俺も赤ん坊の時に、両親だと思うけど一緒に移動していた馬車が魔物に襲われた。
その際に、俺は衝撃から仮死状態に陥り、魔物の目を掻い潜ることができた。
そして、爺さんに助けられて仮死状態から回復し、命を取り留めた。
前世の記憶というものを思い出したのもその時だ。
おそらくソーロ船長もそうだったんだろう。
崖から落ちて瀕死の状態……死の一歩手前まで行った。
そしてその状態から回復した際に、前世の記憶も一緒に思い出したのではないだろうか?
さっき考えた、俺とマッシータとの共通点。
ソーロ船長と俺にはそれがあった。
しかし、ソーロ船長の本には幼少期の話が載っているが、物語に出てくるマッシータは登場時からすでに成人している。
幼少期のエピソードが物語の中で書かれていないのだ。
それが分かれば、共通点が見えてくるかもしれないのにな。
なにか、そんなエピソードが載っている本はないか……。
あ、そうだ。
ばあちゃんが、昔マッシータのことを色々調べてたって言ってたな。
もしかしたら、幼少期のマッシータの話とか知ってたり資料を持ってるかもしれない。
明日、ばあちゃんに聞いてみよう。
それはともかく、このソーロ船長が覚醒した転生者だと確信した最大の理由。それは……。
「……隼じゃマズイから鷲にしたのかな?」
ソーロ船長だしな!
「マッシータの幼少期の話?」
「うん。ばあちゃん、マッシータのこと調べたんだよね。そういう話とか知らないかなって思って」
「急にどうしたんだい?」
マッシータが転生者だと知った翌日、俺はばあちゃんにマッシータの幼少期の話を知らないかと聞いてみた。
案の定、なんでそんなこと聞くのかと訝しがられた。
「昨日、久し振りにマッシータの本を読んでみたんだよ。そしたら、ソーロ船長の本には子供の頃の話が載ってるのに、マッシータの本には載ってないなって思ってさ」
「ああ、そういうことかい」
最近、俺がなにかしようとすると、ばあちゃんが過剰に反応するんだよな。
「そういえば、マッシータの幼少期の頃の話は本には載ってないね」
「なんで? ソーロ船長の本には載ってるのに」
「ソーロは子供の時から神童だって言われてたからね。幼少期のエピソードも結構あるのさ。だけどマッシータは、成人して初めて魔道具を作るまであまり目立った動きをしていないんだよ」
……ソーロ船長の中の人……自重しなかったな?
マッシータは、子供の内から目立つような行動をしちゃまずいと思って自重したんだろう。
でも、そうなると幼少期の話なんて出てこないか……。
「ただ、マッシータの日記なら持ってるね。それでもいいのかい?」
「そんなの持ってんの!?」
「ああ、マッシータは付与魔法の技術は継承しなかったけど、ちゃんと子孫は残していたのさ。その子孫が、偉大な先祖の日記を代々受け継いでいたんだよ。それを戦火から逃してくれと頼まれて預かったのさ。マッシータはマメな人間だったらしくてね、幼少期からの日記が残ってるよ」
へえ、そんなことが……え?
「預かった? でも、今でも持ってるんだよね?」
「持ってるさ。返したくても返せなくなったからね」
「返せない?」
「帝国の侵略さ」
あ、そうか。マッシータの生まれた国は帝国に侵略されていたんだったか。
こんな時こそ出番だろ、ソーロ船長!
……やめとこ……。
「その国が帝国に侵略された後、情勢が落ち着いた頃にもう一度行ったんだけどね、残念ながらマッシータの子孫達は……」
そう言って首を振るばあちゃん。
そんな、消された……のか。
マッシータの子孫ってだけで……。
帝国は、昔からそんな理不尽だったのか。
「マッシータの遺した魔道具を使って、帝国軍を相手に大暴れしたらしくてね。かなりの死傷者を出して、帝国が怒り狂ったんだよ。だけど、最後は多勢に無勢。マッシータの遺した魔道具も全て壊れて、あえなく全員討ち取られたって訳さ」
そりゃ狙われるわ。
っていうか、マッシータの魔道具が残ってないの、子孫のせいだった。
「さて、マッシータの日記だったね。ちょいとお待ち」
ばあちゃんはそう言うと、自分の異空間収納の中をゴソゴソと探し出した。
「ああ、あったあった。これだよ」
「わ! さすがに子供の時からの日記だね、結構な量だ」
「貴重な資料だからね、大事に扱うんだよ」
「うん。ありがと、ばあちゃん」
こうして俺は、マッシータの日記という非情に貴重で、俺にとって有用と思われる資料を手に入れた。
「ああ、それと」
「なに?」
「一部、暗号みたいな文字が書かれているけど、残念ながら解明できてなくてね。なんて書いてあるのか分からない箇所があるからね」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、そこは読み飛ばすよ」
「そうしな」
ばあちゃんから、日記に記載されている内容について聞いた後、早速自分の部屋に行ってマッシータの日記に目を通す。
幼少期の日記は、やっぱり子供の字だ、割と読みにくい。
だけど、ある日からしばらく日付が飛び、しばらくぶりに更新された日記の文字は……。
「……格段に綺麗になってる」
子供が書いたとは思えない、綺麗な文字が書かれていた。
そして、しばらく日記が更新されなかった理由について書かれている。
それは……。
『その時の記憶は定かではないが、どうやら私は馬車に轢かれたらしい。頭を強く打ち、死の淵をさまよっていたようのだ。そして目覚めてみると、今の私と昔の私が混在している……私は、この事実を受け入れることができていない』
そう書かれていた。
……日本語で。
「やっぱり……」
マッシータにも死の淵から帰還した経験があった。
それに、ばあちゃんの話を聞いた時からピンときていたけど、暗号のような文字とはやはり日本語だった。
死の淵から蘇り、前世の記憶が蘇ったところの記述は日本語で書かれてあった。
それ以外はこの世界の文字で書いてあるのだが、他人に読まれた時のことを考慮したんだろう、とても信じてもらえないような真実は、この世界の人が読めない文字で書かれていた。
でも、これで前世の記憶が覚醒する条件が分かった。
『幼少期に死の淵から帰還すること』
これで間違いないと思う。
その際に、極稀に前世の記憶が覚醒するんだろう。
全員が全員、覚醒する訳じゃない。
まあ……そんなこと分かってもどうしようもないし、絶対に知られちゃいけない。
なぜなら、この情報は悪用されると最悪なことになる。
悪用しようと考えたなら……。
子供を瀕死の状態に陥らせて、別の世界の記憶が蘇ることを期待しながら回復させる。
そういうことを考える奴が、多分出てくる。
まさに悪魔の所業だ。
そんなこと、絶対させてはいけない。
これは、永遠に封印しなきゃいけない真実だわ。
死ぬまでこの秘密は喋らない。
そう心に決めてマッシータの日記をばあちゃんに返した。
「どうだった? なにか面白い話でも載ってたかい?」
「いや、ほとんど本に載ってたね。それに所々載ってた文字は読めなかったよ」
「そうかい。そういえば……あの暗号、アンタが付与の際に使ってるオリジナルの文字によく似てるような……」
「気のせいだよ」
「……本当かねえ……」
ばあちゃんのジト目が怖い。
けど、これは絶対に知られちゃいけない秘密だ。
ついこの前までは、信じてもらえないし、なんだかカンニングがバレてしまう気分になるから言い出せなかった。
けど、今は違う。
絶対に知られちゃいけない理由ができた。
なんとかばあちゃんの不信の目を逃れ、また自分の部屋に戻ってきた俺は、今のこの世界での状況について考えてみた。
過去に二人、別世界の記憶が覚醒したと思われる者がいた。
それ以外で覚醒した者はいないと思われる。
思われるだけで、本当はいたのかもしれない。
今の世には、多分いないだろうな。
だって……。
今の世界に、目立った活躍をしてる人いないからね。