騎士学院の日常
アールスハイド王都にある三大高等学院の一つである騎士養成士官学院。
この学院は、騎士団の士官を養成する学院である。
騎士団の士官は指揮能力だけでなく、それ相応の実力も求められる。
そのため、生徒たちは日々辛く苦しい訓練を受けているのだ。
そんな伝統ある騎士養成士官学院で、今や騎士団のアイドル的存在であるクリスティーナ=ヘイデン以来、学院史上二人目となる女子生徒の学年首席が誕生した。
その名をミランダ=ウォーレスといい、同級生達は彼女に追い付き追い越すように日々切磋琢磨していた。
そんなある日。
「おい、ミランダ」
「なに?」
同じSクラスに所属する男子から声をかけられたミランダ。
何の用かと問いただすと、男子生徒は憤慨したように声を荒げた。
「何じゃねえよ!」
苛立った様子の男子生徒の叫びに、眉を顰めるミランダだったが……。
「いつになったら魔法学院の女子を紹介してくれるんだよ!」
「……」
その男子生徒の要望に、脱力感を感じてしまった。
二学年進級時に学年首席となったミランダは、その座を奪い返そうとする男子生徒から、常に勝負を挑まれるものと思っていた。
ところが、かけられるのは揃いも揃って魔法学院の女子を紹介しろという、男子の欲に満ちた言葉ばかり。
確かにミランダは、高等魔法学院の生徒でアルティメット・マジシャンズであるマリアと仲良くなり、今では親友と言っていい間柄だ。
女子との接点が少ない騎士学院の男子学生からすれば、同級生であるミランダが魔法学院の女子と接点を持ったという状況は、またとないチャンスに見えた。
そのため、ミランダの同級生達は執拗に魔法学院の女子を紹介しろと迫っているのだった。
「……はぁ」
「な、なんだよ?」
あまりに必死な男子学生の表情に、思わず溜め息を吐くミランダ。
騎士学院の生徒は、自らの肉体を鍛え剣技を鍛え上げるという性質上、対外的には質実剛健な気風だと思われがちだ。
だが、ここにいる生徒達は十五歳から十八歳。
思春期真っ盛りなのである。
しかも男女比を考えると、在学している男子生徒のほとんどは女子に飢えているのである。
ミランダは、そんな女子に飢えている男子生徒の一人にジト目を向けていた。
「あのさ、確かにアタシは魔法学院のマリアと仲良いよ。でも、他の魔法学院の知り合いの女子も全員アルティメット・マジシャンズなんだけど?」
「そ、そうなのか?」
「何? アルティメット・マジシャンズの女子を紹介しろっての?」
「い、いや、それは……」
アルティメット・マジシャンズといえば、今やアールスハイドだけでなく世界的にも知らない者がいないほどの存在である。
あまりに俗世間からかけ離れている存在であるため、アルティメット・マジシャンズの女子達は、半ばアイドル的存在になりつつある。
そんな存在に手を出したとなれば……。
「命知らずだね」
「むぐぅ……」
マリア達アルティメット・マジシャンズのフリーの女子達は常に彼氏募集中なのだが、世間は彼女達を神聖視し始めており、もし手を出す者がいたら世間からどのような制裁が加えられるか分かったものではない。
いつの間にか、マリア達にとっては非常に不本意な状況になっていた。
「くそぉ……せっかく女子とお近づきになれるチャンスだと思ったのに!」
自分に学年首席を取られた時以上に悔しがる男子生徒。
その姿の情けなさに溜め息を吐くミランダ。
「はぁ……だったらさぁ、その周りの目を納得させてやろうとか思わない訳?」
呆れながら、アルティメット・マジシャンズの女子達と見比べられても、遜色が無いように努力しようとはしないのかというミランダの言葉に、目を見開く男子生徒。
「そうか! アルティメット・マジシャンズの女子と付き合っても、文句を言われないような人間になればいいのか!」
その男子生徒の叫びに、周りで聞き耳を立てていた男子生徒達が反応した。
「おい! その話は本当か?」
「頑張れば、アルティメット・マジシャンズの女子を紹介してくれるだと!?」
「え? いや、そんなこと一言も言ってな……」
自分の言葉を曲解して受け取った男子生徒達に戸惑いの声をあげるミランダ。
「うおおおっ! 俺はやるぞおっ!」
「ふざけんな! 紹介してもらうのは俺だ!」
「いや俺だ!」
ミランダはそんなことは一言も言っていないのだが、とにかく女子とお近づきになりたいという強い願望がある男子生徒達は、ミランダの言葉をそう受け取り、突然張り切りだした。
その光景を見ていたミランダは……。
「……なんて馬鹿なんだろう……」
心底、馬鹿を見る目で男子生徒達を見ていた。
そして、勝手に盛り上がる男子生徒を見ながら、ミランダはある人の言葉を思い出していた。
『女子はここにもいるでしょうに、私は女子ではないのですか!!』
ミランダが尊敬してやまない、騎士団のアイドル、クリスティーナの叫びだ。
今では誰もが憧れてやまない騎士団のアイドルも、学院生時代は周りの男子から女子扱いを受けておらず、いまだにそのことを引きずっている。
ミランダは今、そのクリスティーナの言葉に心底共感していた。
「アタシも女子なんですけど……」
そのつぶやきを聞いた一部の男子生徒は、一瞬ミランダを見るが「何言ってんだコイツ?」という顔をした後、また騒ぎに戻っていった。
その態度に内心でブチキレたミランダは、絶対何があってもこいつらに女の子は紹介しないと心に誓っていた。
「この騒ぎは何事だ!」
ミランダが内心でそう誓っているとも知らずに、男子生徒達が騒いでいる教室に、教官の一人が入ってきて一喝した。
騎士学院の教官だけあって、筋骨粒々で迫力がある。
そんな教官の一喝で静かになった教室を見渡した教官は。
「まったくお前達は……もう少し栄光ある騎士学院の生徒である自覚を持て! 馬鹿者が!」
生徒達の恐れる教官に逆らう者などおらず、皆項垂れて静かになった。
その光景を、益々情けないなあと思っていたミランダに、教官が声をかけた。
「そんなことより、ミランダ=ウォーレスはいるか?」
「あ、はい! ここにおります!」
「学院長がお呼びだ。至急学院長室に行くように」
突然名前を呼ばれたことも驚いたが、その内容に更に驚いた。
学院長室への呼び出し。
驚きのあまり返事ができないでいると、教官が声を張上げた。
「返事はどうした!」
「は、はい! 了解致しました! ミランダ=ウォーレス、直ちに学院長室に向かいます!」
慌てて敬礼すると、ミランダは教室を飛び出し学院長室に向かった。
それを見届けた教官が教室を出ていった後、教室では残された男子生徒達が困惑していた。
「ミランダの奴、何したんだ?」
「分からんが……学院長に呼ばれるとか相当だろ」
「まさか……退学になったりしないよな?」
教官に呼び出されることはたまにあるが、学院長に呼び出されることなど滅多にあることではない。
男子生徒達の間で、学院長に呼び出されたミランダに対して心配する声があがる。
「ミランダが退学になったら……アルティメット・マジシャンズの女子との繋がりが……」
「ああ……そうなったら……」
「由々しき事態だな……」
相変わらず、女子のことしか頭にない男子生徒達であった。
「うぅ……一体何だろう?」
教室で、男子生徒達からあまりに非道い心配をされているとは知らないミランダが、学院長室の前で、何でこんなところに呼び出されたのかと不安に思いながら立っていた。
中々、学院長室のドアをノックできないでいたが、意を決してドアをノックした。
「はい」
「ミ、ミランダ=ウォーレスです!」
「おお、来たか。入れ」
「し、失礼します」
中から聞こえてきたのは意外にも上機嫌そうな学院長の声。
そのことに疑問を感じつつも学院長室のドアを開けて中に入る。
そこには、元騎士団員の学院長がいた。
引退してしばらく経つとはいえ、元騎士団員で、大きな体と戦場に身を置いてきた者独特の鋭い眼光を持つ学院長に気圧されそうになるミランダ。
「来たな、まあ座りなさい」
「は! し、失礼します」
そんな緊張しきりなミランダに気を遣ったのか、見た目とは裏腹に優しい言葉でソファーへの着席を促す学院長。
呼び出されたのになぜ? という疑問を浮かべながらもソファーに座るミランダ。
一向に固さの取れないミランダに対して、学院長は苦笑しながら声をかけた。
「まあ、急に学院長室などに呼び出されたのだ、緊張するなというのが無理な話かもしれんが、安心しなさい。別に君を罰しようと呼んだのではない」
「そ、そうなのですか?」
「なんだ? 何か罰せられるような心当たりでもあるのか?」
「い、いえ! 決してそんなことは!」
慌てて立ち上がったミランダを見て笑いながら学院長は話を続ける。
「はっはっは。そんなことは分かっている。たゆまぬ努力で学年首席にまでなった君のことは色々と聞いている」
「は、はぁ」
「アルティメット・マジシャンズの『戦乙女』マリア殿と懇意にしているとか」
「ご、ご存知でしたか」
「それに『魔王』ウォルフォード殿から、特別な武器を譲り受けたこともな」
そう言って、学院長はミランダの顔をジッと見つめた。
その視線に、ミランダは落ち着かなくなった。
何故なら、シンから譲り受けたバイブレーションソードという代物は、騎士団では邪道な武器として受け入れを拒否されている武器だったからだ。
そんな武器を譲り受け、使用していることを咎められるのではないか? いや、さっきは叱る為に呼んだんじゃないと言っていたし……でも、なんでそのことを今話すんだろう? など、色んな考えが頭のなかでグルグル回っていたのだった。
そんな混乱しきりなミランダを見て、フッと笑みをこぼした学院長。
「安心しなさい。叱ったり罰するために呼んだのではないと言っただろう?」
「で、では、どのようなご用件でしょうか?」
「うむ。先日、旧帝都にて災害級の魔物が多数出現し新しい魔人まで現れただろう」
「はい。今、王都中その話題で持ち切りです」
「そして、魔人の首魁、オリバー=シュトロームから人類の存亡を賭けた戦いを挑まれたこともな」
「はい……」
今、アールスハイド王都のみならず、世界中でこの話題で持ち切りだ。
人類の存亡を賭けた戦い。
それに勝利すれば人類の勝ち。
負ければ……。
「この戦いには、絶対に勝たなければならない」
「はい」
「そこで各国首脳が協議した結果……お前がウォルフォード殿から譲り受けたと言う武器。それを各国軍に配布することが決まったのだ」
「そ、そうなんですか……」
先日の首脳会議で決定した内容を、一学院生であるミランダに話す学院長。
話が見えないし、そもそもそんな超国家機密みたいなことを自分に話してもいいのだろうか?
聞いてはいけない話を聞かされた気がしたミランダは顔を引きつらせる。
そんなミランダの様子に気付いていないのか、更に話を進める学院長。
「うむ。非常に強力な武器だと聞いているのだが、その使い方の指南ができる人間がいなくてな」
そこまで聞いて、ミランダはやっと理解し始めた。
そして、ありえない結果を導き出したのだが、すぐさまその考えを頭から振り払う。
だって、自分が各国軍にバイブレーションソードの使い方の指南をするなんて……。
「そこで、普段からこの武器を使用しているウォーレスに、各国軍への指南をしてほしいという要望がきた」
「ありえない展開きた!?」
先程、あまりにありえない考えなので頭から振り払った考えを、学院長からそのまま提示された。
「なんだ。既に予想していたか。なら話は早い、しばらく学院は公休にしてやるから、存分に人類の為に働いてくるがいい。王城からの使いが自宅に来るそうだから、詳しいことはその使いの者から聞くように。話しは以上だ」
ミランダに意思決定の権限はないようで、既に決定事項であったようだ。
「し、失礼します……」
フラフラと学院長室を出たミランダはしばらく呆然としていたが、こうなった要因に思い至り、怨みを込めて呟いた。
「ウォ、ウォルフォード君めぇ……」
ミランダは、後でシンに対しての文句を言いに行こうと心に決めていた。