大変な間違いに気付きました
コミカライズ版『賢者の孫』の連載が始まりました。
そちらもご覧頂ければと思います。
よろしくお願いします。
「エカテリーナさんが刺された!? 一体どういうことさ!?」
ディスおじさんからの緊急連絡は、エカテリーナさんが刺されたという連絡だった。
『なぜそうなったのか、詳しいことは分からん。刺された傷自体は治癒魔法で治療中らしいのだが……』
そこでディスおじさんは、一度言葉を切った。
「なに? なにか問題があったの?」
『刃物に毒が塗ってあったらしい』
「毒!?」
『ああ。いくら治癒魔法をかけても衰弱していく一方らしい。そこでシン君に救いを求めてきたのだ』
くそっ! なんてことだ!
イースの治癒魔法使いは毒の治療ができないのか!?
「分かった! すぐに向かうから、向こうに話を通しておいて!」
『うむ。頼んだぞ。カーチェが害されたとなると、別の混乱が起こる。それだけはなんとしても避けなければいけない』
ついさっき、エカテリーナさんの終結宣言で作戦が終わるという話をしたばっかりなのに、まさかこんなことになるとは。
誰がなんのために、こんなことをしでかしたのか分からないけど、世界中に信徒がいる創神教の教皇が殺されたなんてことになれば、せっかく魔人騒動が治まっても平穏は迎えられない。
それだけは絶対避けなきゃいけない。
こんなことなら、あの首飾りを渡しておくんだった!
渡し忘れたことが悔やまれる。
「じいちゃん!」
「ウム。話は聞いておった、イースに向かうぞ!」
「お願い! じゃあオーグ、行ってくる!」
「シン! なんとしても教皇倪下をお救いしろ!」
「分かってる!」
爺さんが開いたゲートを通って、イースに向かった。
ゲートから出た先は、豪華な個室だった。
ゲートを出た爺さんは、迷わず部屋の扉を開けて出ていく。
「な! 何者だ!? 教皇倪下のお部屋から出てくるとは!」
あ、ここエカテリーナさんの私室だったのか。
扉の前を慌ただしく駆けていた護衛騎士と思われる人が、エカテリーナさんの部屋から出てきた爺さんを見咎めた。
そりゃあ、急に教皇の部屋から人が出てきたらびっくりするわな。
「ワシはマーリン=ウォルフォード! こっちは孫のシンじゃ! アールスハイド国王ディセウムの依頼によりエカテリーナの治療に参った! 今すぐ案内せい!」
「な、賢者様だと!? 見え透いた嘘を……」
「やかましいわ!! グダグダ言っとらんとさっさと案内せい!」
うおっ! 爺さんがマジギレした。
爺さんの周りに、あまりに濃密な魔力が渦巻く。
その様子に護衛の騎士さんは足がガクガクしてる。
「モタモタするな! もし間に合わずにエカテリーナが死んでみろ……貴様、八つ裂きにしてくれるからな!」
「ヒッ! だ、だが得体の知れぬ者を連れていく訳には……」
こんな怖い爺さんは見たことがない。
いまだに案内してくれない騎士の人に相当イラついてる。
だけど、騎士さんの言い分も分からないではない。
ディスおじさんからの依頼だけど、それを証明するものはない。
連絡しておいてと言ったけど、どこにゲートを開くかとか言ってなかったし。
どうする?
一刻も早く治療しないと手遅れになるかもしれない。
どうにかこの場を乗り切る方法がないか試案していると、豪華な法衣に身を包んだ神子さんが走ってきた。
あ、あれは!
「おい! シン殿はまだこられて……おお! シン殿!」
「お久しぶりです、マキナさん!」
「な!? マキナ大司教!? それでは、本当に賢者様と御使い様なのですか!?」
俺の顔を知っている、三国会談に参加していたマキナ大司教が、俺達を迎えに来てくれた。
「本当にすぐに駆け付けて下さったのですね!」
「当然です! すぐに教皇倪下のところへ!」
「ええ! こちらです!」
先導して走っていくマキナ大司教の後に続いて、俺と爺さんもついていく。
その際、騎士さんも一緒についてきたのだが、可哀想なくらい真っ青な顔をしていた。
「まさか、本当に賢者様と御使い様だったとは……私はなんということを……」
ブツブツ言いながらついてきているけど、今は騎士さんの相手をしている場合じゃない。
「マキナさん、教皇倪下の容態は?」
「ハッ、ハッ、え? ああ、刺し傷も相当深く、血を大量に失っております! ハッ、ハッ、も、もし傷が癒えても……」
それ以上は息があがって喋れないのか、絶望的な状況に言葉を続けられないのか、マキナさんはそこで口を閉ざした。
俺もそれ以上はなにも言えず、ただマキナさんの後に続いていた。
そして辿り着いたのは、謁見の間。
国家元首でもある創神教の教皇は、他国の使者を迎える時、謁見の間で迎える。
「謁見の間ってことは、犯人は……」
「ハアッ! ハアッ! え、ええ……国外の……ダームの使者です」
やっぱり、国外の人間だったか。
完全に息のあがったマキナさんが最後の力を振り絞って、謁見の間の扉を開ける。
「シン殿! 教皇倪下をなにとぞ! なにとぞお救いください!」
「はい! どいてください! 治療は俺が代わります!」
扉を開けてへたりこんでしまったマキナさんに後押しされ、謁見の間の人垣に向かって走り出した。
「おお! 御使い様! 御使い様が来てくださったぞ!」
「御使い様! 倪下を、教皇倪下をお救いください!」
マキナさんが、俺の名前を大声で叫んだことで、ここにいるのが俺だと皆認識したみたいだ。
次々に声をかけてくる人がいるけど、それに返事をしている暇などない。
人垣が割れ、そこに現れた光景は……血だまりに倒れるエカテリーナさんと、必死に治療をしている治癒魔法使いさん、そして……。
「フヒヒ! 俺は悪くない! 悪いのは、あんな小僧を神の御使いなんぞと認定した教皇が悪いのだ!」
騎士に取り押さえられ、奇声を発している犯人と思われる男だった。
「黙れ! この逆賊が!」
「属国の使者の分際で、よくもこのような蛮行を!」
取り押さえられている犯人にもイラッとするけど、騎士の方にも悪感情が芽生えてくる。
こんな簡単に凶行を許しておいて、よくも偉そうにしていられるものだ。
とりあえず、その事は後回しだ。
今はエカテリーナさんの治療に全力を注がないと!
「治癒魔法使いさんはそのまま治癒魔法を使い続けて下さい! 診察します!」
治癒魔法をかけ続ける治癒魔法使いさんの対面に座り、血の気の失われたエカテリーナさんを診察する。
魔力をエカテリーナさんの身体中に巡らせ、細胞の一つ一つまで知覚するイメージ!
その診察で分かったことは、刺されたのは腹部。
その際にいくつか内臓にまで傷を負っており、治癒魔法使いさんの魔法では治癒しきれていないこと。
さらに毒は全身に回っており、もういつ死んでもおかしくないということだった。
「!!」
そのことを認識した俺は、声をあげる暇もなく治癒魔法を発動させた。
まず、刺されて傷付いた内臓を、同じ臓器から細胞を培養させて修復する。
次に毒を浄化だ!
すでに全身に毒が回っているため、静脈を通して毒を浄化するイメージを流し込む。
静脈に流された浄化のイメージの魔法は、一旦心臓に戻り、その後全身へと巡っていく。
腹部の治療や、少し時間がかかるかもしれない血管を通して毒を浄化させる方法を取れたのはずっと治癒魔法をかけ続けてくれている人がいるからだ。
これなら完治しないまでも、現状を維持することくらいはできる。
治癒魔法をかけ続ける治癒魔法使いさんの横で、俺も浄化魔法をかけ続ける。
間に合え!
逝くな!
貴女はばあちゃんの弟子で、爺さんの生徒で、俺に自分を母と呼べと言った人だろう!?
こんな毒なんかで死ぬな!
必死の願いを込めながら毒を浄化させる魔法をかけ続ける。
それからどれくらい経っただろうか?
「お……おお……」
誰かが声を漏らした。
なんだ?
俺は毒を浄化させることでイッパイイッパイで周りが見えてない。
なにがあった!?
そう思ったその時。
「!?」
俺の頭を誰かが撫でた。
その手の主を追っていくと……。
「あ、ああ……」
そこには……。
「シン……くん……きてくれたの……?」
うっすらと目を開け、震える手で俺を撫でているエカテリーナさんの姿があった。
「エカテリーナさん! 良かった! 本当に……良かった……」
間に合った!
本当にギリギリだったけど、エカテリーナさんの命を繋ぎ止めた!
そう思ったら、目から涙が溢れた。
するとエカテリーナさんは、その震える手で俺の涙を拭ってくれた。
「あらあら……シンくんは……泣き虫ねえ……」
自分が辛いだろうに、俺を気遣ってくれるその声は慈愛に溢れ、本当に母親のように思えた。
そのことが、より涙腺を崩壊させ……。
『ウオオオオオッ!』
って! ビックリした!
「奇跡だ! 御使い様が奇跡を起こされた!」
「ああ! 教皇様! よくぞ! よくぞ御無事で!」
周りで事の推移を見守っていた人達が一斉に歓声をあげたのか。
自分の世界に入ってたから、超ビックリしたわ。
そのことで少し落ち着いた俺は、命を繋ぎ止めたとはいえ消耗の激しいエカテリーナさんを安静にさせるため声をかけた。
「教皇倪下は相当消耗されています。部屋に戻り安静にしないと……」
その時だった。
「おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれ! 貴様がシン=ウォルフォードか! 貴様のせいで! 貴様のせいでぇぇぇ!」
取り押さえられていた男が、急に大声をあげた。
って! この魔力は!?
「っ!? イカン! その者の首をはねろ!」
魔力を増幅させた男を見た爺さんが大声をあげて、男の首をはねるように指示を出した。
その言葉に反応した騎士が、教皇に凶刃を届かせてしまった汚名返上とばかりに直ぐ様剣を抜き、上段から降り下ろした。
その剣は男の首をはねるだけでなく、床にまでめり込んだ。
そんな勢いで剣を振り抜かれては、男の頭部が胴体と繋がっていることなどありえない。
皆が呆然とその男の遺体を見つめた後、自然とその指示を出した爺さんに視線が集まった。
そしてその爺さんは、皆に見つめられながら衝撃的なことを口にした。
「……危ないところじゃった……そやつ魔人化しかけとったぞ」
そうだ。
さっきあの男が発した魔力。
あれはカートが魔人化する前に発した魔力によく似ていた。
あのまま放っておいたら、おそらく魔人化していただろう。
「ま! 魔人化!?」
「なんと恐ろしい……」
「賢者殿に救われましたな……」
「シン殿は教皇倪下をお救いし、マーリン殿はまたしても魔人を倒すか。いやはや、英雄の一族ですなあ」
いや……トドメ刺したの騎士さんじゃ……。
なんか、周りがそれで盛り上がっちゃったから、そんなこと言える雰囲気じゃなくなったな……。
「そんなことより、早くエカテリーナを部屋に連れていかんか! これから絶対安静にしなければいけないのじゃぞ!」
色んな危機を脱したからか、どことなく浮かれ気分の周囲を爺さんが一喝した。
今日は爺さんの意外な一面をよく見る日だな。
いつもの好々爺からは想像もできない。
「は、ハッ! おい! 至急担架を……」
「ああ、いいです。俺が連れていくんで」
「は? え、いや、御使い様にそんなことは……」
「担架で運ぶよりこうした方が負担はないでしょ?」
そう言いつつ、エカテリーナさんに浮遊魔法をかける。
「あら……あらあら……」
「このまま部屋に運びます。すみませんが、流動食を用意してくれませんか? 教皇倪下に召し上がって頂かないと」
これから失った血を増やすために、骨髄から血液を作らなきゃいけない。
そのためには栄養を補給してもらわないと。
「は、はい! すぐに御用意致します!」
俺が浮遊魔法でエカテリーナさんを浮かせたところから唖然としていた周囲の中から、我に返った騎士の一人が慌てて謁見の間の外に走って行った。
「では教皇倪下、参ります」
「フフ……はい……お願いします……」
血が足りなくて辛そうだけど、なんとか微笑んで返事をしてくれた。
これなら、後は足りなくなった血を補ったら大丈夫だろう。
命の危機を脱したことで冷静になった頭でそんなことを考えていると、エカテリーナさんの治療にあたっていた治癒魔法使いさんが話しかけてきた。
「御使い様は凄いですね……私では教皇倪下のお命をお救いすることはできなかった……」
そんなことを、かなり落ち込みながら話してきた。
俺は、そんな治癒魔法使いさんの考えを改めてもらうため、言葉をかけた。
「なにを仰ってるんですか? 教皇倪下の命が救われたのは、間違いなく貴方のおかげですよ?」
「え?」
「教皇倪下を蝕んでいた毒は全身に及んでいた。それこそ、いつ死んでもおかしくない状態でした」
「そ、そんな状態だったのですか……」
エカテリーナさんが本当に危なかったと告げると、治癒魔法使いさんはガタガタと震えだした。
「しかし、教皇倪下は生きておられた。それは間違いなく、貴方が治癒魔法をかけ続けていたおかげです」
「そんな……そんなことは……」
「そうなんですよ。貴方がいなければ教皇倪下の命を救うことはできなかった。本当に感謝します」
これは紛れもない事実だ。
俺が毒を浄化させようとしている間も、ずっと治癒魔法をかけ続けていた。
あれがなければ多分間に合っていない。
そのことに自信を持ってほしい。
「ワシは、治癒魔法は簡単な怪我しか治せんからよう分からんが、シンが言うならその通りなんじゃろう。ありがとう、ワシからも礼を言わせてくれ」
「な! 頭をお上げ下さい賢者様! そんな、自分などに……」
そう言った治癒魔法使いさんは言葉を切った。
エカテリーナさんが、治癒魔法使いさんの手を握ったからだ。
「あなたの……治癒魔法がなかったら……私の命はありませんでした……ありがとう……」
そう言って微笑むエカテリーナさん。
「そんな……そんな……勿体のう御座います……勿体のう御座います……」
敬愛する教皇様に礼を言われた治癒魔法使いさんは、涙を流しながら勿体ないと言い続けていた。
そうして、さっき俺達が出てきたエカテリーナさんの私室に到着すると、爺さんが人払いをした。
「エカテリーナはまだ完治したわけではない。まだしばらく治療に時間をかけるから、ここから先はワシらだけにしてくれんか?」
「は、はい。かしこまりました。御使い様、教皇倪下のこと、よろしくお願いいたします」
「はい。分かりました」
そう言って部屋に入ろうとしたとき。
「け、賢者様! 御使い様!」
この部屋から出てきた時に、爺さんを見咎めた騎士さんが走ってきて……。
そのまま土下座した。
スライディング土下座とか初めて見たわ。
「先程は申し訳御座いませんでした! この罰は如何様にでもお受け致します! 申し訳御座いませんでした!」
そう言って謝罪してきた。
ああ、エカテリーナさんを救うためにきた人間を足止めしちゃったから責任感じてるのか。
確かにあの時は気が立っていたからイラッとしたけど、この騎士さんの行動は間違っていない。
どうしようか?
「ねえじいちゃん。俺達、なにか謝られるようなことされたっけ?」
「さあのう? 職務に忠実な騎士は見たがのう」
「え? は?」
白々しく惚ける俺と爺さんに、騎士さんは目が点になってる。
「さっきは済まなんだ。この子の危機じゃということで気が立っておったのじゃ」
「いえ、そんな……」
「落ち度があるのはこちらの方じゃて。許してもらえるかのう?」
「は、はは! 教皇倪下をお救い下さった御方を咎める者などおりませぬ! この度は失礼を致しました! それと、教皇倪下をお救いいただき、誠にありがとうございました!」
「ほ、それではエカテリーナの治療に入るでな。失礼するぞ」
「は!」
爺さんはそう言って俺達とエカテリーナさんの私室に入った。
部屋にあったもう一つの扉を抜けるとベッドルームになっており、そこにエカテリーナさんを寝かせる。
エカテリーナさんの様子を見ようとすると……なにやらクスクス笑っている。
「エカテリーナさん? どうしたんですか?」
「フフ、ウフフ。先生……うまく誤魔化しましたねえ……」
体は辛いけど、面白くてしょうがないみたいだ。ずっと笑っている
「む。なんのことじゃ?」
「先生のことだから……キレたんでしょう? だめですよ、また……師匠に怒られますよ……?」
エカテリーナさんには、爺さんが騎士さんに向かってキレたのがバレバレだった。
ベッドに寝ているエカテリーナさんに骨髄から血液を作るイメージの魔法をかけながら聞いてみる。
「なんでじいちゃんがキレたって分かったんですか?」
「さっきの騎士、急に現れた先生を足止めしたんでしょう? 昔の先生なら確実にキレてるシチュエーションですもの」
少しだけど、血液は戻ってきたらしい。
大分喋れるようになってきた。
「そうなんですか? 正直、あんなじいちゃんは見たことがなかったから、随分驚いたんですけど」
「あら、そうなの? 先生、シン君の前ではいいお爺ちゃんをしてるんですねえ」
またクスクス笑い始めたエカテリーナさん。
あ、爺さんのこめかみに青筋が……。
「そんなに元気なら、もう治療は十分じゃろう。シン、帰るぞ」
「え? あ、嘘、嘘ですよう。先生怒んな……あ、あら?」
立ち上がって帰ろうとする爺さんを留めようとしたのだろう。
ベッドから上体を起こそうとしたエカテリーナさんは、腕の踏ん張りが効かず、ベッドに突っ伏した。
「まったく……しょうがない子じゃのう。ほれ、大人しゅう寝とらんか」
「帰りません……?」
「ああ。ちゃんとそばにいてやるわい」
「へへ、ありがとう、先生……」
なんというか、先生と生徒というより、お父さんと娘って感じだな。
……いや、本当だったら、義父と義娘になってたのか……。
俺の治癒魔法と、爺さんがいることによる安心感。
そして、途中で用意された流動食を食べたことで、かなり体調が戻ってきた様子のエカテリーナさん。
今はベッドに上体を起こしている。
「それにしても、凄い治癒魔法ねえ。刺された傷が、もう治ってる。その代わりに、すごくお腹がすくけど……」
エカテリーナさんは、三回目のお代わりをしながらそう呟いた。
「エカテリーナさんの正常な細胞を培養して治療してますからね。失った血液も再生しなきゃいけないし、もっと食べてもらわないといけないんですよ」
「……さいぼう? ばいよう?」
あ、つい治癒魔法の原理について話しちゃった。
そんな話されても理解できないよな。
「先生、シン君の言ってる意味が分かりません……」
「安心せい、ワシもよう分からん」
「せ、先生も?」
「この子の頭の中はどうなっとるのか……ハッキリ言って、天才としか言いようがない」
「……それはジジバカが過ぎるのでは?」
「アハハハ!」
ジジバカ! 確かにそうかも。
「そんなことありゃせん。なんせ、メリダも同じ意見じゃからの」
「師匠も……なら本当にそうなんですね……」
「ちょっと待てい! なんでワシじゃとジジバカで、メリダじゃと納得するんじゃ!?」
「え? 師匠が孫を甘やかすとか……想像もできませんが?」
「むう……」
まるで見てきたかのように、ズバリ言い当てるな。
それだけ爺さんとばあちゃんの二人のことを知ってるんだな。
「それで、なんでシン君が天才だと?」
「お前にも見せただろう。あのゲートの魔法」
「ええ。あれには驚きましたわ。長距離通信機も驚きましたけど、あれはそれ以上でした」
「あの魔法、開発したのはシンじゃ」
「……え、ええええええ!? ゲホッ! ゲホッ!」
「ああ! エカテリーナさん!? 落ち着いて!」
相当驚いたのか、大声を出した後、盛大に噎せた。
しばらく噎せた後、ようやく落ち着いたエカテリーナさんは爺さんに話し掛けた。
「驚きました……てっきり、あれは先生が開発したのだと……さすがは先生だと感心していたのですが……」
そもそもゲートの魔法を知ってるのはアールスハイド以外ではほとんどいないからな。
「そういえば……通信機もシン君の発明だと聞きましたね……」
「確かに、ワシは魔法を、メリダが魔道具の製作を教えたがの。それを自分でここまで昇華させおったんじゃ。これを天才と言わずになんと言う?」
「確かにそうですわね……」
うむむむ、恥ずかしいから本人を前にしてそういうこと言わないでくれるかな?
それからしばらく治癒魔法をかけると、エカテリーナさんの体調もすっかり良くなった。
これで一安心だよ。
「ところでカーチェ。なぜこんなことになったんじゃ? 護衛騎士はなにをしておった?」
エカテリーナさんの体調が戻ったからだろう、爺さんが今回の件について質問し始めた。
それは俺も気になってた。
仮にも国家元首をこうもアッサリ襲撃することなんてできるのか?
それとも、護衛がよっぽど間抜けだったのか?
「そのことに関しては……完全に油断していた……としか……」
「油断?」
「ええ。ダームの指揮官が暴走したでしょう? そのおかげで魔人を取り逃がしかけて……」
「はい。じいちゃんがいなかったら、今頃アールスハイドはどうなっていたか……」
爺さんとばあちゃんが水際で防いでくれなかったら、今頃アールスハイドが戦場になってたかもしれない。
そう思うと、とんでもないことしてくれたよな。
「そのお詫びがしたいとダームの使者が言ってきたものだから、私達はその申し出を素直に受けたんです。私も、騎士も、ダームは元々創神教の本部があった国だから、一番の友好国だと思っていたので……」
ああ、成る程。
柔らかい言い方してるけど、ダームはイースでは属国扱いだと聞いてる。
イースの方が上位国だから、面倒事を起こした属国の使者を下に見ていたんだろう。
その隙をつかれたと。
「なんとも……情けない話じゃの」
「……返す言葉もありません……」
今のエカテリーナさんは、教皇猊下というより、先生に怒られてる生徒みたいだな。
爺さんに怒られてシュンとしてる。
それにしても、ダームの使者が叫んでいた言葉が気になるな。
「俺が御使いって呼ばれてることが気に入らなかったみたいですね……ダームの指揮官もそうだったらしいですし、ダームではそれが主流なのかな?」
俺が自分で名乗った訳ではないけど、こうまで否定されると凹むよな……。
「いえ、そんなはずないわ。シン君を御使いとして認定することは首脳会議で決まったと言ったでしょう? 当然その場にはダームの国王もいたわ。彼も二つ返事で賛成してくれたもの」
「じゃあ、あの使者の発言は?」
「それは……」
そう言うと、エカテリーナさんは黙ってしまった。
あの使者の言葉も気になるけど、もう一つ、もっと気になることがある。
「それに……魔人化しかけたでしょう? そんなに恨まれることですか?」
「確かに……あれだけで魔人化するとは思えん」
「以前カート……魔法学院で魔人化した男ですけど、彼も簡単に魔人化しました。でもあの時は……」
そこまで言って、何かが頭の中でカチリと嵌った。
「まさか……またシュトロームの実験に使われた?」
「……そうか、そのカートという少年。魔人の首魁の人体実験に利用されたんじゃったの」
「今回の事件の裏にも魔人がいたとしたら……」
それに、シュトロームは、王都でなにをしてた?
生物を魔物化する実験をしてたじゃないか。
とすると、先日オーグから持ち掛けられた疑問。
魔人の出現と共に災害級の魔物が多数現れるようになり、また見なくなったというのも、ここに答えがあるんじゃないか?
シュトロームは、生物を魔物化させることには成功した。
その次にしたことは、魔物の強制進化ではないのか?
だから、狡猾さの足りない狼の災害級であったり、見たことがない鹿の災害級であったり、魔物化しないと思われていたサイが魔物化したんじゃないのか?
ということは、シュトロームの実験はまだ終わっていないんじゃないか?
「じいちゃん……俺達、とんでもない思い違いをしてたかも……」
「思い違い?」
「シュトロームに進撃の意思はないかもしれない。でも、魔物に対する実験はやめてないかもしれない」
「それは……」
爺さんも否定できなかったんだろう。それ以上言葉を発することができなくなっていた。
俺は、この仮説をすぐにオーグに伝えようと思った。
その仮説があるかないかで、今後の対応も変わってくると思ったからだ。
「エカテリーナさん、体調はもう大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとう。すっかり良くなったわ」
「身体中の肉が少し少なくなっていると思いますから、よく食事をとって、運動もしてください。それで元に戻るはずですから」
「そうなの? せっかくおにくが減ったのに……」
「ある程度の肉付きがないと健康とはいえませんよ。それより、もう大丈夫なら戻っていいですか?」
「いいけど、さっきの話?」
「ええ。帰ってオーグと話し合わないと大変なことに……」
そこまで言いかけた俺の無線通信機のベルが鳴った。
「な、なに? なんの音?」
「あ、すいません」
突然鳴り響いたベルの音にエカテリーナさんが驚いているので、謝ってから着信に出た。
「もしもし? 誰? ああ、オーグか」
「え? む、無線!?」
あ、エカテリーナさんには言ってなかったっけ。
後ろで驚いているけど、丁度オーグに話しがあったからいいタイミングだ。
「丁度いいところに、話しがあった……」
『そんなことは後でいい! 今すぐ救援に来てくれ!」
「は? 救援?」
そう聞いた後、通信機の向こうから大きな爆発音がした。
「おい! 何が起きてる!?」
『魔人が! 魔人が現れやがった!』
「魔人だと!?」
なんで今頃……それに……。
「救援ってどういうことだ!? 魔人なら今まで散々討伐してきただろう!?」
『今までと違う! この魔人ども……』
この後、オーグは衝撃的なことを告げた。
『今までの魔人と、比べ物にならない程強い!』
外伝も更新しました。