王都を散策しました
王都にある家に着いたら、門番さんとメイドさんと執事さんがいました。
爺さんは、ディスおじさんが派遣してくれたって言ってたけど、この世界の使用人さんは派遣社員なの? ていうか、爺さんとばぁちゃんの三人で暮らすつもりだったからビックリだよ。
「こんなでかい屋敷に三人だけで暮らすなんてそんな訳無いさね。この屋敷の部屋も半分位は使用人の部屋さね」
そうなの? っていうか知ってたなら教えてくれても良かったのに。
「ほっほ、あまりにも当たり前の事じゃから教えるのを忘れとったわい」
そうか、これも常識なのか。
「常識がどうこうより、ちょっと考えれば分かるだろうに」
ばぁちゃんに呆れられてしまった。そりゃそうだ。ただ、前世では使用人がいるとか相当特殊な家だったからさ、馴染みが無いっていうか想像しにくいんだよ。
そうこうしていると、メイドさんの中から少し年配の女性が歩み出た。
「初めましてマーリン様、メリダ様、シン様。私このウォルフォード邸の女中頭を務めさせて頂きます、マリーカと申します。至らぬ所も御座いましょうが、精一杯お勤め致しますので宜しくお願い致します」
「「「「「「宜しくお願い致します」」」」」」
メイドさん達が一斉に頭を下げる。メイドさん達の服装は足首まである黒いメイド服に白いエプロン。スカートも短くないし、フリフリも付いてない。まさに作業着って感じだ。
当たり前か。ここじゃメイドはファッションじゃなくて立派な職業だ。着飾る必要は無い。
メイドさんを見ながらそんな事を考えていると、今度は壮年の執事さんが出てきた。
「お初に御目に掛かります。私この屋敷の執事長を務めさせて頂きます、スティーブと申します。この屋敷の事は万全に取り仕切りますので宜しくお願い致します」
「「お願い致します」」
メイドさん程多くは無いが執事さんもいた。てか、執事って何するんだろ?
「私は料理長を務めさせて頂きます、コレルと申します。皆様に満足して頂ける様に勤めます。宜しくお願い致します」
料理人までいるの? 何このVIP待遇? 俺は? 俺は一体何をしたらいいの?
「シン様は何もなさらなくて結構です。掃除、洗濯、料理と全て私どもにお任せ下さい」
「そ……そう言われても……今まで全部自分でしてたし、全部任せるのは申し訳ないっていうか……」
「そう申されましても、私どもも陛下より御下命を受けて参っております。ましてや英雄殿の御家族なのです、無下に扱う事など出来るはずも御座いません」
メイドさんに執事さん料理人さんまで大きく頷いてる。
ってディスおじさーん! 何やってくれちゃってんの!? それに爺さん達に憧れてるのか皆の爺さんとばぁちゃんを見る目が熱い。
若い人なんかは生まれる前の話だと思うんだけど……
「皆さん、ウチのじいちゃんの事英雄って言いますけど、スティーブさんやマリーカさんはともかく、他の皆さんはまだ生まれてない頃の話ですよね? 何で今だにこんな英雄扱いなんです?」
「それは当然で御座います。御二人の御活躍は物語になっておりまして、男の子も女の子も皆その物語を読んで成長致します。男の子はマーリン様に憧れメリダ様の様な女性と巡り会う事を夢見、女の子はメリダ様に憧れマーリン様の様な男性と巡り会う事を夢見るのです」
うわっ! 何か凄い事になってる。
そっと二人の様子を見ると……あ、羞恥で身悶えてる。
「それにその物語を題材にした舞台も御座います。初演より数十年、今だに一番人気の舞台でしてマーリン様役とメリダ様役を務める事が役者にとっての目標となっております」
物語だからな相当美化、脚色されてるんだろうなぁ。
「じいちゃん、ばぁちゃん、知ってた?」
「……本は発刊された時に貰って読んだよ……読みながら『誰の話だ?』と思った事を覚えておるわい」
「アタシは舞台に招待された事があるよ。アタシは周りからこんな風に見えてるんだと自己嫌悪に陥ったのを覚えてるよ」
爺さんとばぁちゃんは何かを諦めた様な顔をしていた。目に生気が無い。
更によく聞いてみると、この場にいるのは皆公募で集まって来たらしい。あまりにも応募者が殺到したので選抜試験が行われたそうだ。
相当熾烈な争いが繰り広げられたそうで、勝ち抜いて選抜された皆の顔は誉れに溢れていた。
使用人決定戦ってなんだよ!
そんな俺達三人にとって疲れる自己紹介が終わって、ともかく王都での暮らしがスタートした。
王都での生活は今までの生活から一変してしまった。朝は今までの習慣から早く起きてしまうが、狩りに出る必要も無いし朝食を作る必要も無いので早く起きてもやる事が無い。しょうがないので朝練をする。
コレルさん達が作ってくれた朝食を食べたら試験勉強をする。といっても内容は全部知ってる事なので試験範囲の確認と復習だ。
昼食を食べたらいよいよやる事が無い。王都をブラブラしてみたり、ゲートで荒野に行って魔法の練習をしたり、とにかく時間を潰すのが大変だ。
その中で王都の散策は一番時間を潰せた。街を散策するにあたってこの世界で生まれて初めてお金を持った。
この世界の通貨は硬貨のみだ。紙幣は無い。偽造出来ない紙幣を造る技術はまだ無いからだ。
硬貨の種類は、石貨、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨とある。
分かりやすく円に当て嵌めると
石貨=一円
鉄貨=百円
銅貨=千円
銀貨=一万円
金貨=十万円
白金貨=百万円
となる。
石貨と言ってもそこら辺に落ちてる石では無い。大理石っぽい石で出来ており、正直一円の価値では無い。その辺は日本の一円と同じだな。
まぁ、円換算もおおよそだし、必ずこの通りとは限らないけどね。
自分でまだお金を稼いでないので爺さんからのお小遣いだ。銀貨数枚と銅貨数枚を貰って王都散策に出た。
流石王都と言うだけあって広大だし、人も多いし、店も多い。屋台も沢山出ているので、串焼きを買い食いしながら街を歩き回った。ジークにーちゃんが言ってた魔道具屋にも行ってみた。
正直、ばぁちゃんの造る魔道具に比べてショボい上に高いのですぐに出たけどね。
そして街をフラフラしてると表通りから外れた裏通りっぽい所に出た。この辺にも色々と店はあるので、そこも冷やかして行こうかなと思っていると……。
「ちょっ! 止めて下さい!」
「アンタ達! いい加減にしなさいよ!」
「おぉコワ、そんな怒んなよぉ俺らと一緒に遊ぼうって言ってるだけじゃぁん」
「そうそう、俺らと遊ぶと楽しいぜぇ、ついでに気持ちいいかもなぁ」
「ギャハハ!違いねぇ!」
おお……なんとテンプレな……。
ただのナンパならそのまま見過ごそうかと思ったけど、どうも雲行きが怪しいな。何か無理矢理拉致されそうな感じだ。
辺りを行き交う人は目を逸らして素通りしていく。まぁ絡んでる男達は筋骨隆々で革製の鎧を身に付けてる。一般人では歯向かう事も躊躇われる相手だからしょうがないんだろうけどね。
「あーそこのお嬢さん。お困りですか?」
一応問い掛ける。これで勘違いだったら超恥ずかしいから。
「はい! 超お困りです!」
絡まれてる二人の女の子の内茶色いセミロングの髪をした子がそう叫ぶ。どんな返事だよと思いながら男達に近付く。
「なんだぁガキ! 何か用か!」
「おぅおぅ格好良いねぇ、正義の味方気取り?」
「ハッ! 俺ら魔物を狩ってコイツらを守ってるんだぜ、俺らの方が正義の味方でしょ!」
あぁ、これが魔物ハンターってやつなんだ、そうかそうか。っていうか……。
「お兄さん達、魔物を狩るのは正義の味方かもしれないけど、女の子まで狩っちゃったら悪人だよ?」
その一言で男達の顔色が変わる。
「んだと! このガキ!」
「痛い目見ないと分かんねえ様だな!」
「死ね! コラァ!」
分かんないって何がよ? 何か教えてくれたっけ? そんな事を考えていると、一人が殴り掛かってきた。
って遅っそ! 動きが丸見えだ。こちとらミッシェルさんの日々グレードアップする稽古で散々シゴかれたんだ。元騎士団総長のシゴキを思い出しちょっと遠い目をしそうになったところで、拳が近付いてきた。
殴り掛かってきた右拳を避けながらその腕を掴み足を引っ掛ける。すると男はクルンと回転し首から受け身も取らずに落ちた。
ヤベ、死んでないよね?
それを見ていた残った男達は更に激昂し、ついに腰に下げている剣を抜いた。
何の躊躇いもなく斬りかかって来る。これは人を斬った事があるな……。
降り下ろされる剣を避けて懐に潜り込み手刀で手首を打ち剣を手放したところで一本背負いをかます。こちらも地面に首から落ち動かなくなった。
残った一人も剣を振り回して来るが、投げられるのを警戒してるのか懐に飛び込めない。しょうがないので避け様にカウンターの掌底を顎に打つ。するとグルンと白眼を剥いて膝から崩れ落ちた。
男達を倒した後、女の子を見ると唖然とした様子でこちらを見ていた。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「え、あ! だ、大丈夫です! あの、貴方こそ大丈夫ですか? 剣を抜かれてましたけど……」
さっき助けを求めた子がそう答える。ちょっとつり目気味の大きい茶色い目をしており、顔も小さく随分可愛い子だ。
「あぁ、大丈夫だよ。あんな遅い剣筋に当たらないよ」
「え……結構鋭いと思ったんですけど……」
もう一人の子が呟く。こっちは紺色っぽい長い髪をした……紺色の髪!? 何だ? この遺伝子に真っ向から喧嘩売ってる髪色は!? そう思って顔を見ると……。
脳天に雷が落ちた。。
ちょっと垂れた大きい黒い目をし、スッと鼻筋の通った小さい鼻、グロスでも引いた様なツヤツヤのプクっとした唇をした美少女がいた。
「あ、あの……どうかしましたか?」
その娘から目が離せなくなっていると、真っ赤な顔で戸惑い気味に話し掛けられた。
「え? ああ! イヤ、何でも無いよ、うん。怪我が無くて良かった」
慌ててそう答える。ヤベ、見とれてた。
「もう、ビックリした。何かあったのかと思ったよ」
「あぁ、ゴメン。大丈夫だよ。それより、ここを離れようか」
茶髪の子の問い掛けに答えその場を離れるが、女の子には相当恐い体験だったんだろう、小さく震えているし気持ちもまだ落ち着かない様子だったので近くにあったカフェに入り、気を落ち着かせる事にした。
「改めてお礼を言うね。危ない所を助けてくれてありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
「いやいや、構わないよ。そんなに強い相手じゃ無かったし」
そう言うと茶髪の子が悔しそうに呟く。
「魔法さえ使えてたら、あんな奴簡単にやっつけられたのに」
何か不穏な事言ってんな。
「駄目だよマリア、街中で攻撃魔法は使っちゃダメなんだよ?」
「分かってるわよシシリー。だからあんな奴に何も出来なくて悔しいんじゃない!」
ほぉ、茶髪の子がマリアで紺髪の子がシシリーって言うのか。
「あ、ごめんなさい。自己紹介もしないで。私はマリア、こっちはシシリーよ」
「あ……シシリー……です」
「ご丁寧にどうも。俺はシンって言うんだ。ところで、マリアは魔法を使うみたいだけど、高等魔法学院の生徒なのか?」
「ううん、まだ違うわ」
「まだ?」
「ええ、来月の入試に合格すれば高等魔法学院生になるから」
「へぇマリアも来月の入試受けるんだ?」
「そう、こっちのシシリーと一緒にね。っていうか『も』?」
「うん。俺も受けるからね」
そう言うと、二人はまたポカンとこちらを見た。
「ウソ……あれだけ体術が使えるのに魔法使い?」
「てっきり騎士養成学校の生徒さんかと思ってました……」
騎士養成学校なんてあるんだ。
「来月の試験に受かれば同じ学院生だね。お互いに試験頑張ろう」
そう言って握手を求めた。
「勿論、私首席入学目指してるからね、負けないわよ?」
「はは、まぁ俺はボチボチやるよ」
「何よ、張り合いが無いわね」
ちょっと口を尖らせるマリアと握手をする。そしてシシリーにも手を向けるが……。
「えっと……あの……」
手を掴んでくれなかった。
そうか、そうだよな。初対面でいきなり握手とか馴れ馴れし過ぎたかな? そう考えるとマリアすげぇな。
「ちょっと、どうしたのよシシリー。具合でも悪いの?」
「え!? ううん! 何でも無いよ!」
と勢い込んで両手で握手してくれた。
「じ、じゃあお互い頑張ろうね」
「は、はい! 頑張ります!」
そして手を放し、再び席に着く。するとマリアから質問された。
「そういえば、シンってどこの中等学院に通ってたの? 同い年の割には見た事無いけど」
「あぁ、俺は王都には最近来たんだ。だから見た事が無くても当然だね」
「へぇ、そうなんだ。あ! 最近王都に来たと言えば、知ってる? 最近賢者様と導師様が王都にお戻りになられたんですって!」
「あ、あぁ、聞いた事ある……かな……」
「何よ貴方興味無いの? 救国の英雄、稀代の魔法使いでありながら勇猛果敢に魔物を仕留める賢者マーリン様と魔道具を操りその美しい容姿からは想像も出来ないほど苛烈に魔物を狩る導師メリダ様よ! この国、いえこの世界に生きている限り最高の憧れの存在、生ける伝説よ!?」
やばい、悶死しそう……。
「あ……あの……大丈夫ですか?」
一人で悶絶してたらシシリーに心配そうな声を掛けられた。ヤベ、今の俺挙動不審のヤバイやつだ。
「何? 変な反応して」
「ああ、いや、マリアってじぃ……賢者様と導師様の事好きなんだね」
「当然でしょ! 御二人の事嫌いな人なんて、何か良からぬ事を考えてる人以外いないでしょ」
「そ、そう」
「そう、それにその御二人の御孫さんが今度魔法学院の入試を受けるらしいのよ!」
マジか!? そんな話まで広まってんの?
「ああ、どんな方なのかしら? その方と同い年であった幸運に感謝したいわ」
なんか大分落ち着いてきたみたいだし、これ以上一緒に居ると危険な匂いもするし、ここで別れる事にした。二人はまだここに居るそうなので伝票を持って立ち上がった。
「ちょっと! 私達の分は払うわよ!」
「良いから良いから、女の子に払わせるなんて格好悪いじゃん。ここは格好付けさせてよ」
そう言って会計を済ませ店を出た。
何か今日は面白かったな。まさかのテンプレ展開に遭遇するし、可愛い女の子とお茶出来たし。
……あのシシリーって子可愛いかったな……。
あ! しまった! 連絡先聞いとくんだった!
うおぉしまったぁ、痛恨のミスだ! 格好付けて別れた手前、今更戻るとか無理!
はぁ……そういえば二人とも魔法学院の入試受けるって言ってたし、合格すれば学院で会えるよね。
よし! 絶対受かってやるぞ!
シシリーも合格する様に祈っとこう。
マリアはなんか受かりそうだからいいか。
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シンが立ち去った後のカフェで残されたマリアとシシリーが話していた。
「はぁ……何ていうか、格好良い奴だったねぇ」
「うん……」
「顔も良いし、強いし、魔法学院受けれる位魔法使えるみたいだし、おまけに押し付けがましく無いし」
「うん……」
「……去り際も格好良かったね?」
「うん……」
「……ねぇ、チュウしていい?」
「うん……」
「はぁ……ね、彼アタシが貰ってもいい?」
「う……え! あ! ダメ!!」
その言葉でようやく我に返ったシシリー。マリアはそんな様子を見てクックッと笑っている。
「も、もう! マリア!」
「あっはっは、いやぁゴメンゴメン。シシリーのそんな様子なんて初めて見たからさぁ」
「う……」
「で? 何? まさか助けられたからベタに一目惚れしちゃったとか、物語にありがちなチョロいヒロインみたいな事言わないでよ?」
「そ! そんなんじゃ……ない……と思う……けど……」
「え? ちょ、ちょっとホントに?」
「分かんないよ……でも、あの……彼の顔見てると凄く緊張しちゃうというか……心臓がドキドキするっていうか……体が熱くなるっていうか……」
「ちょっとちょっと、マジですか……」
シンの知らないところで、別の物語も進行していた。