前編
色白の触りたくなるような艶やかな肌、濡れたような潤んだ黒目がちの瞳、口づけしたくなるような桜色の唇。
細い腰に、柔らかく大きな胸、折れそうな華奢な手足、抱きしめたくなるような小さな肩。
はにかむ様な笑顔に、ころころと変わる表情…それは一時も目を離せない。
言葉も可愛らしすぎず、特有の嫌味ったらしさ、女を感じさせ過ぎない程度に女らしさを損なわない声。
話の内容も、機知に富んでいて、会話をあきさせない。
そして、時折どうしてそんなことを知らない、失敗するんだと思わせるような適度な隙。
他人の心を掴んで離さない。
そんな女。
…なんて、男がみんな憧れると思ったら大間違いだ。
俺の好みなんて、誰も知りたいとは思わないけれど、声を大にして言わせてくれ!
もちろん肌が綺麗なら嬉しい。けど、きれいに手入れされた白い肌より、健康的な小麦色の肌がいい。
ものいいたげな瞳や上目遣いな瞳より、優しい眼差しのほうがいい。
体型?なんだそんなもの。
別に華奢でいて、それでいて触りたくなるような柔らかい体なんて、別にどうだっていい。
太い腰結構、健康的だ。
胸がない、大いに結構、アウトドアに向いていそうだ。
太い手足…本人がそれでコンプレックスに感じていないなら、それでいいじゃないか。
そんな外見より優しい人がいい。
「りくちゃん、そんな怖い顔しないで。」
目の前の女は、まるで計算しているかのように首を傾ける。
いや、計算されているに決まっている。
傾け少し目を伏せると、本物の長いまつげが強調される。
どんな外見だと尋ねれば9割近くの人間が、好みは別にして美人に分類されると答えそうな容姿の女が、親しみを感じさせる仕草で俺の袖を引っ張る。
並の男なら落ちる。
ああ、自信がある。
この女の真実の姿を知る俺ですらかわいいと思う。
ただし、そう。
た・だ・し…だ。
容姿のみ。
美しい肌は手入れの賜物。
毎日むくみだかなんだか、なんだかしらないが全身マッサージをさせられている俺にはわかる。
瞳をみれば黒目がちなうるんだ瞳。
まるで、底なしの沼だ、深入りすれば抜け出せない。
抜け出せないならいいが、死んでしまう。
桜色の唇。
そういえば、昔聞いたことがある…桜の木下には死体が埋まっていると、だから桜はピンク色をしているのだと。
そんな話はまったく信じてはいないが、こいつなら生き血をすすっていてもおかしくない。
人からうらやましがられる体型は、普段のトレーニングの成果だ。
そのトレーニングに付き合わされる俺…まるで下僕のように。
たった一年産まれてくるのが遅かったからとは言え、非常に理不尽を感じる。
そう、たった一年。
その一年が俺を『弟』と呼ばれる存在にさせる。
「ごめん、やっぱり付き合えないよ。りくちゃんが嫌がるし。」
姉は目の前にいる男に頭を下げる。
高そうなスーツを着た男が俺をにらみつけてくる。
そいつよりも頭一個分大きな俺は、にらみつけられるというよりも見上げられるという錯覚に陥る。
いつものパターン。
「ゆな…。」
「私付き合う人は、りくちゃんがいいっていう人に決めているの。」
いや、むしろ付き合え。
いい年して、弟の許可を取ろうとするな。
むしろ免罪符にして、面倒くさい男を振るな。
「ゆなを束縛するな」
スーツを着た男が俺の胸ぐらをつかむ。
いや、俺に当たるなよ。
「家族だから、やっぱり付き合うなら、家族から認められた人がいいの。」
姉が男の腕に手を置き、涙が一筋ながれた。
嘘くせぇ。
「ごめんなさい。」
姉の一言で頭が冷めたのか、それとも俺と勝負をしても勝てないと舞台から降りたのかわからないが男は手を離す。
「いや、俺の方こそ。でも、付き合えなくても諦めないから」
姉は悲しいそうに微笑んだ。
「無理よ。だって、あなたこいつよりもスペック低いじゃない。」
そう、姉は今までのしおらしい態度とはまったく逆の態度で男を見つめる。
それは冷酷な刃。
「ゆな。」
男が驚いた様子で小さく名前を呼んだ。
「うわっつらに騙される男なんて、いらない。」
「わかった。」
男は小さくうなづく。
いつものパターンだったら『急にどうしたんだ』とかなんとか騒ぐ奴が多いのに、意外にこの男は冷静だ。
なんだ、いいやつじゃないか。
殴られずに済んだし、今までの男のなかじゃ一番落ち着いている。
「帰るよ、りく。」
美しい声はそのまま、清純な少女を思わせる口調からいつもの女王の口調になって姉は男を振り返らず歩き出す。
もうここに用はない。
「珍しいな姉さん。」
当然のように重くもない荷物を持たされ、車道の内側に姉を歩かせる。
もちろん歩幅は姉仕様。
さっさと一人で帰ることは許されない。
「いつものシスコンの弟をかばって、男を振る清純な姉路線じゃなかったのかよ。」
「気がかわったの。」
珍しく姉が面白くなさそうに言った。
別に振ることに面白さを感じている姉ではないけれど、不用意に自分の性格をさらす人間ではないことを俺は知っている。
「驚いた顔がみたかったんだけど、残念。」
つまらなさそうに姉が言った。
「付き合わないっていったら、押しの一手だったけれど…あいつ、全然私のことをみていなかったのよ。執着されたのが、おかしいぐらい。」
『全然、私を見ていなかった。』いつも姉に群がる男は、姉の外見しか見ていない気がするけれど、深くたずねるのはやめておこう。
やぶへびになるのは見えている。
蛙になるのはごめんだ。
「告られるようなことやめれば。」
気がつくと、口から思ってもみない言葉が出ていた。
やぶへびどころじゃない、底なしの沼につかまる。
「勝手に寄ってくるのよ。」
姉が眉をひそめる。
俺の歩調に合わせることもなく、さっさと一人歩調を速める。
「姉さん…。」
前を歩く小さい肩。
小さい肩が震えている…俺は気がつく。
ホントは…
姉なんかじゃない…
血のつながりなんて…