序章
せっかくだから学生の思い出っぽいことがしたくて、軽い気持ちで所謂“恋バナ”とやらを語り合おうと言い出したけれど、いざ話を聞くとみんなとっても物語的な経験をしているんだね。俺にとっては何もかもが空想上の存在でしかなかったから、何だか羨ましいよ。
羨ましいし、無礼を承知で言ってしまえば、恨めしい。
みんなが物語の主人公のように、輝いて見える。
俺もそんな体験がしたかった。
俺もそんな経験がしたかった、ってね。
さて、最後は俺が話をする番なのだが、俺はみんなと違ってそんな経験は無い。だから話を始める前にきちんと断っておくが、俺の恋物語なんて聞いても、楽しくもなんとも無いかももしれないよ。
俺は主人公にはなれなかった。
それどころか、物語の舞台にすら立つことが出来なかった。
読者が、観客が、視聴者が、プレイヤーが、目の前で繰り広げられている物語に傾倒し、ヒロインに恋をする。
まさにそんな類の話でしかない。
それでもいいのなら、俺の話を始めたいと思う。
その恋は、お前たちの恋ように成就したわけでもないし、壮大な悲恋のうちに幕を下ろしたわけでもない。
直截的に言ってしまえば、曖昧なままに終わった、物語としては出来の悪いものだ。
――あるいは、完結せずに霧散してしまった小説なのかもしれない。
終わったとも言えるし、永遠に終わることがないとも言える。
もしくは物語が完結したあとに感じるモヤモヤとした感覚のようなものか。
始まりはとても曖昧で、それ以前に本当に始まっていたのかすらも曖昧だ。明確なエンドがあるわけでもない。
ひょっとしたら、恋と呼べるほどのものは始まっていなかったのかもしれない。しかしその一方で、今もまだその恋は続いているのかもしれないとも思える。
そんな、ひどく曖昧な話だ。
しかしまぁ、そのままでは一向に語り始めることが出来ないので、とりあえずはそれを恋であったということにしておこう。
その上で結果から言ってしまえば、それはただの片想いに過ぎなかった。
相手のことが気になり、好きになった。夢を見て、特別な想いを抱き、そして、虚しくもその想いは散った。
読者が、その本のヒロインをいくら好きになった所で、その物語は何も変わらずに進んでゆく。
そしていずれはフィナーレを迎え、ヒロインは愛する主人公と共に幸せなエンドへと辿り着くのだ。
プレイヤーは、そんな二人の幸せをただ願う他ない。
簡単に言ってしまえば、ただそれだけの話。
全ては、自分の中だけで終わったこと。
自分の中だけに秘めておくべきこと。
だから、他言はしないでくれよ。