persona
彼は突然転校してきた。
夏休みも間近に迫った、7月の第2木曜日だった。
「は〜い。みんな、聞いてくれる?」
担任の香川静香先生がそう言うと、みんなのざわめき(もちろん私も入っている)が消えた。
「よし、首尾がいいね。それじゃ、本題。今日新しくこのクラスの一員になる人がいます。さあ、入ってきて」
香川先生が開いたドアから廊下に向かって手招きすると、彼は入ってきた。
私は一目見て、ドキッとした。
それは、別に運命の出逢いだとか、一目惚れとか、そういった類じゃない。
――――私がドキッとしたのは彼の顔を見たからだ。
何かおかしかった。
一瞬、真っ白な…そう、ちょうどガストン・ルルーの小説に出てくる、オペラ座の怪人の仮面をしているかのような顔だった。
けれどもう一度良く見ると、もうその仮面はなくて、いたって普通な顔になった。
「架神キョウスケです。よろしく…」
「はい、それじゃあ席は…ユミの隣ね。」
香川先生は教室内をぐるりと見回してからそう言った。
その席とは、つまり私の席の前だった。
何故かわからないけど、ユミはとてもうれしそうな顔をしている。
私といえば、もう彼の顔が怖くてたまらなかった。
もう一度あの顔が見えたらどうしよう。
あの仮面のような顔が…
休み時間になって、架神くんがいないときを見計らい、私はユミに訊いてみた。
「ねぇ、彼の、架神くんの顔って…」
私が全部言う前に、ユミはにんまり笑って口を挟んだ。
「超よくない?あたし好みなんだけど…」
「えっ?!」
彼の顔がいい?
私は自分の耳を疑った。
ユミのタイプの人とは、まったく違うと思ったのに。
それに、彼の顔…
私には、この友人が何を考えてこう言うのかがわからなかった。
驚くことにクラスのみんな、ううん、彼を見た友人はみんな、『かっこいい、自分のタイプだ』という。
やれ芸能人の誰に似ているだの、スポーツ選手の誰に似ているだの…
だけど、不思議なことに、似ている、と挙げられた芸能人は多数いた。
どういうことなのかわからないけど、もう彼には関わらないほうがいいと直感した。
私は努めて彼を見ないようにした。
7月の終わりに、私の住んでいる町のお祭りがあった。
ユミや他の友達と待ち合わせをして、屋台を歩き回ったり、わたあめを買ったりして、最後に花火を見に行くことになった。
その途中で、私はみんなとはぐれてしまった。
どこに行ったのかわからない。けど、とにかく花火の見えるトコにいるだろうと思って、しばらく1人でとぼとぼと探し歩いていた。
そんなときだった。
「あれ?たしか君は…カイリさん、だよね?」
私はいきなり自分の名前を呼ばれたので、ビックリして声のしたほうを振り返った。
するとそこには彼…架神くんがいた。
「え、ええ」
私は突然のことだったので、どうしようかと慌てた。
「どうしたの?1人?」
「ううん。ちょっと、友達とはぐれちゃって…」
「へぇ、それは大変だね」
一瞬の沈黙。
「あ、ああ。その…一緒に探そうか?」
「えっ?」
「もし君さえよければ、僕も一緒に探すよ」
私は考えた。
彼は何を考えて言うのだろうか?
まさか…?
いや、そんなことあるわけがない(それこそ自意識過剰というものだ)。
私だって、そんな美人な方じゃない。平均的な、どこにでもいそうな娘だ。
彼にしても、ちょっとした気まぐれなんだと思うことにした。
私はおそるおそる(そうだとバレないように)頷いた。
結局ユミたちは見つからなくて、何故か私は成り行きで架神くんと一緒に花火を見ることになった。
花火と言うのは、近くで見ると迫力があっていいのだけど、その分音がうるさくて堪らない。
「君は、誰の顔に見える?僕の顔…」
そんな中、架神くんは言った。
一瞬、何のことを言っているのかわからなかった。
「?…別に、誰にも見えないよ。架神くんは架神くんでしょ?」
とりあえず、そう答えた。
すると、彼は驚愕したような顔をした。
そして、次の瞬間には笑みを漏らしていた。
「そうか…やっぱり君には無いんだね」
「何のこと?」
「仮面さ。わからない?」
そう言うと、彼の顔がみるみる変わっていった。
そう、例の仮面だった。
「きゃっ!?」
「…わかっただろう?これが仮面さ。」
もう架神くんの顔は元に戻っていた。
「…どういうことなの?」
そこには意外と落ち着いている自分がいた。
「人は幾重もの仮面をかぶって生きている」
「よく、わからないよ」
私は首を振った。
「…いいんだ。たぶん、今のままだとわからない。君はまだ、仮面を創りだしていないんだから」
「私は?みんなはもう?」
「大概の人は持っている。それこそ何十枚も何百枚もね」
「…でも、それがあなたの顔とどう関係があるの?」
「それは…欲望さ」
「欲望?」
「そう、人間は欲望の塊だ。もちろん君みたいな例外もあるけどね」
架神くんは私をまじまじと見つめると微笑んだ。
「人間は誰しも、自分はこうありたい。他人にはこうであって欲しい。そう、理想を追い求めている」
「それが、あなたの顔に?」
架神くんは頷いた。
「僕の顔はみんなの願望によって変わる。君が見たのは僕のオリジナルの顔だよ。」
私は長く、深い溜息をついた。
「あなたはいったい?」
私が問うと架神くんは微笑んだ。
「僕は仮面だよ」
「嘘!だって…」
「ウソじゃない」
「じゃあ?」
「…もう、お別れだ。」
架神くんは言った。
花火が上がり、弾ける音が聞こえたときにはもう、架神くんの姿は私の目の前から消えていた。
拙い文章で、言いたいこともままならない作品です。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。




