Episode03-1 胸襟をドレスに隠して
「さあ、今日の私は何点だ!」
勝負服に袖を通し、目の前で上官に仁王立ちされるときほど、キアラはレナスと同室になった自分の不運を悔やまずにはいられない。
騎士団の雀の涙ほどの給料を節約すべく、キアラは騎士団の指定寮になっている、このオンボロアパートメントに住んでいるのだが、どういう訳だか同室は上官のレナスなのである。入室当初は見ず知らずの女性隊士と同じだったのだが、キアラの押しに弱い性格を見抜いたレナスが「こいつを同室にしたら、あれこれこき使ってやれる!」という理由で無理矢理部屋替えを宣言。そして今に至るというわけである。
「いいと、思いますよ」
「私は点数を聞いている!」
とはいうものの、キアラのたたき出した点数は5点が良いところ。素直に言えばげんこつが降ってくる点数である。
しかしこれはレナスが悪いのだ。あえて若さを演出する、無駄に襟元が開いたドレス着るから、年を誤魔化しているのがさらに目立ってしまう。
「ここは清楚な方がいいと思いますよ。この前買った若草色のアフタヌーンドレス。あれにしたらいかがですか?」
「あれ、ちょっとババ臭くない?」
「そんなことありません。むしろ、その異常なほど開いたドレスでは、隊長の鍛え上げられた胸筋が際だちます」
キアラの一言に、レナスはあわててドレスを着替え始める。
「せめて、コルセットでも締められればいいんだけど」
「大丈夫、隊長の脇腹はちゃんと引き締まってますから」
「しかしやはり、もっとくびれた方が」
「いや、むしろ鉄のように堅く引き締まった隊長の脇腹は、コルセットじゃびくともしないと思います」
「それは嫌みか!」
「いえ、単なるアドバイスです」
渋々口を閉ざすレナスの着替えを手伝いながら、キアラはけなしつつもレナスの美貌をうらやましく思う。
「大丈夫、隊長は綺麗です」
キアラの言葉に、レナスは心の底からうれしそうに笑う。
「ありがとう。お前の一言を聞くと安心する」
キアラに礼を言って、レナスは乱れた髪を素早く整えた後、「今日こそは負けない!」と戦に出陣するかの様なかけ声を残して部屋を出て行った。
残されたキアラはといえば、レナスの脱ぎ散らかしたドレスをタンスへと戻している。下手に放置していればしわになるし、放置していたことがばれれば「なぜ仕舞わなかった!」と理不尽な説教を食らうのは目に見えている。レナスの強引なところは嫌いではないが、わざわざ怒られに行くような趣味もない。
「こんどこそ、上手くいけばいいな」
思わずそんな言葉をつぶやいてしまい、キアラはふと窓の外に目を向ける。今日のフロレンティアは、白い雲が生える快晴で、どこまで続くあかね色の瓦屋根がより一層美しく見えた。
他国では鉄やガラスを使った建築物が増えているご時世だというのに、この街の建物はどれも石や土壁で出来た古めかしい物だ。
歴史的景観を残すためだと言って、新しい建造物の建設を禁止しているのが原因だが、おかげで他国からの観光客も多く、彼らが落としていくお金はこの国の貴重な財源の一つだ。
キアラの住んでいるアパートも、行きつけのバールやリストランテも、もとは千年以上も前に作られたと石造りの建物を改装することによって、今の形を保っている。
国が出来たのは最近だが、街を構成する建築物のほとんどは数千年前からあるものなのだ。
もちろんすべてが昔のままではないが、近年発見された時を操る妖精の協力のおかげで、この街には物質の時を止める時間魔法がかけられている。
滅びることのない、均一性がとれた石造りの町並みと、それを覆うあかね色の瓦屋根はいつ見ても美しく、所々に見え隠れする大聖堂や鐘楼は、荘厳で神々しい雰囲気を今もなお湛えながら、静かに街を見守っている。
今も歴史が根付くこの街が、キアラは好きだ。好きだからこそ守りたいと思うし、願わくば、この美しい街を守り続ける騎士でありたいとキアラは考える。
それは女らしく生きることよりも、キアラにとっては重要なはずだった。
なのに、美しい町並みを眺めていると思い出すのは、自分を利用した男のこと。
「また、会えるかな」
無意識のうちに彼女はつぶやいていた。自覚のない一言は、軽い寒気をキアラにもたらす。
恋愛小説の主人公なんて柄じゃないのは、自分が一番知っている。それに何より、相手は自分を利用した男だ。好みでもないし。
「しっかりしろキアラ。あんたは、女じゃない、騎士だ。むしろ男だ」
呪文のようにぶつぶつ喋るキアラの様子は、少々不気味だが、止める相手は誰もいない。
はずだった。
「レナス嬢はどこだ!」
鍵をかけ忘れた扉を開けて、部屋に飛び込んできたのは、予想もしない人物だった。
「ヴィンセント、様」
何とか残った理性で「様」をつけ、キアラは唖然とした顔でヴィンセントを見る。
「レナス嬢は?大切な話があるのだが」
「レナスなら、今し方デートに」
「入れ違いになったか」
「隊長に何のようですか?何か申しつけることがあれば、伝えておきますけど」
「後では遅い」
せっぱ詰まった様子のヴィンセントに、キアラもただならぬ気配を感じて身構える。
「デートの場所なら聞いているので、ご案内しましょうか?」
「いや、私も聞いているのだが・・・」
そこで、キアラも気付いた。二人が出かけたのは有名貴族が主催する開かれる仮面舞踏会。いくらヴィンセントといえども、相手がいなければ入れない。
「一緒に、来てもらえないだろうか?」
くると思っていたが、いざ言われると返事に困る。
「でも、私ではヴィンセント様のお相手には不釣り合いだし」
「問題ない。仮面で顔は隠す」
嫌みか! と突っ込みたいのを押さえつつ、
「でもドレスもないんです」
とさらに釘をさすが、ヴィンセントは諦める気がないらしく、キアラの腕をすでに取っていた。
「それくらい、すぐに調達する」
「ヒールの高い靴を、はいたこともないような女ですよ!」
「たのむ、今回は少し、荒れるかもしれないんだ」
付け足された一言に、さすがのキアラもそれ以上の抵抗ができなかった。