Episode00 始まりの約束
酷い顔だと、男は足に縋り付く少女を見下ろした。
高価なドレスを泥だらけにして、1時間もかけて結った美しい金糸の髪もボサボサにして、彼女は行かないでと繰り返しながら泣き叫んでいる。
どうしてこうなったのかと、男は少女を見下ろした。
縋り付く腕は細くひ弱で、男が本気になれば意図も容易く突き放すことができる。
1時間前まで、男は少女を守る護衛の騎士だった。
しかしその契約は期限付きの物であり、もはや少女と男には何の関わり合いもない。
ならば振り払うことなど造作もないと考えて、男は少女に腕を伸ばした。
少女の腕を引きはがそうと、密着する体を遠ざけようと思っていた。
思っていたはずなのに、伸ばされた腕は少女の乱れた髪を撫でていた。
行くなと、少女がもう何度目かになる言葉を繰り返した。
「わかった」
なぜそう答えたのか、男にもわからない。
だが短いその一言で、少女の涙が途端に消えた。
「ここにいる」
少女の目線に合わせて男が膝を折れば、少女が男の首に思い切り抱きつく。
「ずっとよ」
それが永遠と同じ意味を持っている事に男が気付いたのは、もう少し後のことだった。