Ending 眉間の皺に愛を隠して
「さあ、口を開けて」
笑顔と共に差し出されたラビオリに、キアラは思わず悲鳴を上げる。
「じ、自分で食べられます」
「でも、腕を怪我してるだろう」
「フォークくらい持てます!」
と言ったが、ヴィンセントは手に持っていた皿とフォークを素早く引く。このやり取りを、キアラとヴィンセントはもう30分近く繰り返していた。
「傷が開いたらいけないから」
傷口よりも激しく跳ねる心臓の方が心配だったが、ヴィンセントが引くつもりは無さそうだった。
しかたなく、彼女はやりかたをかえる。
「そのラビオリ、ヒューズさんのですよね。勝手に食べたらまずいんじゃありません?」
「ヒューズさんから許可は貰ってある」
ヒューズ隊長めと、またしても彼を呪いながらキアラはじっとラビオリを見た。
お腹は空いていた。そして以前食べたヒューズのラビオリの味が恋しくて、また家に呼んでくれないかとこっそり期待もしていた。
していたが、このオプションは望んでいない。
「ほら、口を開けて」
なぜ、こんな恥ずかしいことを、笑顔で出来るのかキアラには理解出来なかった。
理解が出来ない上に回避する方法も見付けられず、キアラは不本意ながら、差し出されたラビオリを恐る恐る口にする。
だが望んだ味はしなかった。微笑むヴィンセントに胸がつまり、味わうどころではなかったのだ。
「じゃあ、もうひとつ」
ひとつで限界だった。二つも食べたら死んでしまう気がした。
「おなか一杯です」
そう言って毛布をかぶれば、ヴィンセントが不満げな顔をする。
だが無理矢理毛布を取られるより早く、寝室のドアが乱暴に叩かれた。
レナス達が帰ってきたのだ。
「助かった!」
思わず泣きそうになり、早く入ってきて下さいと懇願するキアラ。
だがそれを、彼女は深く後悔することになる。
「お邪魔だったかね?」
尋ねられたその声に、キアラは悲鳴を上げながらまたしても毛布の中に潜ってしまった。
「どうしてみな、余の顔を見て絶叫するのだ!」
「それは、いるはずのない場所にいるはずのない人が立っている状況が、ホラー映画に酷似しているからかと」
冷静なヴィンセントの分析に、キアラの部屋へと入ってきた国王は不満そうな顔である。
「それにしても、狭い部屋だな」
「あなたの部屋と比べないで下さい」
毛布の中から零れた言葉に、老人はそれもそうかと納得する。
それから彼はヴィンセントをどけ、彼女の側に立った。
「とりあえず、毛布から出てきてくれないか」
「陛下にお見せ出来るような顔じゃないので」
「それはいつもだろう」
キアラが更に頑なに毛布をかぶる。その様子に、言い方を間違えたと国王は呻く。
いつも可愛いから気にするな、と国王は言いたかったらしいが、今のは完全に誤解される言い方である。
「ともかく顔を見せてくれ。余はそのために脱走までしてきたのだ」
「しないでください!」
「君の顔を見たら今日はちゃんと帰る」
国王の言葉に、渋々ながらキアラは顔を出す。
男らしいいつもの彼女とは違う、小動物を思わせるその動きに、国王の胸が激しく高鳴る。
可愛いとは思っていた。
思っていたが、孫娘だと自覚した所為か、愛しく思う気持ちが倍以上に膨れあがっている。
「もしかしてあの、説教とかしに来たんですか?」
どうやら国王は、ときめきを覚えると眉間に皺が寄ってしまうようだった。
何かをこらえる様に眉をひそめるその表情に、彼が怒っていると勘違いしたキアラは恐る恐る尋ねてみる。
「そう言うわけではない」
「ならもしかして……」
と、キアラはヴィンセントを見つめる。
「別れろとか、そう言うお話でしょうか…」
シュンとした顔でうつむくキアラに、国王はもはや限界だった。
「そう言う顔をするな! しゃんとしろ!」
可愛いの一言が言えない不器用な国王は、またもやそんな言葉を叩き付けてしまう。
「余はお前に礼を言いに来たのだ! 案内のセンスはなかったが、一応付き合って貰ったからな!」
礼を言う口調ではない。口調ではないが言いたいことはわかるので、怯えるキアラの耳にヴィンセントがそっと耳打ちをする。
「照れてるだけだ、素直にお礼されてくれ」
ヴィンセントのフォローで、ようやくキアラは笑顔を取り戻す。
「私も楽しかったですよ」
少し照れながらもそう告げれば、国王は満足そうに笑う。
だがそんな自分に気付き、国王は慌てて表情を頑なな物へと戻した。
「だ、だがやはり君の案内はまるで駄目だ!」
「すいません、確かに勉強不足でした……」
だからこの国のことをちゃんと勉強しますと宣言するキアラ。
だが国王はそれだけでは満足出来ないようだった。
「お前の勉強などあてに出来ん。……だっ、だから余が、じっ直々に教えてやる」
「いや、それはいいです」
即答したキアラに、ショックを受ける国王。
遠慮をしての言葉だったが、突っぱねられたと勘違いした国王はうなだれる。
仕方なく、再びフォローに入ったのはヴィンセントだ。
「君ともう一度観光がしたいって事だよ」
たぶんじっくりと。
ヴィンセントの言葉に、キアラはそう言うことかと頷く。
「わかりました。それまでに自分の方でも、勉強しておきます」
そう言って敬礼したキアラの反応は、国王が求めていた物とは少し違うがしかたない。
「ヴィンセント、ちょっと来い」
鈍い孫娘に危機感を覚え、国王は頼りになる息子を呼ぶ。
「次の休日は、お前も予定を開けておけ」
どうやら孫娘は予想以上に手強いようだ。
ここは味方を付けねばまずかろうと、国王は判断したのである。
「いつもとちがって気弱ですね」
「余はあの子に、酷いことを沢山言ってしまったのだ。次で挽回しないと、嫌われてしまう」
国王の囁きにそんなことはないと言おうとしたが、孫娘に言葉に一喜一憂する国王は、見ていて非常に微笑ましかったのであえて黙っておく。
「わかりました。…ただひとつ条件が」
「何だ?」
「彼女との交際許可を」
そこで国王は、今更のようにキアラと出会った経緯を思い出した。
「愛してるんです、彼女を」
重ねられた言葉に、国王は首を縦に振るほか無い。
「他の男にやるよりはいい」
でもせっかく出会えた孫娘に、既に虫が付いているというのは非常に複雑だ。たとえそれが彼が一番信頼している王子だとしても。
「だがあの子を泣かしたら、余が黙ってはおらんぞ」
「その言葉、ヴィートさんにも言われました」
ヴィンセントの言葉に、国王は不満そうな顔で唸った。
「ちなみに、ヴィートさんとは上手くいったんですか?」
ふと気になって尋ねてみれば、国王は静かにうなだれるばかりだ。
孫娘への反応を見ていれば予想は出来たが、この老人は本当に不器用で言葉が足らないらしい。
「そっちもフォローが必要ですか?」
「あいつのことは、自分で何とかする」
国王の目に宿った覚悟に、ヴィンセントは微笑む。
「早く仲直りした方が良いですよ。あの人と仲良くなると、写真とか沢山横流ししてくれますから」
誰のとは言わなかったが、国王の目に宿る並々ならぬやる気を見た限り、彼は理解したのだろう。
気むずかしくも立派な国王の、あまりに子どもっぽい一面。
それはヴィンセントにとって始めて見る彼の一面であったが、こちらの表情も悪くないと彼は思った。
騎士の休日編【END】




