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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の休日編■
83/139

Episode08-2 気付いた想い

 時計の音だけが響く深夜。

 ガリレオ騎士団第4小隊の隊室では、レナスがじっと壁に掛けられた時計を見つめていた。

「ヒューズ?」

「なんだ?」

 窓際に置かれた、仮眠用ソファーではヒューズが暇そうにしている。相変わらず目に包帯は巻かれているが、痛みはすでに無いようだった。

「あと2時間で、私の休日が終わっちゃうんだけど」

「わかってるなら、早く報告書を書き上げろ」

「もう飽きた」

 飽きたも何も、もう1時間ほどペンは動いていない。

 完全にやる気を失ったレナスは、報告書の存在を忘れるため、話題をすり替える。

「……キアラ、そろそろ目を覚ましたかしら」

「さすがにさめただろう」

「ってことは、二人でよろしくやってるのかしら」

「お前なぁ」

「その上、二人で私のラビオリ食べさせあってたりして」

「別にお前のじゃないだろ」

「あんたが作った物は全部私の物なの」

 そういって、レナスは手にしていたペンを放り出す。

「もうやだ、最悪、帰りたい」

「帰ったら、お前の言う状況に遭遇するぞ」

 ヒューズの言葉に、レナスは呻く。

「今晩、あんたの所泊めて」

「報告書が書き上がればな」

 レナスが放り出したそれは、誘拐犯の捕縛に関する物だ。

 誘拐犯に関しては元々南ローマ国の騎士団が追っていたため、捕まえた経緯をまとめた報告書と犯人を明朝までに引き渡す事になっていた。

 それに関してレナスは相当やりやったようだが、結局相手の強引な主張には勝てなかったようだ。

 だからこそ、いつもよりも更に筆が進まないのだろう。

 とはいえさすがに、この目では手伝うわけにもいかない。

 かといって帰ろうとしたら思いっきり殴られたため、ヒューズはすることもないのに彼女の側にいた。

「ほんと、何でこう言うときにあんたは目なんて潰されるわけ」

「お前に労いの気持ちはないのか」

 あるわけないが一応尋ねておけば、レナスは良いことを思いついたと立ち上がる。

「そろそろ包帯変えてあげようか!」

「お前、あの手この手で報告書から逃げているだろう」

 的確なツッコミは華麗に無視することにして、レナスはヒューズの側までやってくる。

 眼の包帯を取れば、肌に密着している部分は赤く血で汚れている。

「血、なかなか止まらないわね」

 のぞき込んだその眼はうつろで、レナスの姿を写していない。さすがに心配になったのか、レナスは不安そうな顔でヒューズをのぞき込む。

「そんな顔するな」

「見えないくせに」

「何年一緒にいると思ってる」

 お前のことなどお見通しだと言われ、レナスはふくれ面になる。

「今度は膨れたな」

「当てないで!」

 思わず目を手で覆えば、ヒューズが声を上げて笑った。

 その笑顔にホッとしたとたん、言いようのない不安と安堵でレナスは胸が苦しくなる。

「ちゃんと、治るよね」

「ああ、少しずつだが良くなってるのを感じる」

 心配させたなと囁かれた声は甘く、レナスが感じたのは焦りだった。

「別に心配とかしてる訳じゃないのよ。心配は心配だけど、あんたの目が見えなくなったら色々と不便だし」

「こき使うのにか?」

「そうよ。仕事でも私生活でも、私はあんたが必要なんだから」

「なら、怪我してるときくらい優しくしてくれ」

「優しくって何よ」

「とりあえず、真面目に報告書書いてくれよ。結局全部書き直しとか、絶対嫌だからな」

「私の報告書をなんだと思ってるのよ」

「ヴィートがこぼしてたぞ、字が汚くて読めないって」

 自覚はあるのかレナスは黙る。

「だって、報告書書いてる時間があったらデートとかしたいじゃない」

「今は相手もいないだろう」

「す、すぐに出来るし」

「合コン行かなかったくせに」

「それは!」

 勢いよく声を上げたが、続ける台詞をレナスは持ち得ない。

「私だって、何か最近よくわからないんだもん」

 変わりに零れた小さな愚痴。それを聞いたヒューズは不安げなレナスの髪をそっと撫でる。

「最近忙しいからな。疲れて気分が乗らないときもあるさ」

「でも、そろそろ本気でやばいのよ……、若さも美貌も下降傾向だし…」

「大丈夫だよ、お前はまだまだ綺麗だ」

 それはいつもの、レナスを安心させるためのおきまりの台詞だった。

 今まで何度も聞いてきた。というよりも、レナスが無理矢理言わせてきたので聞き慣れているはずだった。

 なのになぜか、今日に限ってその台詞に、訳もなくヒューズを意識してしまった。

「焦らなくても、これからだってまだまだ綺麗になる。適齢期を過ぎたくらいで落ち込むな」

 目が見えていない所為か、レナスへと向けられたその顔はいつもより穏やかで暖かい。

 冴えない冴えないと日頃口にしているが、苦笑混じりのその笑顔は、冴え無いどころか目を奪われるだけの優しさに満ちている。

 気がつけば、レナスはヒューズに引き寄せられるようにその身を彼へと預けていく。

「レナス?」

 呼ばれた低い声で、レナスははっと我に返った。

 いつの間にか目の前にあるのはヒューズの顔。勿論レナスはその距離に息を呑む。

 合コンではどんな色男を前にしてもピンと来なかったのに、よりにもよってこの男に見とれるなんてと焦るレナス。

 そして今更のように、治ったばかりの右手がしびれるのを感じ、レナスは真っ赤になった。

「何でそこで顔をしかめる」

「何でもない」

「嘘つくな」

 さすがに顔色まではわからないのか、ヒューズは怪訝な顔で彼女の頬に触れる。

 そのとき、聞き覚えのある絶叫がレナスの背後から響いた。

「アルベール?」

 声の主の名をレナスとヒューズが呼んだ途端、アルベールはヒューズの元からレナスの体を引きはがす。

「何してるんですか!」

「それはこっちの台詞よ」

「アレッシオさんに捕まってたんです」

 アルベールの怪我を治すと意気込んでいた自称白衣の天使を思い出し、レナスはほんの少し彼に同情する。

「それより、今! 今何してたんですか!」

「包帯を変えてただけよ」

「その割には近かった」

 こんなに! と二人の距離を指先で表現するアルベールにはさすがのレナスも呆れる。

「じゃああなたが変わりにやって」

 アタシは報告書を書くからと突き放され、アルベール泣きそうな顔で唇を噛む。

「何で泣きそうな顔してる」

 相変わらず聡いヒューズが表情を言い当てれば、アルベールは不満を顔に貼り付けた。

「レナスさんとは何でもないって言ってたじゃないですか」

「何があるように見えるんだよ」

 その答えは死んでも口にしたくない。

 したくないが、本気でわかっていないヒューズにアルベールは乱暴に包帯を巻いていく。

「アルベール、ちょっときついんだが」

「目が見えないのを良いことに、あんなにくっついて」

 言いつつ、アルベールは昼間レナスの家で見た光景を唐突に思い出す。

「…もしかして、いつもあんなに」

「あいつとは兄弟みたいなもんだ。ガキの頃から側にいるし……」

「でもレナスさんは子どもじゃないんですよ。あんなに綺麗で、美人で、それがあんなに近くにいたら」

 好きにならないわけがない。

 かつて付き合っていたときは気付かなかったが、騎士として共に仕事をするうちに、アルベールは彼女の本当に魅力に気付いていた。

 誰よりも男らしく、騎士らしく戦うレナス。だからこそ、日頃見せる女性らしい一面がより一層輝くのだ。

 自分を磨く事ばかりを考える一般女性と比べれば、女らしさは少ないかもしれない。けれど騎士として剣を振るう彼女は誰よりも美しい。

 そして常に側にいるヒューズが、それに気がつかないわけがない。

「…あなたも、彼女が好きなんですか?」

 最後の理性で、レナスに聞こえないよう声だけ抑えれば、ヒューズが苦笑を返す。

「安心しろ、お前と取り合うつもりはない」

「僕じゃ相手にならないって事ですか?」

「そう思うなら早く立派な騎士になって、あいつをお姫様にしてやってくれ」

 まるで願うような言い方に、アルベールは怒気をそがれる。

「やっぱり好きなんじゃないか」

「大事だってだけだ」

 乱暴に巻かれた包帯を外すヒューズ。

「それに、俺じゃあ相手になれないのはお前も理解したと思うが?」

 うつろな瞳の中を揺れる、人のモノではない深い闇。それを間近で見たアルベールは、思わず体を引いた。

 苦笑しつつ、ヒューズは包帯の下に眼を隠す。

 だがそこでふと、ヒューズが動きを止めた。

「今、妙な気配がしなかったか?」

 そう言って窓の方を向くヒューズ。目の見えない彼に代わって視線を走らせた直後、アルベールの顔が引きつった。

「あああっああああああ!」

 突然の絶叫に驚くヒューズとレナス。その前でアルベールは窓の外を指さす。

「お、お化け!」

 そんなわけはないと思ったレナスも、窓を見て絶句した。

 確かにいたのだ。窓枠から、目と頭を出した不気味な人影が。

 先ほどまでのライバル心をかなぐり捨てて、ヒューズの背に隠れるアルベール。

 そんな彼に気付いた人影は、ガラスにゆっくりと手を伸ばす。

 不気味な音がして開く窓、その向こうからヌッと出てきたのはお化けではなく、もっとたちの悪い者だった。

「父を前に、その態度一体なんだ」

 よいしょと腰を上げ、窓から室内に飛び込んできたのはまさかの国王。

「ち、父上! どうしてここに」

「お前に聞きたいことがあったのだ。ヴィンセントの彼女の、ほら、あの可愛い女の子はどこに住んでいるのかと」

 何を言い出すのかと思いつつも、せっつく国王にアルベールはレナスを指さした。

「き、キアラさんなら、彼女と一緒に住んでいますけど」

 答えれば、国王はレナスに目を向ける。

「先ほどは世話になったな。礼もかねて、これから君の家にお邪魔させてもらってもいいかな?」

 どこに礼を兼ねているのかさっぱりわからなかったが、躊躇いもなく無茶を言う国王にレナスは頷くほか無かった。

※6/24誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

※8/3誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

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