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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の休日編■
82/139

Episode08-1 自責の念を払うもの

 キアラが目を開けると、そこには見慣れた天井が広がっていた。

 いつの間に家に帰ったのだろうかと考えたつつ、視線を動かせば包帯の巻かれた自分の体が目に飛び込んでくる。

 そこで彼女は、オデオンでの負傷を思い出した。

 思い出すと同時に今更のように痛み出すのは体中の傷口。

 剣を握っているときは夢中で気付かなかったが、どうやら予想以上に怪我は大きいらしい。

 先月は腕を折ったばかりだというのに、また休暇を取らなきゃ行けない。 

 また隊のみんなに迷惑をかけてしまうなとため息をこぼせば、突然キアラの手を大きな温もりが覆った。

「痛むのか?」

 声の方に顔を向ければ、恋人が心配そうにキアラを見ていた。

「また仕事を休むことになるなと思って……」

「君は本当に真面目だな」

「それで、陛下は無事戻られました?」

「相当文句を言っていたそうだがな」

「文句を言いたいのはこちらの方なんですけど」

 散々振りまわされたことを思い出して、キアラは国王との一日を思い出す。

 我が儘放題で、嫌味が多くて、短気で、でも時々優しい。

 一緒にいるのは楽ではなかったけれど、彼と街を巡るのは嫌ではなかった。

 中途半端なところで終わってしまったけれど、出来ることなら最後まで案内したかったとキアラは思う。

 だがそこでふと、キアラは今更のようにひとつの疑問を抱いた。

 彼は国王だ。誰よりもフロレンティアを愛し、フロレンティアに詳しい国王なのだ。

 なのになぜ彼は、身分を偽ってまで自分に観光案内などさせたのだろう。

「そう言えば、陛下はなぜ一人で外に?」

 自分の素性を知っているならともかく、最初は名前すら知らないようだった。

「…それは多分、俺の所為だ」

 そう言うヴィンセントは、すまないとキアラに頭を下げる。

「どうしてヴィンセント様が謝るんですか?」

「1週間ほど前、陛下から見合いの話をもちこまれてな。それを一も二もなく断ったんだ」

 そう言えばそんな愚痴を国王はこぼしていた気もする。

「そのときは時間もなくて、一方的に断ってしまって。でもそれが、陛下を必要以上に不安にさせてしまったようで……」

「まさか、理由をご自分で探りに来たって事ですか?」

「ヴィート様との一件で、陛下は拒絶されることに酷く敏感になっていて…」

 騎士団長であり王子であるヴィートは、国王の血を引く王子の一人。

 かつては国王の後を継ぐ者として期待されていたが、それを疎ましく思う物の手にかかりその地位を失墜された。そのときヴィートは魔法で心を堕落させられており、誰よりも彼を信頼していた王の期待を幾度も裏切ったという。それを魔法だと見抜けなかった国王は、怒りにまかせて当時の彼を勘当したのだ。

 国王の好意をはねつけ聞く耳すら持たなかったヴィンセントに、国王はかつてのヴィートの姿を重ねてしまったのだろう。

「でも、自分で来るなんて……」

「そう言う血筋なんだろう」

 思いこんだら一直線、覚悟を決めたらてこでも動かず、一度熱すると手が付けられない。

「…何で私の顔を見るんですか」

「似てるなって思ったんだ。すぐ無茶をするところとか」

 言いながら、ヴィンセントはキアラの傷にそっとふれる。

「でも国王のことを含め、今回責められるべきは、君の無謀さよりも俺だな」

 どうしてと尋ねようとしたキアラに、ヴィンセントは悲しそうに笑う。

「俺がいながら、君に大けがさせた」

「怪我なんて、いつものことですよ」

「でもこれは、俺の所為だ」

 男があそこまで強引な手段に出たのは、ヴィンセントの存在があったからだ。

 彼の存在が男を狂わせ、そしてキアラを傷つけるほどの猛攻をしかけさせたのは事実だ。

「本当に済まない」

「やめて下さい。怪我したのは私自身にも落ち度があります」

「君は良くやった。責められることは何もない」

「だけど…」

「非があるのは俺だ、俺の存在が君を傷つけた」

 そう言うヴィンセントの目に宿るのは、深い後悔と自責の念だけだった。

 それの瞳は、リストランテで息子のことを語った国王の物と似ていて、キアラはヴィンセントもまた、過去に起きた何かしらの出来事と今回の事を重ねているのだと気付く。 

 だが気付けたところで、深く堕ちていく彼の心に手が届かない。

 ヴィンセント様の所為じゃないと、いくら言葉を重ねても彼が見せるのは拒絶だけ。

 何を言っても、今の彼は取り合ってはくれなかった。

 こんなに頑なになったヴィンセントは初めてで、だからキアラはどうして良いかわからなる。

 だがこのままでいると、彼が二度と自分のことを見てくれなくなる予感がして、キアラは縋るように彼へと腕を伸ばした。

 だがそれすらも彼は拒絶する。ふれようとしたキアラの腕から身を引くヴィンセント。

 その動きにキアラは思わず体を起こし、そして腕を振り上げた。

 自覚はなかった。

 前触れもなかった。

 けれど、確かな感触が残る頬に触れヴィンセントが唖然とする。

「……今」

 腕のしびれにキアラがはっと我に返り、頬の痛みにヴィンセントが顔を上げる。

「今のは……」

 答えるキアラの方も、どこかポカンとした表情をしている。

「わ、わかりません」

「わからないのに、殴ったのか」

 ヴィンセントの指摘で、キアラはようやく自身のしたことに気付く。

「な、殴りました?」

「ああ」

「私から、ですか?」

「ああ」

「私から…?」

「それにはもう答えた」

「ごっごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 思わず叫んで、キアラは頭から毛布をかぶる。

 その様子があまりにもおかしくて、ヴィンセントも思わず吹き出した。

「君には良く殴られるな」

「騎士が王子に手を挙げるなんて最低ですよね…」

 言って、毛布の合間からキアラがちらりとヴィンセントを伺う。

「叩いたところ、赤くなってます?」

「すぐ治まる。ともかくちゃんと話そう。だから出てきてくれ」

 と言っても出てくる気配はないので、仕方なくヴィンセントは毛布を引っぺがす。

「怒ってますよね」

「というか驚いている」

「私だって驚いてます」

「なぜ殴った」

「別に怒ったわけじゃなくて、むしろ混乱しちゃって」

「混乱すると君は殴るのか?」

「だって、ヴィンセント様の所為じゃなのに、あなたはご自分を責め続けるし。

 かといって騎士として、怪我をしたことを人の所為にするような最低な人間にはなりたくないし。

 その間でグルグルしてたら突然、恋愛映画とかでわびる男を女性が殴って仲直りするシーンが浮かんで……」

 次の瞬間には、殴っていたらしい。

「極端というか、とても前衛的な発想だな」

「けど、これでおあいこになりますよね?」

 それとも、体に受けた傷の分だけ殴った方が良いでしょうかと真面目に聞かれ、ヴィンセントは返す言葉がなかった。

「悪かった……」

「また謝った…」

「これは、必要以上に意固地になったことについてだ」

「じゃあ、もう殴らなくて良いですか?」

「ああ。君のは、かなり痛い」

 言われて、キアラは腕を後ろに隠す。

「でも、ひとつだけ聞いても良いか?」

「はい」

「またもし、俺の側にいることで傷つく事があったら、君はどうする?」

 ヴィンセントが問いかけに、今度は間違えないようにとキアラは本気で頭を悩ませる。

 考え込むキアラを、不安そうな顔でヴィンセントは見つめている。

 それでも辛抱強く待っていると、キアラはとっておきの答えを見つけたという顔で口を開いた。

「もう傷つかないようにします。それまでに修行して、今度は無傷で勝ちます」

「……君は、何でもかんでも拳で解決しようとするな」

「こ、これしか取り柄が無くて」

 あきれ果てたヴィンセントに、また自分は間違えたのかと不安になるキアラ。

 けれどヴィンセントは笑顔を取り戻し、キアラをきつく抱きしめる。

「……間違えて、なかったですか?」

「いや、完全に間違えている」

 でも……と、ヴィンセントはキアラの髪を撫でた。

「そう言う答えを、ずっと待っていたのかも知れない」

 向けられた瞳に自分が映っていることに安心し、キアラもまたヴィンセントを抱きしめる。

 それから彼女はヴィンセントの耳元でありがとうと呟く。

 なぜと尋ねるヴィンセントにキアラは微笑んだ。

「ヴィンセント様のお陰でノンノに会えましたから」

 ちょっとだけ迷惑だったけど、食事が出来て良かったと無邪気に笑うキアラに、ヴィンセントは敵わないなと呟いた。

※6/24 誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

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