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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の休日編■
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Episode07-2 異形を求める者

 だが穏やかなやり取りは、ほんのつかの間だった。

 体が震えるほど周囲の魔力が高騰したかと思うと、側の壁が崩れ、不気味な蔦のような植物が3人へと伸びていく。

 切り裂こうと剣を構えるが、それよりも早く蔦は彼らを掴み壁の内側へと引きずり込んだ。

「たった5人か。予想より少ないな」

 体を引きずられた痛みにキアラが呻いていると、その側に一人の男が近づいてきた。

 男の後ろには、キアラ達と同じように蔦で拘束されたレナスとヒューズ、そしてアルベールの姿がある。

 肩までにのびる白髪と、魔法使いが好む全身を覆う長いローブが印象的な男は、キアラと国王、それからヴィンセントに目を向ける。

 それまでは冷淡だった男の顔が、ヴィンセントをとらえた途端、卑しく歪んだ。

「不死者か、それも上物の」

 体に巻き付く蔦の所為で身動きが取れないのを良いことに、男は持っていた杖でヴィンセントの体を転がす。

「何者だ」

 睨み上げたヴィンセントに、男はにこやかな笑顔を浮かべる。

「コレクター、とでも言っておこう。それより良く顔を見せてくれ」

 卑しい手つきで指を折れば、ヴィンセントに巻き付いた蔦が彼の体を引きずり上げる。

 どうやら、蔦はこの男の手によって生み出され、それを操っているのも彼のようだった。

「赤い瞳とこの芳醇な血の香り。お前、シチリアーノのドン=ルチアーノから血を分けた物か」

「だとしたら何なんだ」

「ドンの血を引く者を探していたんだよ。マフィアなんて野暮な商売を始めた所為で、ドンと血の掟オルメタを交わした不死者は、殆ど灰にされてしまったからね」

「ずいぶんとマフィアに詳しいじゃないか」

「ヴァンパイアのような希少価値のある生き物を集めるのが趣味なんだ。ここに来たのも、フロレンティアにドンが潜んでいるという情報を得てね……」

 そこで値踏みするように、男はヴィンセントの体を卑しい眼で観察する。

「けれど、年老いたヴァンパイアより君の方が良いね。若いし見た目も美しい」

「男に褒められても嬉しくないな」

 そう言って身をよじれば、男はむしろ嬉しそうに喜ぶ。

 そのとき、唐突に二人に間に入った影があった。

「貴様のような虫けらに、息子を渡すわけにはいかんな」

 いつの間にか蔦から抜け出していたのは国王。その手には短いナイフが握られている。

「どきなよジジイ」

「私をジジイ呼ばわりするとは、良い度胸だな」

 言いながらナイフを振り上げれば、男は素早くヴィンセントの側から後退する。

 かわりに、ムチのようにしなった蔦が国王へと迫った。

「陛下、ナイフを!」

 叫んだのはキアラ。声に導かれるまま彼女の手元にナイフを投げつければ、それを受け取ったキアラが自身の蔦を切り裂く。

 転がるようにツタから抜け出たキアラは、国王を庇うように剣を構えると、後ろ手でナイフを返した。

「ヴィンセント様の蔦を斬って!」

 迫り来る蔦の動きを目で追いながら、キアラは国王に攻撃が及ばないよう、手にした剣で蔦を切り裂いていく。

 その隙に国王がナイフを振り上げるが、それよりも早く、更に太い蔦がヴィンセントの体に巻き付いた。

「そう簡単に返すものか」

 鋼のように堅くなっていく蔦に弾かれるナイフ。

 その中ではきつく体を圧迫されたヴィンセントが苦痛に顔を歪ませた。

「あの術者をどうにかせんとだめそうだ」

 国王の指摘にキアラは男に目を向けるが、迫る蔦の勢いに押され、攻撃に出る余裕はない。

 防戦一方のキアラと、激痛に喘ぐヴィンセントを前に、国王はきつく拳をにぎる。

 勝利を確信し微笑む男、その笑顔をにらみつけながら、国王は手にしたナイフを持ち直し、蔦に視線を走らせた。

 攻撃の勢いが緩まる一瞬を狙い、国王は男へとナイフを投げる。

 蔦と蔦の僅かな間を走るナイフ。ねらいは僅かに外れたが、鋭い刃は男の肩に深く突き刺さった。

 痛みに悲鳴を上げながら、男は国王に殺意を向ける。

 だがそれを、男の物よりも更に冷たい殺意が跳ね返した。

「言ったはずだ、余の息子に手を出すなと」

 口調は静かだが、国王の言葉は空気と男を震えさせる。

「余はもう、二度と息子を失うわけにいかんのだ。もしこれ以上続けるというなら、八つ裂きにされてでも、余はお主を叩き潰す!」

「なら、試してみるがいい!」

 男の魔力によって、床を破り更に太く鋭い蔦が次々と生み出される。

 それら全てが向かうのは国王の元。

 竜を思わせる動きで猛襲したそのすべてを、ナイフ1本で防ぐのは不可能だ。

 それでもひるむことなく、立ち続ける国王。その前に、剣を構えたキアラが飛び出した。

 どけと国王が叫ぶ前で、キアラの体を蔦が貫く。剣とキアラの技量を持ってしても、全ての蔦を切ることは敵わなかったのだ。

 血を流し、それでも剣を構え続けるキアラを国王が支える。

「無茶をするんじゃない!」

「それはこっちの台詞です……。身の安全…全然確保できてないじゃないですか…」

 攻撃の第二波を剣で退けながら苦笑するキアラ。だが第三波までは、持ちそうもなかった。

 剣をはじき飛ばされ、それでもなお立つキアラに迫る蔦の刃。

 今度こそ駄目かと思われたそのとき、ヴィンセントをとらえていた蔦が軋んだ。

 気がつけば苦痛に喘いでいたはずの声が、獣の咆哮を思わせるそれへと変わる。

 直後、蔦を引きちぎり、怒りと殺意の炎を目に宿したヴィンセントがキアラの前へと飛び出した。

 攻撃はない。だが、蔦の刃をその身で全て受けきり、ヴィンセントは怒鳴る。

「無茶なのは君もだ!」

 人を越えた力で蔦を体から引き抜くヴィンセント。酷い出血でありながらも、彼は揺らぐことなく立っている。

「さすがにドンの血は強いな」

「強いのは、俺の血だけじゃないさ」

 キアラ達を護るように剣を構えるヴィンセント。そんな彼を我が物にしようと思いを募らせた男は、今一度腕を掲げ地面から無数の蔦を生み出していく。

 だがその背後に、黒い影がしずかに忍び寄っていた。

 気配を感じ、振り向いた男の手に食らいついたのは一匹の獣。

 巨大な狼を思わせるその生き物に、男は慌てて杖を振る。

 地面から飛び出した蔦を避けるために獣が後退すると、男は恐怖と喜びを織り交ぜた笑顔で叫んだ。

「不死者の次は狼男か!」

「今時、獣人くらい珍しくもねぇだろ」

 獣の声に、ハッとして顔を上げたのはキアラ。

 ヴィンセントの側に着地した途端、獣は人の形を取った。

 だが厳密にはそれは人ではない。人と、そして竜を思わせる姿へと変貌した異形の者は、恐ろしく禍々しい爪で蔦を切り裂いていく。

 だが、醜い外見の異形を見たキアラとヴィンセントは、むしろその姿にホッと胸をなで下ろす。

「本気になるのが遅すぎです」

 ヴィンセントの言葉に、お前もだと答える声はヒューズの物だ。

 並び立ち、新たに出現した蔦をあっという間に切り裂いた二人を、誰よりも真剣に見入っていたのは男だった。

「獣、そして竜……! いや、それだけじゃない……! 貴様、いったい何匹化け物を飼っている!」

 ヴィンセントからヒューズへと視線を移した男は、とりつかれたように彼へと腕を伸ばす。

 それに合わせて再び迫り来る蔦の嵐。

 だがヒューズとヴィンセントに死角はなく、男が欲する人外の動きで彼らはそれらを軽々と切り裂いた。

 それまでと形勢が逆転し、戦いは一気に終幕へと向かう。だが男の目は狂気を宿したままだった。

「素晴らしいな。これこそ私が求めていた存在だよ」

 興奮を抑えきれないといった様子で叫ぶ男に、ヒューズが顔をゆがめた。

「目が見えなくて良かったよ。あんな変態、視界にも入れたくない」

「いずれ嫌でも、私だけを見るようにしてやるさ」

 蔦の向こうから聞こえた声に、ウンザリするヒューズ。

 だが彼が黙れと忠告するより早く、男の口から悲鳴がもれた。

「あいつに好きかってして良いのは、私だけなのよこの変態クソ野郎」

 腕を押さえてしゃがみ込む男に、剣を突きつけているのはレナス。

「貴様等いつのまに」

「僕、あなたと同業種なんで」

 いつのまにか、男の杖をアルベールが握っていた。どうやらレナスの剣によってはじき飛ばされたそれを、ちゃっかり回収したらしい。

「…悪しき魔法よ、我が手により良き力へと変われ!」

 魔力を秘めた言の葉で空気を震わせれば、キアラ達を取り巻いていた蔦は方向を変え、今度は男を縛り上げる。

「ちゃんと魔法使えたのね」

 と失礼なことを言うレナスに唸りつつ、アルベールは杖を手に男へと近づいた。

「まだやるつもり?」

「…さすがに甘く見すぎたか」

 アルベールを見つめる目は怒りに満ちていたが、男の声に焦りの色はない。

 それを訝しく思いつつ、構えを解いたヴィンセントとヒューズ。

 男はそんな二人を、じっと見つめた。

「けれど私は諦めん」

 ふっと笑うと同時に、唐突に男の体から力が抜ける。

 蔦の中で意識を失う男に、駆け寄るアルベール。

 男の体に触れたアルベールは、先ほどまでの荒々しい魔力が男から消失している事に気付く。

「逃げられたみたい」

 どういう事だとヴィンセントが尋ねると、アルベールは杖に目を落とす。

「体と心を操る魔法の名残がこの人に残ってる。たぶん、誰かがこの人を操ってたんだ」

「と言うことは、真犯人は別にいるのか」

「それもかなり強い魔法使いだよ。人の心に進入するなんて、並の魔法じゃない」

 アルベールの言葉に不安は残るものの、彼曰くそう何度も使える術ではないそうだ。

「ひとまず、脅威が去ったことだけでも良しとしよう」

 ヴィンセントの言葉に、一同は剣を収める。

 そんな中、キアラとヒューズの二人が力尽きたようにその場に崩れ落ちた。

 キアラにはヴィンセントと国王が、ヒューズにはレナスとアルベールが駆け寄る。

「無茶しすぎよ!」

 最初に怒ったのはレナスだった。人へと回帰するヒューズの肩を乱暴に叩く彼女に、ヒューズが力無く笑う。

「さすがに、睡眠不足の時にやるもんじゃないな」

「変身は一回だけってお父様とも約束したでしょう」

「でも蔦がきつくて人のままじゃ抜けなかったし」

「とにかく、今後はワンコにもトカゲになるのも禁止!」

 ワンコとトカゲ扱いは釈然としなかったが、向けられたレナスの瞳が僅かに潤んでいることに、ヒューズは気付いてしまう。

「わかった、もう無茶はしない」

 ヒューズがそう言って、レナスの頭を撫でる。その仕草があまりにも親密に見えて、側にいたアルベールが二人を引き離そうと思わず腕をのばす。だがその直後、ヴィンセントの怒鳴り声がアルベールの変わりを果たす事となった。

「頼むから、行動する前に自分が人間だって事を思い出してくれ」

 ヴィンセントの腕の中で小さくなっているのはキアラ。

「だけど、陛下が怪我したらって思ったら体が……」

「そもそもあなたも、勝ち目のない戦いで無駄に喧嘩を売るのはやめて下さい!」

「お、男には引けない戦いがだな……」

「それで彼女まで死んだらどうするつもりですか!」

 ヴィンセントに怒鳴られ、国王もまたキアラと同じく肩身を狭くする。

「気を付けます」

 最初に謝ったのはキアラ。その体をヴィンセントがきつく抱きしめる。

 むせるほどの血のにおいに、彼の中の吸血衝動が高まっていく。だがそれでも、彼女を離すことはしたくなかった。

 そのとき、ようやく応援の騎士が劇場内に駆けつけた。

 先頭に立つのはヴィート。その姿に、国王の表情が僅かに曇る。

 国王の表情の変化に気付いたキアラ。彼女は残った力を振り絞り、国王の背を押した。

「良い機会ですよ」

 その言葉と視線に国王はハッとしてキアラを見上げる。だが国王が声をかけるのを躊躇っているうちに、ヴィンセントがキアラを抱き上げた。

「ヴィート騎士団長」

 声をかけたヴィンセントに、ヴィートはキアラに視線を落とし、そして何も言うなと呟く。

「アレッシオの所に運んでやってくれ。俺は、あそこのハゲを城まで送り返さなきゃならん」

 だがその前にと、ヴィンセントの腕の中のキアラをヴィートは撫でる。

「ちゃんと、お爺ちゃんノンノの事護りましたよ」

 ささやかれた言葉に、ヴィートは良くやったと彼女の頭を撫でた。

 僅かなやり取りだったが、国王は二人のやり取りでキアラの正体を悟ったようだ。

「あの子は…」

 近づいてきたヴィートに尋ねれば、彼は得意げに微笑む。

「うちの自慢の騎士ですよ」

「それだけじゃないだろう!」

「それ以上のことを聞きたかったら、今は俺と一緒に城に戻って下さい」

 遠慮のない物言いで、国王に手をさしのべるヴィート。

「お前の手を借りなくても、一人で帰れる」

 だが素直ではない国王は、ヴィートの腕を払って立ち上がった。だがその体が、不自然に傾ぐ。

「そういう所、昔からの悪い癖だ」

 国王にだけ聞こえる声で言って、ヴィートは彼を支えながら歩き出す。

 自分を力強く支えるヴィートの腕に、国王はその身をゆだねる他ない。

 最後の抵抗とばかりに不機嫌な表情を顔に貼り付け、国王はヴィート共に劇場を後にした。

※11/4 誤字修正致しました。(ご指摘ありがとうございます)

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