Episode06-2 働かないのも困りよう
チネマ・オデオン。
現在改装中のその映画館は、古い宮殿の中に作られた物だった。
フロレンティアでは歴史的な景観を後世に残すため、新しい建築物を建てることが禁止されている。
そのため使われなくなった宮殿などが、新しい娯楽施設やリストランテに改装されることがこの街では多い。
チネマ・オデオンはその代表で、スクリーンと客席はもちろんあるが、宮殿として建てられた当時の彫刻やタペストリー、そして中央のステンドグラスやクーポラはしっかりと残っているため、映画館と言うよりはオペラ劇場を思わせる。
しかし近年、ステイツを中心とした映画スタジオは魔法を撮影に取り込む大がかりな映画を取るようになり、フィルムにさえも特殊効果を生み出す魔法をかけるのが流行だ。
それらの効果を引き出すには、古い建物とスクリーンでは不十分。
そのためチネマ・オデオンも、最新の映画への対応と建物の修繕のため、改装することになった次第である。
とはいえこの国は、とにかく仕事が遅い。
街の治安に関わる騎士団ならともかく、休憩時間と休日とデートの時間がないと働かないのがフロレンティア人だ。
それ故休暇の時期とかぶったここ数週間は工事がストップしており、それに目を付けた誘拐犯達が一時的な根城にここを選んだようだ。
劇場内が一望出来る映写室に入ったヴィンセントとキアラは、犯罪者の巣窟とかしている内部に思わずため息をこぼす。
敵の数は30人近く。そして彼らが取り巻く劇場の奥、スクリーンが置かれた舞台の前には、縄で縛られた貴族達10人ほどが集められていた。
このまま突っ込んでも、逆に人質を盾にされ身動きが取れなくなるのは目に見えている。
しかし応援を待っている間に老人の素性がばれたら大事だ。
さてどうしようかと顔を見合わせたとき、唐突に映写室の扉が開いた。
剣を構えた二人の前に現れたのはヒューズとレナスとアルベール。
「ヒューズさん達も上から?」
ヴィンセントが尋ねると、ヒューズが肩を回しつつ頷く。
どうやら、二人を抱えてヴィンセントと同じ事をしたようである。
目にはまだ包帯が巻かれていたが、彼の動きは目が見えているときと何ら変わりはなく、ヴィンセントも舌を巻く。
「敵は?」
「30人弱です」
尋ねたのはヒューズ、答えたのはヴィンセントだった。
「外とあわせると40近くいるな」
「一瞬で片を付けるには少々多い」
この数を少々といえる当たり、二人の話は次元が違う。
たしかにこの二人が本気になれば、竜だってひとひねりだ。今回も人質さえいなければ無傷で全員捕縛してしまうところだろう。
「位置がバラバラなのも面倒ですね」
さすがに敵の立ち位置まではわからないヒューズに中の状況を伝えれば、ヒューズもヴィンセント同様顔をしかめた。
だがその点は問題ないと声が上がる。
「この劇場後方と左右に4つ扉があるの。そこから一気に突入すれば敵の注意も分散出来るし丁度良いんじゃない?」
扉の位置を指摘したのはレナスだ。
「良くデートで使ったから、間取りはばっちり把握してるの」
「でも、僕は連れてってくれなかった」
と空気を読まずしょげているアルベールにレナスが呆れる。
「王子様が映画なんて見るとは思わなかったのよ」
「なら今度連れてって」
「あんた、恋人作らない宣言はどうしたのよ」
「なんか、他の男がしていることを僕だけしてないのって我慢出来ないんだ」
言いながら、アルベールがハッとした顔でヒューズを見る。
「ヒューズさんはレナスさんと映画を見たことは?」
「この男が一番回数多いわよ。彼氏と行けない映画には無理矢理連れてくし」
清楚なお嬢様キャラで売っているため、男臭いアクション映画や、年柄もなく絶叫したいときに見るホラー映画はデートにはつかない。そのためヒューズが呼び出される機会は多いようだ。そして話を聞きながら、アルベールが悔しそうに唇を噛む。
「僕も、ホラー映画でレナスさんに抱きつかれたい」
「言っておくが、映画代もジェラート代も出すのは俺だぞ」
その上抱きつくと言うより絞め殺す勢いで腕を回され、次の日は必ず筋を痛めるのが常なのだという。
「これを羨ましいというなら、むしろ代わってくれ」
その言い方が気に入らないのか、ヒューズを殴り飛ばすレナス。
そのやり取りもまた、羨ましそうに見ているアルベールに、ヴィンセントとキアラは呆れてしまう。
最初の関係から考えると、よくここまで仲良くなった物だと感動する一方、時も場所も顧みず騒ぎ出す彼らにヴィンセントはため息を重ねた。
「デートのプランは終わってから練ってくれ」
「レナス隊長もそろそろヒューズ隊長の首から手を離してください。大事な戦力が作戦前に死んでしまいます」
実際、既にヒューズの息は止まりかけていた。
※11/3 誤字修正致しました(ご報告ありがとうございます!)