Episode06-1 老人を追って
「すいませんでした」
頭を下げるキアラに、事情を知った4人は彼女を諫める。
「さすがにそんな不審者が国王だとは思わないわよ」
「だけどずっと側にいたのに」
「始めて会ったならわからなくて当然だ。それよりまだ近くにいるかも知れない、すぐに探そう」
ヴィンセントの言葉に少しだけ気持ちを浮上させつつ、キアラは頷く。
「ヒューズ、国王の姿探せる?」
キアラが落ち着いたのを見計らって尋ねたのはレナス。その言葉に、ヒューズが静かに目を閉じる。
「あの、探せるって?」
尋ねたのはアルベール。ヒューズの集中を途切れさせないように声を押さえながら、レナスが答えた。
「こいつの目は特殊でね、一所にいながら他の場所を見通すことが出来るの」
「凄い魔法ですね」
「キアラ、国王の服装は?」
レナスの問いかけにキアラが素早く答えれば、ヒューズが見付けたと目を押さえる。
「まずいな、人相の悪い奴らに捕まっている」
「噂の誘拐犯?」
「わからん。だが、古い映画館が見える」
「敵の人数は?」
ヒューズが答えようとした直後、彼の口から苦悶の声が漏れる。
目を押さえ、その場に膝をつくヒューズ。
その指間だから赤い血が零れた。
「すまん、特定する前に眼をふさがれた」
慌ててレナスが手をどけさせれば、ヒューズの眼から血の涙がこぼれる。
「酷い」
「犯人の中に魔法使いがいるようだ」
ヒューズは言うと、最後に見た光景を告げる。
「古い映画館って事は、チネマ・オデオンかもしれません。あのあたりは改装中の建物が多いので、身を隠せる場所が多い」
キアラの言葉に、騎士達は素早く行動を開始する。
アルベールは素早く近衛兵に応援の連絡を入れ、レナスはヒューズの眼に包帯を巻きつつ部下と騎士団長のヴィートに連絡を入れる。
後で合流すると告げた3人をその場に残し、一足先に駆けだしたのはキアラとヴィンセント。
裏道に詳しいキアラの案内で、最短ルートで映画館まで向かえば、ヒューズが言った通り、建物の周りには柄の悪い男が立っている。
「当たりだな」
「でも正面から乗り込むのは危険そうですね」
敵の数を数えていたキアラ。だがヴィンセントは男達ではなく視線を上へと向けた。
「あそこから入ろう」
ヴィンセントが指さすのは、屋根の上についた小窓だ。小さいが、確かに敵の影は見えない。
「でもどうやってあそこまで上がります?」
「跳べばいい」
言うが早いか、ヴィンセントはキアラを抱き上げる。
久しぶりのお姫様だっこに叫びだしたい衝動をこらえるキアラ。
それをおかしそうに見ながら、ヴィンセントは地面を蹴った。
響いたのは軽い足音、だが二人の体はあっという間に屋根の上まで飛び上がる。
「その脚力は、うらやましい…」
瓦屋根に着地したヴィンセントにキアラが思わずこぼす。
「うらやましいって……」
「だってそれだけの脚力があれば、スリも逃がさないですみそうです」
「人前では早々使えないけどな」
王子が人外の存在、それもヴァンパイアだと言うことは、表向きには知られていない。
元マフィアだと言うだけで風当たりが強いので、それ以上の波風を立てないためだ。
「でもやっぱりうらやましいです。まるでヒーローみたいで」
「ヴァンパイアをヒーロー呼ばわりするのは君くらいだぞ」
「でも、これから国王を助けに行くんでしょう?」
だったらヒーローですよと言うキアラに、ヴィンセントは思わず吹き出した。
「ヴァンパイアをこき使う君の方が、よっぽどヒーローに見えるけどな」
「ヒーローの器じゃありませんよ。蜘蛛の糸とかも出ないし」
真面目に返すキアラがあまりに可愛くて、ヴィンセントは思わず抱きしめたくなったが、悠長なことをしていると中の国王に怒られるので、ここはぐっと我慢する。
「じゃあ、ヒーローになりにいくか」
ヴィンセントの言葉に頷くキアラ。
そして二人は音もなく瓦屋根を駆け、映画館の入ったビルの屋根へと飛び移った。