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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の休日編■
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Episode05-1 トラットリアで昼食を

 老人が指定した店は、アルノ川沿いにある有名なリストランテだった。

 街の観光名所であるヴェッキオ橋を一望でき、なおかつ味の良いステーキを振る舞うその店は観光客に人気で、その日も平日だというのに行列が出来ている。

「これは時間がかかりそうだな」

 長い行列にため息をこぼしたのは老人。いくら足腰がしっかりしているとはいえ、大聖堂からの道のりを馬車も使わず歩いてきたのだ。その上1時間近く待つともなれば、さすがに体力は持つまい。

「しかたない、違う店に行こう」

 そう言う老人の声は心の底から残念そうで、先ほどの罵詈雑言への苛立ちはありつつも、彼女は老人の手を引いた。

「良かったら、私のお薦めの店に行きませんか?」

「ちゃんとした飯が食えるんだろうな」

 相も変わらず口が悪い。だが、キアラは気にしないことにした。そもそも気にしていたら身が持たないし、日々口が悪い騎士達に囲まれている所為で、皮肉くらいであれば受け流す技術がある。

「この店、実は先月オーナーシェフが先代の息子さんに変わったんです。勿論味は同じですが、前のシェフが別の所で軽食堂トラットリアを開いてるので、よろしければそちらに」

 そこなら空いているというキアラに、最初のうち老人はあれやこれや言い訳を付けてごねた。

 しかしどんな頑固物でも、空腹には勝てなかい。

 最後は、まずかったらただじゃすまないと目を怒らせつつ、結局キアラについて行った。

 アルノ川から離れ、アパートメントが軒を連ねる細いとおりの奥に、キアラの言うトラットリアはあった。

 人気がないことに老人はやたらと警戒を示したが、中に入ってしまえば綺麗な店内には客も多い。

 小さなバールを改装したらしいその店は広くはないが、子ども連れも多く見受けられ老人も警戒を解く。

「おお、キアラじゃないか」

 店に入るなり、厨房から顔を出したのは恰幅のいい男。

「まだランチやってます?」

「もちろん。君が来るのを待ってたところさ」

 調子の良いことを言って、シェフのジーノは老人とキアラを奥の席へと案内する。

「それにしても、今日の彼氏はかなり年上だね。やけるよ」

 自分の年を棚に上げて笑うジーノに、老人の案内をしていること告げるキアラ。

 彼の店に行ったことを告げれば、ジーノは大層喜び、前の店で出していたコースを振る舞ってくれるという。

 さすがにお金がないとキアラは辞退しようとしたが、老人はジーノに素早く頷いた。

「ではシェフのお薦めを二つ」

「ワインは?」

「そちらもお任せ出来るか?」

 頷いてメニューを下げるジーノ。

 そのやり取りを見ていたキアラに老人は、相変わらずの仏頂面のまま言葉を重ねる。

「ここは奢ってやる。後で案内料を請求されると困るからな」

 口は悪いが、恩を仇で返す性格ではないようだった。

 そう言えば席に着いたときも、ジーノよりも先にさり気なく椅子を引いてくれたのは老人。わかりにくいが、本当は紳士的で優しい人なのだとキアラは今更のように気付く。

 苦手意識ばかりが先行して距離を置いていたが、こちらが心を開けば彼も少しは優しくなるかも知れない。

 ほんの少しの勇気を出し、キアラは老人に目を向けた。

「そういえば、フロレンティアにはお一人でいらしたんですか?」

 キアラの問いに、老人は怪訝な顔だ。

「別に他意はないです。ただの世間話ですよ」

 キアラが言えば、老人はようやく口を開く。

「一人だ。息子達は、最近あまり構ってくれなくてな」

「息子達って事は、何人もいるんですか?」

「ああ。皆自慢の息子達でな、私に似て頭も良く見目麗しく女子にも人気なのだ」

「たしかに、おじいさん昔はモテてだだろうなぁ」

「昔?」

 ぎろりと睨まれて、キアラはすぐさま「今もです」と繋げる。

 多少ギスギスはしているが、一度話し始めると老人は意外にお喋りだった。

 出される料理とワインも気に入ったようで、デザートが運ばれてくる頃には警戒も解け、老人の方からもキアラに話を振るまでになっていた。

 そんなとき、老人がそばの席を気にしていることにキアラは気付いた。

 老人の視線の先には、彼と同じくらいの男とその孫らしき少年が座っている。

 お爺ちゃんノンノお爺ちゃんノンノと祖父との食事を楽しんでいる幼い少年に思わず顔をほころばせるキアラ。だが老人は何故か少し寂しげだった。

「お孫さん、いらっしゃらないんですか?」

 思わず尋ねると、老人は寂しげな顔のままワインをくゆらせた。

「みないい年をして結婚せんのだ。一番良くしてくれる息子にも、見合い話を断られた」

 一瞬睨まれた気がするが、理由はわからないのでここはふれないでおく。

「一番上の息子には子どもがいるようだが、あいつが若いときに勘当してしまった建前会いにも行けん。…このままじゃ、死ぬまで孫の顔はみれんじゃろう」

 勘当という言葉に、何気なく思い出されたのは自分の父の事だ。

「意地をはらずに会いに行ってみたらどうですか? 意外と、勘当された方は気にもしてないかもしれませんよ」

「君に何がわかる」

「私の父が勘当された方ですけど、祖父のことを恨んでいるとは言っていませんでした。かなり拗れて別れた方だとは思うんですけどね」

 キアラの言葉に老人は少し驚いた顔をする。

「じゃあ、君は自分の祖父にあったことがないのか?」

「会ってみたいけど、お忙しい方みたいですしね。それに、うちの家庭は結構複雑で、会いたくてもそう簡単には会えなくて」

 微笑みながら、キアラは老人に目を向ける。頑固で口が悪くて意地悪だけど、それが逆に想像の中のノンノと似ていて、長年の夢が叶ったような気がしていた。

「ノンノって、いつかは呼んでみたいんですけどね」

 でも無理かなぁとこぼすキアラのグラスに、老人がワインをつぎ足す。

「私も、死ぬ前に一度は呼ばれたい」

「なら長生きしなきゃですね」

 向けられた微笑みと言葉に、老人は思わず目を奪われた。

 色気もかわいげもないと思っていたが、穏やかなその笑みは彼の心を暖かく解かしていく。

 それどころか、キアラの優しい瞳に亡き妻の面影までよぎる始末だ。

「君が魔女だったら、私に勝ち目はないな」

 降参とばかりに頭を抱えれば、キアラはきょとんとした顔で小首をかしげる。一度可愛いと思ってしまうと、こういう何気ない仕草からも目が離せなくなるから不思議な物だ。

 けれど老人は、それを必要以上に警戒しなくなっていた。

「なんでもない。それよりも、君にひとつ聞きたいことがある」

「何ですか?」

「どうやって王子を落とした?」

 唐突な質問に、キアラはあわてふためく。

「なんだ、人に話せないことか?」

「いや、話しても信じて貰えるかどうか」

 キアラの言葉に老人は不審そうな顔をする。だが誤魔化しては貰えそうもなく、キアラは渋々出会いを語り出す。

「王子様と出会ったのは合コンでした」

 そしてキアラは、老人の爆笑に耐えながらヴィンセントとの馴れ初めを話す羽目になった。

※06/21 誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

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