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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の休日編■
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Episode04-2 結婚出来ない理由

 トマトソースの香りに誘われ、夢からさめたレナスは枕元の時計に手を伸ばす。

 時刻は既に昼の12時を回っている。

 結局二度寝をしてしまったとぼんやり思いつつ、寝癖もそのままに寝室を抜け出せば、馴染みの男が台所に立っていた。

「良いにおい」

「お前がつくれって言ったんだろう」

 フライパンを傾けながらレナスを見て、そしてヒューズはため息をつく。

「顔洗って着替えてこい」

「家だといつもこうだし」

「客が来ててもか?」

「あんた客じゃなくて執事だもん」

 言うが早いが、できたてのトマトソースがかけられたラビオリをつまみ、レナスは口に入れる。

「美味しい!」

「火傷するぞ」

「だってお腹空いたんだもん」

「すぐ出来るから待ってろ」

 宣言通り、居間の中央に置かれたテーブルに次々と並べられていく料理とワイン。

 ソファーに座りながらそれを眺めていたレナスだが、結局ヒューズの許しを待てず、彼が皿を並べる横から料理に手を伸ばしていく。

 オーダーしたラビオリの他に、トマトソーススパゲッティ、ズッキーニのオムレツフリッタータ野菜スープブセッカ、オリーヴァやプロシュットと言った酒のつまみがテーブルには並んでいた。どれも、レナスが好む物ばかりだ。

「このスパゲッティ美味しい」

「昔から、トマト系の味すきだよな」

「うん。いつも作ってくれるアサリの奴、あれと同じくらい好きかも」

 言いながら、あのスパゲッティもまた食べたいとこぼせば、ヒューズがグラスにワインをつぎつつ苦笑する。

「次はそっちにするよ」

 次という言葉に、レナスはほんの少し胸の辺りがむず痒くなるのを感じた。

 レナスの我が儘にヒューズが答えるのはいつものことだが、最近はお互い忙しくこうして家でゆっくりと過ごす事は少ない。

 休日が合うことはまれで、その上レナスは休みが来るたびに合コンに明け暮れていた。

 アルベールと別れてからと言うもの、レナスは新しい恋人を作ろうと躍起になっている。最近は親からも圧力をかけられており、27になるまでに恋人がいないなら見合いをしろと迫られる始末だ。

 もちろん、レナスだって好きで独り身でいるわけではない。だが結婚という単語を意識すればするたび、出会った男達の中に理想の相手を見いだせずにいた。

 むしろ、気の置けないヒューズとこうして飲んでいる方が、結婚に対するヴィジョンが見えてくるくらいだ。

「結婚するってこんな感じかな」

 唐突な言葉に、ヒューズが思わずむせる。

「何その反応。私が相手じゃそんなに不満?」

「いや、唐突だったから」

「私だってね、結婚したらこうかなぁとか想像くらいするの」

 言ってからふと、我がなら誤解されそうな台詞だった事に焦る。

「もちろん、あんたとは絶対しないけど」

「言わなくてもわかってるよ」

 つれない返事に何故だか怒りを覚えたが、レナスが不満を口にするより先に、ヒューズが呆れ声で言葉を繋げる。

「ってか、お前の想像する結婚生活の中じゃ、料理をするのは旦那なのか」

 言われて始めて、何の躊躇いもなくそう思っていた自分に気がついた。

「掃除も洗濯も全部やって貰うつもりだった」

「そう言うところお嬢様だよな」

「だって、男の人ってそういうの得意なのかと」

「んなわけあるか」

「でもヒューズは何でも出来るじゃない」

「そりゃあ、我が儘なお嬢様のオーダーに15年間振りまわされてきたからだろう」

 本気で驚いた顔をするレナスに、ヒューズは頭を抱える。

「でもほら、最近は家事が出来る男性が人気だし」

「だからってお前のオーダーに全部答えられるスペックはそうそういないぞ。それに、需要があるからって、この手の物は供給が追いつく訳じゃない。みんなどこかで妥協するもんだ」

「でも結婚相手よ。一生付き合うのに」

「だからこそだろ。妥協しあえる相手こそ、一生過ごせる相手だ」

 ヒューズの言葉に、レナスは今更ながら恋を失い続けてきた理由を知った。

「私、高望みしすぎてたんだ」

「今更だなおい」

「だって、結婚相手はパーフェクトな人って思ってたし」

「なら貴族はどうだ? 技能はなくても、需要を満たす使用人はいるだろう」

 ヒューズが言うと、レナスは彼が作ったラビオリに目を落とす。

「そういうのは、やだ」

「でも色々と条件は…」

「私は、普通の夫婦生活がしたいの。食事も家事も他人に任せるんじゃなくて自分の家族でやるの、それでご飯もいつも一緒に……」

 言葉を重ねるにつれて物言いが幼くなっていくレナスに、ヒューズはいつも一人で食事をしていた幼い彼女の姿を思い出す。

 レナスの両親は貴族でありながら、国の重要な職務につく聖騎士であった。それゆえ、レナスを家に置いたまま仕事で帰らない日も多く、彼女はいつも家で一人だった。

 両親の前ではいつも聞き分けの良い子どもの振りをしていたが、一人になると、彼女はいつも両親を呼びながら泣いていた。自分に懐いたのだって、結局は常に側にいる存在が自分だけだったからだヒューズは思っている。

 なにせ、一時期は寝るときまで側にいろと、同じベッドに入り込んできたことまであったのだ。

 たくましいようで寂しがりやな騎士隊長は、親と子が当たり前に側にいる、そんな一般家庭の温かさが今でも欲しいのだ。

「じゃあ、お前も料理が出来るようにならないとな」

「…出来る人と結婚する」

「えり好みしてる時間無いんだろう」

 言葉に詰まり、レナスはラビオリを大きな口でほおばった。

「時間があるときで良いなら、教えてやるよ」

「あんたの方が忙しいのに」

「いつもは遠慮しないくせに」

「でも、私があんたのレシピ覚えたら……」

「覚えたら?」

「ヒューズ、もう私にご飯作ってくれないでしょう」

 またえらいところに引っかかったなと、ヒューズは呻く。

「だから、習うなら教室通う」

「別に、俺はそんな心の狭い人間じゃないぞ」

「けど、嫌々やってるじゃない」

「嫌じゃないさ」

 苦笑と共にはき出された言葉に、レナスは思わず彼を見た。

「こんなに美味い美味いって言ってもらえるんだ、嫌なわけないだろう」

 向けられた微笑みに、何故だか胸が熱くなる。

 その胸の熱には覚えがあったが、それは目の前の男とはほど遠い物のはずだった。

 だからレナスは、勘違いだと心の中で繰り返し続ける。

「それにお前。そんなことを気にするくらいなら、もっと他に気にする所があるだろう」

 着替えとか、と繋がれて、今更のようにレナスは赤くなった。

 当たり前に側にいたけれど、相手は便利な道具ではない。一人の男なのだと、今更のように自覚して、レナスは開いたままの足を閉じた。

 そのとき、料理に向けられていたヒューズの視線が不意に玄関へと向けられる。

 少し遅れて、響いたのは玄関の呼び鈴だ。

 何故だか呼び鈴にホッとして、玄関へと駆け出すレナス。それをヒューズが慌てておったが、彼女は躊躇いもなく玄関を開けた。

 扉の向こうに立っていたのはヴィンセントとアルベール。二人はレナスの姿を見て、固まる。それどころかアルベールは鼻血を出して転倒する。

「ちょっと、どうしたのよ!」

 とアルベールの側にしゃがみ込もうとしたレナスを、後ろから抱えて部屋に引き戻したのはヒューズ。

「やっぱりおじゃまでしたか?」

「こいつはいつもこんな格好だ!」

 ヒューズの指摘にレナスはアルベールの鼻血の意味を知った。

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