Episode04-2 結婚出来ない理由
トマトソースの香りに誘われ、夢からさめたレナスは枕元の時計に手を伸ばす。
時刻は既に昼の12時を回っている。
結局二度寝をしてしまったとぼんやり思いつつ、寝癖もそのままに寝室を抜け出せば、馴染みの男が台所に立っていた。
「良いにおい」
「お前がつくれって言ったんだろう」
フライパンを傾けながらレナスを見て、そしてヒューズはため息をつく。
「顔洗って着替えてこい」
「家だといつもこうだし」
「客が来ててもか?」
「あんた客じゃなくて執事だもん」
言うが早いが、できたてのトマトソースがかけられたラビオリをつまみ、レナスは口に入れる。
「美味しい!」
「火傷するぞ」
「だってお腹空いたんだもん」
「すぐ出来るから待ってろ」
宣言通り、居間の中央に置かれたテーブルに次々と並べられていく料理とワイン。
ソファーに座りながらそれを眺めていたレナスだが、結局ヒューズの許しを待てず、彼が皿を並べる横から料理に手を伸ばしていく。
オーダーしたラビオリの他に、トマトソーススパゲッティ、ズッキーニのオムレツ、野菜スープ、オリーヴァやプロシュットと言った酒のつまみがテーブルには並んでいた。どれも、レナスが好む物ばかりだ。
「このスパゲッティ美味しい」
「昔から、トマト系の味すきだよな」
「うん。いつも作ってくれるアサリの奴、あれと同じくらい好きかも」
言いながら、あのスパゲッティもまた食べたいとこぼせば、ヒューズがグラスにワインをつぎつつ苦笑する。
「次はそっちにするよ」
次という言葉に、レナスはほんの少し胸の辺りがむず痒くなるのを感じた。
レナスの我が儘にヒューズが答えるのはいつものことだが、最近はお互い忙しくこうして家でゆっくりと過ごす事は少ない。
休日が合うことはまれで、その上レナスは休みが来るたびに合コンに明け暮れていた。
アルベールと別れてからと言うもの、レナスは新しい恋人を作ろうと躍起になっている。最近は親からも圧力をかけられており、27になるまでに恋人がいないなら見合いをしろと迫られる始末だ。
もちろん、レナスだって好きで独り身でいるわけではない。だが結婚という単語を意識すればするたび、出会った男達の中に理想の相手を見いだせずにいた。
むしろ、気の置けないヒューズとこうして飲んでいる方が、結婚に対するヴィジョンが見えてくるくらいだ。
「結婚するってこんな感じかな」
唐突な言葉に、ヒューズが思わずむせる。
「何その反応。私が相手じゃそんなに不満?」
「いや、唐突だったから」
「私だってね、結婚したらこうかなぁとか想像くらいするの」
言ってからふと、我がなら誤解されそうな台詞だった事に焦る。
「もちろん、あんたとは絶対しないけど」
「言わなくてもわかってるよ」
つれない返事に何故だか怒りを覚えたが、レナスが不満を口にするより先に、ヒューズが呆れ声で言葉を繋げる。
「ってか、お前の想像する結婚生活の中じゃ、料理をするのは旦那なのか」
言われて始めて、何の躊躇いもなくそう思っていた自分に気がついた。
「掃除も洗濯も全部やって貰うつもりだった」
「そう言うところお嬢様だよな」
「だって、男の人ってそういうの得意なのかと」
「んなわけあるか」
「でもヒューズは何でも出来るじゃない」
「そりゃあ、我が儘なお嬢様のオーダーに15年間振りまわされてきたからだろう」
本気で驚いた顔をするレナスに、ヒューズは頭を抱える。
「でもほら、最近は家事が出来る男性が人気だし」
「だからってお前のオーダーに全部答えられるスペックはそうそういないぞ。それに、需要があるからって、この手の物は供給が追いつく訳じゃない。みんなどこかで妥協するもんだ」
「でも結婚相手よ。一生付き合うのに」
「だからこそだろ。妥協しあえる相手こそ、一生過ごせる相手だ」
ヒューズの言葉に、レナスは今更ながら恋を失い続けてきた理由を知った。
「私、高望みしすぎてたんだ」
「今更だなおい」
「だって、結婚相手はパーフェクトな人って思ってたし」
「なら貴族はどうだ? 技能はなくても、需要を満たす使用人はいるだろう」
ヒューズが言うと、レナスは彼が作ったラビオリに目を落とす。
「そういうのは、やだ」
「でも色々と条件は…」
「私は、普通の夫婦生活がしたいの。食事も家事も他人に任せるんじゃなくて自分の家族でやるの、それでご飯もいつも一緒に……」
言葉を重ねるにつれて物言いが幼くなっていくレナスに、ヒューズはいつも一人で食事をしていた幼い彼女の姿を思い出す。
レナスの両親は貴族でありながら、国の重要な職務につく聖騎士であった。それゆえ、レナスを家に置いたまま仕事で帰らない日も多く、彼女はいつも家で一人だった。
両親の前ではいつも聞き分けの良い子どもの振りをしていたが、一人になると、彼女はいつも両親を呼びながら泣いていた。自分に懐いたのだって、結局は常に側にいる存在が自分だけだったからだヒューズは思っている。
なにせ、一時期は寝るときまで側にいろと、同じベッドに入り込んできたことまであったのだ。
たくましいようで寂しがりやな騎士隊長は、親と子が当たり前に側にいる、そんな一般家庭の温かさが今でも欲しいのだ。
「じゃあ、お前も料理が出来るようにならないとな」
「…出来る人と結婚する」
「えり好みしてる時間無いんだろう」
言葉に詰まり、レナスはラビオリを大きな口でほおばった。
「時間があるときで良いなら、教えてやるよ」
「あんたの方が忙しいのに」
「いつもは遠慮しないくせに」
「でも、私があんたのレシピ覚えたら……」
「覚えたら?」
「ヒューズ、もう私にご飯作ってくれないでしょう」
またえらいところに引っかかったなと、ヒューズは呻く。
「だから、習うなら教室通う」
「別に、俺はそんな心の狭い人間じゃないぞ」
「けど、嫌々やってるじゃない」
「嫌じゃないさ」
苦笑と共にはき出された言葉に、レナスは思わず彼を見た。
「こんなに美味い美味いって言ってもらえるんだ、嫌なわけないだろう」
向けられた微笑みに、何故だか胸が熱くなる。
その胸の熱には覚えがあったが、それは目の前の男とはほど遠い物のはずだった。
だからレナスは、勘違いだと心の中で繰り返し続ける。
「それにお前。そんなことを気にするくらいなら、もっと他に気にする所があるだろう」
着替えとか、と繋がれて、今更のようにレナスは赤くなった。
当たり前に側にいたけれど、相手は便利な道具ではない。一人の男なのだと、今更のように自覚して、レナスは開いたままの足を閉じた。
そのとき、料理に向けられていたヒューズの視線が不意に玄関へと向けられる。
少し遅れて、響いたのは玄関の呼び鈴だ。
何故だか呼び鈴にホッとして、玄関へと駆け出すレナス。それをヒューズが慌てておったが、彼女は躊躇いもなく玄関を開けた。
扉の向こうに立っていたのはヴィンセントとアルベール。二人はレナスの姿を見て、固まる。それどころかアルベールは鼻血を出して転倒する。
「ちょっと、どうしたのよ!」
とアルベールの側にしゃがみ込もうとしたレナスを、後ろから抱えて部屋に引き戻したのはヒューズ。
「やっぱりおじゃまでしたか?」
「こいつはいつもこんな格好だ!」
ヒューズの指摘にレナスはアルベールの鼻血の意味を知った。




