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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の休日編■
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Episode03-2 王子様は出不精

 電話の受話器を置いて、ヴィンセントは一人ため息をこぼす。

 恋人と休みが重なる幸運は、この忙しい春先では滅多にあることではない。

 前のデートの時、逃走される前に休日の予定を聞いておけば良かったと彼は後悔する。帰り際は一番逃走率が高い事を失念していたのだ。

 しかたなく、次のチャンスは逃さないようにしようと気持ちを切り替えて、ヴィンセントは電話が置かれている玄関ホールで一人、今日の予定を考える。

 外は美しい快晴。絶好の行楽日和だが、残念ながらヴィンセントにとって晴天はあまり喜ばしくない。

 見た目は爽やかな王子だが、彼は純血のヴァンパイアからその血を受けた者。闇に生きる種族である。

 とはいえまがい物でもない限り、ヴァンパイアの血を持つ者が日の光で溶ける事はない。だが強すぎる太陽の光を嫌う者が多いのは確かで、ヴィンセントもまたその一人だった。

 出歩く理由があれば苦にはならないが、昼間から用事もないのに外出したいとは思わない。

 それにこう見えて、ヴィンセントには不精な一面もある。

 かつてマフィアであった頃に、身だしなみを含めた人前での作法については色々とたたき込まれたので、世間では常にきっちりした紳士的な王子だと思われている。

 けれど本心では、ヒューズのように仕事中でもラフな格好でいたいと思っているし、人前で愛想を振りまくのも好きではない。

 むしろ休日はだらしがない格好のまま、一日家にいるのが好きだ。

 現に今、家にひとりでいる彼は、日頃トレーニングで使っているラフなズボンをはいているだけで上はシャツすら身につけていない。どこかの騎士隊長と同じく、ヴィンセントはあまり格好を気にしないタイプだった。

 もし使用人の一人でもいれば小言を漏らされていたところだが、今の彼は広い家に一人暮らし。

 使用人がいれば便利だとは思うが、24時間家にいるとなると、やはり自分の存在を隠しておくことは難しい。夜もろくに眠らず、冷蔵庫には輸血用の血液パックが陳列しているのだ、ばれないわけがない。

 今でこそ闇の種族が迫害されることはなくなったが、やはり血を啜る行為、そして人並み外れた身体能力を畏怖する者は多い。

 彼の正体を知る、キアラ達一部のガリレオの騎士のようにヴィンセントを受け入れ、認めてくれる者は多くないのだ。

 そして自分の生活を支えるてもらうならば彼らと同等、いやそれ以上の信頼関係が必要だ。

 けれどフロレンティアに来てだいぶたつ今でも、彼の信頼に足る人物は現れず、彼は一人ひっそりとこの邸宅に住んでいる。

 勿論不便なことも多い。広い家を掃除するのは手間だし、復活祭の事件でヒューズが粉砕した壁も未だ手付かずのままだ。

 今日はこれを片付けるかと、床に散らばる破片に目を落とすヴィンセント。

 そのとき唐突に玄関のチャイムが鳴った。

 この時間帯に彼の家を訪ねるのは一人しかいない。そしてその一人は屋敷の荒れ具合やヴィンセントの格好を見て何かと小言を言う相手だった。

「開けてよヴィン! 僕だよ!」

 扉を叩く音とその声に渋々玄関を開けると、現れた親友のアルベールはやはり眉をひそめる。

「またそんな格好して! ゴシップ誌の良いネタにされちゃうよ」

「こんな写真のせたって、売れ行きが下がるだけだろう」

「むしろ上がっちゃうよ…」

 思わずため息をこぼしてしまったのは、売上げはもちろんのこと、ヴィンセントの肉体に少なからず嫉妬しているからだ。

 人々が思い描くヴァンパイアのイメージと言えば、不健康そうな顔色だとか、大理石の彫刻を思わせる冷たい肌だとか、とにかく寒々しいものが多い。

 けれど日頃から訓練で鍛えているヴィンセントは、ヴァンパイアのイメージとは正反対だ。

 周りと比べれば確かに肌は白いが、ちゃんと日に焼けているし、鍛え抜かれた肉体には余分な脂肪が無く、元から長身なので体の線も崩れず美しいままだ。

 体も小柄で、なかなか筋肉のつきづらいアルベールにとってヴィンセントはまさに理想の存在。

 勿論騎士団に入ってからは、アルベールも彼と同じトレーニングをしているのでだいぶ鍛えられた。

 だがやはり持って生まれた体格差は埋められない。

「ともかく服着て」

「お前、俺を説教しにきたのか?」

 めんどくさそうに頭をかくヴィンセント。

 彼の言葉でアルベールは今更のように当たりをきょろきょろと伺いだした。

「やっぱりいないか……」

「誰が?」

 首をかしげるヴィンセントに、アルベールは周囲を気にしながら声をすぼめた。

「父上」

「はぁ?」

 思わず声が裏返ってしまったのは、もちろんアルベールの父上が普通の人ではないからだ。

「俺の家にいるわけないだろう」

「だけどヴィンのことで確かめたいことがあるってこの前話してたんだ」

「心当たりはあるけど、一人でこんな所に来るわけないだろう」

 コメディ映画じゃないんだからと笑うヴィンセント。だがアルベールの顔は浮かない。

「…ないよな?」

 一向に笑顔が戻らないアルベールにさすがに嫌な予感を覚えると、アルベールが目をそらした。

「最近はなかったんだけどね」

「昔はあったような言い方だな」

「あったんだよ、よく」

 アルベールの言葉に、ヴィンセントは静かに尋ねる。

「いないのか?」

「お昼を食べる約束をしてたんだけど、部屋はもぬけの殻で…」

 それどころか宮殿のどこにもいなくてと、アルベールはうなだれる。

「ヴィンのこと誘いたがってたから、もしかしてと思ったんだけど」

「きてないぞ」

「何か心当たりとかない? 父上、最近よくヴィンの事話してたんだよ」

「俺の話?」

「前より構ってくれなくなったとか、冷たいとか、いい話を持って行っても聞きやしないとか」

「…そういえば、先週見合い話を断った」

 そしてそのころからだった。妙な視線を感じることが多くなったのは。

 監視でもされているのだろうかと疑っていたのだが、どうやらオチはもっと酷いらしい。

「あれか…」

「心当たりあるんだ」

「でも今日来てないのは本当だぞ」

 辺りを伺うが、やはりそれらしき気配はない。

「近衛兵はこのことを?」

「みんなで探してる。今夜はお客様も来る予定だし、それに最近何かと物騒じゃない」

 誘拐事件も多いしと続けたアルベールにヴィンセントはため息をつく。

「俺も探した方が良さそうだな」

 近衛兵よりは街には詳しいし、何より明らかに失踪の原因は自分である。

「3分で支度する」

※11/3 誤字修正致しました(ご報告ありがとうございます!)

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