Episode03-1 合い鍵は苦労の証
チャイムに反応がなかった時点で予想はしていた。
予想はしていたが、ベッドの上であられもない格好で寝ているレナスの姿にヒューズは買い物袋を片手に呻く。
早朝や深夜等、チャイムを鳴らせない時間帯に呼び出されることが多々あるため、ヒューズはレナスの部屋の鍵を渡されていた。
彼女だけならともかくキアラがいるので最初は断ったが、キアラもまたヒューズを男として見ていないため、頻繁に彼が尋ねてきても何も言わない。
それどころかヒューズがいるとレナスの我が儘が彼に向くため、むしろ彼の来訪を喜んでいる節まである。
だがヒューズの方は気にしないわけにはいかない。どちらも年頃の女性と言うには少々難があるが、やはり女性。そこに未婚の男が気軽に尋ねていって良い訳はない。
だからヒューズの方から用事があるときは仕事場ですます事にしているが、その手の遠慮にレナスが気付く気配は今のところない。
「まったく…」
遠慮が無いどころか図々しいレナスは、ヒューズの来訪に気付かず完璧に熟睡している。それも着ているのは隊服のシャツ1枚で、下はズボンもはいていない。
ギリギリ下着が見えないことが救いだが、日頃の訓練のお陰で綺麗なラインを保っている足は目に毒だ。
とはいえ起こせば絶対に怒られる。仕方なく、ヒューズは側に転がっている毛布をレナスの体に掛けた。
それから彼は、枕元に転がっている電話を枕元に戻そうと手を伸ばす。
そこで唐突に、レナスの抱えていた電話が鳴り出した。
僅かに身じろぎはするが起きる気配のないレナスに、仕方なく受話器を取ったのはヒューズ。
その声に、電話の向こうの相手がたじろぐ声が聞こえる。
息の止め方から、なにやら誤解をしていそうな相手の正体に気付きヒューズは苦笑した。
「ヴィンセントか?」
『ヒューズさん、ですか?』
そうだと答えると電話の向こうから安堵の息が漏れる。
「キアラに用事か?」
『ええ、休日だと聞いたのでデートに誘おうかと思ったんですが』
電話を抱えつつヒューズは他の部屋を覗くが、キアラの姿はない。
「今いないみたいだな」
『…もしかして、お邪魔でしたか?』
「んなわけあるか」
『その言い方は、いつもの呼び出しですか』
ヒューズが頻繁に家に着ていることはキアラから聞いているのだろう、ヴィンセントの言葉にヒューズは不本意そうな声で肯定した。
「なんだったらお前も来るか? キアラもそのうち帰ってくるだろう」
『勝手に家に入ったら怒られますので。それに、せっかくの休日ですし、二人でゆっくりしてください』
「二人でいるとゆっくり出来ないから誘ってるんだよ」
ヴィンセントがいれば、多少は人の目を気にして我が儘も治まるかも知れないともくろんだのだが、ヴィンセントはつれそうもない。
そつない断りの言葉と共に電話を切られ、ヒューズは今一度レナスと二人きりで取り残された。
「…んぅ」
仕方なく電話を戻せば、今更のようにレナスが身じろぐ。
「起きたのか?」
「眠い…」
寝ぼけた声音にそれは俺の台詞だと返し、寝返りでずれた毛布をかけ直してやる。
「飯が出来たら声かける」
「ありがと」
寝ぼけている所為か、普段部下に怒号を飛ばしている女の物とは思えぬ可愛らしい声が返ってくる。
普段からこれくらいしおらしくしてくれたらと思うが、それを言えば殴られるのは確実だ。
気持ちよさそうな寝顔を見ていたらこちらも眠くなってきたが、自分まで寝たらこれまた殴られる事は確実なので、ヒューズは彼女のオーダーに答えるため、台所に向かった。