Episode02-3 男らしさは程々に
「制服は、ヴィンセントが弁償してくれるそうです」
「そんな当たり前のことで、私が納得すると思うのかっ!」
無駄足に終わった盗賊討伐から帰ってきた隊士達を出迎え、あらかたの事情を説明したキアラへの、レナス隊長の返答はその一言であった。
ちなみにいつもの隊室ではなく、「飲まないとやってられない」というレナスの一存により、騎士団本部の側にある行きつけのバールでのことである。
夕方前というのもあって、お客はまばらだ。そんな時間からビールを注文するレナスに、なじみのバリスタは笑い、「キアラちゃんも苦労するなぁ」とカフェを入れてくれる。
この店のような、小さな商店をかねたバールは、フロレンティアの国民にとって憩いの場だ。席は少なく立ち食いがメインだが、カフェや、パニーニのような軽食やジェラートからアルコールまで、取り扱う品の幅は広い。
そして彼女たちの行きつけのバールは特にアルコールの種類が豊富で、キアラは大抵カフェですますが、レナスは立ち飲みが出来なくなるくらいの量を平気で飲む。
「で、結局あの王子様は何で盗賊のこと知ってたわけ?」
「私達と同じく、ガラハド騎士団へも討伐依頼がきていたようです。ただ、あちらは貴族への圧力に音を上げて、捜査自体は早々に打ち切ってしまったようですが。担当者として納得がゆかず、一人捜査を続行していたようですね」
「そこに偶々、同じ相手をねらうあんたが現れた。あら、運命の出会いっぽくて、なかなか素敵」
「勘弁してください。せっかくうちの団の大手柄になるところだったのに、横からかっさらわれたんですよ」
「まあ、あちらさんのメンツも立ててお上げなさいな。いくら王子といえど、無断捜査がばれればまずいでしょうし、手柄の一つも手みやげにしなきゃ言い逃れ出来ないのよ」
「でも!」
本気でいらついているキアラに、レナスは少しだけ驚く。基本的に、キアラが異性に対してこうもムキになること少ない。
幼い頃から騎士になることだけを、ただひたすらに追い求めてきた為か、彼女は「騎士」に関すること意外にはあまり興味を示さない。
どんなときでも騎士らしく、騎士として、騎士であり続けるために。
彼女の行動の三原則は、すべてが「騎士」である。
そんな彼女が心を揺さぶられる相手。それもまた騎士であるのはさすがといえるが、少しでも女らしさが芽生えつつあるのは悪い事じゃない。
「惚れたんだ」
キアラが、カフェを思い切り吹き出した。
「そろそろだとは思ったのよね。むしろ、遅すぎるくらいって言うか」
「な、何を言い出すんですか!」
「初恋よ、初恋。あんたの場合は女らしさの目覚めも込み」
「お、女らしさはすでにあります!恋とか、考えたことあります!心の、中では」
「考えるだけじゃまだまだ。恋は落ちてなんぼなのよ」
変なところで意地になるところがまた可愛いが、それを異性の前で出せるようになるのはまだまだか。
だがもしかすると、そう言う相手に彼女はついに巡り会ったのかもしれない。
「ともかく、私の話は置いておくとして。やっぱり問題は盗賊団の」
「話をすり替えなーい」
「でも、2ヶ月もかけて情報あつめたのに、このオチはひどいと思いません?」
「少なくとも、今期のボーナスに上乗せは期待出来ないわねぇ。あーあ、ブランドのバック、買うんじゃなかったー」
とか何とか言いながら、「ワイン」と叫ぶ隊長の姿に、キアラはあきれるほか無い。
しかし、あきれる一方で、キアラはレナスのことを尊敬もしている。
女もうらやむブロンドと、どんなに長い時間太陽の下にいても、決して日に焼けない白い肌。エルフの血を引くと言われるマクスウェル家の長女でありながら、貴族としてではなく騎士として生きる、美しき上官。
彼氏がほしいとか、ブランド物の服がほしいとか言いながら、彼女が自分の家や財産を利用することはなく、どんなときも、剣ですべてを勝ち取ってきた。
そんな彼女こそ、女騎士の鏡でありキアラの目標だ。
「そういえば、この前の合コンで連絡先を交換した相手、どうなんですか?」
「うふふ、明日デート」
「じゃあ、そろそろ帰りましょう。二日酔いじゃあ、格好が付かないでしょ」
レナスの代わりに運ばれてきたワインを変わりに一気飲みして、キアラはにっこり微笑んだ。
「そういう無駄に男らしトコ。いい加減隠した方が良いわよ」
思わずこぼれたつぶやきは、可愛い部下を案じる、優しい上官の忠告だった。