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右手に剣を左手に恋を  作者: 28号
■騎士の休日編■
68/139

Episode02-1 騎士達の休日

 久方ぶりの休日。

 窓から差し込む柔らかい日の光をうけ、キアラは気持ちよく目を覚ます。

 風でたなびくカーテンの向こうに見えたフロレンティアの空は、街に連なるあかね色の瓦屋根が栄える見事な青空に覆われていた。

 仕事が無いときでも7時に起床するキアラは、隣のベッドで熟睡しているレナスを起こさないよう静かにベッドを出ると、共用のクローゼットから自分の衣服を取り出す。

 ヴィンセントと付き合いだした今でも、彼女のクローゼットにあるのは男物の衣服ばかりだ。小柄な自分が来ても不格好にならない物を選んではいるが、動きやすさと着心地を重視した服はどれも可愛らしさとはほど遠い。

 自分でも一着くらいはと思っているのだが、未だ女物を扱うブティックに入る勇気がでず、かといって誰かに付き合って貰うのも恥ずかしい。

 結局隊服と遜色のない、地味な男物の衣服ばかりが増えてしまい、今日も彼女が袖を通すのはそれだ。

 服を着替え、昨日の夜に買っておいたサンドイッチで軽い朝食をすますと、キアラはたまった洗濯物を洗濯機に、洗い物を食器洗浄機に放り込んだ。そこでようやく、レナスがフラフラと起き出してくる。

「休みの日くらいもう少しゆっくりしたら?」

「今日は出かけるつもりなので」

 だからそれまでに家のことをかたづけたいとキアラは思っていた。

 レナスはその手のことを何もしないし、次の休日まではだいぶ日がある。

「昨日言ってた、じいさんの所?」

「ええ」

「やめときなよ。絶対やばいってそのじいさん」

「でも、もし待っていたらまずいですし」

「休日まで立派な騎士でいる事無いわよ。それに何度も言うけど、そのじいさん何かクサイわよ」

「でももし、何かしらの企てがあるならそれこそ野放しには出来ませんし」

 真面目すぎる部下の言葉に、レナスは寝癖のついた髪をかきながらため息をつく。

「何かあったら連絡してもいいですか?」

 休日だけどと妙なところで遠慮をするキアラ。

「いいよ、どうせ今日は暇だし」

「でもたしか、合コンがあるのでは?」

「何か、気分が乗らなくて」

 レナスの言葉に、キアラが言葉を失う。

「その失礼すぎる驚き方やめなさい」

「だって、彼氏もいないのに隊長が合コンに行かないなんて」

「私だってビックリしてるわよ。でもなんか、最近巡り合わせがないみたいで」

 そう言うと、レナスは疲れた表情でベッドに戻っていく。

「合コンとかパーティに行ってもさ、コレって感じの男がいないのよね」

「やっぱり、アルベール様のことがまだ…」

「でもアルベールにあっても前みたいにときめいたりもしないのよね」

 かといって、彼並みのイケメンを前にしても最近心がふれないのだという。

「やっぱりあれかな、次で決めなきゃ行けないプレッシャーかしら」

「別に焦らなくても良いと思いますよ。隊長はまだまだ若いですし」

「若くないわよ。むしろ、そろそろあんただって結婚しても良い時期なんだから」

 フロレンティアでは、女性の結婚適齢期は18から25とされている。ちなみにレナスは今年で26。崖っぷちところか、既に転落している。

「あんたに先を越されたらホント凹むわ」

 そしてその可能性は今のところ限りなく高い。自分は未だ彼氏すらいないところ、キアラには彼女の欠点さえも愛しいと豪語する物好きの王子がいるのだ。

「あーあ、私も欲しいなぁ王子様」

 腹筋があっても、酒癖が悪くても、色気より男気が勝っていても、むしろそれら全てをまとめて愛してくれる王子が欲しいと、喚くレナスはまるで10代の少女である。

「だったら、同じ騎士とかどうでしょうか。騎士としての隊長は素敵だし、尊敬されてるし、騎士団の中でも隊長が好きだって言う男性騎士は多いし」

 キアラの言葉に、何故だか浮かんでしまったのは一番近しい男の顔。

 彼ならばレナスの欠点全てを許容してくれる。だが許容はしてくれるがきっと愛してはくれない。愛を求めるにはあまりに多くの迷惑をかけすぎている。

「騎士は、やだ……」

 だって現実の騎士は汗くさいし収入も低いし。そう告げたレナスにキアラはそれ以上言葉を重ねることは出来なかった。

「…そうだ、そのお爺さん素敵なお孫さんとかいないかしら」

 いたら紹介して貰ってよと、先ほどまでは行くなと連呼していた口でレナスは嬉々として言う。

 それに呆れつつ、キアラはそろそろ時間だからと、半ば逃げるようにして部屋を出て行った。

 同居人がいなくなると、部屋には洗濯機の回る音とレナスだけが残された。

 ベッドの上、二度寝をしようと横になるレナス。

 だが恋愛のことで深く落ち込んだせいか、やたらと目が冴えてしまった。かといって出かける気力があるわけもない。

 仕方なしにご飯でも食べようと台所へ向かい、小さな冷蔵庫に手をかける。だが中には牛乳が入っているだけだった。

「何もないってわかると、途端にお腹空くわね」

 でもやはり外には行きたくない。その上どうせなら美味しいものを食べたい。

 そんな我が儘なことを考えた途端、レナスは妙案を思いついた。

 寝室へと舞い戻り嬉々としてレナスが手に取ったのは、ベットサイドに置かれた電話。

 機械が少ないフロレンティアでも、テレビ・電話・ラジオ・冷蔵庫・掃除機と言った家電製品はどこの家でも普通に使われている。

 以前は電気等のエネルギー物質を生み出せる魔石や妖精が少なく、人々の需要にエネルギーが追いつかない時代が長く続いていた。電気を引くだけで馬鹿のように金がかかったし、それらを使って動く機械製品もやたらと値がはったものだ。

 しかし魔科学に発達によって、それもいまや過去の話。

 太陽や風と言った自然エネルギーを電気へと変換出来る装置の誕生と、蓄電が可能な人工魔石が生み出された事によって、今では使用量以上に電気が供給できるようになり、どんな田舎でも安値で電気を引けるようになったのだ。

 とはいえフロレンティアのような古い町では、妖精の力や魔石を使った製品も多く残っている。

 だが、機械製品自体も安価になった今、高価で気まぐれな妖精を使う方が新しく機械製品を買うよりもずっと値がはるのだ。

 電話などは魔石が埋め込まれた物の方が音もクリアだが、安月給の騎士にはやはり手はだせない。だからレナスが使う電話も、そしてレナスがかけようとしている相手も、使っている電話は機械と電話線を用いた物だ。

『もしもし…』

 レナスの耳に響くのは、僅かに掠れた低い男の声。

「ヒューズ?」

 レナスの声に、受話器の向こうの男ヒューズが呻く。

 寝ぼけた声と衣擦れの音に、レナスは相手がベッドの中に電話を引っ張り込んでいる様子を想像し不満を露わにする。ヒューズの声は、さっさと電話をきって寝たいと考えている時の物だった。

『事件か?』

「事件だったらイヤリングの方に連絡する」

 その一言で、ヒューズが再び唸った。

「今日休みでしょ?」

『わかってんなら朝早くに電話してくるなよ』

「用事とかある?」

『……あるよ』

「今の間はないわね。よし、今すぐウチに来なさい」

『せめて昼過ぎにしてくれ。ここのところずっと徹夜で、昨日も4時帰りなんだ』

「ウチに来て寝ればいいじゃない」

 ベッドなら貸してやると告げれば、ヒューズの声が遠のいた。

「おい寝るなっ! 私、今日はあんたと過ごすって決めたんだから!」

『……合コンいくって自慢してただろう』

「合コンはやめたの! そう言う気分じゃなくなったから」

 また声が遠のく。

「今、猛烈に驚いた顔したでしょう」

『何でわかった』

「キアラも同じ反応したから」

 そこで言葉を切って、レナスはヒューズの声を逃さないように受話器をぐっと握る。

「今日は、家でゴロゴロしながらあんたとお酒飲みたいの。あと久しぶりに、あんたのご飯も食べたい」

 だから来てと、今度は声を落として告げれば、ヒューズのため息が聞こえる。

『何が食いたい』

「ヒューズの作るラビオリ食べたい! あと、ジュリオの店でジェラート買ってきて!」

『酒はあるのか?』

「ビールなら」

『ワインは白で良いのか?』

 電話越しの問いに、勿論とレナスは答えた。

「待ってるから!」

『寝るなよ』

 大丈夫だと連呼して、レナスは嬉しそうに電話を切った。


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